2009年10月25日 (日)

イチローと落合博満との対談

 今から10年ほど前の二人の対談を、YouTubeで発見。イチローがメジャーに行く前の年のキャンプ地で撮影されている。短い時間で、もっぱら打撃フォームの話題に終始していた。内容は非常に専門的なもので、素人のファンには理解しがたい。
 落合が、イチローのフォームに対して「トップの位置が低くて浅い。」と指摘。イチローも納得している様子だった。また、「一流のバッターは、線で引っ張ってきて、点でひっぱたく。普通のバッターはただ点に自分が衝突していくだけ。」と発言しているが、イチローは子どものころから、線をイメージして打ってきたという。ただ、イメージがフォームとして確立したのは最近のことだという。いずれにしても打撃を極めた人間同士にしか分からない話である。

 さて、ここで言いたいのはそういう中身ではない。落合がいろいろ指摘したあとでイチローが言った言葉である。「今日はいろいろ教えてもらってありがたかった。なかなか言ってもらえないので。」素人は、周りに監督やらコーチやらOBが大勢いるのだから、なにやかやとやかましく口出しするのかと想像するが、イチローほどの選手になると誰も言わなくなるらしいのだ。よく考えたらそうかもしれない。自分より優れており、実績もある選手にアドバイスなんてできない。的を外してしまうかもしれないので怖くて言えないのだ。
 しかし、何も言ってもらえないというのも孤独である。ただひたすら自分で考えなければならない。イチローにしてみれば、落合のアドバイスは非常に貴重なものであったのだ。外から見てもらわないと分からないことがあるのである。

 偉大な人物、あるいは大きな組織のトップに遠慮せずものが言える人は少ない。外から見ていると、力量のある人は自分で考え行動できると思うので、助言・進言は控えがちだが、当人は意外にそれを待っているものなのかもしれない。

 

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2009年10月24日 (土)

山井の交代(2007年日本シリーズ)

 2007年11月1日の日本シリーズ第5戦における山井投手の交代については、マスコミ上だけではなく職場など身近な場所でも賛否両論乱れ飛んだ。山井投手は8回まで日本ハム打線をパーフェクトに抑えていたが、9回から落合監督は躊躇なく守護神岩瀬に交代させた。それに対し、あそこは続投させるべきだったという意見が多く聞かれたのであった。私は翌日11月2日のブログに落合監督の判断を支持する意見を書いた。それは、単にプロ野球の一ファンというよりは、監督はどうあるべきかという観点からの主張であった。

 ところで、YouTubeでスポーツ関係の動画を検索しているうちに、この日本シリーズが終わった後の落合監督のインタビューを見ることができた。ちなみに、江川卓が質問をしている。そこでは当然山井の交代に触れられていた。なぜ交代させたかの質問に対する答えは、私が考えたこととほぼ同じ内容のものだった。ペナントレースを、最後は岩瀬で締めくくるというプランに従って戦ってきた。あの場面でも同じように動いたという中身だった。ある意味、非常に単純な論理である。もちろん、そのプランで勝ち抜いてきたことがその論理の根拠であり、岩瀬でなかったら使えない理屈である。だから、この「事件」の最大のキーマンは岩瀬なのである。星野仙一は、私だったら山井に投げさせていたと語ったが、これは一つは星野氏が評論家の立場で語っているということと、岩瀬に対する思い入れが落合監督ほど強くないことに由来している。
 これに関連して落合監督から、もう一つ興味深い発言があった。江川から、川上憲伸が投げていたらどうしたかという質問に対する答えである。監督は即座に、川上だったら自分から代えてくれと言いますと返したのである。私はブログで憲伸だったら続投もあったかもしれないと書いたが、この発言からすればそういう判断はありえないことになる。要は、川上は監督の方針やチームの事情が分かる選手だと言いたかったのだろう。おそらくは、そこまでは考えられない山井とは違って。

 監督の主たる役割が観客を喜ばせることであれば、山井を投げさせ、パーフェクトの達成を目撃させるというサービスの提供に努めただろう。しかし、第一は勝つことである。しかも、中日はどうしても日本一になりたかったのである。これはチームの悲願であると同時に親会社の悲願でもあった。雇われた指揮官としては、もっとも大事な目標に向かって、自分の頭を最大限に使ったのである。その結果が、あの交代であった。

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2009年10月18日 (日)

向陽高校対天理高校観戦記

  大津市の皇子山球場で昨日(10月17日)から開かれている高校野球近畿地区秋季大会を見に行ってきた。第2試合の「和歌山県第2位校の県立向陽高校」対「奈良県第1位校の天理高校」の試合である。
 下馬評は圧倒的に天理が有利で、コールドもありうると思われていた。実際、天理は3回までに3得点し、このまま一方的に押し切ると思われたが、向陽は3回裏に3得点し追いついた。その後向陽の投手が好投し同点のまま回を重ねたが、7回表に天理が1得点し、それを守り切って勝利した。
 同点に追いついてからの向陽藤田投手の投球は素晴らしかった。慎重に低めに集めゴロを打たせていた。安打を13本打たれたが低めに投げることにより長打を防いだ。前半はやや不安定だったが、3回表のピンチを見逃しの三振で断ち切ったことが自信を生み、さらにその裏の味方の攻撃が彼に勇気を与えたのである。

 天理は部員の強制わいせつ行為で出場が危ぶまれたが、辛うじて出場を許され初戦を突破した。選手たちにはかなりの精神的な重圧があったと思われる。それにしても、このような大事な試合になると心理的な要素が強く働いて、普段の力関係からは予想できない結果を招くものである。そういう意味で、「諦め」が最大の敗因となる場合がある。選手は戦うことが使命であり、自ら評論家になってはならないのである。

 天理の選手たちには、今後の試合で立派なプレーを見せてもらって、先の不祥事が極めて個人的で特殊な事件であったことをアピールしてほしい。

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末光健一 もうひとつの伝説

 日本で最高のボディービルダーは須藤孝三であると思っているが、もう一人捨てがたいのが末光健一氏である。須藤氏は上背があってプロポーションが素晴らしく、美しいビルダーの典型であった。これに対し末光氏は筋量があって、日本ではバルク派の最高選手だと思う。選手権をとった1971年の記録では162cmで80kgあった。合戸孝二選手が164cmで70kgだから、それと比較するとボリューム感の違いが想像できる。須藤氏がタイトルを取った時には174cmで84kgだったから、タイプの違いが分かる。

 YouTubeで末光氏のポージングを見ることができるが、その充実ぶりには目を見張るものがある。どの部位をとっても文句のつけようがない。欲を言えば、背が低いため、頭が相対的に大きく見えてしまう。身長はあと5cm高かったら、ずいぶんバランスが良くなったのではないかと思う。とはいえ、それは無いものねだりであり、末光氏は末光氏一人である。最近では練習の設備もよくなり、サプリメントも進歩を遂げているが、須藤氏や末光氏のようなずば抜けた特徴のある選手が出なくなっている。スケールが大きく、よい意味で目立つ選手の登場を期待したい。

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2009年10月 4日 (日)

神田知子さん 人気ボディビルダー

 女性のボディビルダーというのは微妙な存在である。女性の肉体はもともと丸みを帯びていて、そこに筋肉をつけてかつ脂肪を削ぎ落すというのは、男性化していくことであり、自己否定につながるという見方も多い。したがって、男性のボディビルでさえマイナーなスポーツである状況において、女性の場合はほとんど人目を引かない競技になっている。

 これが客観的な状況であるが、ボディビルファンの私にとっては女性のボディビルディングに対する抵抗感はない。トップクラスのビルダーともなれば、その肉体の完成度は素晴らしく鑑賞に堪えるものである。日本の若い女性は食事制限をして、とにかく痩せて細身の体にしようとするが、ただ細いだけでは魅力に乏しい。一定の筋肉が着いて、上半身下半身のバランスがとれている状態が望ましい。筋肉を着ければエネルギーの代謝を促進するので脂肪が着きにくくなる。また、定期的な運動は健康を促進する。さすがに競技者ともなれば、過酷な練習や食事のコントロールを強いられるので楽しい世界ではなくなるが、一般人のトレーニングは文字通り趣味の範囲のものであり、筋肉隆々になってしまう心配もない。

 女性ビルダーで有名な選手と言えば、水間詠子さん、西本朱希さんの二人が上げられる。90年代の代表選手が水間さんで、2000年代の代表選手が西本さんである。西本さんは元は空手の選手で、ボディビルを始めるのは遅かったようだが、スケールの大きな体で現在日本選手権を5連覇中だ。40歳を過ぎているが、ボディビルは練習次第でこの年齢でも十分に戦えるスポーツである。この二人とは別に、人気のあるビルダーと言えば、神田知子さんがいる。大阪在住で、アメリカの大学の修士号を持つインテリでもある。非常にチャーミングな女性で、グーグルで検索すれば画像や動画でその姿を見ることができる。ホームページがあり、そのなかでブログも読むことができる。

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2009年9月23日 (水)

須藤孝三 伝説のボディビルダー

 世界のボディビルダーで一番の好みはフランク・ゼーンであるが、日本のビルダーでは何といっても須藤孝三である。75年、76年とミスターユニバースのタイトルを獲得しており、日本人のなかで最も国際的に認められたビルダーだと言ってよい。
 須藤氏は私と同じく三重県の出身なので、余計に親近感がある。私が高校生の時にタイトルを手にしているが、その当時私は月刊ボディビル誌を購読しており、そこで紹介されていたのをよく覚えている。日本人にしては手足が長く、プロポーションで欧米人に引けをとらなかったのが第一の成功要因だ。次に、筋肉の量は驚くほど多いわけではないが、脂肪が落ち、水分がよく抜けてカットが出ている。最後は、ポージングのうまさだ。氏に言わせると、不得意な部位があっても、ポージングでカバーできるのだそうだ。見せる角度で、良く見せることができる。
 プロポーションやポージングを見ていると、日本のフランク・ゼーンという表現がぴったりである。これから同じレベルのビルダーが出てくるかどうか。まさに希有のビルダーなのだ。

 ポージングの様子は、YouTubeの動画でご覧下さい。「須藤孝三」で検索すれば、素晴らしいゲストポーズが見れます。

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2009年9月20日 (日)

イチローの記録 9年連続200安打

 「9年連続で200安打以上」という記録を達成したイチロー。これまで誰も記録していない偉業であり、イチローの才能と努力によって生まれた実績として素直に讃えたいと思う。

 さて、この記録はどうして生まれたのであろうか。彼の才能と努力の賜物であるには違いないが、客観的に見て達成の要因、要素はどこにあるのだろうか。
 ① 試合数の多さ + 打順(トップバッター) これは打席数を多くする要因である。多く打席に立つことが、安打を増やす条件になる。これに加え、選手の体調管理が重要。休んでしまえば打席数は減る。
 ② ①に加え、積極打法がある。打数が増えないと安打も増えない。待ちのバッティングでは安打の絶対数が増えない。
 ③ 左バッター + 俊足 これで内野安打が増える。こういう安打もないと200本の大台には乗りにくい。

 これが基本になる要素であると考える。これ以外にもイチロー自身の特殊な才能をあげることも可能である。バットコントロールの巧みさスイングの速さ抜群の動体視力である。また、常に「ヒットをたくさん打つ」ということを打者としての目標にしてきたことも動機として強く働いている。野球選手として、非常にシンプルな目標であるが、これにこだわり続けていることがイチローの強さの秘密である。当然、ホームランをたくさん打ちたいという欲求を持っていればこんな記録は生まれていない。そうであれば、今の2倍以上のホームランの記録は残せただろう。イチローには長打力もある。しかし、それでは並みの選手で終わってしまう。自分の特性を自覚して、できることに集中した結果だが、人間にはいろいろ欲があって、なかなかできることではないのだ。

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2009年8月29日 (土)

