カテゴリー「教育」の50件の記事

2017年2月26日 (日)

「ほめる」「叱る」の二者択一か?

 人を成長させるには「ほめる」のが有効か、「叱る」のが有効かという議論が今なお続いているようで、それに関する出版物も多い。
 私が疑問に思うのは、なぜその二者択一の議論になってしまうのか、ということである。そうした方が「議論」として分かりやすいということがあるし、経験的にも目に見えやすいということもあるのだろう。
 しかし、現実はそんな単純なものではないだろう。他にもいろいろな見方がある。私は、「励ます」という方法を取り上げたい。相手の立場に寄り添って、押し上げるという感覚である。
 「ほめる」も「叱る」も上から目線ではないだろうか。
 

2013年12月22日 (日)

親はリターンを要求しないスポンサーである

 思うに、親は子にとって、リターンを要求しない都合のよいスポンサーだといえるだろう。

 私は子の進路について何ら自分の希望を押しつけたことはない。好きなようにさせている。同時に、大学を卒業するまでの費用はすべて負担する覚悟でいる。そのために借金もした。

 私の親も、私に対しては同じ姿勢を貫いた。進路は私が自分で決めた。お金は親がすべて出してくれた。もちろん、そのことには感謝している。これは親でこそ出来ることである。他人であれば必ずリターンを要求するだろう。

 ありがたいことではないだろうか。

2013年10月19日 (土)

教育の衰退の一断片

 先日、ある集まりがあって、中高一貫校の元教頭と国語の先生に話を伺った。ここは全国でもトップクラスの生徒を抱えている関西の学校である。(以後N高と呼ぶ)

 お二方によれば、ながく自由な校風を誇り、N高と同じ教育方針をとっていた京都のR高と神戸のK高が、細かく受験指導を行う「面倒見のよい」学校に変わったという。

 N高では未だに授業で教科書を使わず、教師の手作りの教材で進めている。(だから、ここでは教科書検定など関係ない。)昔はそういう学校は多くあったのだが、今日皆無に近づいている。マニュアル化された指導本に基づいて授業をする。これは、教師に準備をする時間がどれだけ与えられているかも考えなくてはならないが、教師自身の力量が関係している。質問をされてもまともに答えられない教師が、進学校にもいるという。

 年間、あるいは3年間、もしくは中高一貫の持ち上がりであれば6年間の授業計画を立て、それにしたがって時間ごとの内容を決めなければならない。国語のM先生は、日本では国語の教育は高校で終わってしまうので、それまでに世界に出しても恥ずかしくない人材を育てるのが目標だったと語っていた。資料は手書きだったので、次第に腕が動きにくくなり、担任を外してもらったということなので、かなりの重労働に耐えていたわけだ。それを続けたのは使命感であろう。

 ということで、多くの学校が「塾化」しているようなのだが、これも大学への合格実績が生徒を集めるための条件になっている事情があろう。だから、授業時間を増やし、毎日小テストを繰り返して高得点を得るためのトレーニングを繰り返さざるをえないのだ。これが悪循環を生む。見識は広がらず、考える力が身に付かない。

 これは教育現場における問題だが、日本の企業社会も同じではないかと思う。人を育てる余裕がない。マニュアル通り動ける人を育てる。そしてその人を評価する。だから予想外の事態が起こった時に対処できない。短期的な成果ばかりを追い求めると、じわりじわりと組織の力が弱っていく。肥料をつぎ込んで収量を上げると、土地がやせていくのである。

 たしかに時間がない、余裕がない。とはいえ、その状況のなかでも知恵を絞れば何かしらできることはあるはずだ。先ほどのN高の場合は、生徒の質自体が全国トップだという事情もあるが、それでもまわり道をさせるには信念が必要だろう。6年がすぎれば受験はするのだから、最終的にはその結果も問われるのである。

2013年1月15日 (火)

桜宮高校のバスケ部とバレー部の活動を停止??? 大阪市教委

 以下、読売新聞配信の記事である

 大阪市教委は15日、顧問による体罰が問題になっている市立桜宮(さくらのみや)高校のバスケットボール部とバレーボール部を、無期限の活動停止処分にした。
 市教委は、指導体制の刷新など同高による再生努力の実績を検証した上で、廃部か活動再開かを判断する、としている。
 バスケ部では昨年12月、2年男子生徒(17)が練習試合中に男性顧問(47)にたたかれた翌日に自殺。バレー部では過去に体罰で懲戒処分を受けたことがある男性顧問(35)が昨年11月、練習中に1年男子生徒をたたいていたことが判明した。

