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2014年10月の投稿

2014年10月19日 (日)

太秦広隆寺→仁和寺→天龍寺

 土曜日は嵐電沿線を歩く。一番の目当ては太秦の広隆寺。渡来人である秦河勝が創建したと伝えられている。私の知り合いに川勝さんという人がいるのだが、自分の祖先はこの秦河勝であると言い張っていた。

 この広隆寺には有名な仏像が多くある。その質においては、法隆寺、東大寺、興福寺、東寺に並ぶものである。とりわけ有名なのは、弥勒菩薩半跏像であり、歴史の教科書にも載っている 。他にも十一面千手観音立像等の国宝が多数ある。

 次に仁和寺へ。徒然草の「仁和寺の法師」で覚えがあるだろう。大きなお寺で、改修中のものもあった。有料の「御殿」に入り、襖絵や庭を観る。紅葉の時期はさらによいだろう。

 最後は龍安寺。石庭があまりにも有名だが、この良さはなかなか分からない。有名なだけに外国人が多く、団体の欧米人が多くいた。彼らはなおのこと、この庭に何を感じたのであろうか。

 観ていないお寺はまだまだ数多ある。どこに行けば、自国の最高級の文化遺産にお目にかかれるか知っておくのは大事なことだ。工業技術、科学技術だけではないことを知ることは日本の将来の選択に少なからず影響を与えるに違いない。

【嵐山電鉄】

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【広隆寺楼門】

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【仁和寺御殿より】

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【龍安寺鏡容池】

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2014年10月13日 (月)

4番札所槇尾山は難所だった

 11日土曜日、西国三十三か所の第4番札所、槇尾山施福寺に行ってきました。ここは、三十三か所中最大の難所と言われています。

 南海バスから途中でマイクロバスに乗り換えていく予定でしたが、日曜祝日以外には乗車したバスの乗り継ぎがなく、1時間半も待たなければなりません。そこでバスの終点までは5kmぐらいだから歩けるかと思い、てくてくと山間の道を歩いたのです。そして、やっとのことで参道入り口に到着。マイクロバスに追い付かれることはありませんでした。
 
 しかし、そこから30分ほど急な坂道(多くは石段)を歩きます。すぐに息が上がりだし、足が重たくなる。すれ違う人は皆、「こんにちわ」と声を掛け合う。これは難所ならではの行為ですね。お互いに苦しいから、気持ちが通じ合うわけです。
 
 山上にはこじんまりした境内が。見晴らしがよく、金剛山などを望めます。帰りの下りも結構きつくて、膝ががくがくになりました。これで番外も含め、残り4か所となりました。
 
 写真をいくつか。近くの岩山には、よく見るとロープがかかっている。登山場なのでしょう。

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2014年10月 4日 (土)

天城でセミナー

 こういう場所と施設でセミナーに参加できることは、「役とく」というのでしょうか。一日目はお天気がよく、富士山がきれいに見えました。冬の空気の澄んだ日はもっと鮮やかでしょう。

 行きの新幹線のなかで、松本清張の「天城越え」を読みました。

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