第91回全国高校野球選手権大会を振り返って

 夏の甲子園を振り返って、野球ファンの3人に語り合っていただきました。

清水 「中京大中京の優勝で幕を下ろした大会でしたが、全体としては非常にいい大会だったと思います。皆さんはいかがでしたか。」

河本 「そうですね。結構面白いというか、いい勝負がたくさん見られた大会だったですね。」

児島 「結果的には優勝候補の中京が優勝旗を手にしましたが、内容を見ると予想外の波乱もあって、印象的だったと思います。

清水 「河本さんの戦前の予想は?」

河本 「中京は候補の一角でしたね。力は一番あると思っていました。他では、北から言うと、花巻東、東北、帝京、明豊あたりを押していました。」

児島 「それに加えるとしたらPLですか。地方大会の内容がよかったですから。」

清水 「準優勝の日本文理の名前が上がりませんでしたけれど・・・。」

児島 「ノーマークですよ。誰しもそうでしょう。」

河本 「同感。」

清水 「では、印象的な試合を上げていただけますか。」

河本 「私は勤め人ですからすべての試合を見たわけではありませんので、見た範囲で言いますが、花巻東と明豊の試合は力のぶつかり合いという感じがして見ごたえがありました。菊池君と今宮君は試合の半分ほどしか投げていませんが、互いに意識しあった気迫のピッチングでしたね。今宮君は筋力のある選手で、打球の速さは超高校級だし、あの154kmには驚きました。」

児島 「私は中京と関西学院の対戦ですね。戦前の予想は中京の楽勝というムードでしたが、私は中京優位は変わらなかったけれど、意外に接戦になると見ていました。関学は初戦の勝利でムードが上がっていたし、兎に角応援のすごさが後押ししていましたからね。中京は戦いにくいはずです。それから関学の山崎君の落ちるボールが中京の強力打線に通用すると見ました。予想どおり接戦になりましたが、最後は力で押し切りましたね。結果論ですが、中京の優勝にとって最も意味のある試合ではなかったでしょうか。」

清水 「私も一つ上げさせていただくと、というか3試合戦ったのですが、高知対如水館の対戦ですね。大会序盤は天候が悪く雨に泣かされました。9回戦った試合を見に行きましたが、力は互角だったと思います。点差は開きましたが、紙一重の差です。そういう意味では運がなかったと言えるでしょう。試合とは別に、如水館の応援は、ブラスバンド、男子応援団、チアリーダー、生徒たちが一体となっており、素晴らしい内容でした。何度か出場経験があり、かつ私学でなければできないでしょうね。では、次に優勝した中京と日本文理についてお話を聞きましょう。」

河本 「中京はやっぱり強かった。監督は守りを重視していましたが、打てるから守りが大事になるんですね。堂林君はいい投手だけれど、ある程度の失点は覚悟しなければならない。最低限に抑えて、それ以上に打ちまくるという戦いです。長打力は圧巻でしたね。基礎体力が際立っていましたが、金属バットならではの打球が飛びましたね。関学との戦いでサヨナラホームランが出ましたが、左バッターで左中間に入る打球は金属ならではの伸びですよ。」

児島 「関学との試合は前に触れたとおりで、ここがポイントでしたね。後の試合はある意味横綱相撲というぐらい強かった。決勝で最後に追い上げられましたが、結局勝ってしまうところが自力なんだと思いました。」

清水 「児島さん、日本文理については。」

児島 「本当にノーマークでしたね。闘いながら強くなっていったチームでしょう。それから、こう言ったら失礼だろうが、対戦相手に恵まれましたね。決勝の中京以外は戦いやすかった。これも巡りあわせです。早くから強豪に当たっていたらどうなったか分かりません。」

河本 「それはあるね。でもいいチームでした。新潟の野球に新しい歴史を刻みましたし、地域差が縮まったという印象を与えました。地域差の件は、事実としてあると思うけれど、地方の私学が特待生として有力な選手を集めて出てくるケースもあるし、単純には言えないな。その点、花巻東は県内の選手でやっているから立派ですね。これまでの岩手のレベルを踏まえてもそう言えます。」

清水 「野球留学については一定の制限が加えられましたが、実態はあまり変わっていないように思えますね。選手の出身地を見ると大半が他県のチームが結構ありました。他になにか特徴的なことはなかったでしょうか。」

河本 「県立岐阜商業の健闘があります。私は東海地区同士の決勝になると思ったのですが、準決勝で惜敗しました。投手の山田君がよく頑張ったと思います。」

児島 「昨年の大阪桐蔭の優勝がありましたから、PLに注目したのですが、今の岐阜商に敗れました。一回戦から本調子ではないと見ていましたが、力を出し切れませんでした。これは、大阪予選の激戦が影響していると思います。勝ちぬくのが本当に大変な地域ですからね。そこでのダメージは大きいでしょう。昨年の大阪桐蔭のような例もあるし、清原の時のPLのような圧倒的な結果を出したチームもありましたが、あれは本当に強かったので参考にはなりません。逆の例を考えると、智弁和歌山などは甲子園に出てきて活躍できる条件があると思いますね。和歌山は高校が少ないし、甲子園まで近いし、練習の環境はいいし。監督の采配ばかりじゃありませんよ。」

河本 「日常的な練習環境の差、地域的な差など条件には差がありますね。しかし、一旦試合が始まってしまったら同条件ですから。そこがスポーツのいいところです。同じ種類の金属バットを使うわけだし。方っぽが木のバットだったら大きなハンデだろうけどね。それを考えると、水着でタイムが変わるという水泳は変なスポーツだね。」

清水 「話は変わりますが、新型インフルエンザの影響もありました。天理高校の選手が感染して大会前の練習ができなかったとか、立正大淞南の選手が感染してベンチから外れたりとか、一部に影響が出ました。5月の騒動の時は甲子園大会も中止になるのではないかと心配されましたが、その後落ち着きました。しかし夏休みになり、クラブ活動を通じて高校生の間に感染が広がりました。」

児島 「しかし、大会でいえば、ごく一部への影響で済みましたからよかったですね。」

河本 「そうだね。これからますます広がるだろうから、秋季大会のころがどうなっているか。選手諸君は体力があるから重症化はしないだろうけれど、一週間練習を休むと現役選手にとっては影響が大だね。」

児島 「スポーツ選手の場合は、感染予防と言っても難しいところがありますね。練習後の手洗いうがいは励行すべきだけれども練習中はマスクなんかできないし、格闘技なんかは接触しないで練習なんかできませんから。」

清水 「いろいろな話題が出ましたが、今日はこのへんにしたいと思います。ありがとうございました。また機会があればお話をお聞きしたいと思います。できれば、選抜大会の時に集まりたいですね。では、終わります。」

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2009年8月17日 (月)

関西学院高等部の善戦

 今日の対戦で、中京大中京に4対5のスコアで敗れたものの、善戦したと言えるだろう。監督自らコメントしているように、力では圧倒的に中京に歩があった。とはいえ、7対0が実力差だという評価は謙虚すぎる。せいぜい7対2ぐらいではなかったか。つまり、10回対戦すれば2勝できる程度の力が関学にもあるということだ。この対戦が、その2勝に当たる可能性もあったのである。結果敗れたものの4対5というスコアは力以上のものが出せたという意味でよく戦ったと言ってよい。

 ところで、この対戦を見て感じたことを3点書いてみたい。それは①守備、特に投手力の重要性 ②兵庫県のレベルの高さ ③応援の力 である。

 関学は守備力がしっかりしていた。決して華麗なプレーではないが、よく練習ができていたのではないかと思う。野手の捕球は確実で、内野手の送球は安定していた。そして特筆すべきは山崎の好投である。テレビの解説によると5月から投げ始めたらしいが、捕手としての経験が投球術を生み、それはその後の投球経験によって更に磨きがかかった。彼の登用により、チーム力は格段に上がったに違いない。過去の戦績は調べていないが、それまでは点は取っても失点が多く、勝ったり負けたりのチームだったのではないか。今日の試合でも、彼を先発させたらどうだったかという意見もあるが、それは監督の考え方であるから触れないでおきたい。

 兵庫県はレベルの高い地区である。これは説明するまでもない。勢いで勝ってきたという言い方は間違いではないが、勢いだけで勝てないのもレベルの高い地区の特徴である。報徳、育英、滝川などの有力校を連破することは確率的にも非常に困難なことであり、それを実現させた力は決して小さくないと考えるのである。

 最後は地元の有利さ。応援の大きさである。関学がホームチームであり、中京はアウェーで試合をしている状況だった。この応援が流れを関学側に引き込む力になったことは間違いなかろう。これは単純に地の利と受け止めればいいことで、これ以上言うことはない。逆に、この条件のなかで中京はよく戦ったと言える。それだけ力があるということでもある。

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2009年8月16日 (日)

PL学園対聖光学院 寸評

 スポーツは何を取っても素人であるが、見るときには自分なりの解釈を加えながら見るように努めている。そうしているうちに、自分なりの見方ができてきて、予想も当たる確率を上げていく。

 この対戦はPLの勝利と予想した。おそらく、ほとんどの人がそう思ったに違いない。大阪地区のレベルの高さがあるし、今年は非常に強い勝ち上がり方をした。準々決勝では大阪桐蔭を下して、ほぼ代表を手中にした。さて、ゲーム展開であるが、聖光学院に先行されたもののPLは1回と3回に得点して3対1とリードした。ここでは、もはや聖光学院に流れが傾くことはないと思われたが、PLの方に2,3の気の抜けたプレーが見られた。集中しきれていないと見た私は、PLが負けるという仮説を立てた。というか、本気で負けると思った。実力があっても、そういうプレーの出る時は負ける傾向があるからである。その後、プレーを見守っていると聖光学院が3対3の同点に追いつく。非常にいい形だ。

 ここまでは、自分の予想どおりに動きだしたので、ひょっとしたらと思い始めた。ところが、その裏でまたPLに流れが行ってしまう。なんでもない3塁ゴロを一塁へ送球ミスするのである。これが発端となって3点奪われる。そしてスコアはそのまま試合終了まで動かない。あのゴロをアウトにしていれば、少なくとも3点は入っていないと思われる。最少得点差であれば、最終盤にまた何かが起こる可能性もあった。やはり守備は大事だ。打ち込まれたら仕方がないが、平凡な打球は確実にアウトにしたい。素人にでも分かる原則である。

 というわけで、予想は外れた。勝負は単純ではなかった。いくつかの要素の複合であるから、簡単には流れない。しかし、巡り合わせはあるものだ。昨日の立正大淞南対華陵の試合で、9回表にファインプレーを見せた淞南のレフトの選手が、9回裏にさよならホームランを放った。なんとなく予感めいたものは誰しも感じたに違いないが、本当にこういう時には打ってくださいと言わんばかりの好球が行くものだ。とは言っても、あんなファインプレーは誰にでもできるものではなく、鈍足だったら届かないであろうし、打つ方も力がなければあれほどの鋭い当たりは飛ばない。流れは間違いなくあったにしても、それだけで片付けたら選手がかわいそうである。勝負の基本はやはり力である。

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2009年8月11日 (火)

夏の甲子園観戦記 第3日

 今日から休暇に入ったこともあり、早めに家を出て、お昼前に球場に入った。今回は3塁側アルプス席に入って、応援する関係者たちの様子もみながら試合を観ることにした。第2試合の長野日大対作新学院、第3試合の天理対南砺福野、第4試合の如水館対高知を観ることができた。

 第2試合は点の取り合いで大味な試合になってしまった。両校の主戦投手は共に制球が悪く、四球を出すとともに打ち込まれ失点を重ねた。最終盤は、お互いに落ち着いて投げられただけに前半の乱調が残念である、とくに作新学院の二番手は落ち着くと球が走り、150キロ近い速球を投げていた。それならもっと早くできたのではないかと思うが、落ち着いて日頃の調子で投げることは、こういう舞台では難しいのだろう。

