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2013年12月の投稿

2013年12月31日 (火)

当ブログの定期投稿を終了します

 このブログを開設して7年近く経ちます。最初は不定期であった投稿が、途中から毎日になり、数年続きましたが、息切れして週末だけになりました。そして、今度はスタート時と同じように不定期に戻すことにしました。

 理由はほかのものに興味が移ってきたこともありますし、この匿名のブログ以外にも実名で書いているブログがあり、書きたいことはそこでも書けるという事情もあります。また、フェイスブックでつながっている友人が多数おり、そこでコミュニケーションが図れるようになったという変化もあります。

 これまで書いた記事の数は約1500。ジャンルは多岐にわたります。つまらない内容もあれば、自分ではよく書けていると思うものもあります。秀作だけを抜き出して文集にでもしたい気持ちがありますが、それも大変な労力です。

 まあ、これで完全に終わるわけではありませんので、何か別の形で残したければまた考えることにしましょう。

 万が一、毎週読んでいてくださった方がいらっしゃったら感謝申しあげるとともに、よろしければ月に一度ぐらい開けてみてください。一つ二つは書いているかもしれません。また、気まぐれですので、突然狂ったように書きだすかもしれません。

2013年12月29日 (日)

2013年 記憶に残る出来事

 1 桜宮高校における体罰問題

    いかなる理由によっても体罰は許されないという考え方が確認された

 2 都議選で自民党圧勝

   民主党がここでも少数派となってしまった

 3 JR北海道の脱線事故、安全管理問題

   経営の条件が極めて悪いことは分かるが、安全優先の思想があればこんなことには

 4 食材の虚偽表示問題

   最初に発表した阪急阪神ホテルズが立派に見えてしまうぐらい虚偽表示の発表が続く

 5 特定秘密保護法案可決

   私ももっと早く反対の声をあげればよかったと後悔

 6 王将フードサービス 大東社長射殺される

   ご冥福を祈ります。同時に早く犯人が捕まりますように。テロはいけません。

2013年12月28日 (土)

為替、公共投資、消費税

 今の日本経済を分析するキーワードはこの三つでしょう。

 「為替(円安)」、「公共投資(震災復興も含め)」、「消費税」で、物価、消費、景気の動きが説明できます。

 企業によって業績の明暗が分かれますが、その大きな要因は為替です。円安が輸出に依存する企業の業績に好影響を与えた反面、国内市場に依存し原材料を輸入に頼る企業は利益を減らしています。円安誘導は安倍政権の中心施策です。円安が株高ももたらしました。

 もう一つは公共投資。これで土木工事業者や建設資材メーカーが潤っています。人件費も上昇しています。

 残るは消費税。影響の大きさは測りきれないところがありますが、ある程度の特需が生まれていることは間違いありません。逆に、この反動も予想されます。

 どこかで、為替も反動が起こるでしょう。公共投資もいつまでも続きません。消費税の負の影響を否定できません。したがって、今はややよいが、将来は全く楽観を許さないものです。

2013年12月23日 (月)

年賀状の枚数が増えました

 例年この週の休日に年賀状を書く。書く枚数は毎年ほぼ同数で、これはもらう枚数とほぼ同数である。正確に言うと若干少ない。それは生命保険の外交の人からもらったりするから、その分だけ少ないのである。

 もらう人を層別すると、①親戚筋 ②会社の社員、OB等 ③学生時代の友人、恩師 ④取引先で懇意にしていた人や町会等でつきあいのあった人 になる。

 ①と②と③の数はおおよそ似通ったもであろう。④は少ない。③について言うと、小学校からの友人はわずかである。中学校は全くない。高校は、転校をしているので、前半後半それぞれ、そこそこの枚数になる。大学は大半がサークルの仲間であり、人数は多い。

 今年の特徴は、高校前期の同級生あてが十枚ほど増えたことだ。大阪在住の同級生が三カ月に一度集まる会があり、そこにたびたび参加するようになったので、つきあいが広がったのである。

 人生において、年賀状の枚数がピークを迎えるのはいつの時期だろう。私にとったら、これから数年がピークの可能性がある。親戚筋はおじさんおばさんが順番になくなっていくから減る傾向になるが、職場の関係は立場を考えると少し増えるだろう。友人は、先ほど言った同窓会の関係で増えるだろう。

 会社を定年になると急減するように思うので、それまでに付き合いを広げておくのがよさそうだ。老後を少しでも心豊かに暮らすために、友人の関係は大事にしたいものである。

2013年12月22日 (日)

親はリターンを要求しないスポンサーである

 思うに、親は子にとって、リターンを要求しない都合のよいスポンサーだといえるだろう。

 私は子の進路について何ら自分の希望を押しつけたことはない。好きなようにさせている。同時に、大学を卒業するまでの費用はすべて負担する覚悟でいる。そのために借金もした。

