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2013年10月の投稿

2013年10月28日 (月)

中田征治氏大善戦 熊野市長選挙

 結果

  中田せいじ 4516
  河上かんじ 5799票

 現職で、官僚出身の市長を相手にして正々堂々と戦いました。この4516票は実に重たいものです。市長は、この4516人の意志を無視して市政を進めることができるでしょうか。勝利した結果しか頭にないとしたら、こんな高慢な解釈はありません。

 今後は意見や立場を異にする人の声にも耳を傾けてください。そうすれば、少しは立派な市長として認めてくれるようになるでしょう。

 中田さん。少し休んで、次の行動を考えましょう。あなたの役目はこれで終わりではありません。選挙戦術に長けた参謀が付けば、逆転は可能だったかもしれません。それがいいかどうかは考え方次第ですが。

2013年10月27日 (日)

経済的自由と政治的自由との関係

 経済的自由の拡大が政治的自由も大きくすると主張する人がいる。この関係が成立するのは、経済的自由が等しく拡大する場合である。そのためには、富の偏在を調整しなければならない。

 富を持たない者に経済的自由はない。人種や信仰などによって差別されない社会になれば、機会の均等は保障されるが、持たない者は自由に行動できない。

 富をもつ者は政治を動かすことができる。過激な言い方をすれば、政治を買うことができる。アメリカなどは、その典型的な国だろう。企業や団体の献金で政策が動いている。民主主義を標榜する国においてそうである。

 選挙においては、一人一票を投じる権利が与えられている。これは長い政治的闘争によって勝ち取ったものであり、価値あるものだ。しかし、有権者の投票行動に影響を与える力はなんであるか。日々、見るもの、聞くものから刺激を受けて、ほとんど無意識に近い状態で動くのだろう。マスコミや周囲の人の言動に引っ張られる。

 マスコミを買える勢力が強い。組織を動かせる勢力が強い。それに逆らって、一人ひとりを説得していくのは大変なことである。その一人と戦っているのではなく、世の大勢(作られた)と戦うのだから。

2013年10月26日 (土)

教訓となる失敗

先日友人から次のような失敗談を聞きました。

友人は大学を出て某水産会社に就職し、商品企画の仕事に就きました。

辛い「から揚げ粉」を企画し、成分を考えて工場に試作依頼しました。

出来上がった試作品を使ってみると、唐辛子をたくさん入れているにも関わらず、辛くありません。

そこで、これでも足りないとさらに唐辛子を増やすことにしました。

これを何度も繰り返すうちに、工場が「こんなものお客さんに売れません。」と怒ってきました。

工場へ行ってみると、釜の底の方に少しだけ粉を入れ、残りのほとんどが唐辛子になっていました。

実は、辛さの素であるカプサイシンは油に溶けてしまうことが分かったのです。

正しくは、肉そのものに辛子を付け、その上から粉を付けるべきでした。

思い込みといいますか、無知が呼んだ失敗ですが、あれはいい勉強になったと友人がしみじみ語っていました。

自分で考えたから失敗が大きな教訓になったのでしょうね。

上司の指示だったら、ただ上司が馬鹿だったという結論にしかならないでしょう。

2013年10月24日 (木)

熊野市市長選挙 中田征治氏の運動(氏のブログより)

 中田氏のブログより抜粋させていただきます。
 中田氏を必要としている人たちが大勢いることが分かります。

 市内を隅々まで届くように転戦していると、色んな人と出会います。
 その中でもお年寄りの人が、選挙カーを見つけると向こうから一生懸命やってきて、私の手を握って・・・
 「何とかして下さい」
 「よう来てくれた。負けんといてね!」
 「わしらを見捨てんといての!」と言うことがものすごく多いのです。
 選挙の握手って、候補者側から無理矢理するものと思っていました。
 でも、今の熊野市では違うんです。
 愛想が悪いと言われる私に寄ってこなくてはならないんです。
 悲しくなります。

 何とかしたい!

