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2016年12月23日 (金)

ボディビルはスポーツではない

 私がボディビルらしきものを始めたのは高校生の時だった。祖母にダンベルを買ってもらい、我流でトレーニングしていた。月刊ボディビルディング誌を購読し、特に須藤孝三さんに注目していた。
 それからずいぶん間をおいて、37歳からボディビルジムに通いだした。約5年間続いた。週に1、2回だったけれども、それなりに効果があって、大胸筋や上腕二頭筋などの発達が目立ってきた。42歳でジムに行かなくなってからは、家で断続的に、すなわちやったりやらなかったりであるが、軽いダンベルで運動をしている。その結果、やっていない人に比べれば、明らかに筋量が豊富で、「脱げば」それと分かる。
 
 そういうわけで、ボディビルには興味を持っている。趣味の一つに挙げてもいいだろう。観る方では、ミスターオリンピアなど世界のトップレベルのビルダーには関心があり、特に好きなビルダーとしては、アーノルド・シュワルツェネッガー、サージ・ヌブレ、フランク・ゼーンの名前を挙げたい。それぞれよく均整がとれており、美しいと思える。気品を感じるほどである。一方日本では、末光健一と須藤孝三の二人が私のなかで抜きんでており、ずいぶん昔の人なのであるが、この二人を凌駕する人が出てこない。末光健一の圧倒的な迫力、須藤孝三の理想的なバランスおよび筋密度の高さは素晴らしい。
 
 これは私の好みによるものだが、知る限り日本人のファンの多くが同じような評価をしているので、日本人の好みだという言い方もできるのではなかと思う。
 ところで、ボディビルにもコンテストがある。審査の基準は、筋肉の量、バランス、カット(脂肪が抜けて凹凸感がある)、全体のプロポーション等であると思われる。(実際の採点表を見たことはない。)また、ポージングの巧拙が審査に影響することもよく言われている。
 
 ボディビルのコンテストは記録を争うものではない。ウエイトリフティングやパワーリフティングとは違う。美、すなわち肉体美、筋肉美を争うものである。と、私は思う。フィギュアースケートや新体操も美を競うが、基本には技がある。ボディビルにも肉体を鍛え上げる過程で使われる技があるが、コンテストは鍛えた結果の披露である。
 
 こういう点を考えると、ボディビルは、スポーツと呼んでいるものとは異質のようである。あえて言えば、筋肉を使ったアートなのではないかと思うのである。したがって、評価に個人的な好みも生じるし、時代による評価の変化も生まれるのである。

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