カテゴリー「文化・風俗・生活雑感」の449件の記事

2019年1月21日 (月)

北朝鮮を望む

ソウル出張のついでに取引先が「統一展望台」に連れて行ってくれた。イムジン河と漢江が合流する付近の丘に展望台があり、観光客が集まる。平日だったので、人はまばらである。
肉眼で北朝鮮領土が見える。詳細は分からないが、赤土色に見える。山にも緑は少ない。同伴者の話によると、燃料に木を切ってしまうのではげ山になるそうだ。
望遠鏡ではっきり見える。黒っぽい服を着た人が歩いているのが見える。車は走っていない。高層の建物が何棟か建っているが人の気配はしない。同伴者の話では、住んでいないか、住んでいたとしても軍人の家族ではないかとのことであった。
いずれにしても韓国側と比べて何もない印象であった。
イムジン河水清く。

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2019年1月20日 (日)

ソウルは寒かったが、美味しかった

年が明けて、8日から10日までの3日間、ソウルに出張した。通して寒かったが、3日目の朝は氷点下10度まで冷え込んだ。札幌よりも低い気温である。
行く前に風邪で微熱が出ていたので、この寒さはこたえた。なんとか持ちこたえたという感じである。
初めての韓国で、ハングル文字が読めず、町の詳しい事情は分からないが、文化的には差を感じなかった。上海よりもホーチミンよりも近い。地理的に近いから当然ではあるが。
特に食べるものに抵抗がない。鍋料理は辛いがおいしい。キムチもおいしい。
向こうの人の話では、キムチを作る家は、2軒に1軒程度に減っているようだ。外食で出されるキムチは中国産が多いらしい。

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2019年1月19日 (土)

パブロンゴールドは麻薬だった

私は風邪の症状が出ると、パブロンゴールドAを飲む。そうすると、だるかった体が楽になり、気持ちがよくなってくる。「これはよく効く」と感じ、常用薬になっており、大箱を常に備えているし、会社の机の引き出しにも何袋か入っている。

しかし、毎日新聞の記事によると、麻薬的な効果があり、依存性を生じるようだ。若者には乱用する者がいるらしい。ネットでそういう情報も飛び交う。
市販薬と言えども、そういう性質をもったものがあるということを知り、適切に使用することが大事だと知らされた。というよりも、市販薬の方が危険なのだ。医師が処方する薬は量が制限されるが、市販薬はいくらでも買えるのだから。

2016年12月23日 (金)

ボディビルはスポーツではない

 私がボディビルらしきものを始めたのは高校生の時だった。祖母にダンベルを買ってもらい、我流でトレーニングしていた。月刊ボディビルディング誌を購読し、特に須藤孝三さんに注目していた。
 それからずいぶん間をおいて、37歳からボディビルジムに通いだした。約5年間続いた。週に1、2回だったけれども、それなりに効果があって、大胸筋や上腕二頭筋などの発達が目立ってきた。42歳でジムに行かなくなってからは、家で断続的に、すなわちやったりやらなかったりであるが、軽いダンベルで運動をしている。その結果、やっていない人に比べれば、明らかに筋量が豊富で、「脱げば」それと分かる。
 
 そういうわけで、ボディビルには興味を持っている。趣味の一つに挙げてもいいだろう。観る方では、ミスターオリンピアなど世界のトップレベルのビルダーには関心があり、特に好きなビルダーとしては、アーノルド・シュワルツェネッガー、サージ・ヌブレ、フランク・ゼーンの名前を挙げたい。それぞれよく均整がとれており、美しいと思える。気品を感じるほどである。一方日本では、末光健一と須藤孝三の二人が私のなかで抜きんでており、ずいぶん昔の人なのであるが、この二人を凌駕する人が出てこない。末光健一の圧倒的な迫力、須藤孝三の理想的なバランスおよび筋密度の高さは素晴らしい。
 
 これは私の好みによるものだが、知る限り日本人のファンの多くが同じような評価をしているので、日本人の好みだという言い方もできるのではなかと思う。
 ところで、ボディビルにもコンテストがある。審査の基準は、筋肉の量、バランス、カット(脂肪が抜けて凹凸感がある)、全体のプロポーション等であると思われる。(実際の採点表を見たことはない。)また、ポージングの巧拙が審査に影響することもよく言われている。
 