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2013年10月20日 (日)

「奇遇」はなぜ起こるか

 先日、取引先が主催する伊豆で一泊する交流会に参加した。この交流会には三十数社が参加していたが、出席者の肩書は部長から社長まで様々であるが、大手企業だとさすがに社長は出てこない。

 ところで、取引先(とはいっても今のところそれほど太い付き合いではないのだが)のホスト役は常務取締役だったが、話をしていると同じ大学の出身であり、学部も同じだということが分かった。年齢は彼の方が下なので、学年は違うと思っていた。
 さらに話を進めると、どこの店で酒を飲んだとか、飯を食ったとかいう話になった。その時私が上げた食堂の名前に彼が反応した。O食堂でアルバイトをしていたという。私もO食堂でアルバイトをしていた。そして両者ともS君の紹介で、その店に来たのだった。ということは同時期なわけで、一緒に仕事をしていたはずだ。他の学部から来ていた学生もお互いに知っていた。おそらくシフトの関係で、たびたびは顔を合せなかったのだろう。だから印象が薄いのだ。

 というわけで、30年以上前からの知り合いであることが分かった。「奇遇だね」という話になったのだが、よくよく考えればこういうことが起こるのは単なる偶然ではなく、根拠がある。

 学歴と就職先における職位とには関係が深く、ある年齢に達すると同じクラスの職位に達するがために、顔を合わせる確率が高まるということである。企業には業者会があったり、講演会があったり、異業種交流会などがある。一定の役職になるとそういう会に出ていく。そうすると名刺交換し、歓談し、そのなかで出身校の話も出たりする。さらにサークル活動やゼミやアルバイトの話も出る。すると、あそこをご存知ですかとか、彼を知っていますかというようにより具体的な話になっていく。結果、どこかでつながっているということになる。まあ、奇遇であるには違いないが、びっくりするほどのことでもない。

 世間は狭い。社会は広いが、階層が分化し、固定化することにより活動範囲が限られてくるのだ。その範囲を「世間」と呼べば、それは極めて狭いということになる。

2013年10月19日 (土)

教育の衰退の一断片

 先日、ある集まりがあって、中高一貫校の元教頭と国語の先生に話を伺った。ここは全国でもトップクラスの生徒を抱えている関西の学校である。(以後N高と呼ぶ)

 お二方によれば、ながく自由な校風を誇り、N高と同じ教育方針をとっていた京都のR高と神戸のK高が、細かく受験指導を行う「面倒見のよい」学校に変わったという。

 N高では未だに授業で教科書を使わず、教師の手作りの教材で進めている。(だから、ここでは教科書検定など関係ない。)昔はそういう学校は多くあったのだが、今日皆無に近づいている。マニュアル化された指導本に基づいて授業をする。これは、教師に準備をする時間がどれだけ与えられているかも考えなくてはならないが、教師自身の力量が関係している。質問をされてもまともに答えられない教師が、進学校にもいるという。

 年間、あるいは3年間、もしくは中高一貫の持ち上がりであれば6年間の授業計画を立て、それにしたがって時間ごとの内容を決めなければならない。国語のM先生は、日本では国語の教育は高校で終わってしまうので、それまでに世界に出しても恥ずかしくない人材を育てるのが目標だったと語っていた。資料は手書きだったので、次第に腕が動きにくくなり、担任を外してもらったということなので、かなりの重労働に耐えていたわけだ。それを続けたのは使命感であろう。

 ということで、多くの学校が「塾化」しているようなのだが、これも大学への合格実績が生徒を集めるための条件になっている事情があろう。だから、授業時間を増やし、毎日小テストを繰り返して高得点を得るためのトレーニングを繰り返さざるをえないのだ。これが悪循環を生む。見識は広がらず、考える力が身に付かない。

 これは教育現場における問題だが、日本の企業社会も同じではないかと思う。人を育てる余裕がない。マニュアル通り動ける人を育てる。そしてその人を評価する。だから予想外の事態が起こった時に対処できない。短期的な成果ばかりを追い求めると、じわりじわりと組織の力が弱っていく。肥料をつぎ込んで収量を上げると、土地がやせていくのである。

