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2014年2月の投稿

2014年2月24日 (月)

「史上最大の作戦」 → 「プライベート・ライアン」

 昨日は、一日DVD観賞。同じノルマンディーの闘いを題材にした、「史上最大の作戦」と「プライベート・ライアン」を続けて観る。

 内容は対照的。前者は、ノルマンディーの闘いが全体としてどういうものであったかを描いている。後者は、その闘いのなかで特定の兵士がいかに闘い、いかに生きたかを描いている。前者の分類に入る作品には、「トラ・トラ・トラ」を上げることができるし、後者には「プラトーン」がある。どちらにも入らないものとして、「フルメタル・ジャケット」がある。これは「戦争」というものを抽象化し、象徴化して表現している。

 ところで戦争映画はたいてい、一方の側から描かれている。第二大戦であれば、連合国軍の側の視点である。ドイツ軍は出てきても軍幹部だけである。その他大勢のドイツ兵は名前もなく、その生活は描かれない。ただ撃たれて倒れるだけなのである。彼らにも戦う理由があり、その死は連合軍の兵士と同じである。ドイツ兵にとって戦争とは何だったのだろうか。

 「プライベート・ライアン」はスピルバーグの作品であり、評価が高い。ストーリーは面白いし、戦闘シーンがリアルである。しかし、なんだか「美しすぎる」ように思える。血や腹から飛び出た内臓や千切れた自分の腕を拾い上げる兵士は生々しいけれども、決して醜くはない。スピルバーグの上品さだろうか。キューブリックとは違う。

 

2014年2月23日 (日)

社内アナウンスに違和感(JR西日本、大阪環状線)

 先週末のことである。

 大阪環状線で大和路快速に乗って終点大阪駅に着いた。そのときのアナウンスが、「皆様のご協力のおかげで、大きな混乱もなく無事到着いたしました。」 

 違和感を覚えた。大きな混乱がないのは当たり前ではないのか。皆さまのご協力と言うことは、社内の混乱について言っているのであるから、はっきり言えば迷惑行為がなかったという趣旨だろう。こんなことをあえて言わなければならないのは、それほどまでに迷惑行為が多いのか。電車通勤をしていない私が分かっていないだけなのだろうか。

 それにしても、かなり過剰なアナウンスであると感じた。多くの私鉄のように、淡々とした感じでいいのではなかろうか。

2014年2月22日 (土)

大事な時に必ず転ぶ

天谷:あまりに無神経。これがあの人の地なんですけどね。首相やってたんですよ!。大学の先輩というのも情けない。

M君:全文の書き起こしを読んでみると、マスコミの批判とは意図が違っているのがわかります。たしかに発言自体は軽率ですが、発言の一部分のみを取り出して批判するのはどうかと思います。

  • 天谷:いろいろな見方があるとは思います。全文読みましたが、多少怒りは収まったものの、悪い印象はぬぐいきれません。スポーツに長く関わってきたきた人なのに、選手に対する思いやりを感じません。趣味でやっているわけではないので、皆一所懸命です。決して自由奔放ではないし、負けて当たり前だとも思っていません。発言のところどころにこの人のものの考え方が表れているように思うのですが。
  • 2014年2月16日 (日)

    東京都知事選挙

     大阪と東京には距離がある。それは地理的な距離を言うのではなく、心理的な距離である。何か、よそごとのように感じられるところがある。職場でも話題に上ることがなかった。

     とはいえ、新聞で報じられたり、報道番組で取り上げられたりする範囲で情報が入ってくるので自ずと自分の解釈が生まれる。

     結果は、一人ひとりの票数を見ると、舛添さんの圧勝だった。方や、細川さんは宇都宮さんにも負けて三位だった。田母神さんが健闘して60万票あまりも獲得している。

     候補者よりも注目されたのは細川さん支持に動いた小泉さんであった。原発は争点の一つではあったが、小泉さんの介入で最大の争点になってしまったように思う。これは、舛添さんを利したとは言えないだろうか。都民の生活に関わる行政課題に関心を持つ有権者はそれを嫌ったのである。田母神さんに票が集まったのも同様の要因があるのではないか。右翼的潮流の増勢も背景にはあるが、小泉さんの影響もある。

     細川さんと宇都宮さんの票を合わせても舛添さんには届かない。とはいえ、近い数字ではある。これをどう考えるかである。都政の課題に焦点を絞って共闘を組み、候補者を立てていれば戦えた可能性が残る。また、舛添さんの経歴へも攻め込めただろう。

     それにしても、魅力ある候補者が乏しい。若くて、旧態とした保守政権と関係がなく、官僚や財界とのしがらみのない人材はいないのだろうか。

    2014年2月15日 (土)

    戦争映画について

     休日に、映画のDVDをパソコンで観ることが趣味の一つになっている。レンタルビデオにすれば安くつくが、専ら1枚500円から1000円で安売りしているDVDを購入して観ている。