 第3試合は新型インフルエンザの感染で十分練習ができなかったとされる天理と、地方大会をミラクルな戦いで制した南栃福野の試合。予想外に応援団の人数が多くて、アルプス席はいっぱいになった。結果は天理の大勝である。南栃福野は、普通であれば甲子園には出てこれないチームであり、力不足は否めなかった。守備練習から球が手に付かず、それが試合にまで現れて失策を重ねた。死四球とエラーが大量点につながった格好で、それがなければもっとまともな対戦になっていた可能性がある。自信の有無は、プレーにも表れるもので、天理の野手陣は落ち着いたフットワークとグラブさばきを見せていた。いい選手は構えた姿が格好いい。余分な動作がなく、スマートである。逆に弱いチームの選手は、落ち着きがなく、無駄な動きが多い。この2チームは好対照のチームだった。他に、天理の外野手が初回の守りに入る時に、揃って外野スタンドに向けて礼をしたのが印象的だった。こういう姿は他校で見たことがない。

 第4試合は因縁の対決。雨で、2試合連続で途中中止になった。比較的よく似たチームで、守りは堅実であり、試合運びはそつない。しばらく力どおりに僅差で進行したが、7回に大きな展開がみられた。如水館が3対2の1点ビハインドで迎えた7回表の高知の攻撃。1死1、3塁で高知の好打者である投手の公文を迎えた。ここで、迫田監督はこれまで好投してきた西見に勝負させると思ったが、1塁が空いていないにも拘らず、敬遠させた。そして左腕の池内に交代。よほど信頼があったのだとは思うが、代えるのであれば左打者の公文のところで代えて、際どいコースで勝負させても面白かった。上手くいけばゲッツーもあったろうに。それから、池内が押し出しの四球を出して、続く打者にもボールを2球続けた時に、同じ左腕の浜田に代えてしまった。これ以上追加点はやれないという迫田監督の判断だろうが、打席途中のチェンジは考えにくい。信頼しているのならその打席は投げさせるべきだろう。結局浜田も四球を出して大量点につながってしまった。

 ほんとにちょっとした判断の違いによって試合は大きく動いてしまう。采配のミスと言えるかどうかは分からない。結果がよく出ていれば、好采配と持ち上げられる。しかし今回は結果がでなかった。少し弱気ではなかったか。私はそう思う。

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2009年8月 8日 (土)

高校野球 迫田監督の眼

 高校野球の監督の仕事は、選手たちの個々の力量を向上させつつ、組織としての力を育て上げ、戦えるチームを作り上げることである。また、実戦の指揮を執り、相手チームとの力関係の分析の上に立ち、試合の展開を読みながら戦術を展開し、自軍を勝利に導くことである。こう考えると、高校野球の監督も楽な仕事ではない。ましてや有力校の監督ともなれば周囲の期待が大きく、気の休まる時がないであろう。

 名の知れた監督は全国に何十人といるのだが、今日は迫田監督に触れたい。迫田さんは今年で70歳。広島商業の選手として夏の大会に優勝経験があり、監督としても同じく広島商業で優勝を遂げている。現在は如水館のチームを率いており、この夏にも甲子園出場を果たした。週刊朝日の記事によれば、、2006年に指導方針を変えたという。あの駒大苫小牧の練習を見た時が転機になったそうだ。コーチや監督はほとんど指示を出さず、ミスや問題点があれば選手同士が集まって話し合っていた。「こういうチームには勝てないと思った」という。選手たちに求めるのは、自分で考える力だと考えるようになったのである。

 力のある監督ほど、選手をコマのように動かし、自分の采配で勝利へ持っていきたくなる。それでも、選手に一定の力があれば、それなりの結果がでるのだが、想定した範囲を出るものではない。想像を超えるようなチーム力の拡大や試合での力の発揮は、個々の選手の自主的な模索による創造性によらなければならない。各チームがレベルを上げている今日においては、昔ながらの監督依存では通用しなくなっているのである。

 これは、企業における人材の活用と類似している。これだけ変化の激しい社会に対応するためには、トップダウンは必要だとしても、それだけでは間に合わなくなっている。現場現場での迅速な意思決定が必要だと考えられており、軍隊の組織論にまで取り入れられている。従業員が、あるいは兵隊が、自分で判断し行動し出したら著しく効率が上がり、成果につながるであろうことはかなり確かなことである。制度を変えるとともに、風土改革を行うことが多くの企業に求められている所以である。

 名将にして、方針の転換あり。いつでも自己変革を忘れぬ姿勢が、迫田さんの真の強さかもしれない。

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2009年7月26日 (日)

シンクロでメダルなし

 世界水泳のシクロナイズドスイミングで、日本はこれまで毎回獲得してきたメダルを逸した。ソロ、デュエット、チームそれぞれで順位を落とし、地盤沈下の様相を見せてきた。これまではロシアという壁があって、世界大会のデュエットで立花・武田組の金はあったものの後塵を拝する結果となっていた。しかし、確実に銅メダルはとってきた。それゆえ、注目度も高く、国民が期待する種目の一つであった。

 敗北の原因はなんだろうか。詳しくはないが、ひとつは世代交代の時期ではなかったか。ニュースで見ていると、非常に若い選手が出場していた。次に、優秀なコーチの流出があったのではないか。中国やスペインにコーチが出て行った。井村さんの件は有名であるが、先日のニュースではスペインチームにも今現役のコーチが参加している。井村さんは現在は日本で若手の選手育成に力を入れているようだが、あのような大御所が下の組織で指導していると、ナショナルチームの監督はやりにくいのではないか。口出ししたりすることはないのだろうが、そう思ってしまう。

 そんな理由で、選手の演技は精彩を欠いてしまった。日本は欧米に比べ手足が短く、プロポーションで劣っているので、演技の同調性が勝負だった。それが今回は不十分だったので点数が伸びなかったのだ。私が心配するのは、現実のスキル低下以上に、イメージの低下である。プロの審査員であれば純粋に演技だけで判断するのだろうが、記録を争う種目ではないだけに印象が左右する。日本はレベル低しという先入観が出来上がればそれが大敵になる。北京での結果で、中国と日本の力関係が入れ替わった。そのことに対する井村雅代の功績は大きい。あの出来事が、今に尾を引いているといえないだろうか。

 巻き返しは非常に難しいと思う。技術レベルの向上は時間をかけて指導すれば出来ないことではないだろう。しかし、大会を重ねて力関係を変えることは容易ではない。想像以上の時間を必要とするだろう。そして私が最も恐れるのは、国民の関心の低下である。シンクロはもう駄目だなと思ってしまったら、興味が湧かない。そうするとマスコミも取り上げない。そうすると選手もコーチも士気が上がらない。あえて誤解を恐れず言うならば、関心を喚起する方法は、ビーチバレーにおける浅尾のような存在を作り上げることしかない。いや、それ以上のものだ。浅尾はまだ力不足。容姿もよく、実力もまた必須である。

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2009年7月25日 (土)

対談 高校野球の魅力 

A:「夏の選手権の地方予選が戦われています。今や夏の国民的な行事とも言えるまでになった高校野球ですが、なぜここまで国民の関心を集めるのでしょうか。」

B:「そうですね。一言では言えませんね。いろんな要素があると思うな。まず、日本人は野球という競技そのものが好きなんだろうね。男だったら少なくともキャッチボールぐらいしたことがあるだろうし、ほとんどの人が草野球を経験している。だから親しみがあると同時に、いくらか知識があるからにわか評論家になれるんですよ。球場へ行って御覧なさい。ここは送ってくるだろうなとか、だめだよ釣り球に引っかかっちゃあ、とか大声出してるでしょう。だけど選手まで聞こえることはない。あれは、俺は野球には少しうるさいよというアピールだろうね。声に出さなくても、頭では皆解説しながら見てるんじゃないの。」

C:「それはあるね。だけど悪いことではないでしょう。少しは分かるから見に行くのです。フェンシングなんか見たって分からないでしょう。だから見に行かない。」

A:「分かりました。確かに競技人口は最大でしょう。高校だけだったらサッカーより少し多いぐらいだけど、草野球まで入れたらやはり、一番多い。」

C:「だから見に行くわけ。特に地方はそうでしょう。プロ野球も人気は高いけれども、せいぜいオープン戦しか見れないでしょう。生の試合となると高校野球でしょ。好きな人なんか練習試合でも見に行っちゃう。それからね、自分の知っている選手も出てるでしょう。応援したくなるよね。少年野球だって同じこと。」

A:「でも、それだったら他の競技でも同じではないですか。」

B:「いや、やっぱり野球は特別だな。注目度が違うよ。予選から報道される。新聞でも登録選手は全員名前が出るから。そんなスポーツないでしょう。地区の決勝戦はNHKで放送されるし。すごいことだと思う。」

C:「甲子園に出たらもうすごいよ。全試合、全国放送です。1試合で2時間半ほど時間をとるとしたら全部で120時間も放送される。オリンピックやワールドカップ並だね。NHKは高野連にいくら払っているの?」

A:「知りません。今度調べておきます。」

B:「注目されているから放送する。これは当然なんだけれど、主催の朝日新聞にしたらすごい商売に違いない。朝日が主催しているって知っている人多いよね。8月だけ朝日新聞を取る人もいるぐらいだし。予選からテレビに出しているのもテレビ朝日の系列でしょう。」

C:「大会を盛り上げるには、話題のチームや選手が欲しいだろう。ハンカチ王子だとかマー君だとか、すごい効果だ。若い女性や主婦なんかもキャーキャー言ってる。テレビや雑誌も取り上げて、商売のネタにしている。純粋に競技としても面白いけれど、話題性かな。」

A:「地方予選から注目選手を追いかけるのは、甲子園へ向けてのPRなのでしょうか。でも途中で負けてしまったらおしまいですね。」

C:「花巻東の左腕投手、名前は忘れたけど・・・。」

A:「菊池君です。」

C:「そうそう。彼がまた出てくるから注目だね、それからまだ分からないけど、横浜のスラッガーでいるよね。」

A:「筒香でしょう。」

C:「おまえ、なんでも知っているなー。ツツゴウっていうのか。難しい名前だなあ。」

A:「ツツゴウで、フツゴウありますか。」

C:「おやじだね。めっちゃおやじ。とにかく、そういう選手が出てきたら盛り上がるってこと。もっとなんかある。」

B:「雑誌に書かれてましたね。朝日は甲子園に皇太子夫妻を呼ぼうとしていると。これも宣伝の一つでしょう。それから、これは選抜の方だけど、本物の進学校が出てきたら話題性抜群だ。灘高校が21世紀枠で出てきたら、すごい視聴率になるんじゃないですか。これは彼らに頑張ってもらうしか手の打ちようがないけれど、秋季でベスト16に残ったら絶対出してくるはずだ。」

C:「そんなことまで考えているんだ。ところでBさん、話題を変えて、高校野球のプレーそのものの魅力はどうですか。」

B:「いろいろありますが、発展途上の面白さかな。まだまだ未熟だけど必死にやっているとこがいい。未熟だから、みんなで助け合わないと勝てないですから、チームワーク重視になるでしょう。」

C:「そうですね。それだけに監督の力も大きくなりますね。選手の調子や心理状態、それから監督の采配でどっちへ転ぶか分からない危うさが魅力ですか。でもね、それはあるけれども、未熟な選手の中に高校生とは思えない選手が出てくるでしょう。これも楽しみ。松阪はすごかったな。それからずいぶん昔だけれど、江川はすごかったわ。バッターでは清原だね。」

B:「チームでもすごいのがありました。清原桑田のPLが筆頭です。冗談で阪神よりも強いと言われました。それから箕島、横浜、智弁など。」

A:「普通のチームにも魅力はありますよ。そちらが高校野球的でしょう。勝ち上がっていくにつれてどんどん力が付いていくのが面白いと思います。佐賀北はその典型的なチームでした。」

C:「四番の子が早稲田に行ったらしいけど、他に目立つ選手はいなかったよ。どうして勝っていったのか説明がつかないね。簡単に言えば勢いなんだろうけど・・・。注目されるから相手もやりにくかったに違いない。勝っちゃまずいかなあという空気があったりして。そこまで行かなくても、見えない敵があるのは間違いない。」

A:「いろいろ意見をいっていただきましたが、自分なりに高校野球の良さを見つけていくことが大切ではないでしょうか。NHKや朝日の思惑もあるでしょうが、そんなことに惑わされず、高校野球の存在意義を考えていきたいですね。」

