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2016年8月17日 (水)

熊野に進歩的伝統は生きているのか

 私が生まれた町の出身者に崎久保誓一という人がいる。かの大逆事件に連座して死刑もしくは無期懲役に処せられた「新宮グループ」の一人である。崎久保氏は刑期途中で仮釈放され、1955年まで生きた。氏は、紀南新報や牟婁新報などに記事を書いていたジャーナリストだった。彼ら6名の罪は冤罪であったが、社会主義者であったり自由思想の持ち主であったりで、かの地域には進歩的な気風があったと思われる。ところが最近は、新宮市議会が2001年に6名の名誉回復決議を行ったという動きがあるものの、進歩的伝統がかの地域に広く受け継がれているとは思えない。
 
 私の同郷の友人1名が郷土史に興味があり、崎久保誓一氏についても彼から教わったのだが、それもごく最近の話であって、それまで町の人たちからも、あるいは学校の授業でも一度も聞いたことがなかった。それはただ忘却されていたのか、地域の「恥」として無視され続けていたのか分からない。
 
 ところで、なぜこの件に触れたかというと、恒例で夏休みに実家に帰った時に、母が購読している(実際はほとんど読んでいないと思うが)吉野熊野新聞というローカル紙を読んで、その内容を嘆かわしく思ったからである。記事の中身のほとんどが、当地域の出来事であるのは当然で、それが面白くないと思ったのではなく、わずかにある時評的な記事の内容があまりに稚拙だからである。ここにその全文を打ち込めば分かっていただけると思うが、それも大変骨が折れるのでやめておく。進歩的だとか保守的だとかいう以前に主張が支離滅裂である。どうも、人間は叱られたり罰せられたりしてまともになっていくものなのに、最近はそういう教育がなされないので、リンチ殺人が起こったり、会社をすぐに辞めてしまったりするのだ、ということを言いたそうなのである。それはそれで根拠を示したうえで論理的に書いてもらえれば一考に値する主張になるかもしれないが、そうでは全くない。思いついたこと、どこかで聞きかじったようなことを、ただ書き並べているだけである。 

 そもそもそういうものに期待をしてはいけないのかもしれない。優秀な人間の大半は都会に出て行ってしまう。残って地域を盛り上げようという固い志の人もいるとは思えない。くにを捨てた私がこんなことを書いていること自体、大変失礼なことかもしれないのだが。
 

 わが故郷が経済成長から取り残されたのは、地理的な不利さが最も大きな要因であると思うが、次に重要なものは「人」の問題であった。経済の衰退が人を流出させた面は否めないが、人がその流れを止められなかった側面も大いにあると思う。

 郷土史に興味を持つ友人が言った。大逆事件がなければ、この地はもっと発展していたかもしれない。ずっと冷や飯を食わされてきたのであると。

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