 この報道が正しいとすれば、大阪市教育委員会はなんと的外れな判断をしたのだろうか。処分すべきは指導者であって“部”という組織ではない。指導者と一緒になって主将に暴行を加えていた部員がいたのなら別だが、今回の件については指導者の問題であろう。

 しばらくは、部員たちに自主的な活動をやらせつつ、まともな指導ができる教員を探して新しい指導者をつけるべきだろう。高校生ならもう子供ではない。技術を高めるトレーニングは難しくとも、基礎的な練習や体力をつける練習ならできるだろう。部員たちを集めて、リーダーとなれる部員を話し合いで選ばせて、皆で練習メニューを決めさせればいいのだ。それをお膳立てしてやるぐらい教師にできるだろう。

 と、私は思う。 

2012年7月29日 (日)

R南高校 保護者会

 私は3人の息子を産み、育ててきたが、そのうち2人は京都R南中学、高校に進んだ。長男はすでに社会人となっているが三男はまだ高校1年生である。

 R南中学、高校には「保護者会」というものがある。定期考査が終わった後に行われる。したがって年5回開催されることになる。中学から高校までの全校が一度に行われるので、体育館が一杯になる。

 開会冒頭は、仏教系の学校なので、三帰依文などの宗教歌を歌い、続いて校歌を斉唱する。伴奏は全国レベルの吹奏楽部が勤める。荘厳な雰囲気があって、気持ちが引き締まる。こういう感覚は宗教学校(すべてこのようなレベルではなかろうが)でしか味わえないものである。ちなみに、吹奏楽部の顧問は長男の中一時の担任であったI先生である。I先生は非常に厳しい先生で、これは非常にまれな事例だが、クラスの全員がこの一年皆勤を貫いた。生活がきちんとできることが、成績が伸びることの前提であるという信念を持たれていた。長男は中高6年間を通じて皆勤であった。 

 会の主な内容は校長の訓話である。長男と三男がこの学校に通った時期は重ならないので、のべ9年余り関係を持っているのだが、その間に2度入れ替わり3人の校長の話を聞いている。それぞれ個性があって面白い。最初の校長は、京大哲学科出身のお坊さんで、それだけに、話は平易ではあったが深みを感じさせた。二人目の校長は、ゆったりした校長で、話方ものんびりしており、独特の味があった。その割には長々と話することはなく、聴く側としては楽だった。いつも寄付のお願いをされていた記憶がある。そして3人目の校長は、今回初めて話を聞いた。スーツを着ていたので、これまでの校長とは違い、僧侶ではないのかもしれない。話は長かったし、僧侶や教育関係者が書いた本からの引用が多く、一部興味深い内容もあったが、もっと自分の経験から得た内容を自分の言葉で話してほしいと思った。ただし、冒頭で、会に遅れてきた父兄に対し、注意を促した点は教育者らしい態度だと感心した。生徒に遅刻するなと口やかましく言っても、親がこの調子ではその教育に力が入らないのは確かだ。

 校長の話が終わると、保護者は子どもが学んでいる教室に移動する。そこで子どもの成績表を受け取り、担任の話を聞く。考査の結果の傾向や普段の学習や行事の様子などが内容である。一つだけ紹介しておくと、夏休みは長いようでもあっという間に過ぎてしまうので、あれもこれも勉強しようと思っても無理がある。苦手な科目と得意の科目とを組み合わせて、モチベーションを保ちつつ、苦手を克服する計画を立てればよいのではないかというアドバイスであった。

 そして、それが終わると一部の保護者と個別面談がある。私も面談したが、短時間だった。成績がよくないことも分かっているし、その原因も承知している。勉強しないからである。先生の言われることは至極もっともなことであり、素直に聞いてきた。なかには、この成績はおかしいとクレームを付ける親もいる。(近くで耳にした。)そんな細かいことを言わなくてもいいじゃないかと思う。ましてや人前でそんなことを言うのは非常識だ。通知表の1点、2点が何に影響すると言うのか?