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2009年6月28日 (日)

本当にすごいやつ

 スポーツの世界に限るが、想像を超えたすごい結果を出すアスリートがいる。異なる種類の競技で選手を比較することは難しいが、二番手三番手の選手との力の開きや一つひとつのプレーの水準の高さによって判断することが可能である。

 本当にすごいと思うのは、プロゴルフのタイガーウッズである。これまでもニクラウスのように強い選手はいたが、ウッズのプレーは神がかり的である。素人目に見ても、ショットの正確性は抜群であり、そのことが時として驚く結果を招くことになる。ショットがよければ当然ピンに絡んでくる。そこまではプロであれば当然のプレーとして見られるレベルであるが、ウッズの場合はチップインしてしまったり、長いパットが入ってしまったりするのである。こういうプレーは、たとえプロの選手でもそうそう出るものではない。おそらく、推測ではあるが、精度が一定の域を超えると、こういう現象が起こりだすのである。仮にそれを黄金領域と呼ぼう。この黄金領域を持った選手が何十年に一度の天才と言われるプレイヤーなのだ。

 ゴルフ界では、ウッズには及ばないが、石川遼が天才の片りんを見せている。今日のミズノオープンで優勝した彼の16番にそのプレーが出た。連続OBでミドルホールを9打として首位に並ばれた彼だったが、16番でチップインイーグルで再度引き離し優勝を飾った。普通は並ばれたところで崩れるのであるが、そこからまた劇的なプレーがでることを考えると、やはり只者ではないということなのだ。

 他のスポーツでもそういう選手はあるだろう。私はサッカーには詳しくはないが、マラドーナは奇跡的なプレーをする選手だったと記憶している。バスケットの世界にはマイケル・ジョーダンがいた。プロ野球ではどうだろうか。大リーグの歴史には詳しくないが、ベーブ・ルースはすごかったのだろう。イチローはどうだろうか。すごいには違いないが、ぶっちぎりだろうか。現在絶好調で、私の限界説を吹き飛ばしているが、なお限界説を取り下げていない私の鼻を明かすなら、是非来期も「.350」を超えてほしい。3割そこそこに終われば、やはり人並みに衰える人なのである。

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2009年6月21日 (日)

プロレスラーの死 三沢光晴氏逝く

 馬場・猪木の時代以来プロレスへの興味を失っていたので、三沢というレスラーの名前ぐらいは知っていたものの、その経歴は知るところではなかった。二代目タイガーマスクと聞いて思い出した程度である。死後、多くの報道を目にして多くのプロレスファンに愛されていたレスラーであることを知った。

 以前、プロレスはプロボクシングほど危険なスポーツではないと書いた。事実、プロボクサーは、ある記録によれば、日本でもこれまでに40人以上死亡している。それに対しレスラーの試合中の死は今まで聞いたことがなかった。十分に鍛錬し、乱暴には見えても一定のルールは守られて試合が行われているので事故は少なく、年齢が進んでも試合が可能なところがプロレスの特徴であった。小川直也氏のコメントでは、やはりレスラーがリング上で死ぬなんて考えられない。社長業での疲れなど特別な事情があったと考えるのが妥当だろうと訴えている。

 小川氏の説も説得力を持っている。レスラー自体が体を使う仕事であり激務である。年がいけば疲労も蓄積するに違いない。そこに社長業が加われば、トレーニングの不足、試合後の休息の不足が加わって他のレスラーとは互角に戦えない事情が生じる。そこの事情が分かっているレスラーは多少の手加減をするかもしれないが、興業を進めている社長の立場は当然それを許さなかっただろう。そう考えてみると、社長レスラーゆえの悲劇と言えるのではないか。

 冥福を祈りたい。

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2009年6月 6日 (土)

守備位置から

 何事にもセオリーというものがある。先ほど野球の守備位置について考えていたので、それを材料にしてみたい。どのチームも深い浅いの違いはあっても、ほぼ同じ角度に守っている。これは長い野球の歴史の中で、統計的にもっともアウトにする確率が高い、もしくは最も少ない塁打に抑える確率が高い位置に定まってきたのだと推測する。素人が野球をする場合でも、だいたいこの辺りで守るのだということが経験的に分かっている。しかし、結果は思い通りにはならない。投手と打者との力関係によって、統計的に出ているデータとは異なった方向に打球が飛んでいくからである。

 優秀な打者の打球は野手の間を抜けていく。野球の専門家ではないので詳しい技術論は分からないが、軸がしっかりしていて速いスイングができれば強い打球が飛ぶ。そうすると、統計的に見て例外的な結果へと導かれることになる。長嶋茂雄は天才的な打者で、スイングスピードの速さでは超一流だった。投球を読まずにボックスに立っていたと言われるが、それでも結果を残せたのはスピードのなせる技であろう。そういう長嶋も次第に体力が衰え、晩年は並みの選手になってしまった。打球が正面をつくようになり、ゲッツーの場面をしばしば見た記憶がある。

 これ以外にも野球にはいろんなセオリーがある。随分昔の話だが、高校野球の試合を見ていて気がついた。ランナーのいる場面で野手が投手に球を返す時に、一方のチームは投手の近くまで走って行って球を渡していたのに対し、他方のチームは離れたところから山なりで返球していた。その時は3塁に走者がいたので、投げ損ねて走者を返してしまうのではないかと心配した。野球に詳しい人にとっては当たり前のことだろうが、選手でさえ基本が身についていないこともあるのだと感じたのである。これ以外でも、深い守備位置で落球し、無理に一塁に送球し暴投になり、走者を2塁に進めるという場面を見たりすると、そういう場合は無理な送球をしないというのがセオリーなのかと思う。プロでさえそういう場面を目にするので、ミスをした時の精神状態では普通の判断ができないのだろう。

 確率を求めるならば、セオリー通りに事を運ぶのがよい。長期的に考える場合は特にそうである。奇策を用いて短期的な成果を上げても、長い目で見ればプラスにならないことがある。会社の経営であれば、理念をしっかり守って短期的な利益に目を奪われないことだ。野球の場合のように1対1の戦いではなく、ライバルはいるにしても、顧客に向かってどういう仕事をするのか考えるのが事業なので、よいと信じたことを愚鈍に進めるしかないのである。

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2009年5月24日 (日)

西岡利晃がメキシコで防衛戦に勝利

 西岡利晃が敵地メキシコで防衛戦に勝利した。実力では互角に戦えると思ったが、敵地なのでその分だけやや不利と予想したのだが、早い回にKOした。報道によれば、1ラウンドにダウンを喫したが、2ラウンドから右のリードブローが当たりだし、それが3ラウンドの左ストレートのクリーンヒットを呼び込んだようだ。

 西岡の戦績を見ると素晴らしい内容である。デビュー当時を除けば、ウィラポンにしか負けていないのである。長谷川、内藤に続く実力者だと言ってよい。今回の防衛でひと山越え、年齢的には厳しいが次の指名試合までは頑張れると思う。

 さて、昔ほどのボクシング人気はないが、日本人チャンピオンが多く生まれているのはなぜだろうか。よく、ボクシングはハングリーなスポーツだと言われる。その通りだと思う。経済的に恵まれた人間はボクシングなんかしない。こんな割に合わないスポーツはないのである。確かに元手はかからないが、練習はきつい。ランキング入りしても実入りはほとんどない。世界チャンピオンになっても将来が保障されるわけでもない。それでも夢を追うのは、今をかなり厳しい条件で生きているからだろう。多くの若者はフリーターという身分でトレーニングを続けているのだから。アメリカ、中南米、南アジアに強い選手が多いことを考えると、ボクシングは貧困が支えるスポーツかもしれない。

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日馬富士初優勝

 久々に大相撲の千秋楽をテレビで見た。優勝決定戦で日馬富士が白鵬を破って初優勝を果たした。これでモンゴル出身力士の三強時代に突入したという感想を強く抱いた。白鵬も謙虚だが堂々としていて人気はあるが、日馬富士は軽量にも拘わらず稽古で強くなってきたという印象が強いので、日本人に好かれるタイプだ。日本人力士では、稀勢の里がかろうじて外人勢に割って入れるか、期待を持たせるが、よほど頑張って自分の型を作らないと難しいだろう。

 前にも書いたが、外国から来る力士はレスリングやモンゴル相撲などで身体能力の高さを認められてスカウトされている。日本の力士では、学生相撲での実績を認められて入門するケースはよくあるが、アマチュア相撲の選手層は厚くないからどうしても外国出身者と互角に競争できないのである。これはもう仕方のないことで、日本人だけではレベルが落ちるばかりなので国際化せざるをえないのである。また、外人力士が出世することで相撲中継が外国向けの商品になるというメリットもあるに違いない。

 ところで、本場所になると、大麻や暴力事件などの話題が聞かれなくなる。古い体質の改善、制度・組織改革はどうなっているのだろうか。身内に甘い体質と言われ続けているが、閉鎖的な組織だからそうなるのは当然であって、やはり人事面での改革が必要だ。優秀な力士が優秀な経営者になれるとは限らないので、思いきって相撲界の外から人材を登用してもらいたいと思う。

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2009年4月29日 (水)

プロレスのこと

 プロレスをテレビで毎週見たのは小学生の時代である。そのころは国民的英雄だった力道山がすでに亡くなっており、ジャイアント馬場の時代になっていた。曜日は忘れたが夜の8時から試合が中継されており、レスラーに対する花束贈呈とか試合の合間の三菱掃除機の宣伝を思い出す。中継は家族全員で見ており、それはスポーツを見るという感覚ではなく、文字通りひとつのショーなのであった。馬場さん以外では後に新日本を立ち上げるアントニオ猪木、吉村道明が記憶に残る。外人レスラーではザ・デストロイヤー、フィリッツ・フォン・エリック、ボボ・ブラジルなどが思い出される。

 馬場さんは優秀なレスラーであると同時に実業家だった。若いころは巨体にも拘わらず動きが俊敏で、特に32文のドロップキックは迫力があった。晩年は加齢とともに動きが悪くなり、16文キックは相手から当たりに来ているのが見え見えの様であった。経営の哲学も持っており、読書家で、レスラーの面倒見もよかった。アブドーラ・ザ・ブッチャーの手記を読んだが、全日本プロレスは地方の巡業を主体に興業を行っていて、日本のレスラーも外人レスラーも一緒に(バスは別々だったようだが)移動していた。夜は馬場さんが率いて全員で食事に出かけ、よく御馳走になったそうだ。プロレスは興行であり、レスラーたちはいわば仕事仲間なのである。したがって、相手に怪我をさせたのでは仕事にならないから、重い怪我をさせない範囲で技をかけなければならない。それが暗黙のルールになっていたと思われる。そのルールのなかで、反則も含め、試合が進んでいくのである。何事もルールなしでは成り立たない。

 全日本、新日本以外にも国際プロレスの中継があった。他の団体より地味で、中継される会場も静かだったように思う。ストロング小林以外では、力道山と同じように角界出身の豊登が参戦していた。腕を振って脇の下をパコパコいわせるしぐさが付き物だったが、あれは何の意味があったのか未だに分からない。あれで外人レスラーを威嚇できるわけでもあるまい。外人ではビル・ロビンソンが参戦していた。英国出身の紳士を売り物にしたレスラーで実力もあった。フェアなレスリングをすると拍手が沸いた。それほど外人は悪役を演じるパターンが定着していたのだ。しかし、いろんな売り方があるものだ。

 今は違った流れもあるが、格闘技ではないからレスラーたちにも凄みはない。デストロイヤーは渋谷で見かけ、ラッシャー木村は高田の馬場ですれ違ったが、普通のおじさんであった。これに対し、新宿で見かけた極真空手の中村誠には殺気を感じた。昔のプロレスは2日に1回ぐらい試合をしていたが、空手はそんなに試合はできない。ボクシングでも多くてせいぜい月1回である。チャンピオンなら年3~4回だ。