 私の親も、私に対しては同じ姿勢を貫いた。進路は私が自分で決めた。お金は親がすべて出してくれた。もちろん、そのことには感謝している。これは親でこそ出来ることである。他人であれば必ずリターンを要求するだろう。

 ありがたいことではないだろうか。

2013年12月21日 (土)

「死」「破滅」「戦」 美化してはならないもの

 絶対に美化してはならないもの

 「死」であり、「破滅」であり、「戦(いくさ)」である。

 こういうものを美化する文学がある。あるいは歌がある。

 そういう文学や歌に傾く精神があることを知っているが、意識的に拒絶しなければならない。

 この傾きは、個人にとっても、国家にとっても危険なものである。

2013年12月15日 (日)

他殺による死亡者数と自殺による死亡者数

 政府統計によると、他殺による死亡者数は1955年の2119人をピークに減少傾向を続けている。細かく見ると、減少期と横ばいの時期とを繰り返しているものの、バブル崩壊後の一時期増加があったことを除けば減少の傾向はあきらかである。

 一方、自殺による死亡者数は1998年以降の増加が顕著である。やっと2012年に3万人を割って減少に転じた。今年も3万人を下回るが、昨年に比べれば微減といったところだろう。高水準であることには変わりはなさそうだ。

 自殺による死亡者数の増減は、失業率との関連性が強い。グラフを書いてみるとはっきり分かる。経済的な理由によるものが多いことを物語っている。ただし、2004年から2008年までは失業率が下がっているのに自殺による死亡者数は横ばいである。これはなぜだろうか。

2013年12月14日 (土)

正気と狂気は共存する

 正気と狂気は共存する。

 同じ社会において当然であるが、同一の人格においてさえ、共存する。少なくとも併存はする。

 互いの存在に気づかず在るのであれば、それは一つの精神が分裂状態にあると言えるだろう。他方で、互いに気づきながら、けん制し合いながら在ることも可能である。

 正気は狂気を敬遠するだろう。狂気は正気を見ぬふりをするだろう。正気は狂気を敬遠しながらも、常に視界に置こうとするだろう。

 正気は狂気の暴走を、なんとか押しとどめている。よって、外から見ると、皆「まとも」そうに生きている。しかし、実体は見ることができない。

 分裂はたやすいが、併存は苦しい。とはいえ、健全な精神は取り戻すことができないだろう。意識が生まれて以来、その苦悩も始まった。そして近代に深化した。「人間的」苦悩を超越した、調和的世界は在りうるのだろうか。

2013年12月 8日 (日)