 ボディビルのコンテストは記録を争うものではない。ウエイトリフティングやパワーリフティングとは違う。美、すなわち肉体美、筋肉美を争うものである。と、私は思う。フィギュアースケートや新体操も美を競うが、基本には技がある。ボディビルにも肉体を鍛え上げる過程で使われる技があるが、コンテストは鍛えた結果の披露である。
 
 こういう点を考えると、ボディビルは、スポーツと呼んでいるものとは異質のようである。あえて言えば、筋肉を使ったアートなのではないかと思うのである。したがって、評価に個人的な好みも生じるし、時代による評価の変化も生まれるのである。

2016年8月17日 (水)

熊野に進歩的伝統は生きているのか

 私が生まれた町の出身者に崎久保誓一という人がいる。かの大逆事件に連座して死刑もしくは無期懲役に処せられた「新宮グループ」の一人である。崎久保氏は刑期途中で仮釈放され、1955年まで生きた。氏は、紀南新報や牟婁新報などに記事を書いていたジャーナリストだった。彼ら6名の罪は冤罪であったが、社会主義者であったり自由思想の持ち主であったりで、かの地域には進歩的な気風があったと思われる。ところが最近は、新宮市議会が2001年に6名の名誉回復決議を行ったという動きがあるものの、進歩的伝統がかの地域に広く受け継がれているとは思えない。
 
 私の同郷の友人1名が郷土史に興味があり、崎久保誓一氏についても彼から教わったのだが、それもごく最近の話であって、それまで町の人たちからも、あるいは学校の授業でも一度も聞いたことがなかった。それはただ忘却されていたのか、地域の「恥」として無視され続けていたのか分からない。
 
 ところで、なぜこの件に触れたかというと、恒例で夏休みに実家に帰った時に、母が購読している(実際はほとんど読んでいないと思うが)吉野熊野新聞というローカル紙を読んで、その内容を嘆かわしく思ったからである。記事の中身のほとんどが、当地域の出来事であるのは当然で、それが面白くないと思ったのではなく、わずかにある時評的な記事の内容があまりに稚拙だからである。ここにその全文を打ち込めば分かっていただけると思うが、それも大変骨が折れるのでやめておく。進歩的だとか保守的だとかいう以前に主張が支離滅裂である。どうも、人間は叱られたり罰せられたりしてまともになっていくものなのに、最近はそういう教育がなされないので、リンチ殺人が起こったり、会社をすぐに辞めてしまったりするのだ、ということを言いたそうなのである。それはそれで根拠を示したうえで論理的に書いてもらえれば一考に値する主張になるかもしれないが、そうでは全くない。思いついたこと、どこかで聞きかじったようなことを、ただ書き並べているだけである。 

 そもそもそういうものに期待をしてはいけないのかもしれない。優秀な人間の大半は都会に出て行ってしまう。残って地域を盛り上げようという固い志の人もいるとは思えない。くにを捨てた私がこんなことを書いていること自体、大変失礼なことかもしれないのだが。
 

 わが故郷が経済成長から取り残されたのは、地理的な不利さが最も大きな要因であると思うが、次に重要なものは「人」の問題であった。経済の衰退が人を流出させた面は否めないが、人がその流れを止められなかった側面も大いにあると思う。

 郷土史に興味を持つ友人が言った。大逆事件がなければ、この地はもっと発展していたかもしれない。ずっと冷や飯を食わされてきたのであると。

2016年7月24日 (日)

寄席を楽しむ 浅草、上野

 東京へ。浅草演芸ホールの夜席と上野鈴本の昼席を楽しみました。小屋によって、雰囲気が違いますね。浅草は小屋が古い。浅草観光のついでといった団体客がいて途中で帰ったりします。飲んだり食べたりしている人も多い。一方、鈴本はビルになっているのできれいだし、寄席を聴きに来ている感じがあって客は高座に集中してる。
    
 主な出演者は、浅草が、柳家喬太郎、三遊亭圓丈、柳家三三。鈴本が、柳家さん喬、三遊亭歌之介、古今亭菊太楼。面白いことに、師匠のさん喬と弟子の喬太郎が、同じ「そば清」をやった。どちらがいいとは言いがたいが、さん喬の方が細やかですね。三三は「蛙茶番」をやったが、とりといえども持ち時間が30分なのでせわしない。ゆったりやればもっと笑えるのだが。寄席でやる噺ではないね。