 以上取り留めもなく、プロレスの思い出を語った。ついでに、下ネタになってしまうが面白い話を一つ。

 ボボ・ブラジルが巡業で九州を回っていた時の話。「ボボ」という音は、この地方では女性の体のある部分をさす。「ボボ・ブラジル来る」というポスターを見て、外人のストリッパーが来日していると勘違いして多数の男性が駆け付けた。しかし実際はプロレスの興行だったので、話が違うと大騒ぎになったそうである。これは、聞いた方もおられると思います。当然作り話でしょう。まじめに考えるとおかしい。普通、体育館でストリップはしないでしょう。

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2009年4月26日 (日)

WBCについて再び

 第2回ワールドベースクラシックは日本の連覇という結果で終わった。国内で連日話題になり、優勝でさらに湧きかえった。この結果には私も素直に喜んだ。

 さてその後であるが、メンバーとして活躍した選手は好調とは言えないようだ。それは第1回の大会後にも見られた傾向だ。シーズン前にピークを持って行って、多くの試合をこなしてきたら疲れがたまり、調子も下降線をたどるのが自然な傾向だろう。また、緊張の連続であったから精神的な疲労も想像を超える程度のものかもしれない。そのなかにあって、比較的順調なのが、国内では投手のダルビッシュと田中である。彼らは若いので、回復力があるのだろう。メジャーリーガーでは、イチロー、岩村、福留がまずまずのスタートをきっている。イチローは大会中に胃潰瘍を患っていたようなので、それが癒えて通常の状態に戻っている。打率は3割強で低いように思われるが、もはや全盛期は過ぎているのでまずまずではないかと思う。岩村と福留は自分なりの力を出している。大リーグでの経験も力になって調整が上手くできたのだろう。これ以外の選手は調子が上がらない。一番顕著なのは怪我をした選手で、横浜の村田選手、ヤクルトの青木。青木は疲れで発熱もあった。松坂は故障者リスト入りし、小松は2軍落ち。内海は本調子でなく、岩隈はそれなりに抑えてはいるが調子は良くないようだ。

 このように良い結果の後にはツケも回ってくる。それは承知の上で選手を招集し、勝ちに行ったのである。勝負に行って勝ったのだから、それは価値のあることである。納得ずくだからいいのである。ちなみに、私のひいきの中日は離脱した(と言われている)。実際はどうなのか分からない。若い投手陣は力はあるが実績不足。岩瀬は海外での試合には弱く、力も落ちてきている。野手では和田が選ばれる可能性があっただろう。森野はいい選手だが、どう評価されているのだろうか。

 元に戻って、結論としては日本にとってよい結果だったとして、大会を企画した側からはどうだったのだろうか。ある本を立ち読みしたところ、日本の優勝を一番よろこんだのは主催者であるメジャーリーグだと書いてあった。野球の市場拡大が目的なので大きな市場であるアジアのチームが勝ったのは願ったり叶ったりということか。これで日本の野球選手も国際的に評価が高まるので、ますます自信をもって大リーグに挑戦するようになるだろう。そうするとメジャーリーグへの日本国民の関心はさらに高まって、メジャーは儲かるだろう。メジャーリーグは日本の選手を欲しがっているようで、しかも実績のある高い選手を買うよりは、プロ入団前の選手を青田買いしようとしている。甲子園の大会にはネット裏にスカウトが陣取っているというし、少年野球まで足を運んでいるらしい。行きたいという人間を無理やり止めるわけにもいかないが、優秀な選手を根こそぎ持っていかれたのでは日本のプロ野球が衰退する。プロ野球にも魅力を増すための努力は必要だが、大きな資本力でPRされたのでは太刀打ちできない面がある。したがって、一定の規制を設けて両者が共存する道を求めなければならない。それを選手も理解しなければならない。昔は巨人でなければいやだと駄々をこねる選手がいたが、今後は大リーグへ行きたいという欲求がますます強まるのではないかと案ずる。

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2009年4月25日 (土)

袴田巌死刑囚を思う

 袴田事件(はかまだじけん)は、1966年静岡県清水市(現静岡市清水区)で発生した強盗殺人放火事件、およびその裁判で死刑が確定した袴田巖(はかまだいわお)死刑囚が冤罪を訴え再審を請求している事件である。(ウィキペディアより)

 

    事件名と再審請求されていることは知っていたが、その詳しい内容は最近まで知らなかった。知ったのは、日本ボクシング協会がチャリティーイベントを開催した記事を見たことがきっかけである。そのときの案内文を見てみよう。

   日本プロボクシング協会は、1966(昭和41)年に発生した、いわゆる『袴田事件』の犯人とされ、今も死刑囚として囚われの身となっている元プロボクサー、袴田巌さんの再審開始を支援しています。袴田さんを犯人とする物証は、警察によるねつ造を強く疑わせる、いわゆる『5点の衣類』に代表されるように、疑問に満ちたものばかりです。また、袴田さんが犯行を自白したのも、一日平均12時間、最大16時間50分におよぶ、拷問のような取調べによるものでした。今年に入り、一審の静岡地裁で死刑判決を下した熊本典道元裁判官が「実は袴田さんは無罪だと思っていた」と衝撃的な告白を行い、世間の関心もこれまでになく高まっています。その一方、袴田さんは現在71歳と高齢で、精神状態も不安定となっており、再審実現はまさに時間との戦いとなっています。そこで日本プロボクシング協会は、『袴田事件』の存在をより一層の世間に訴えるとともに、一日も早い再審開始を最高裁に求めるため、上記イベントを開催することといたしました。

    日本ボクシング協会が正式に支援を開始したのは1991年である。当時の原田会長(ファイティング原田)がプロボクシングのメッカである後楽園ホールのリング上から訴えたのである。その後も協会幹部に活動が引き継がれ支援活動が続いている。昨年のイベントでは現役チャンピオンの長谷川穂積が参加し、ミット打ちのパフォーマンスを披露した。冤罪の発生要因としてボクサーならやりかねないという偏見があったのではないかと言われている。ボクシングはスポーツであり、リングの上では闘争心を持たなければ撃ち合えないが、リングを降りれば大抵は普通の青年である。血の気の多い青年もいないではないが、それは他のスポーツ選手に存在するのと同じ程度ではないかと思っている。逆に素晴らしく礼儀正しい選手もいる。生の試合を観るなどしてもっとボクシングというスポーツを知ってほしい。

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2009年4月 5日 (日)

関西学生野球

 東京六大学野球は学生時代によく見て、卒業してからも何度か見ているが、大阪に住んでいながら、関西の学生野球は一度も見たことがなかった。関西学生野球連盟に所属する大学に息子二人が通っていることが動機となって、今回初めて西京極球場に足を運んで観戦することになった。今日見たのは関西学院大学対同志社大学の試合である。結果は2対3のスコアで、同志社大学が逆転勝ちを収めた。これは地力の差と言えるだろう。詳しくは知らないが、最近では近大がコンスタントに実績を残していたと思う。同志社と関学はやや低迷していると言えるのではないか。同志社と言えば、田尾安志。関学と言えば、田口壮というぐらい傑出した選手もいた。他のチームでは、関大の山口高志が歴史に残る選手である。ただし、昔ほどではないにしても、優秀な選手は東京に集まるので、自ずとレベルの差が生じる。昨年、早稲田対法政の試合を見たが、特に早稲田の投手はつぶが揃っていて、それぞれ140kmを超える速球を投げており、レベルの高さを感じた。それに比較して、今日見たチームはやや力が落ちるように思われた。とはいえ、今後も球場に足を運んで応援していきたい。

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2009年3月22日 (日)

選抜高校野球始まる

 選抜が始まった。選抜も夏も1試合は見に行くのが恒例の行事になっている。見に行くのは1、2回戦が多く、決勝、準決勝は見たことがない。

 開幕初戦はテレビ観戦して、第3試合を甲子園球場で見た。初戦は金光大阪対倉敷工業であった。開幕直後の緊張感で少し浮ついたプレーが目立ち、粗い試合内容になった。点の取り合いになり、延長戦にもつれこみ、最後は倉敷工業がサヨナラ勝ちした。しかし、試合は9回裏に倉敷工業のスクイズで決まったはずだった。本塁上のタッチプレーで捕手が落球しており、セーフの判定が出てしかるべきであったが、落とした球が見えにくい位置にあったため審判は捉えきれなかった。結果、タッチプレー成立後の落球と解釈された。このプレーの後、倉敷工業の勝利を祈った。これで負けたのでは悔いが残るからである。

 第3戦は末の息子とともに甲子園へ。内野の自由席券を購入して席に着くと、ちょうど選手が試合前のあいさつに向かう瞬間であった。今治西高対光星学院の試合。今回の大会については事前の情報はあまり持っていなかったが、光星学院の投手はよいと聞いていた。先発はエースではなく、左腕の投手。球速は130㌔を上回る程度だが、スライダーが打ちにくそうである。今治西は左バッターが多いので先発させたと考えられるが、それが的中して打ちあぐねた。左腕の場合、球速はなくても、いいスライダーがあれば打ちにくい。そうとう前の選手であるが、京都鳥羽高校の古田という投手を思い出す。球速は125㌔程度だが、コントロールがよく、低めに決まる。スライダーも低く決まるので各校とも苦戦していた。左腕ならではの投球だと思ったものだ。

 好投を続けて、5回を1点リードで迎えた光星学院だったが、得点圏に走者を許したところでエースをマウンドに上げた。光星も相手投手を打ちあぐんでいたので、点を許したくなかったし、エースへの信頼感も厚いようで、早めに思い切ったのだろう。しかし、結果はタイムリーを打たれて同点に。左腕の好投を見ていると続投もよかろうと思ったが、エースがしっかりしているので順当なところかもしれない。

 最後は、今治西がサヨナラ勝ち。光星学院に勝機はあったと思われるが、今治西の守りが冴えたということだろう。

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2009年3月15日 (日)

長谷川穂積 8度目の防衛

 長谷川が8度目の防衛戦に勝利した。テレビ中継は見られなかったが、後でYouTubeで内容を確認した。1ラウンドのTKO勝ちで、相手が実力を発揮する前に仕留めてしまった感じだ。見る方はちょっと拍子抜けしたのではないか。世界戦ともなればチケットは相当な高額である。

 長谷川は現在の日本チャンピオンのなかでは最も実力のある選手である。歴代でも3本の指に入ると思っている。バンタム級とフライ級は日本人の最も得意とするクラスで、いい選手はたくさんいるし、過去にもいたが、長谷川は抜きんでていると思う。よさは、スピードと集中力である。

 歴代で優秀な選手を私なりに上げてみると、相手にさほどの強敵がいなかったこともあるが、具志堅用高は攻撃が多彩できれいなボクシングをして、見事な戦績を残した。フライ級の大場政夫は事故でなくなったが、それまでの世界戦は劣勢を撥ねかえす展開で、気力の強さを見せつけた。パンチのスピードは抜群で、相手も強豪が多かったことを考えると高い評価を与えることができる。それに長谷川を加えると3人になる。別枠で一人入れたいのはガッツ石松である。石松の階級はライト級である。「スーパー」(昔で言えば、「ジュニア」)の付かないクラスが正規の階級として評価される。ライト級は世界的にも優秀な選手がたくさんいて、最もレベルの高い階級だ。そこでベルトをとった功績は大きい。石松は海外で、石の拳と言われたロベルト・デュランに挑戦し惜しくも10ラウンドTKO負けを喫した。当時、デュランは全盛期であり、敵地であることを考えるとそれでも評価できる。石松は一発で倒せる右を持つハードパンチャーだった。

 

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2008年10月13日 (月)

フランク・ゼーン

 フランク・ゼーンはボディビルコンテストの最高峰である「ミスターオリンピア」で、1977年から1979年まで3連覇した有名なボディビルダーである。ちなみに、歴代でもっとも有名で人気のあるビルダーはアーノルド・シュワルツェネッガーである。彼は1970年から1975年にかけて同大会で6連覇している。

 さて、フランク・ゼーンを取り上げる理由であるが、それは彼の作り上げた肉体の「美しさ」にある。「美しさ」であって「逞しさ」ではない。もちろん、ビルダーだから普通の人に比べて著しく筋肉が多いことは言うまでもない。これはビルダーのなかでの比較の問題である。

