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2016年7月の投稿

2016年7月24日 (日)

寄席を楽しむ 浅草、上野

 東京へ。浅草演芸ホールの夜席と上野鈴本の昼席を楽しみました。小屋によって、雰囲気が違いますね。浅草は小屋が古い。浅草観光のついでといった団体客がいて途中で帰ったりします。飲んだり食べたりしている人も多い。一方、鈴本はビルになっているのできれいだし、寄席を聴きに来ている感じがあって客は高座に集中してる。
    
 主な出演者は、浅草が、柳家喬太郎、三遊亭圓丈、柳家三三。鈴本が、柳家さん喬、三遊亭歌之介、古今亭菊太楼。面白いことに、師匠のさん喬と弟子の喬太郎が、同じ「そば清」をやった。どちらがいいとは言いがたいが、さん喬の方が細やかですね。三三は「蛙茶番」をやったが、とりといえども持ち時間が30分なのでせわしない。ゆったりやればもっと笑えるのだが。寄席でやる噺ではないね。

 写真は携帯電話で撮った不忍池です。

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2016年7月16日 (土)

都知事選挙候補者 増田寛也氏 その他について

 不勉強で詳しいことは知りませんでしたが、この人は原子力損害賠償(廃炉等)支援機構の運営委員だったんですね。そこから東電ホールディングスの社外取締役になっている。
 
 原子力侵害賠償支援機構は政府50%民間50%の出資で成り立っています。東電ホールディングスの筆頭株主で、自己株を除く出資比率は54.74%です。機構の収入の多くは政府からの交付によるものですが、東電以外の電力会社も毎年一般負担金を拠出しています。ちなみに2番目の関電で315億円ほど。
 
 この人は社外取締役として取締役会に30回中29回出席。指名委員会へは9回中9回出席しています。開催日は同じ日だと思いますが。一般の会社より回数が多いのは問題を抱えているから当然でしょう。報酬は社外6名で62百万円ですから、この人が多少多めでも千数百万円でしょう。出席回数を考慮すると、他社と比較して著しく高いとは言えません。
 
 東電はこの人を社外取締役に置くことによって何を期待したのでしょうか。建前としては、行政にかかわった幅広い経験ということのようです。(株主総会決議案による)しかし、具体的には事故後(まだ終わっていませんが)の損害賠償処理において行政とのつなぎを期待したのではないでしょうか。
 
 ところで、かなりイメージ的な選択になってしまいますが、私が都民だったらこの人には入れませんね。小池さんにも入れない。宇都宮さんが出ていれば最も信頼できる候補者になっていたと思います。それじゃ、マック氏に入れるはずもないから、鳥越氏となる。政策の立案と議会での立ち回りで心配な面があります。
 好き嫌いで言ってはいけませんが、ジャーナリストとして、筑紫哲也さん、鳥越俊太郎さんには強く惹かれたことはありませんでした。仮に当選したとすれば、野党4党と都民の支持者が必死になって支えなければ行き詰まる恐れがあると思います。

2016年7月13日 (水)

古寺の衰退を防ぐ

 古寺巡りが趣味の一つとなっていますが、それぞれのお寺によって様子の違いがあります。広い境内で建物も立派なお寺もあるし、こぢんまりしたお寺もあります。手入れが行き届いたお寺もあれば、やや荒れた感じのお寺もあります。拝観料、入山料は、まれに無料もしくは寄付形式のところもありますが、大半は有料で、額はさほど高くはありません。大半が5百円程度です。別途、宝物館の入場料を取るお寺もあります。それでも5百円ぐらいですね。

  しばしば感じるのは維持費がたいそうかかるだろうということです。特に傷んだ建物の修繕には半端でないお金がかかります。時々大規模改修とかいって数年がかりでやっていますが、大きなものになると億円単位でかかるでしょう。そのお金はどこから来るのか。行政からの補助は限りがありますから信者の寄付に頼るのでしょうか。そこで、大事になるのが、拝観料収入だったり、祈祷料、御朱印料、お守りなどの物品(というと失礼か)販売収入となります。 その前に、そもそも参拝者が集まらなければどうにもなりませんね。人が来ないところは自ずと衰退します。

 貴重な文化財がすたれていくのは残念です。だからそれぞれの工夫が必要になってきます。たとえば、西国三十三箇所に入っているお寺だとある程度人は来ます。加えて、植物を植えて花の名所にすると開花の時期に大そうな人出が期待できます。梅、ぼたん、さつき、紫陽花など。数百万円から多いところで数千万円はあるでしょう。それから、物品販売ですね。そこでしか買えない商品(?)の企画です。外部からの売り込みもあるのでしょうが、独自の企画が必要です。あまりビジネス的になってもよくありませんが、生き残るための知恵です。なかには、「幸福になる○○」とか銘打っているものがあり、詐欺まがいではないかと思われるものもありますが、高額ではないし、買う人が満足ならそれもよしでしょう。