 たしかに時間がない、余裕がない。とはいえ、その状況のなかでも知恵を絞れば何かしらできることはあるはずだ。先ほどのN高の場合は、生徒の質自体が全国トップだという事情もあるが、それでもまわり道をさせるには信念が必要だろう。6年がすぎれば受験はするのだから、最終的にはその結果も問われるのである。

2013年10月13日 (日)

極限状態に生きた人間の真似はできない

  進行性筋ジストロフィーにかかり、自力では動けず風呂にも入れないHさんの成功物語を読んだ。事業で成功するまでには(決して会社を大きくしないことがこの人のポリシーらしいが)本人の苦労もあったろうし、奥さんの支えも大変なものであったに違いない。だから、頑張りましたねと言いたい。

 一方で冷静に考えると不運ばかりではなかったように思う。発病する前にある程度の仕事の経験があり、それが事業につながった。学生時代に発病していたら今の成功はなかったかもしれない。また父親の事業の失敗も見ていた。

 「命がけで」事業に打ち込んだわけであるが、彼から見たら一般の人間は暢気なものだと思うのだろうが、普通の人間がHさんの心境に至ることはできない。人間は、今ある本人の環境、条件のなかで生きている。Hさんの頑張りを知り、自分も頑張ろうと思い立つ人はいるだろうし、そのためにHさんも本を書こうという気になったのだろうが、全く同じレベルで生きることはできないだろう。

 自分なりに現状を評価し、目標を設定して、地道に生きていけばよい。若い時は、私も自分はなんてダメな人間だろうと思った時もあったが、そうやって自分を責めても何も生まれなかった。そんな自分にもいいところがあり、少しは世の中の役にたっているというちっぽけな自信が生まれた時、いいかえると自己肯定の意識が生まれた時に、前向きに生きることができるようになったと思う。

 当然、目標に向かって、あるいは責任を果たすために、努力はしなければならないが、超人的な課題を自分に課すことはない。一歩一歩、進んでいこう。

アベノミクスと実体経済の成長

 アベノミクスが日本経済の本格的(実体的)成長をもたらすかどうかのメルクマールは、賃金の上昇である。これは首相自らが口にしていることであり、これ自体を否定する人はいないだろう。

 円安と株高がまず進行した。これは政府の大胆な政策発表によって、投資家の心理が緩んだからである。狙い通りに動いたと言える。円安で輸出企業の収益が改善し、株高も企業の業績に好影響を与えるとともに、個人投資家にも一定の利益をもたらした。一部企業の収益回復は労働者の賞与を増加させた。この結果、個人消費も一定の伸びを示した。

 円安は物価の上昇をもたらした。穀物や原油などが上がり、消費生活に影響を与えている。賃金が上昇しない層にとって、これは痛手である。デフレ脱却とは言うが、物価の上昇だけでは目指しているものとは違ってくる。おまけに、消費増税3%が決定された。単純に考えて、物価上昇率と3%を足した数字を賃金の上昇が上回らないと生活は改善されない。

 本当にそうなるだろうか。賃金が万遍なく、平均的に上がるということは実際には起こらない。まだら模様になるだろう。同じまだらなら、賃金の低い層が上がることが望ましい。そもそもデフレの原因(結果とも言えるが)低賃金の非正規雇用者が大量に生み出されたことにある。下手な自由化政策を打たなければ、経済の停滞は防げたように思う。日産などの大企業は業績を回復させたが、それは労働者の困窮と引き換えであったのであり、日本経済には大きなマイナスであった。

 アベノミクスが、このような格差、不均衡を解消する作用を持ちうるだろうか。賃金を上げろと経済団体に呼びかけても、決めるのは個々の企業である。強制力はない。それを分かって言っているのなら単なる芝居にすぎない。収益性の悪いサービス業などはなかなか賃金が上がらず、さらに消費増税は重しとなろう。就活に失敗した若者の決して明るくない。

 二極分化、貧富の差の解消への動きが望まれる。そうしてかつてそうであったように中間層があつくなれば内需が活発となり国民経済は蘇るだろう。そのポリシーがなければ、一部の富裕層を喜ばせる政策で終わり、多くの国民との矛盾を拡大する。バブルは、ただでさえ苦しい労働者から富裕層への富のペテン的移動である。