 ボディビルのコンテストにおける選手の評価は非常に難しい。記録を競う競技ではないので、審査員の主観的評価にならざるをえない。オリンピアの歴史を見ると、圧倒的に筋肉の量が評価されている。もちろん、量だけではなく、カットの深さ(凸凹感)やバランスも併せて見ているが、第一義的には量だと思う。セルジオ・オリバー、シュワルツェネッガー、ドリアン・イエーツ、ロニー・コールマン、ジェイ・カトラーと、時代を経るに従い巨大化している。これは、練習方法や器具の進歩、サプリメントの進歩、ステロイドなどの薬物の使用が背景にある。これはでかい方が良いという評価基準がもたらした変化ではないかと考えられる。

 そういう風潮の中で、フランク・ゼーンが現れた一時期だけは、「美しい」ものを選ぼうとする意思が働いたのではないだろうか。それも、彼の肉体のバランスの良さとそれを際立たせるポージングの巧みさがあっての話だろうが、私にはそう思える。何か社会的な背景がありはしないか。これは想像の域を出ないが、何かしら感じるところがある。それは、今年のオリンピアをデクスター・ジャクソンが制したというニュースを聞いたことにもよる。一旦勝ち始めると連覇が続くという流れからいえば、ジェイ・カトラーの時代といえるが、それをひっくり返したのはなぜだろうか。サブプライム問題と金融危機で成長神話が崩れ、大きいことよりもバランスが重視され始めたのではないだろうか。フランク・ゼーンの連覇はジミー・カーターの時代だった。今、大統領選ではオバマが有利に戦いを進めている。

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2008年9月15日 (月)

高校野球指導者の体罰

 智弁学園和歌山高校の野球部監督である高嶋仁氏が、部員への暴力行為で謹慎処分を受けた。その報道を耳にした時、あの監督ならやるかもしれないと思ったと同時に、その程度(選手の足を蹴った)のことなら大騒ぎすることもないのにと受け取っていたのだ。

 しかし、よくよく考えれば、名監督として名をとどろかせている人だけに安易な解釈は避けるべきだと考え直したのだ。まずは、基本として暴力は許されない。体罰という言葉で免罪しようとしても、それは一方から見た解釈であって、立場を離れて行為の素を見れば、やはり暴力という言葉しか残らない。厳に戒めるべきである。

 ここまでは一般的な話である。次は、智弁和歌山の野球と高嶋監督の問題である。高嶋監督は甲子園で通算56勝を上げている。もう少しで元PL学園の中村監督の通算勝利数を上回ろうとしている。彼におごりと焦りはなかっただろうか。この夏の勝利インタビューを聴いていておやっと思ったことがあった。それは、それほど大差で勝ったわけでもないのに、楽に勝てたという趣旨の発言をした時である。多少の違和感を感じながらも、ベテラン監督になるとそこまで読めるのかと思ったが、事件があってから思い返すと、少々過信していないか、勝負にこだわり過ぎていないかという疑念が湧いてくる。彼にとっては甲子園にチームを連れて行き、それなりの戦績を残すことが「仕事」になっているのだ。

 智弁和歌山では、一学年の部員が10人に限られ、県外生は二人までに限られている。これにはいろいろな解釈が可能だろうが、毎年確実な成績を上げるのに都合のよい仕組みだと考えられないだろうか。選手が多過ぎては指導が行き届かない。下級生に公式戦の経験を積ませれば、毎年一定のレベルを保つことができる。和歌山には他に強い私立高校がないので、県内の中学から優秀な選手を集めてしまえば、公立高校の戦力は落ち、甲子園への道は極めて短くなるのである。そうやって勝つためのシステムを学校と監督とが作り上げたのではないか。智弁和歌山は今や関西屈指の進学校となったが、そこに果たした野球部の貢献は計り知れないものがある。いつしか、謙虚さが消え去り、俺が甲子園へ連れて行っているのだと考えるようになった。選手のための甲子園ではなく、監督のための甲子園になってしまった。

 しばらくの謹慎期間を経て、また監督に復帰するだろう。そして中村監督の記録を破ってから引退することになる。ここまで肥大化した高校野球は簡単に方向転換することができない。多くの利権も絡んでいるらしい。これに比べれば、まだ大相撲は変わることができるように思えてしまう。日本においては、実は高校野球が国技であったのかもしれない。

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2008年9月 6日 (土)

また、日本相撲協会

 若ノ鵬の大麻所持事件を受けて、相撲協会は抜き打ちの尿検査を行った。これは協会自身の管理体制の甘さへの批判から逃げるための、言い訳的措置であったが、なんと二人の力士に陽性反応が出てしまったのだ。これには協会関係者が一番驚いたに違いない。露鵬ら二人のロシア出身力士には、続けて精度の高い検査が実施されたが、やはり陽性の結果が出てしまった。本人たちは否定しているが、物質が出ているのだから言い訳は苦しい。

 これまで何度か相撲協会の不祥事について書いてきたが、今だに根本的な改革に着手されないままである。協会は、国技という名のもとに安住し、保守的で閉鎖的な組織を維持することで自らの地位を確保しているのだから自浄作用は望むべきもないというのが真実かもしれない。

 八百長疑惑はずいぶん昔からあった。週刊誌で告発される形をとるが、曖昧にされ、忘れ去られる。これが何度となく繰り返される。大半の国民は八百長の存在を否定しないであろう。金銭の授受はともかく、星の貸し借りというレベルでいえば、間違いなく行われている。勝ち越しを懸けた一番で、勝ち越し負け越しが確定した力士が、相手方に星を貸すということが起こる。部屋別総当たり制で、部屋の力士同士は当たらないが、同門同士では対戦があり、助け合うことは人情として分かる部分がある。真剣勝負を旨とする格闘技の世界ではあってはならないことだが、部屋制度の問題を考えると無理からぬ要素は認める。

 これ以外にも、双羽黒問題、朝青龍問題、時津風部屋での暴行致死事件など数多くの問題を発生させ、そのたびにはっきりしない対応をとってきた。根本的な対策になっていなかったことは、不祥事の繰り返しで証明されている。ここに至れば、すでに論議が起こっているように、協会の解体にまで踏み込まなければ再生はありえないであろう。早く、解決しなければプロとしての相撲という競技そのものが消滅する可能性もある。

 部屋制度は解体すべきである。力士は全員、フリーにすべきである。新人は、テストを受けて力士学校に入る。当然ながら全寮制で、食事など生活の面倒は、新しく結成された新協会の新人育成部門が担当する。そこではライセンスを取得した先輩力士が実技や社会人としてのマナーや見識を教え込む。力士だからという特別な規範は必要ない。普通の常識が備わればいいのだ。一定の水準に達した力士は卒業だ。今までのように、相撲界に入ればすぐに土俵に上げるというやりかたは続けてもいいかもしれない。しかし、一定の期間に決められた番付まで上がれない場合は、退学しなければならない。

 さて、卒業すれば、協会の設立したトレーニングセンターに所属する。生活は基本的に併設の寄宿舎で寝起きする。部屋や食事は番付によって差をつける必要がある。けいこは、やはりライセンスを取得した先輩が行うが、部屋がなくなっているので、便宜上ランダムに振り分けられたグループに属するようにする。地方場所の宿泊やけいこも、今までお世話になったお寺などでグループごとで行う。

 これぐらいの改革を行わなければ、生き残ることはできない。力士も今の体制に甘えることなく、一アスリートとして自活していかなければならない。

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2008年8月30日 (土)

再び日本相撲協会

 若ノ鵬の大麻所持による逮捕を受けて、抜き打ちで尿検査を行うと相撲協会が発表した。これを聞いて、なんと頓珍漢な対応かと思い、協会への不信を深めた。

 協会傘下の力士の数はたかだか数百名であり、所属する部屋の数も数十である。国際的な競技であれば、アスリートに目が行き届かないのでドーピングの仕組みは必要であるが、相撲のように閉じた世界であれば、親方がきっちり管理していれば防止できるのである。管理・指導体制をしっかりさせる前に、尿検査を持ち出すのは本末転倒である。協会の体質を見直さない限り、尿検査などやっても逆にその信ぴょう性を疑われるだけではないのか。

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2008年8月24日 (日)

マラソンでメダル獲れず

 期待された女子マラソンでは野口みずきが欠場し、土佐礼子にわずかな期待がかかったが、その土佐も足の痛みで途中棄権した。男子は大崎が足の故障で直前に欠場を決め、佐藤と緒方に、これもわずかな期待が残されたが、予想を上回るハイペースとなり、最初から後方に置かれてしまった。

 マラソンは過酷な競技である。日本人に特別長距離に向いた身体的特性があるわけではないが、選手育成のノウハウがあり、またテレビへの露出を期待して企業が駅伝の選手を多く抱えることを背景にして、世界に通用する選手を排出してきた。トラック競技では、せいぜい決勝に残り、入賞を狙うポジションだが、マラソンに限ってはもっと高いレベルにある。女子選手では、高橋、野口とスピードにおいても負けない選手を育て、高温の条件にはめっぽう強い土佐も育てた。男子はスピードには劣るが、過酷な条件では粘れる選手を育てた。

 今回の敗北は、国民の期待もあって、ぎりぎりのトレーニングで自らを追い込んでいった選手に無理がたたったということであろう。日本のトレーニングも基本的には科学的な考えを基礎にしていると思われるが、期待を背に、一番多くの練習をした選手が勝つという非科学的な根性論が入り込んだのではないかと推測するのである。

 女子は野口が出ていれば勝てただろう。だが、ロンドンまでは体が持たないと思う。彼女に続くスピードランナーが出ない限りメダルは遠くなる。男子は暑さのなかでワンジルが6分32秒という驚異的な記録を出した。これについていける日本人選手は出ないだろう。

 スポーツは全く同じルール、基準で競うものである。民族による身体能力の差や選手の練習を支える環境に差があるなかで競えば、国家によって有利不利は当然生まれるのである。卓球における中国選手、陸上中長距離におけるアフリカ選手のように国籍を変えて活躍する選手も出てくる。そこにどれほどの意味があるのか考えてしまう。これに対し、民族が持っている文化は同じ基準で評価するものではない。ジャズと民謡ではどちらが優れているか比べようもない。スポーツに目が集まることは悪いことではないが、もっと文化が大事にされるべきではないか。経済のグローバル化のなかで、ローカルな文化が危うい状況にある。グローバル化は無条件に善であるわけがない。それを拒む、ローカルなパワーも、市民権を持つべきなのである。

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2008年8月23日 (土)

星野ジャパンがメダルを逃す

 藤川投手が、準決勝で韓国に敗れたあと、自分が打たれたこともあって「韓国の方が力が上。」と述べたが、私は実力は日本の方が上であると思っている。マイナーリーグの選手を集めたアメリカチームより上であることも間違いない。キューバと比べても見劣りはしない。

 今回の結果を招いたのは、明らかにチームの編成ミス、調整ミス、起用ミスが重なったからである。確かに、プロ野球の日程やチーム事情に制約を受けていることは事実であるが、それは他のチームも多かれ少なかれ同じである。監督、コーチは有名なビッグネームが並んでいるが、オリンピックのような短期決戦で上手な指揮が執れるスタッフだったか疑問が残る。短期決戦では、調子のよい選手を集中的に使うのが常道であり、初めての投手にも対応できるバッターを優先すべきであるが、果してそういう起用ができていたか。

 韓国戦のあとの記者会見で、韓国の記者からなぜ岩瀬を出したのか聞かれて、それは私の考え方だ、あなた方にとってはよい結果になっただろうと答えた。これはスポーツの次元の回答ではない。民族感情まるだしの政治的発言である。逆に、イーソンヨブは、決勝のホームランを打ったことに対し謝罪発言を行った。イーよ、そんな気遣いはやめてくれと言いたい。彼にそんな気を遣わせなければならない日本という国はどんな国か。また、オリンピックとは何なのか。