 写真は携帯電話で撮った不忍池です。

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2016年7月13日 (水)

古寺の衰退を防ぐ

 古寺巡りが趣味の一つとなっていますが、それぞれのお寺によって様子の違いがあります。広い境内で建物も立派なお寺もあるし、こぢんまりしたお寺もあります。手入れが行き届いたお寺もあれば、やや荒れた感じのお寺もあります。拝観料、入山料は、まれに無料もしくは寄付形式のところもありますが、大半は有料で、額はさほど高くはありません。大半が5百円程度です。別途、宝物館の入場料を取るお寺もあります。それでも5百円ぐらいですね。

  しばしば感じるのは維持費がたいそうかかるだろうということです。特に傷んだ建物の修繕には半端でないお金がかかります。時々大規模改修とかいって数年がかりでやっていますが、大きなものになると億円単位でかかるでしょう。そのお金はどこから来るのか。行政からの補助は限りがありますから信者の寄付に頼るのでしょうか。そこで、大事になるのが、拝観料収入だったり、祈祷料、御朱印料、お守りなどの物品(というと失礼か)販売収入となります。 その前に、そもそも参拝者が集まらなければどうにもなりませんね。人が来ないところは自ずと衰退します。

 貴重な文化財がすたれていくのは残念です。だからそれぞれの工夫が必要になってきます。たとえば、西国三十三箇所に入っているお寺だとある程度人は来ます。加えて、植物を植えて花の名所にすると開花の時期に大そうな人出が期待できます。梅、ぼたん、さつき、紫陽花など。数百万円から多いところで数千万円はあるでしょう。それから、物品販売ですね。そこでしか買えない商品(?)の企画です。外部からの売り込みもあるのでしょうが、独自の企画が必要です。あまりビジネス的になってもよくありませんが、生き残るための知恵です。なかには、「幸福になる○○」とか銘打っているものがあり、詐欺まがいではないかと思われるものもありますが、高額ではないし、買う人が満足ならそれもよしでしょう。

  最後に、お寺ですから、職員の方々は礼儀正しく、優しいのが当たりまえだと思うのですが、たまにそうでない場合があります。こういうところはそのうち消滅するわ、と思ってしまうのですが、信心が足りないのでしょうか。

2016年7月11日 (月)

追悼 永六輔

 2011年6月19日のブログより
「下を向いて歩こう」
 坂本九の「上を向いて歩こう」は1961年に発売され、内外で大ヒットした。私が3歳の時である。したがって、物心ついた時にはすでに誰もが口ずさむほどに親しまれていたに違いない。私自身も子どものころからよく歌っていたように思う。どの程度かは分からないが、日本の国民に希望を与えたのではなかろうか。私はこの曲を日本の国歌にすればよいという考えを持っている。

 ところで、タイトルの「下を向いて歩こう」だが、これはうな垂れて生きようという意味ではない。組織や社会の底辺に視線を向けようという趣旨である。
 社会のレベルで言えば、職に就けない若者たちであり、障害等の理由で生活に困窮する人々であり、大地震で被災した人々も加えなければならない。組織で言えば、現場で働く労働者のことであろうし、上司から見れば部下の社員のことを表わすだろう。

 上を目指すのはよいが、上昇志向が強すぎると、自分から下へは視線を向けなくなる。上ばかり気にして生きていくことになるのである。けっきょく、下からの支持を失い、上昇もほどほどのところで止まってしまう。それはそれでその人のなした業であるから仕方がないのだが、そういう傾向があることを承知して事に当たりたい。

 これは処世訓というよりは、ポリシーの問題かもしれない。自分の利益を優先したら、自ずと下に目が行かなくなる。

2016年7月 4日 (月)

蝉の初鳴き

 本日、今年初めて蝉の鳴く音を聞きました。家の前の林が伐採されたために、今年は会社通勤する道の街路樹で聞きました。例年より早いです。

2015年10月 4日 (日)

久々に記事

姫路城が改築されて初めて訪問。そばの好古園のほうが印象的でした。

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