 そんな保護者会である。

2012年5月 6日 (日)

進む “地方の衰退・衰弱”

 4月30日付けの日経新聞に書いていたが、早慶上智理大への合格者に占める首都圏の高校生の割合が増えているという数字があるそうだ。その記事によれば、5年前の59%に対し、67%になったという。これは確かに小さい数字ではないだろう。もっとも、これが進学者数ではなく、合格者数であるところが少し引っかかるのだが。(進学者数でも増えているのだろうが、増え方はこれより少ない可能性がある。)

 地方から東京の大学へ進む場合の経済的負担は大きい。親がその多くを負担し、不足する部分を本人がアルバイトで補てんするのが一般的なパターンであろう。一部に、奨学金も利用しながら本人だけでやりくりする場合もあるが、これは非常に負荷のかかる生活である。

 したがって、地方から東京に出ていく気持ちが消沈するのも無理からぬことだ。東京へ行けばこれまでに経験したことのない世界があることは容易に想像できるであろうが、それが叶わぬとなれば、地方には地方のいいところがあると言い聞かせて、地元に残る選択をすることになる。

 やむを得ない選択ならば、今ある条件のなかで精いっぱいやるしかないだろう。しかし失うものは相当大きいのではないか。私の経験からすれば、東京で得たものは大きい。
 全国から学生が集まっていた。育った地域によって考え方や感じ方、気質に違いがあるのかどうか明確には分からなかったが、何もないことはないだろうし、付き合いがきっかけで友人の育った町を尋ねたこともあった。
 東京には先端の文化があった。劇団があり、質はともかく演劇サークルは腐るほどあった。地方では上映の難しいマイナーな映画が観られた。あまり行かなかったが、クラシックの演奏会は頻繁に開かれていた。
 東京には、政治があった。様々な潮流があり、それぞれ徒党を組んでいた。内容はともかくも多様な主張を聞くことができた。マスコミによる大量で一方的な見方に対抗する主張に触れたことは有益であった。

 以上がすべてではないが、東京に住まうことの利点である。地方でこれらのことが皆無であるわけではないが、近年ますます貧しくなっていることは否定できないだろう。それは資本が地方に集まらないことや国による文化政策の貧困が招いているのであろう。
 たしかに、地方にしかできないことがある。先進的なものがすべてではない。地方にも人が暮らしているのだから当然文化というものがある。地方の文化を守り育て、それを中央に発信していくことで過度の集中を排しなければならない。だから余計に、中央から地方を見る経験もあっていいのではないだろうか。

 私は、故郷に帰った時に、何もないことに気が付く。母がいる。子どものときとあまり変わらない海や山がある。しかし、文化がない。活気がない。昔はもっと地方、地域の活力があった。このままでは、中央に完全に切り捨てられる日が来るのではないだろうか。

2012年2月26日 (日)

S大学教授N氏と会う

 金曜日の夜、S大学で教授をやっている後輩のN氏に会った。学会の集まりで来たのかと思ったが、今回は試験の監督だと言う。S大学は地方の国立大学だが、大阪にも入試会場を設けている。試験は1時間半で、1教科の選択制らしい。

 居酒屋で飲みながら、大学での生活について話を聞いた。というより、愚痴を聞いたという方がより正しい。教授、学生、学生の親への対応についての愚痴である。

 変な(病気の)教授がたくさんいるらしい。自分の研究室から出るとき鍵がかかっているか心配で何度も押したり引いたりして確かめる人がいる。それも複数いるらしい。ひとしきりガチャガチャやって去り、やっと静かになったかと思ったら、また戻ってきてやりだす。もう一人は、20分ぐらいガチャガチャやり続ける。

 学生は教師の言うことを聞かないそうだ。サークルの先輩とバイト先の上司の言うことは聞く。それは聞かないとたちまち困ることが起こるからだろう。教師の言うことを聞かなくても差しあたって不利益はない。
 また、文章の書けない学生が多い。レポートを書かせると、「~と思う、~と思う」の連続らしい。そう思う、そう考えることの根拠を書きなさいと言っても理解してもらえないらしい。文章を書けないということは、作文力の問題ではなく、思考力の問題である。

 モンスターペアレントとは小中学校の問題かと思っていたが、大学にもいるらしい。毎日電話をかけてきて息子への指導について苦情を言う親がいる。電話を受けるのは大学の職員だ。あまりに電話が長いので、肩とあごで受話器を挟み、仕事をしながら聞いていた。そして、無理な姿勢がたたり首筋を痛めて通院しているとのこと。労災にもできない。

 以上の話を聞かされた。最近では教授にも勤務評定があり、5段階で点数が付くらしい。評価の基準や方法は分からないが、あまりに常識的で面白くない教授を育ててしまう制度であれば問題があろうかと思う。教授は教員でもあるが研究者でもある。後者の要素が霞んでしまっては困る。

2011年11月 2日 (水)