  最後に、お寺ですから、職員の方々は礼儀正しく、優しいのが当たりまえだと思うのですが、たまにそうでない場合があります。こういうところはそのうち消滅するわ、と思ってしまうのですが、信心が足りないのでしょうか。

2016年7月11日 (月)

追悼 永六輔

 2011年6月19日のブログより
「下を向いて歩こう」
 坂本九の「上を向いて歩こう」は1961年に発売され、内外で大ヒットした。私が3歳の時である。したがって、物心ついた時にはすでに誰もが口ずさむほどに親しまれていたに違いない。私自身も子どものころからよく歌っていたように思う。どの程度かは分からないが、日本の国民に希望を与えたのではなかろうか。私はこの曲を日本の国歌にすればよいという考えを持っている。

 ところで、タイトルの「下を向いて歩こう」だが、これはうな垂れて生きようという意味ではない。組織や社会の底辺に視線を向けようという趣旨である。
 社会のレベルで言えば、職に就けない若者たちであり、障害等の理由で生活に困窮する人々であり、大地震で被災した人々も加えなければならない。組織で言えば、現場で働く労働者のことであろうし、上司から見れば部下の社員のことを表わすだろう。

 上を目指すのはよいが、上昇志向が強すぎると、自分から下へは視線を向けなくなる。上ばかり気にして生きていくことになるのである。けっきょく、下からの支持を失い、上昇もほどほどのところで止まってしまう。それはそれでその人のなした業であるから仕方がないのだが、そういう傾向があることを承知して事に当たりたい。

 これは処世訓というよりは、ポリシーの問題かもしれない。自分の利益を優先したら、自ずと下に目が行かなくなる。

犯罪とその手段について 盗撮から考える

 盗撮で逮捕、という記事は、見ない日がないほど多い。そして、それが警官や教員によるものであることも多い。警官や教員が目立つのは、ニュース性が高いという理由もあるに違いない。他の職業に就く者の犯行はこの何倍か何十倍かはあるはずだ。
 犯罪にはそれを誘発する条件がある。盗撮の場合はスマホという手段を得たからである。嵩張らずよく写る。なぜ、捕まるリスクを負ってまでそういう行為に出るのか分からないが、YouTubeの動画などに触発されるのではないかと思う。そうやって増殖していくのではないか。通信網の拡大と機器の発達がこの犯罪を助長していることは間違いない。
 とはいえ、その防止のためにネットワークや機器の廃止は考えられない。ながらスマホの危険性などは私も主張した違法だが、一方での有益性が勝っていることは疑いえない事実であるから、あとはモラルの問題にするほかなかろう。盗撮だけ不可能にする技術があればよいのだが。
 ところで、同じ犯罪でも、拳銃による射殺事件の場合は同じように考えるわけにはいかない。日本ではまだ少ないが、アメリカでは日常茶飯事である。拳銃を合法的に持てなくすれば、銃による犯罪は大幅に減少する。これは間違いのない話だ。その決断が米国民にできるかどうかにかかっている。
 世の中は変わる。変われば新しいことが起こる。便利なものには副作用がある。後追いになるのは仕方がない面はあるが、新しい倫理形成や教育が欠かせないのである。
 

2016年7月10日 (日)

石川啄木の言葉(中野重治の評論より)

 
 抜き書きです。
 即ち我々の理想は最早『善』や『美』に対する空想である訳はない。一切の空想を峻拒(しゅんきょ)して、其処に残る唯一の真実 ―『必要』! これ実に我々が未来に向かって求むべき一切である。我々は今最も厳密に、大胆に、自由に『今日』を研究して、其処に我々自身にとっての『明日』の必要性を発見しなければならぬ。必要は最も確実なる理想である。
 二十代の若者が、現実の社会状況および周囲にあふれる諸思想と葛藤していた。そして、時代閉塞という状況を分析し、改革・改善することなしに理想に向かうことができないことを悟っている。 
 どれだけ彼が「分析」能力を有していたか、不勉強で知らないけれども、貧困と病のために、その手段を得ることは大層困難であったことは想像できる。そのために気持ちばかりが先走ってしまったのではないかと思う。
 志があり才覚のある若者は大事にしたい。過去には、戦場や監獄で多くの才能を失くしてきたではないか。経済界だけではなく、文学や社会運動の分野でも、才能の芽を発見し、伸ばすことに注意を注ごうではないか。

2016年7月 9日 (土)

