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2013年10月12日 (土)

昔の田舎の運動会

  私が子供のころの小学校の運動会は町の一大イベントであった。当時は今よりも児童数は多かったが、それでも一学年2組で収まった。全校生徒は四百人足らずであったろう。

 兄弟姉妹、父母、祖父祖母はもちろんのこと、それ以外の地域の人も見物に足を運ぶ。朝早くからゴザを持って場所取りだ。うまくできたもので、ほぼ埋まるものの、場所が足りなくなるほどではなかった。

 小学校は高台にあり、開始の宣言や校長のあいさつ、競技に沿って流れる音楽が町内に響き渡る。少人数で一日やるものだから出番は多い。5~6種目出場したと記憶している。終わったクタクタで、次の日には必ず筋肉痛になった。普段運動していないわけではないから相当の負荷がかかったに違いない。文字通りの全力疾走は滅多にしないものである。

 地方の運動会の特徴は、父兄や地域住民の参加する競技があったことだ。いわば、住民参加の行事であり、単なる小学校の一行事ではなかったのである。地域対抗のリレーは最後を飾るメインイベントであった。地域(部落と呼んでいた)ごとに年齢別に選手を出して競う。気合の入っている部落では事前の練習まで行われる。私の部落も優勝したことがあった。父も選手で入っており、優勝旗は順次選手の家を持ちまわった。

 児童にも部落対抗リレーがあった。私はいつも選手だった。学年で一番足が速かったので。ずいぶん追い抜いた。一番調子のよいときはごぼう抜きであった。あんなに気持ちのよいことはない。抜かれる方は面白くないだろうが。

 運動会の時期は10月の初めだったが、今と違って朝夕は冷えた。短パンでは肌寒かった。天気の安定している時期なので、帰り道の背中には夕焼けがあった。祭りのあとの淋しい気持ちで帰ったのを思い出す。

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