     どのジャンルが好みかと言うと、「戦(いくさ)もの」となろう。戦争映画と言いたいところだが、たとえば「七人の侍」は戦争映画とは言わないので、戦(いくさ)と表現した。戦のなかに表現される人間模様は面白いし、集団的な闘いのなかに組織論がある。「七人の侍」はその良質な部分の代表格である。

     とはいえ、主に観ているのは欧米の戦争映画である。特に記憶に残るものをいくつか並べてみよう。

     ・「眼下の敵」
     ・「トラ・トラ・トラ」
     ・「バルジ大作戦」
     ・「ナバロンの要塞」
     ・「ナバロンの嵐」
     ・「地獄の黙示録」
     ・「遠すぎた橋」
     ・「Uボート」
     ・「フルメタル・ジャケット」
     ・「プラトーン」

     こうみると、扱っているのは、第二世界大戦のヨーロッパ戦線が多く、続いてベトナム戦争。太平洋戦争は少ない。娯楽映画として成立するのは、連合軍がドイツ軍を攻めるパターンである。ベトナム戦争は娯楽にはならない。「トラ・トラ・トラ」はよく出来た映画だと思うが、アメリカでは売れなかったらしい。

     単純に面白いのは「眼下の敵」である。これはアメリカ側からの視点だけではなく、ドイツ軍の(艦長の)視点がある。軍隊にとどまらない組織論の面白さがある。

     「フルメタル・ジャケット」は評価の高い映画だが、私は前半部分にこの映画の意義を感じる。後半は、「地獄の黙示録」など他の映画に置き換えられる内容であろう。

     市販のDVDで手に入るものは限られるだろうが、戦争映画をこれからも観ていきたい。もちろん、「戦争」そのものには反対である。

    2014年2月 8日 (土)

    沖縄の民族主義

     沖縄の住民の、島の独立性を守ろうとする感情や運動に、「健全な」民族主義を感じる。

     沖縄の米軍基地の理不尽さ、危なさに対する抗議の背景に難しい理論や思想はない。基地への抗議は、意識せずとも、その構造上の理由で日本政府に向かう。これは必然である。

     沖縄の住民がインタビューに答える声を聞くと、自分に何かしら恥ずかしさを感じてしまうのは、本土から声を上げないことへの後ろめたさであろう。

    2014年2月 6日 (木)

    経営者交流会

     某証券会社主催の「経営者交流会」に行ってきた。社長が出張中なので代わりに行ってみようと思い参加したのだが、社長(会長でもよい)限定の会であった。会の趣旨をよく理解していなかった。

     そういうことなので、当たり前だが私の名札は用意されておらず、その場で作ってもらった。
    受付近くにホテルの顔なじみの営業がいたので聞いてみるとて「代理は基本的にお断りしているようです。」とのこと。そう言ってくれたら帰るのだが、証券会社もいちおう取締役なので帰すわけにはいかないのだろう。

     参加者名簿を渡されて見てみると、確かに「社長、会長、副会長」の肩書が並ぶ。よく知っている大企業のトップも多い。例えば、大和ハウスの樋口会長の名がある。樋口さんの著書は二冊読んだ。他には、阪急阪神ホールディングスの角社長。面識はないが、大学の先輩である。

     正直、臆する。入り口に近い末席に立ち、目立たぬようにしていた。樋口さんは見てすぐ分かる。他、取引先の会長の顔も見えた。黙って立っているわけにもいかないので、近くの社長さんに声をかけた。お二人と話したが、どちらも二部の会社で業績はよろしくないようであった。やはり、そういう会社は自ら末席を選ぶのである。先入観かもしれないが、大会社の社長はそれなりに貫録があった。

    2014年2月 1日 (土)

    叱ってばかりいるとだめだよね

     次男は小学校の時に地域の軟式野球チームに入っていた。このチームの監督やコーチは高齢のおじさんたちで、ずいぶん厳しい人たちばかりであった。

     試合でエラーをすると、「あほかー」と声が飛ぶ。そう言われると気持ちは萎縮する。失敗するとまた怒声が飛ぶから、余計にエラーしやすくなる。方や、対照的にエラーしても平然として見ている監督もいる。あるいは、ドンマイと声をかける監督もいる。冷静に考えれば、試合中に「あほかー」と言うことにプラスの効果はゼロだろう。落ち着かせることの方が優先する。

     結局、怒鳴るのは、監督やコーチの立場が大事だからで、選手のことも考えていないし、チームのことも考えていない。彼らの責任は、ミスをした原因を突き止め、具体的に指導することである。プレーが不慣れであるなら、ある程度の回数練習をさせて体の動きを身に着けさせるしかない。雰囲気にのまれるならば、少しずつでも試合に出して慣れさせる。体力がないのなら、時間をかけて鍛えるしかない。

     仕事も同じである。具体的に指導を続けるしかない。その指導の成果を本人が認識すれば、上司の値打ちを認めるだろう。怒ったからと言って、スキルが向上するわけではない。理にかなったことを、信念をもってやり続けるしかないのだ。根気がいる。

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