カテゴリー「音楽・映画・演芸他芸術」の130件の記事

2016年12月25日 (日)

今年観た映画を振り返ると

①家族はつらいよ...
②ロクヨン前編
③ロクヨン後編
④或る終焉
⑤シン・ゴジラ
⑥栄光のランナー
⑦後妻業の女
⑧★生きる
⑨怒り
⑩白い帽子の女
⑪エル・クラン
⑫★七人の侍
⑬淵に立つ
⑭湯を沸かすほどの熱い愛
⑮人間の値打ち
⑯聖の青春
⑰誰のせいでもない
⑱★砂の器
⑲この世界の片隅に
⑳幸せなひとりぼっち
㉑ミス・シェパードをお手本に

以上ですが、★旧作を除いて自分なりにいいと思った3本を挙げますと、④ある終焉、⑬淵に立つ、⑳幸せなひとりぼっち、です。はっきりした基準があるわけじゃありませんが。おまけにもう一本、⑪エル・クラン。こういうことがあったということがすごく恐ろしい。

2016年8月28日 (日)

後妻業の女

「後妻業の女」を観てきましたがね、まあ品のない映画ですわね。エロあり、暴力ありで、大阪のおばちゃんの図々しさやだらしなさが誇張されていて、観ていてしんどかったなあ。大竹しのぶは上手いから監督のイメージ通り演じ切っていたのではないかと思う。

何年か前に、実際に4、5人殺した後妻の女がいました。全然色気もないのに騙されるのだから男もよほど阿保なんだと思いましたが、それなりに巧妙な手口があるんでしょうね。

私など財産がないから狙われることはない。安心です。しかし、保険金をかけられたら金にすることはできる。とにかく金が一番怖いんです。

この映画、騙されないようにね、という警鐘にはなっているでしょう。とはいえ、騙されていると分かっていても満足な場合もあるとか・・・。

*遺言状の作り方は勉強しておくほうがよさそうです。

 

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2014年9月 1日 (月)

木馬亭 甘味けんじライブ

 東京へ行ったついでに浅草へ。目的の浅草演芸ホールは昼前だと言うのに満席。そこで、折角来たのだからと木馬亭に入りました。

 昨日は特別興行で、「第13回甘味けんじライブ」をやっていました。実はこの人知りませんでした。Wケンジの弟子でぼうず漫談が芸のスタイルです。進行役は風呂わくぞうで、ゲストとしてチャンス青木、Wモアモア等。そして特別ゲストはザ・ガードマン等で活躍した俳優の藤巻潤。歌を数曲歌いましたがなかなか上手でした。実はこの人78歳なんです。とてもそんな歳には見えません。驚異です。

 チャンス青木、風呂わくぞうが見れたのは収穫でした。金曜の夜の救急車騒動(尿管結石)から始まって密度の濃い週末でした。

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2014年8月 3日 (日)

「二つ目の窓」を観る

 映画「二つ目の窓」を観る。観た後の感じは、悪くない。私としては「私の男」よりも好きな映画だ。奄美大島の住民たちの唄や踊りが心を和ませてくれる。そしてラストのシーン。主人公である少年と少女が手をつないで裸で海中を泳ぐ。美しい海のように澄んだ世界だった。

 最後の方で、樹木を伐採する(自然の破壊を表わしているのだろう)シーンで、木を切り倒す機械に、大きく「KOMATSU」と書かれている。ポジティブなイメージは生まれないわけで、コマツにしたら有り難くない話だろう。

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2014年7月20日 (日)

WAR-ED ホッとする清々しい歌声

 今日は梅田の浴衣祭りで、WAR-EDのライブを、「時空の広場」、「NU 茶屋町」の2会場で聴きました。争わない世界を歌う彼らは、ウクライナ、イラク、パレスチナなどの憎しみの連鎖に絶望的になってしまう私たちに、ごくごく細くはあるが、希望の歌声を運んで来てくれます。

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2014年3月18日 (火)

永遠のゼロについて

 私はかなり大きな勘違いをしていた。この映画は反戦映画なのだと思っていた。そう思ってみていると、そのように見えてくるものだ。戦争で命を落とすことの馬鹿馬鹿しさを感じていた。

 振り返ってみると、特攻で死ぬことの美化が見られた。またゼロ型戦闘機に対する憧憬もあった。私は観ていて、いくつかの違和感を覚えた。その一番は、主人公が特攻していくときに「ニヤッ」と笑うシーンである。なぜ笑わせたのか。もはや、そこには正常な精神が存在しないという意味に受け取ったが、実は、それは一種のヒロイズムへの酔いしれであったのか。

 もう一つ、主人公の後輩で生還する人物がいるのだが、彼は主人公の残された妻と子に長く世話をする。そしてその人物と妻は結ばれる。その時に、確か「初めて会った時から好きでした。」というセリフがある。これは実に浅薄なセリフに覚えた。もっと言葉の選び方があったのではないか。

 最後に、これも生き残って日本に帰り、やくざの親分になった人物が登場するが、この役者の芝居はこの上なく下手であった。

2014年3月 1日 (土)

ダラス・バイヤーズクラブ

 今日は1日なので夫婦50割を使わなくても千円でした。

 評判の高い映画です。80年代を描いているのではありますが、ゲイに対する偏見はアメリカ社会でも強いのですね。HIVも同じ。異色の映画であるのに意外に淡々とした感じを受けました。俳優が上手だからでしょうか。主演のマシュー・マコノヒーも良かったですが、レーヨン役の男優がよかったと思います。