「日本版NSC(国家安全保障会議)は戦争をするための法律」元外交官 佐藤優氏の解説について

K氏:
多分言っていることは大筋正しいんだろうと思うけど、『風立ちぬ』に「その爆撃機が出てきて、それが美しい飛行機だっていう話に改修されちゃってて、みんなそれに違和感を覚えない。だから爆弾が落ちてくる側の視点がなくなっちゃってるわけなんです。こういう土壌の下だと、NSCとか特定秘密法とか、簡単に通っちゃうんですね。」と言及するに至って、一般市民を見下す視線と独善性を感じてちょっと信用ならない感じがしてしまう。自分のこのひねくれ根性は一生治らないと思う。
S氏:
佐藤優を支持しているわけじゃありませんよ。国家安全保障会議なるものを知ろうという趣旨。『風立ちぬ』を観ている人の心理ねえ。感動した人は多かったと思うけれど何に感動したのかな。私は感想として、「あれは恋愛小説だ」と書いたように思うけど、そこばかり見ていた。飛行機の美しさに惹かれた観衆はどれだけいたのだろうか。話は変わるけど、英国の知識人は統治する側にあり、フランスの知識人は大衆に寄り添っていると言われてきた。日本の知識人はどちらにも立っていないという批評家がいました。佐藤優は大衆の側には立っていないでしょう。Kさんはフランス的なのかしら。自分じゃ知識人なんかじゃないと言い張るだろうけど、大衆はKさんみたいなこと書かないでしょう。「大学のサークル」は、知識人を作る場であったのだと思う。見方によればえせ知識人かもしれないが。知識人は、勉強すればするほど大衆からの距離を広げていくのだけれど、それを自覚してストイックにならないといけない。たぶん、大衆とともにある方法は、権力との距離を空けることにしかないのでは。
K氏:
さんがこの方を支持しているとは思わなかったですよ。それからご推察の通り言い張るけど、私は絶対に知識人なんかじゃありませんぜ。もう大衆そのもの。佐藤某の文章を見て「なめんなよ」と思っただけです。まあ敢えていうなら長野県人。ちょっと理屈っぽくてメンドクサイという評価があるらしいから(^^)v
I氏:
かつてのサークル内で知識と無縁で、なおかつ『風立ちぬ』も見ていない私がなにをか言わんやですが、大衆と共にある方法が「権力との距離をあけること」に疑問を持ってしまいます。私の見るところ権力は大衆にすり寄っています。あるいは大衆を取り込んでいます。今日明日の結果も大衆の選択に他ありません。権力との距離をあけることが、大衆からとも距離をあけることだと痛感する今日この頃です。
K氏:
確かに大衆の選択と言えなくはないですが、単に民主党への批判票でありネガティブな選択の結果でしかないし、そもそもこんな暴走すると知っていたら結果は違っていたんじゃないでしょうか。「聞いてないよう~」が正直なところでしょう。佐藤優じゃないけど誰も白紙委任状は渡してないはずです。彼らが本当にやりたいこと、最終的に目論んでいるのがなんなのか私にはさっぱりわかりません。自民党の意思というより官僚の意思なのかもしれませんが。
S氏:
「知識人」という言葉は、自分の思想的スタンスを決める際の道具です。自分を「知識人」として規定することで、「大衆」に対する、あるいは「権力」に対するスタンスを考える。また、思考や発言の整合性を確保しようとする。そういう風に考えている。加藤周一やサイードの知識人論が参考になっています。大衆と自己とを区別することになり、大衆を蔑視する傾向を生まないとは限らないので、そこはストイックに生きるしかありません。
I氏:
防衛庁が防衛省になったのは第一次安倍内閣の時で、佐藤優氏が指摘していることと合わせればまさに一本道です。安倍さんのキャッチフレーズ「日本を取り戻す」。アベノミクスで「経済大国日本を取り戻す」と思って支持する人が多いと思いますが、私は彼が「取り戻す」と言っているものはそんなものではないと思っています。知識人については自分との関係で考えたことがないので、S氏が意識的に自己検証する姿勢にひたすら敬意を表するのみです。私の場合は30年以上この業界にいるので、どうしても「視聴者」「権力」そして「マスコミ」という座標軸の中で考えてしまいます。
S氏:
さんはそれでよいのだと思います。それぞれ座標軸があります。
K氏:
座標軸ですか。考えたことないですね(^^; 大体において刹那的、享楽的、付和雷同で生きてきました。アベちゃんの目指すところは軍事大国化ってことなんでしょうか。特に経済的にはかなりの依存関係にありながら政治的には緊迫感が増している中国との関係において優位に立つためにも秘密裏に進めなくちゃいけないことがたくさんあるとか。。。妄想しちゃいます。それにしてもTVに映る森特定秘密保護法案担当相はうしろから操られてる感が漂いまくってますね。さ~て今日は夜勤だぁ!!
I氏:
私には想像もつかない世界ですが、世界列強がゲーム盤を囲んで戦争ゲームをしている時に、日本は攻撃のカードを持っていない「おみそ」扱いなんだと思います。安倍さんはそれが悔しくて仕方がない。NATO軍がユーゴを爆撃すれば、日本も一緒に「積極的平和主義」のもとに日の丸を日に煌めかして爆撃したいんだと思います。そして万一犠牲者が出れば「靖国」の出番です。彼は感激に震える声で弔辞を読むでしょう。
K氏:
時間の問題でしたが成立しちゃいましたね。韓国も防空識別圏広げるみたいだし、極東のきな臭さに世界の警察?(最近はそうじゃないって)アメリカが黙っているはずはなく、当事者が安保タダ乗りはないだろうとジャイアンに迫られ「うん」と言っちゃったのび太(安倍)くんはこうするしかなかったのかもしれないですね。あ~ぁ。。。
I氏:
仕方なくこうしたのではなく進んでこうしたのだと思います。安倍さんは心の底からこれが正しいと信じているのだと思います。悪気は全くなく、本当にこれが国民のためだと思っているのだと思います。
S氏:
信念の政治家ですね。「美しい」国を作りたいんでしょう。そういうのが一番怖い。土建屋政治家の方がましです。
K氏:
そうだとしてもこの拙速さは何か(例えばジャイアン)の力が働いていたとしか思えないです。
S氏:
基本的な枠組みとして、アメリカに従属した国家であるということはあります。安倍さんの首相としての最終目標は、憲法改正でしょう。そこに驀進しています。一歩近づきました。
I氏:
アメリカの圧力はあったとしても一因に過ぎないと思います。うちの政治部の分析では、①審議するほど問題が露わになる。②早くやらないと支持率が下がる。…さっさと決めてほとぼりが冷める時間を取って、集団的自衛権容認、そして憲法改正をこの任期中に目処をつける。ということのようです。

2013年12月 7日 (土)