国に「美しい」という言葉を充てる人たち

 美しい日本を取り戻そうと言っている人たちを見て、彼らを美しいと思いますか。
 「美しい」とは、美しい風景、美しい絵、美しい女性、美しい友情等々、自然や、人間や、文化に対する形容ではないでしょうか。
 美しい国家など、望みもしないし、ありえもしない。そういうものは、特殊な思想的立場の人が抱く、妄想、幻想の類であると思います。
 望むのは、ささやかな幸福や安心のために、日々働き、生きる人々を守ってくれる国家でないでしょうか。この責任と機能を持った国家は、「美しい」ではなく、「頼れる」国家です。
 今の国家は、先ほど上げた美しいものを破壊し続けているのではないか。私は、これをとても、「醜い」ことだと思っているのです。

2016年7月 4日 (月)

蝉の初鳴き

 本日、今年初めて蝉の鳴く音を聞きました。家の前の林が伐採されたために、今年は会社通勤する道の街路樹で聞きました。例年より早いです。

元部下だったIさんに送った言葉

 出世を直接の目標にしてはならない。

 「金儲け」や「地位」をひたすら追いかけている人も世の中にはいる。
しかし、そういう人は尊敬されないし、付いて行こうとも思わない。(計算高い、即ち同類の人間だけが付いていく。)
夢や思想のない人に魅力はない。

 会社のなかで評価される社員には二種類いると思う。
①実務能力の高い人と②会社の理念を理解し大局的な判断のできる人だ。前者は上司にとっては大変ありがたい部下だ。例えば、職位は違うが、AさんとBさんは私にとっては得難い部下であった。(Bさんは今でもそう。)

 しかし大局的判断においてはAさんはあまり頼れる人ではなかった。(自制していたのかもしれないが)Bさんはこれからだ。実務能力が高い人の前提は、こちらの意図を素早く読み取ることだ。
2か3を示せば10を理解する。そして9割の完成度で仕上げて持ってくる。

 あなたがこのタイプを目指すのなら、そういう読みというか勘が必要だ。
そのためには日頃から、いい意味で「聞き耳を立てている」必要がある。
それから、限られた材料を上手に組み立てる能力をトレーニングで鍛えることだ。

 この方向で頑張れば課長にはなれるだろう。しかし、それは結果であって、最初からポストは狙うものではない。

 次に後者の話だが、これは資質が左右する。例えばだ。①不正が許せない人。(とはいえ、力がないと不正も正せない。)
②貧しい人。虐げられた人に対して同情的である人。
③自分が偉いと思わない人。

 こういう人でなければ経営者や経営幹部についてはならない。

 あなたも志をもって(「欲」ではない)地道に頑張っていればうまく行く場合がある。

 運命とは皮肉なもので必ずそうなるとは限らない。信じて頑張るしかない。
たまたま上のポストに空きが出て、そこにはまって、それから順調に上がっていくという事例も何度かみてきた。
巡り会わせである。とはいえ、そういうときに、彼はどうかと言ってくれる人がいると幸運だ。

 最後に、肩書と人間の偉さとは関係がない。
役位とは、組織の発展のために、能力ある人に託されているものである。
仕事を離れたらただの人である。

2016年7月 2日 (土)

米軍が撤退したら沖縄はすぐに中国に占領される

 某取引先の人たちとの宴席でのこと。
 どういう話題からそのような発言が出てきたのか忘れたが、ある人(当社を担当している営業マン)の口から飛び出した。かのトランプ氏の話題から始まったような気がする。
 「米軍が撤退したら沖縄はすぐに中国に占領されますよ。」
 私はその発言内容に同意できないが、酒宴の空気もあり、そんな場で論争するわけにもいかず聞き流した。
 ●米軍が沖縄から撤退する可能性はあるだろう。しかし、あるにしても、すぐにではなく数年の交渉を経てのことであろうし、撤退自体にも数年はかかるだろう。
 ●その間に、撤退後の日米関係についてどうするのかは当然話し合いがもたれ、何らかのルール作りが行われるはずだ。
 ●同時並行的に、政府によって、日中、日台、日韓などの外交交渉も行われるだろう。それを怠るようなことは考えられない。そして、対米と同様に、二国間あるいは多国間の政治的外交的ルールについて合意を得ることになろう。そうでなくてはならない。
 ●米軍が撤退した後には、その規模は分からないが、沖縄県に許容される範囲での自衛隊が駐屯することになるだろう。それは自衛できる程度の武器を持つことになろう。
 ●沖縄には多数の日本人が、長きにわたり生活を続けている。
 中国は、世界が認める日本の主権を侵すことができない。尖閣の問題とは全く次元の違う話である。
 先の発言は、このような背景と外交プロセスを検討した上でのことだろうか。そうは思えない。何かの雑誌に書いてあったことの受け売りか、テレビ(関西系の右翼的な傾向の強いトーク番組などの)での発言に由来するものか。
 無思慮な受け売りは非常に怖い。こういう発言が意外にも聞いたものの頭に残ってしまうことがある。

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