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日本相撲協会の判断について

 若ノ鵬の大麻所持事件で、日本相撲協会は本人を解雇処分にしたが、間垣親方に処分はなく、自ら理事を辞任した形をとらせた。これに対しては、身内に甘い体質との批判があいついだ。私も、部屋の解散までいかずとも、何らかの処分はあってしかるべきとの意見をもった。

 ところで、言いたいことは別にあって、時を同じくして報じられた北の湖理事長が黒海に対してとった行動である。黒海は夏巡業を病気で欠場していたが、母国のグルジアがロシア軍に攻撃されたことに対し、ロシア大使館に向けて抗議行動を行った。デモに参加したわけであるが、これを理事長は病気中は治療に専念せよと厳重注意した。これが釈然としない。

 仮に、巡業を休んで、カラオケに行って遊んでいたというなら、厳重注意でもいいだろう。しかし、問題は全く別である。祖国が外国の軍隊に攻撃されているのである。病気どころの話ではない。病気を押して駆け付けたとしても、褒められこそすれ、非難される内容ではない。北の湖には理解できないのだろう。しっかりした理念、判断基準をもたず、形式的な対応をしているから、物事の本質が見えないのである。

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2008年8月10日 (日)

北京オリンピック開幕

 8月8日に北京オリンピックが開幕した。もともと開会式や閉会式には興味がないので、今回も見ていない。関心は競技そのものにあり、競技も特定のものに絞られる。

 ①陸上競技 ②競泳 ③柔道 などが面白い。①は純粋に競技の面白さであり、フィールド競技よりもトラック競技が面白い。②と③は日本のメダルの可能性が興味を引く。

 日本が多くのメダルを獲得することを期待してはいるが、それほど簡単に獲れるものではない。世界中が必死で頑張っている中で一番になるのは容易ではない。柔道などは日本のお家芸であるから、全部獲れるような気になってしまうが、海外での競技人口も増えており、独壇場とはならない。日本人が特別身体能力に優れているわけではないので何割かのメダルをシェアできれば結果としては妥当ということになろう。

 谷亮子は残念ながら銅メダルに終わった。準決勝の試合は慎重になりすぎて攻められなかった。勝負は攻めなければ勝てない。格闘技は特にそうである。プロボクシングは挑戦者が攻めなければ勝てないというが、それは極端なホームディシジョンがあるからで、ニュートラルな場所では、チャンピオンにハンデがあると思わなければならない。

 その他、男女のサッカー、重量挙げでの三宅と結果が出ていない。これは力を出し切れていない面もあるし、力の差であるという見方もできる。競技の結果は力関係の所産であるから自分の調子だけでは決まらないのだ。とはいえ、オリンピックともなれば相手に力があるのだから、少なくとも自分のベストプレーがなければ結果はでない。

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2008年4月20日 (日)

フロックの起きやすいスポーツ

 フロックが起こりやすいということは、事前に勝敗の予測がつきやすいことの裏返しである。それは実力差がそのまま結果に出るかどうかということである。

 個人スポーツと団体スポーツとでは一般的に団体スポーツの方が変化が多く、かく乱要因が大きいため結果が予測しがたい。また団体スポーツでも、リーグ戦はトーナメントほど波乱が起こらない。

 実例で考えてみる。番狂わせの多いスポーツで、身近なものでは野球がある。高校野球で、このチームは間違いなく優勝するだろうと思えるチームは滅多にない。松坂がいた時の横浜高校、あるいは清原・桑田のPLぐらいだろうか。すきがほとんどなかった。江川はすごかったが、チームに打力が不足していた。高校野球の場合、毎年チーム編成が変わるので戦力が一定せず、また消化する試合数も少ないため戦力の分析ができないことも予測の立たない大きな要因の一つであるが、その他に、戦力に占める投手力のウエイトが大きく、かつ投手の調子にもばらつきがあり、メンタルな要素も大きいことがある。また、イレギュラーバウンドがあったり、ポテンヒットがあったり、天気が左右したりで、偶然の要素も左右する。私立の強豪校に公立校がたまたま勝ったりするが、これは緊張の高まる選手権の地方予選で多いようだ。プロ野球の場合は高校野球ほど戦力差はないが、6チームで長丁場のリーグ戦を戦うので、おおよそ見当がつく。現在阪神と中日が上位にいるのは順当である。読売の不振はキャンプに問題あったからだろう。なお、プロでも短期のシリーズは予測しがたい。

 その他、ラグビー、サッカー、バレーボール、バスケットなどはあまり詳しくはないが、予想外の結果というのはあまり聞かないように思う。高校の試合は野球と同じくトーナメントであるが、結果はシード校のなかから優勝校が出ており、佐賀北の様な例は知らない。

 個人種目はどうだろうか。個人の力はチームと比べるとシンプルで、測りやすい。これは人から聞いた話であるが、剣道でのフロックはあまりないらしい。力通りの結果が出るそうである。おそらく柔道もそうである。それに比べると大相撲は不確実である。横綱でも全勝は難しい。なぜだろうか。おそらく、がっぷり四つに組めば横綱が勝つが、離れてとれば展開に変化が生まれ思わぬ動きが生まれるし、立ち合いにもかく乱要因が付いて回るのである。したがって、一場所に2敗程度の負けは普通に起こる。

 その他のスポーツでは、陸上競技にまぐれはない。記録で競う競技は、個人の持っている過去の記録から大幅に伸びることはない。記録の近い選手の順位の入れ替わりがあるだけである。ただし、リレー種目にはバトンミスがあるので目を離せない。ボクシングもほとんど力通りの結果が出ると言えるが、競技の性格上試合数が少なく、力関係の読みにくい場合がある。スパーリングで手合せしていれば本人同士はわかるだろうが。ラッキーパンチがあるのもボクシングの魅力ではある。

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2008年3月23日 (日)

高校野球選抜大会始まる

 春の高校野球が始まった。夏の選手権に比べマスコミの取り上げ方が弱く、盛り上がりに欠けるのは事実のようだ。

 夏の特徴を挙げてみると違いがわかる。ひとつは、夏は予選と本大会が続いていて関心が徐々に高まっていくこと。二つ目には、夏の大会がチームとしての仕上げの大会であり、3年生にとって最後の試合になること。三つ目は、夏休みでOBが応援に駆け付けやすいし、一般のファンもお盆休みでテレビ観戦しやすい。四つ目は、高校野球は汗と涙のイメージが強いこと。こういうことが理由で盛り上がりの差になるのであろう。

 では春の大会は面白くないか。高校生の試合はどうなるか読めないところがあって、その点では夏も同じだが、秋の地区大会から5か月も間が空いていることから、その間に大きく力を付けている選手もいるし、十分伸びきれていない選手もいる。したがってチームのなかでも、チーム間でもアンバランスがあって、それが不確実性を生むのである。予期せぬ逆転劇が起こる要素が多分にあって、そこが面白さである。

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2008年1月12日 (土)

早慶戦

 今日、ラグビーの大学選手権決勝が行われる。早稲田対慶応という39年ぶりの顔合わせである。早慶戦と言えば野球であり、ラグビーは早明戦というイメージがある。これは早稲田出身者の見方であって慶應からみればまた別の見方になる。

 さて今日の結果はかなりの確率で早稲田が勝つだろう。力に差がある。選手の出身校を見ると早稲田は高校の全国大会でシード校になっている学校が多い。啓光学園、大工大付属、東福岡高校などである。一方慶応はそういう高校もあるが、慶応高校や慶応志木高校などの系列校。また小倉高校などの公立高校も含まれている。そういう人材で決勝まで勝ち上がってくるのは大したものだと思う。

 野球でも六大学ではここしばらく早稲田の天下になっている。斎藤人気もあってさらに選手は充実するのではないかと思われる。特に投手陣は粒がそろっている。野球にしてもラグビーにしても有力校に選手が集中してしまうと関西の大学は苦しくなる。野球よりもラグビーの場合は競技人口が少ないだけに極端な集中が生まれるのである。

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2007年12月 9日 (日)

ボクシング観戦

 いつもの通り松下IPMホールでの観戦。大阪帝拳主催のドラマティックボクシングである。今回出場した選手で最高位は日本の6位であった。

 残念に思ったのは一つ判定に疑問を感じた試合があったことだ。大鵬ジムの中井選手と塚原京都シムの村田選手の試合で、過去の戦績から考えて中井選手が有利だと思ったが、村田選手はトリッキーな動きで自分のペースに引き込んでいた。村田選手が2度いいパンチをヒットさせており、中井選手に有効打がなかったことも併せて、村田の勝ちと判断したが、僅差ではあるが3対0で中井の勝ちであった。

 この興業に大鵬ジムが試合提供という形で深く関わっており、また地元ということもあってジャッジの判断を狂わせたのであろう。本来中立であるべきジャッジもそういう力関係に惑わされるわけで、いかに公平な判断が難しいかを感じた次第である。

 その他「まじになったキティラー」こと橋口峻の試合はいつもの通り一方的に打たれる内容だったが、持前の気力で倒されることなく持ちこたえた。ボクシングは未熟だが、気力は一流と評価してよい。

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2007年11月18日 (日)

尾車親方の言葉

 大相撲をラジオ中継で聞いていた。尾車親方の解説であったが、押し相撲の若手力士が引いて勝った時の解説が深みがあり感心した。押さなきゃだめだ。引いて勝つより押して負けたほうがいい。攻めていれば明日につながる。楽して勝つことを覚えてはいけない。特に若い力士は。

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2007年11月11日 (日)

相撲協会とNHK

 時津風部屋の不祥事で大騒ぎになったが、その後はじめての本場所が今日福岡で始まった。NHKのラジオを聴いていたが、アナウンサーと解説の親方の話は全く問題をそらすような中身であった。問題は重く受け取るべきだが、格闘技であるからけいこは厳しいものである。親方の指導は難しいが、若者の体力に応じて対処していかざるをえないだろうという内容だった。あたかもかの事件が厳しすぎるけいこによって起こったかのような言い方であるが、実際はビール瓶などで殴打するとういう明らかな暴力によって発生したものであり、次元が違う。けいこと暴力の区別をはっきりつけるべきである。

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2007年11月 2日 (金)

日本シリーズ山井の交代

「名采配(さいはい)か、非情の采配か――。」

ここで何が正しいかという答えはなく、解釈の問題であると考える。私は「気持ち

の入った采配」であると思う。落合がそう思っていたかどうかは分からないが、戦

いの最後は岩瀬で締めくくりたかった。ここ5年ほどの岩瀬の働きは素晴らしいも

のがある。今年も例年の切れはなかったものの40セーブを超えた。極論すれば中

日は岩瀬で勝ってきたようなものである。優勝をほぼ手中に収めた舞台を岩瀬で終

わらせたいというのが一年間苦しい戦いの采配を振るった監督の熱い気持ちではな

かったか。ファン無視だというが、一年間応援を続けてきた中日ファンなら岩瀬の

登板に異論はなかろう。ただし、先を山井が投げているという事情があった。大黒

柱の川上が投げていたら迷ったかもしれない。

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2007年8月19日 (日)

甲子園

 佐賀北が帝京に勝った。力は帝京が数段上である。それでも勝てないのが短期決戦の怖さである。長期の戦いならば力通りの結果が出る。短期戦には「流れ」が左右する。勝負は時の運と言われる由縁である。

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2007年7月16日 (月)

オシムの言葉

 サッカーはチームスポーツなので戦い方にその国の文化的な特徴が出る。オシムは日本のサッカーについてよく発言しているが、ある雑誌で以下のような見解を示している。「私は日本人に、あまり責任や原因を明確にしないまま次に進もうとする傾向があるように思います。」上手くいっても、失敗しても「OK」で済ませてしまうと言うのだ。マスコミも結果を追い求める。勝っても内容が良くない場合もあれば、負けても内容のいい試合もある。大事な試合は結果を出さなければならないが、それまでの試合は中身が大事である。上手くいった原因、失敗した原因を追求することによってプレーのレベルを上げることができる。

