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2013年10月 5日 (土)

何が起こるか分からない

 何の予兆もなく、突然妻が亡くなる。これは私のことではなく、同僚のS氏に襲いかかった事件である。急性心不全であった。

 あまりに急であったため、起こったことの説明が自分自身に対してつけられない。心の平衡が崩れて、意識はあちらこちらへと向いてしまい、「私」という固定した感覚がなくなっているようである。

 家に帰りたくないという。不在を認識しなくてはならないから。もはや、客観的には覆すことのできない事実ではあるが、それと向き合うことが依然としてできていないようだ。同様に、娘さんも混乱している。

 不幸な人は見渡せば数多くいる。幼い子供を何者かに殺害されたうえに、事件は解決せず迷宮入りした知人がいる。娘を自殺で亡くした知人が二人いる。

 それに比べれば、妻の病気はあるものの比較的安泰な我が家は幸せである。とはいえ、何が起こるか分からないのが人生である。できるだけリスクを減らす生き方は可能だろう。しかし、ゼロにすることはできない。だから、ありふれた言い方だが、一日一日、一刻一刻を大事に生きることが必要だ。老後に備えて倹約することも大事だが、今を楽しく生きることをもう少し重視してもよかろう。

 かつて私は自ら死を選ぼうとした。幸いにも死なずに済んだが、その時はその選択しか考えられないほど衰弱していた。もし死んでいたら、親の心はずたずたになっていたに違いない。

 何が起こるか分からないという表現の中には、思いもかけぬ喜びが訪れるということも極々わずかではあるが含まれている。そちらを思って生きたいものである。

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