勉強しなさい

 人形劇ひょっこりひょうたん島のなかで、中山千夏らが「勉強なさい、勉強なさい。大人は子どもに命令するよ。」と歌っていた。その影響でもなかろうが、世の中、勉強せよとあまりガミガミ言わない方がかえって自ら学ぶ子に育つのではないかと考えるようになっていった。

 しかし、今思うにその考えもまた一面的ではないだろうか。勉強はいずれしなければならないのである。なぜ勉強するのか考えることは重要だが、その理由付けが自分でできるようになってから勉強を始めたのでは実際は手遅れである。昔の人は論語の意味も分からないのに論語を覚えさせられた。勉強の基礎はそのようにして身に付くものである。外圧に拠らずして勉強は習慣化しない。

 だから、勉強なさい、勉強なさいと口やかましく言うのも親の仕事かもしれない。私自身あまり言ってこなかった。塾へ通わせることによって、塾の先生が代わりに言ってくれたのだが、塾へ行かなくなると勉強しなくなった。

 人間、すべての行為が明確な目的意識のもとに行われているのではない。大抵があまり考えずに行動している。文字通り主体的に勉強できる人は、よほど才能豊かな人であろう。普通の人はある意味仕方なく勉強している。本人にもっと早くやっておけばよかったと後悔させないために、親は口やかましさを避けてはいけないのだろう。

2011年10月26日 (水)

石は磨いても宝石にはならない?

 先日会社で人材の育成について話をしていた。そこである人が、できる人というのはもともと才能のある人であって、人を採用するにあたっては宝石の原石を見つける必要があるという趣旨の意見を述べた。一理ある。

 しかし、まだ磨かれていない宝石の原石と石とは見わけがつけがたい。人の集団は玉石混淆である。たしかに玉がいれば石もいる。違いはあるのだが、玉であるのかないのかは、結局磨いてみないと分からないのである。一番愚かなのは、自分は石だと決め込んで磨く努力をしない人だ。

 必死で磨いたけれども、結果石だったと分かることがあるかもしれない。しかし、それでもきれいな石にはなったのである。形のよい石にはなったのである。路傍で雨に打たれ人知れず風化していく石ではない。

 世の中には結果論でしか言えないことがたくさんある。立派な人が、こどものころから賢かったという場合もあるし、こどものころは悪かったという場合もある。さすがに偉い人はこどものころから偉かったねとも言えるし、こどものころは悪い方が偉くなるんだねとも言える。すべて結果が出てから後付けしているのである。逆に、子どものころに賢かったから大人になって偉くなるとも限らないし、悪かったから偉くなるとも限らないのである。

 磨く努力を怠ってはならない。

2011年9月30日 (金)

可能性を活かしきりたい

 せっかくいいものを持っているのにもったいないなと思う人がいるものだ。

 おそらく99%の人は、やればできるものをやらずに済ませて人生を終える。誰しも、なんらかの才能を持って生まれてくるのだが、本人が気が付かない場合もあるし、周りも気が付かないことが多い。人の才能には、運動に関するものもあれば、芸術に関するものもあり、社会的な活動につながるものもある。それらを適切に評価できる人は少ない。おそらく社会的境遇に恵まれた人ほど周囲に才能を掘り起こす人のいる確率が高いのであろうし、またその人が才能を育てる技術も持っている。可能性に関する不平等は、本人の才能の不平等だけではなく、育成の機会の問題でもある。

 さて、そうはいうものの、人間はまず自分の今置かれている境遇のなかで可能性を追求するしかない。自分はこれをやりたい、自分ならこれができるのではないかと必死で考える必要がある。できれば「君ならこれがきっとできるに違いない。」というアドバイスの言葉を投げかけてほしいが、そういう幸運はあるとは限らないのだ。

 自分の可能性を広く確かめたいのなら、チャレンジの機会を増やすことだ。数を増やせば確率が高まるだろう。ただし、ものになるかどうかの判断は早すぎてもいけない。人生は有限だから、そのへんの兼ね合いは難しい。石の上にも三年というから、それぐらいの挑戦は続けなければならない。そうすると、若い時のチャレンジは3回までと言えようか。

 とにかく、ぼんやりしているうちにあっという間に月日は流れる。まさに、光陰矢のごとしである。明日に予定していたことを奮起して今日やってしまうとか、毎日1時間ずつでも本を読んで勉強するとか。我慢したり、無理したりすることも人生には必要なのである。

 がむしゃらばかりでもいけないが、人生に何度かはがむしゃらな時間がなくてはならない。

より以前の記事一覧