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2017年4月の投稿

2017年4月 2日 (日)

凡夫の自覚

 人間、みな、ちょぼちょぼだ。こういう思想が私にはある。
 
 努力している人間は、いちおう評価はするけれども、その努力の目標が他の人の利益を損なうようなものでは感心できない。名をあげ、財を成したとしても、もともとはその人の欲求に発することである。成功して自分が偉いと思い、鼻高々に振舞っては普通の人以下である。謙虚に振舞っていればまだ敬意を示すこともできる。
 自分は、そもそもが平凡な人間であること。多くの煩悩をかかえた人間であることを覚る必要がある。それで、世の中の問題が解決されるわけではない。しかし、自己主張を抑えて、相手の言うことを聴いてみようと思うことは、民主的な解決への糸口にはなるだろう。
 少なくとも、個人の問題としてとらえた場合、救済の根拠にはなるように思う。

2017年4月 1日 (土)

巡りあわせが運んでくる運もあれば、努力が引き寄せる運もある

 運には二つの種類がある。「巡りあわせが運んでくる運」と「努力が引き寄せる運」である。

 たとえば会社で与えられるポストなどは巡りあわせによることが多い。私が課長から部長に上がったのは、先の部長が病気で戦線離脱し、席が空いたからである。それをきっかけにして短期間に役員にまで駆け上がった。

 一方で努力が引き寄せる運もある。分かりやすい例として高校入試の経験を書こう。私は全国屈指の難関高校を受験しようと決意した。中学時代の成績は中の上ぐらいでとても合格できる水準ではない。中学3年になってから少しやる気が出てきて、少しずつ成績が上がりだした。そして受験3か月前になると絶対に合格すると決意し、早朝5時まで必死の形相で勉強し続けた。さすがにそこまでやると成績はうなぎ登りだ。

 それでも到底合格できるレベルではない。それでも試験日は充実していた。一発やってやろうかという気持ちである。しかし、解けない問題が多い。そもそも覚えていないことも多い。このままでは合格は無理だろう。そこで落ち着くためにトイレに行った。そして戻り、いなおって、じっくり考えていたら不思議なことに解けてくる。選択問題は勘の勝負だ。

 選択問題は、終わってから確かめてみるとほとんどが当たっていた。これはどう考えても実力ではない。運なのである。しかし、運ではあるが、あれだけ勉強したから付いてきた運であろう。

 

 とはいえ、運などに頼るものではない。人生は、自業自得である。

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