特定秘密保護法

M君へ

 賛否はいったん棚に上げるとして、自分なりに整理してみたいと思います。的が外れているかもしれませんが・・・。この手の法案は、直接的に政治的だから激しくぶつかっちゃいますね。たとえば会社法の改正とかだったら決めるのは政治だけれど、内容は経済活動のことですからこんな騒ぎにはなりませんね。

 この手の法案は、内容が抽象的なので解釈がいろいろ分かれます。一方はこうなると言うし、他方はそんなことはないと言う。これは秘密保護の法案だから、具体的に書くと秘密ではなくなるという矛盾もあるんでしょうね。

 この手の法案には、当然提出される背景や意図があります。非常に政治的な色彩を帯びたものです。こういう背景や意図まで含めて賛否が決められるんだと思います。法案の条文自体を云々することも、通れば効力を持つので大事ですが、実際の闘争は意図と意図とのぶつかり合いなんでしょう。けっきょく、通ったら提出した側の解釈で運用されるのです。もっとも、政権が弱体化すれば運用の仕方を変えざるをえなくなるでしょうけど。院内の力関係と院外の力関係との複合で動いていくものでしょうね。実際は院内の力関係が大きいですけど。民主主義というのは投票することだけじゃなくて、院外に多様な活動が存在することだと思うのですが・・・。

 ちょっと話がそれましたが、賛否はともかく、自分の意見の根拠はしっかり押さえたいですね。たしかに気分で賛成したり反対したりするのはよくないと思います。あまりまとまりませんでした。

2013年12月 1日 (日)

社外取締役を義務化する必要はあるか

 

社外取締役、2年後に義務化再検討 今国会提出へ

 2013/11/23 1:25  日本経済新聞

 企業統治の強化を盛り込んだ会社法改正案が今国会に提出される。自民党法務部会が22日に了承し、29日に閣議決定する予定となった。親会社の株主が子会社の経営陣の責任を直接問える多重代表訴訟制度の創設や、監視機能を高める「監査等委員会設置会社」制度の新設が柱。焦点だった社外取締役の設置義務付けについては、改正法の施行から2年後に再検討することになった。12月6日までの今国会中の成立は難しく、政府は来年1月召集の通常国会での成立を目指す。

 昨年9月の改正要綱では、上場企業などへの社外取締役の設置義務付けを見送った。その後の自民党内の議論を踏まえ、今回の法案の付則には法施行から2年後に再検討し、必要なときは「社外取締役を置くことの義務付けなど所要の措置を講ずる」と明記する。上場企業が社外取締役を置いていない場合は「定時株主総会において理由を説明しなければならない」という条文も加えた。社外取締役が過半数を占める「監査等委員会」を選べる制度の導入なども盛り込んだ。企業が一般的に導入している監査役会に代わって、経営監視を強める。
 
 
 会社法は企業の設立、再編などの基本ルールを定めた法律で、2006年に施行した。初の改正作業では、オリンパスの巨額損失隠し事件などを背景に、企業統治の強化策に注目が集まった。
 政府は6月に閣議決定した「日本再興戦略」で「会社法を改正し、外部の視点から監督できる社外取締役の導入を促進する」としていた。

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 11月25日の日本経済新聞朝刊で、「コーポレートガバナンスの新潮流」というタイトルでパネルディスカッションの内容が記事となっていた。

 
 ポイントは二つあって、一つは社外取締役の役割、必要性の問題。もう一つは社外取締役設置の義務化である。前者については、一般的にその役割を認めるところである。多様な見方、意見を取り入れることには大いに意味がある。しかし、それが後者の「義務化」まで進むのはいかがなものか。日本CFO協会理事長の藤田氏は、「義務化されると形式のみで本来の趣旨を生かせなくなる恐れがある。」と述べている。これには全く同感である。
 

 義務化されると、目的の議論が先送りされて、とりあえず形だけでも置いておくかとなる。そもそもガバナンスなど重要視していない経営者であれば、自分の言うことを聴く人間を社外取締役として連れてくるだろう。形式的に条件を満たしていれば、とりあえず違法ではないのだ。自分の考えを通そうとする独善的な経営者であれば、とりあえず無能な取締役でも構わないのだ。
 

 一方で、経営理念をしっかり持ち、役員のみならず社員の声も聴きながら民主的経営に努める経営者もある。そういう会社では、かならずにも社外の取締役を必要としないだろう。決して自分たちだけの利益を追求することなく、社会の利益を求める企業であれば、自ずと株主にも誠実に向き合っているのであり、信頼に足る。しかし、そういう会社であっても、議論のなかで社外の声を求めようという方向性が出てくるかもしれない。であれば、そういう選択をすればよいのであって、それは「義務化」というような次元の問題ではない。
 

 見かけをつくろうのは、海外からの投資を伸びこんで商いを広げたい取引所の思惑としか思えない。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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