 話は大きくなるが、なぜ戦争に突入したのか。戦争の責任は誰に属するか。曖昧なままここまで来てしまった。提起している人は少なからずいるが、国民的な議論にはならなかった。

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2007年7月 8日 (日)

高校野球予選観戦

 昨日から大阪府の予選が始まった。今日、万博球場に行って、1回戦の大阪産大付属と市岡商業との試合を見てきた。見る前から分かっていたことだが、産大付属の一方的な試合で5回コールドだった。

 基礎体力も技術も違いが大きすぎた。市岡は守備練習でポロポロこぼしていたし、監督のノックも下手であった。これでは普段の練習ができているとは思われない。

 仕事を考えるとき、われわれのレベルはどれほどのものかと考えてしまう。素質は変えることができない。しっかりしたトレーニングは可能だろう。大事なのは監督、コーチの力である。ひとりひとりの実力を把握して、どこを鍛えるのか明確にする。全体の目標もはっきりさせる。桐蔭やPLのようなチームに仕上げることができるだろうか。

 今日初めて蝉が鳴いた。

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2007年6月24日 (日)

ふたたびボクシング観戦

 今日は西成の区民センターでグルーンツダジムの興行があった。メインイベントはライトフライ級の東洋太平洋タイトルマッチであった。フィリピンのチャンピオンにグリーンツダの中島健が挑んだが4ラウンドのボディへの連打で2回ダウン。ロープに追い込まれて受けるだけになったところでストップとなった。さすがタイトルマッチだけあってレベルは高く、チャンピオンは強かった。

 この興行は津田会長の追悼興行で、追悼式も行われた。ツダジムでは3人の世界チャンピオンを生み出している。井岡弘樹、山口圭司、高山勝成である。その他有名人には赤井英和がいるし、金沢ジムでチャンピオンになった徳山昌守も最初在籍していた。またトレーナーとしてエディ・タウンゼントの名が知れている。

 最後に今日の試合で、同郷の川口優が試合をして僅差の判定勝ちを収めた。これで6勝2敗となった。まだ20歳なので伸びると思うが、スピードとスタミナに欠ける。ボディーは打てるがストレートがきっちり決まらない。スタミナも走りこんで鍛えないと6ラウンドが終わってフラフラな状態であった。頑張ってほしい。

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2007年6月17日 (日)

ボクシング観戦

 大阪IMPホールで次男とボクシング観戦した。大阪帝拳がプロモーションした試合で、4試合すべてで帝拳の選手が勝った。過去の戦績からして順当な結果であるが、応援の違いもあって確かに相手の選手にとっては不利な面もあった。

 世界のランカーが一人、日本のランカーが二人いたが、さほどレベルの高さは感じられなかった。特に世界11位の国重は8回途中のバッティングによる負傷で途中までの判定によって4ポイントほどの差で勝利したが、相手がまだ経験の浅い選手にもかかわらず手こずっていた。軽量級(L・フライ)なのでKOまでは望まないがきれいに勝ってほしかった。コンビネーションも悪く、特に体のバランスはひどかった。

 そのなかでも安定感があったのは、日本S・バンタム級10位に坪内だった。バランスがよくパンチも多彩で、もっと厳しく攻めれば後半にKOもあったと思う。

 多少眼が肥えてきたせいか、不満の残る試合も出てきた。まだデビューしてまもなく、技術的にも劣った選手同士の殴り合いの方がある意味迫力があって面白い。それはディフェンスが甘く、パンチもお互いにもらうからであるが。

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2007年5月26日 (土)

松坂の幸運

 松坂大輔が今日7勝目を上げた。5回で5失点だったが、見方が6点取っていたので勝利投手の権利をもったままマウンドをおりて、結局チームが勝利した。数試合好投したが、まだまだ調子は出ていない。それで7勝を稼いでいるのだから幸運である。打線が好調で、松坂が登板するときもよく点をとってくれる。調子が悪いときにいい数字がのこせていることはいい流れで、これから打線が下降気味になったときに本来のピッチングができるようになれば、また勝ち星が積み重なっていくだろう。

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2007年5月 2日 (水)

ボクシングの名選手

 防衛回数から言えば、具志堅用高の13回が圧倒的である。コンビネーション抜群のきれいなボクシングであった。しかし軽量級のため迫力には欠け、また層が薄かったので強敵も少なかった。

 記憶に残るボクサーは大場政夫である。オーランド・アモレス戦とチャチャイ・チオノイ戦では1ラウンドにダウンを奪われ危機的な状況だったが形成をひっくり返してKO勝ちした。在位のまま自動車事故で亡くなったのも印象を強くした。

 もう一人挙げるとすればガッツ石松であろう。層の厚いライト級で5回防衛している。幻の右といわれたハードパンチで一発で倒す力をもっていた。

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2007年5月 1日 (火)

ミスジャッジ

 私の好きなスポーツは、「野球」(プロアマ問わない)「陸上競技」「ボクシング」である。ボディビルもスポーツの一種かもしれないが、あえて言えばアートであろう。肉体を通した「美」の体現化である。そういうものとして日々取り組んでいる。それは前に書いたように老いとの戦いでもある。

 元に戻り、昨日ボクシングの試合を観戦してきた。大阪IMPホールでの若手育成マッチである。そのなかの一試合、6回戦の橋口対川口の試合であるが、結果は2対1の判定で川口の勝ちであったが、どう考えても川口の3対0が正しい判定であった。素人の私が見ても3ポイント川口が勝っていた。なぜジャッジの一人はこんな間違いをしたのだろうか。リングサイドは圧倒的に橋口のファンが多く、声援が飛び交っていた。その雰囲気に影響されたと考えざるをえない。それとも橋口が所属する金沢ジムと特別な関係にあったのか。後者のことは考えないでおこう。邪推かもしれぬ。

 はっきりとした判断基準がないと周囲の声に惑わされる。プロボクシングの場合はヒット数とダメージで計られるから、はっきりとした差がある場合には、間違えることはないであろう。僅差の場合はジャッジの着目するポイントによって差が出るか、残ったイメージの差であろう。川口の場合は圧倒的にヒット数が多かった。間違いはない。

 ちなみに、川口は三重県熊野市の出身であり、私と同郷と言ってもいいだろう。これからも応援したい。

 

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2007年4月15日 (日)

世界陸上

 この夏、大阪で世界陸上が開かれる。陸上競技は学生時代から好きで、国立競技場にも足を運んだことがあった。この時期は瀬古利彦が同じ大学にいて、同じ三重県出身ということもあって応援していた。早慶のナイター陸上という大会があったのだが、慶応にいい選手がいないこともあって瀬古の一人旅という感じであった。当然ながら5千メートルを13分台で走ったが、その瀬古でも世界で戦うにはマラソンを走るしかなかった。

 5千、1万メートルはケニアの選手が圧倒的に強い。この強さは練習で身につくものではなく、生来のものである。アジアの人種では太刀打ちできないし、西洋人も同じである。持久力と筋肉の強さと柔らかさが違うのである。記録は5千で1分、1万で1分半違う。日本に来ているケニア人も強いが、本国では二流である。それでも日本で練習して強くなった選手もおり、それはそれでうれしいことである。

 これ以外の競技で関心があるのはやはりハンマー投げだろうか。確実にメダルが取れるのはこの競技だけである。

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2007年4月14日 (土)

東京六大学野球

 今日、ハンカチ王子こと斉藤佑樹が開幕戦の東大戦に初登板し、勝星をあげた。注目度は江川並みというが、投手としてのスケールはやや見劣りする。ただ人気では負けないということだ。

 私が神宮に行っていた頃には、今阪神の監督をやっている岡田がいて4番を打っていた。はさんで、3番が有賀、5番が島貫で3人ともプロ入りした。だが、大成したのは岡田だけだった。彼は大阪の北陽高校出身で、在学中は層の厚い中で1年からレギュラーであった。私はテレビで1年の時にホームランを打つ場面を見たことがある。早熟なバッターだった。

 最近の早稲田出身者といえば和田と鳥谷を挙げることができる。鳥谷はやや伸び悩んでいるが、和田は期待通りに活躍している。彼は島根県の浜田高校出身で甲子園にも出ているが、球速もなく目立たない投手だった。ところが早稲田に入るなり急速に力をつけ、江川の奪三振記録を破るまでになった。

 彼は全力で投げれば140キロ台半ばの速球を投げることができるが、実戦では140キロ足らずに抑えている。早い球を投げるのが目的ではなく、打ち取るのが目的だから、それに必要な投球をすればいいと割り切っているのだ。少し急速を抑えてでも、打ちにくいコースに投げることが肝心なのである。非常に頭にいい投手である。

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2007年4月 4日 (水)

中日ドラゴンズ

 水原茂が監督を務めていた時代からの中日ファンである。大阪在住であるため一時阪神タイガースに惹かれた時期もあったが、根はやはりドラゴンズファンである。

 水原監督が退任する年に久々のAクラス入りを果たした。それから与那嶺監督にバトンタッチされ、水谷時代に育った選手たちを率いて優勝を果たしたのである。昭和49年だったろうか。神戸の銭湯のテレビで優勝シーンを観たような気がする。星野仙一の手を上げた姿が鮮明に記憶にある。板東英二の「燃えよドラゴンズ」が大ヒット?したのもこの年である。

 その後井上監督、星野監督、落合監督で優勝したと思う。その間の記憶に残る選手では、野手より投手に偏る。松本という個性的な左腕がいた。速球派の小松と鈴木の全盛期はすごかった。特に鈴木孝正のデビューは鮮烈だった。巨人打線も文字通りきりきり舞いだったのである。それほど素晴らしい速球の伸びであった。

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2007年4月 1日 (日)

一流のプレーヤー

 どんな分野であれ、道を究めた者の技には恐るべきものがある。その超人性と「美しさ」に感動する。「美しさ」とは自然の理にかなった動きであり、もっともシンプルで隙のない動きである。スポーツであれば、一流の選手の動きで特徴的なのは頭の位置が動かないということであり、体の軸がぶれないという共通性である。

 そこには生まれつきのバランスのよさもあるし、勘のよさもあるだろうが、やはり日頃の鍛錬によるものであろう。そこには工夫が必要だ。頭の悪い人間に工夫は出来ない。目標をしっかり持った上で、そこにいかに早く到達できるか必死に考えている人間が最も大きな進歩を手に入れることができる。一流の人間に学ぶところは大きい。そういう人が身近にいれば、それ自体が幸運というものであろう。

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2007年3月23日 (金)

高校野球のこと

 選抜大会が始まった。が、春の大会より夏の選手権の方に魅力を感じる。夏は予選から見に行く。二回戦、三回戦あたりが多い。球場は吹田の万博球場か住之江球場が多い。強豪と弱小チームの対戦がある意味面白い。試合の前にキャッチボールと守備練習が行われるが、まず選手がグランドに出てきたときに分かるのが体格の違いである。強豪チームの選手は背が高く、がっちりした体型である。弱小チームは中学生のような体だ。次にキャッチボールだが、遠投力に差が出る。基礎体力の違いである。守備練習での技術の違いも歴然としている。

 試合の中で出るのは基本的なプレーができるかどうかだ。ある試合では、3塁にランナーがいるのにセカンドがピッチャーに対してかなりの距離を空けて山なりの返球をした。ヒヤッとするプレーである。もし手元が狂えば3塁ランナーが楽々と生還できる。こういうところに弱いチームの特徴が出てくる。

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2007年3月15日 (木)

突然ボディビルの話

 高校時代からボディビルディングに興味があった。ボディビルダーへの関心と自分で肉体を鍛えることの両面である。当時名を馳せたビルダーはなんと言っても須藤孝三であろう。その均整のとれた体は素晴らしかった。以来、日本人で彼を上回るビルダーを知らない。

 世界に目を向けると、歴代でもっとも記憶に残るビルダーはやはりアーノルド・シュワルツェネッガーだ。バランスは文句の付けようがない。しかし一番好きなのはフランク・ゼーンである。もっとも美しさを感じるビルダーだ。もう一人上げるとすれば、フレックス・ウィラーである。美しさプラスボリューム感のあるビルダーだった。

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