 製薬会社への痛烈な批判が印象的でした。日本では無理かな。

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2014年2月24日 (月)

「史上最大の作戦」 → 「プライベート・ライアン」

 昨日は、一日DVD観賞。同じノルマンディーの闘いを題材にした、「史上最大の作戦」と「プライベート・ライアン」を続けて観る。

 内容は対照的。前者は、ノルマンディーの闘いが全体としてどういうものであったかを描いている。後者は、その闘いのなかで特定の兵士がいかに闘い、いかに生きたかを描いている。前者の分類に入る作品には、「トラ・トラ・トラ」を上げることができるし、後者には「プラトーン」がある。どちらにも入らないものとして、「フルメタル・ジャケット」がある。これは「戦争」というものを抽象化し、象徴化して表現している。

 ところで戦争映画はたいてい、一方の側から描かれている。第二大戦であれば、連合国軍の側の視点である。ドイツ軍は出てきても軍幹部だけである。その他大勢のドイツ兵は名前もなく、その生活は描かれない。ただ撃たれて倒れるだけなのである。彼らにも戦う理由があり、その死は連合軍の兵士と同じである。ドイツ兵にとって戦争とは何だったのだろうか。

 「プライベート・ライアン」はスピルバーグの作品であり、評価が高い。ストーリーは面白いし、戦闘シーンがリアルである。しかし、なんだか「美しすぎる」ように思える。血や腹から飛び出た内臓や千切れた自分の腕を拾い上げる兵士は生々しいけれども、決して醜くはない。スピルバーグの上品さだろうか。キューブリックとは違う。

 

2014年2月15日 (土)

戦争映画について

 休日に、映画のDVDをパソコンで観ることが趣味の一つになっている。レンタルビデオにすれば安くつくが、専ら1枚500円から1000円で安売りしているDVDを購入して観ている。

 どのジャンルが好みかと言うと、「戦(いくさ)もの」となろう。戦争映画と言いたいところだが、たとえば「七人の侍」は戦争映画とは言わないので、戦(いくさ)と表現した。戦のなかに表現される人間模様は面白いし、集団的な闘いのなかに組織論がある。「七人の侍」はその良質な部分の代表格である。

 とはいえ、主に観ているのは欧米の戦争映画である。特に記憶に残るものをいくつか並べてみよう。

 ・「眼下の敵」
 ・「トラ・トラ・トラ」
 ・「バルジ大作戦」
 ・「ナバロンの要塞」
 ・「ナバロンの嵐」
 ・「地獄の黙示録」
 ・「遠すぎた橋」
 ・「Uボート」
 ・「フルメタル・ジャケット」
 ・「プラトーン」

 こうみると、扱っているのは、第二世界大戦のヨーロッパ戦線が多く、続いてベトナム戦争。太平洋戦争は少ない。娯楽映画として成立するのは、連合軍がドイツ軍を攻めるパターンである。ベトナム戦争は娯楽にはならない。「トラ・トラ・トラ」はよく出来た映画だと思うが、アメリカでは売れなかったらしい。

 単純に面白いのは「眼下の敵」である。これはアメリカ側からの視点だけではなく、ドイツ軍の(艦長の)視点がある。軍隊にとどまらない組織論の面白さがある。

 「フルメタル・ジャケット」は評価の高い映画だが、私は前半部分にこの映画の意義を感じる。後半は、「地獄の黙示録」など他の映画に置き換えられる内容であろう。

 市販のDVDで手に入るものは限られるだろうが、戦争映画をこれからも観ていきたい。もちろん、「戦争」そのものには反対である。

2013年9月21日 (土)

許されざる者

 「許されざる者」を観てきました。ちょっと血なまぐさい映画でしたね。リメイクした元の作品は西部劇だからこんなんじゃないんだろう。刀は直接斬るし、突くからどうしても生々しくなる。欧米人が見たら嫌悪するかもしれない。

 テレビで、人はどこまで許されるかみたいなCMを流しているけど、そんなことを考えさせるストーリーでもなかった。(私の感じ方だが)アイヌや「女郎」を慮るセリフがあったが、これは監督の良心かな。アイヌはインディアンを置き換えたのでしょうか。

 ストーリーよりも渡辺謙と佐...藤浩市の演技が印象に残りました。佐藤は根っからの悪人をやらせるとピカイチですね。親父も「飢餓海峡」で悪人を好演しました。三国は晩年スーさんを演じましたが、佐藤のそういう役は想像ができません。渡辺謙は、悪人には見えない男が「平気で」人を斬ってしまう役柄をうまく演じていました。以前、正月の時代劇で壬生義士伝を主演した時のことを思い出しました。

 
 どこまで許されるかと言ったって、基本は人を殺しちゃいけないわけで、いろいろ事情はあるにせよ、その建前は崩しちゃいけません。

  ところで、李相日監督の作品は、フラガール⇒悪人⇒許されざる者と続いたのだが、この流れをどう見るか。だんだん過激な方向へ行っているような受け止めもできる。映画の材料を見つけるのも大変なのだろうが、焦りがあるのかもしれない。
 ここは日本なので、アメリカのようにセックスと暴力だらけの映画じゃよろしくない。混沌としているからこそ、ひずんだ部分のクローズアップばかりではなく、地下水脈のように静かに、そして確実に流れる人間の穏やかな部分も表現してほしい。

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