2013年10月12日 (土)

昔の田舎の運動会

  私が子供のころの小学校の運動会は町の一大イベントであった。当時は今よりも児童数は多かったが、それでも一学年2組で収まった。全校生徒は四百人足らずであったろう。

 兄弟姉妹、父母、祖父祖母はもちろんのこと、それ以外の地域の人も見物に足を運ぶ。朝早くからゴザを持って場所取りだ。うまくできたもので、ほぼ埋まるものの、場所が足りなくなるほどではなかった。

 小学校は高台にあり、開始の宣言や校長のあいさつ、競技に沿って流れる音楽が町内に響き渡る。少人数で一日やるものだから出番は多い。5~6種目出場したと記憶している。終わったクタクタで、次の日には必ず筋肉痛になった。普段運動していないわけではないから相当の負荷がかかったに違いない。文字通りの全力疾走は滅多にしないものである。

 地方の運動会の特徴は、父兄や地域住民の参加する競技があったことだ。いわば、住民参加の行事であり、単なる小学校の一行事ではなかったのである。地域対抗のリレーは最後を飾るメインイベントであった。地域(部落と呼んでいた)ごとに年齢別に選手を出して競う。気合の入っている部落では事前の練習まで行われる。私の部落も優勝したことがあった。父も選手で入っており、優勝旗は順次選手の家を持ちまわった。

 児童にも部落対抗リレーがあった。私はいつも選手だった。学年で一番足が速かったので。ずいぶん追い抜いた。一番調子のよいときはごぼう抜きであった。あんなに気持ちのよいことはない。抜かれる方は面白くないだろうが。

 運動会の時期は10月の初めだったが、今と違って朝夕は冷えた。短パンでは肌寒かった。天気の安定している時期なので、帰り道の背中には夕焼けがあった。祭りのあとの淋しい気持ちで帰ったのを思い出す。

2013年10月 6日 (日)

人のつながりが安全を保障し、命を守る 

  「絆」という言葉がよく使われるようになった。それだけ人と人とのつながりが希薄になっているからである。

 関係の希薄化はリスクを増大させる。孤立化は人を死に至らしめる。

①若者の孤立化
 就活に失敗し、非正規雇用者として不安定な職場を転々とする。そこでは継続的な人間関係を築くことができない。親にいくらかでも余裕があれば、その庇護のもとに入ることができるが、そうでなければ難民化していく。あったとしても、いずれはそうなるのだ。同じ境遇にある人たちがネットワークを構築することは難しいだろう。生活に汲々としている人間にそういう活動はできない。外部の力に頼らざるをえない。

②老人の孤立化
 貯蓄のある老人、あるいは一定の年金が保障されている老人はよいが、そういう条件がなければ生活は苦しく、潜むようにして暮らしていかなければならない。子がいたとしても、子の生活も楽ではない。今後老人福祉への予算が削られて行けば、それに伴い若者と老人が、また老人同士がつながる機会を失っていくであろう。

③地方の孤立化
 これについては何度も書いてきた。過疎化、高齢化は大きな流れである。地方の市町村では、男女の人口構成比を見ると女性が大幅に上回っている。いかに高齢者が多いかということである。このような自治体は財政が脆弱である。人が済まなくなったエリアの生活基盤整備、安全対策に予算を投じなくなる。そしてますます疲弊していく。都市とのつながりも弱まっていく。

 ほかにも、同じような現象は見られるだろう。市場経済の深化、グローバリズムの進行はそれに拍車をかける。規制緩和は、地域における人間関係の切断を生む。資本と人間の関係だけになり、横の関係は失われるのである。

 【追記】

 親同士の関係が薄れると、子供同士の関係も薄れる。学校よりも学習塾での関係が深くなる場合もある。そこでは目標の共有があるから連帯感が生まれる。生活にゆとりのある家庭の子は、精神的にも落ち着きを持つことができる。

2013年10月 5日 (土)

何が起こるか分からない

 何の予兆もなく、突然妻が亡くなる。これは私のことではなく、同僚のS氏に襲いかかった事件である。急性心不全であった。

 あまりに急であったため、起こったことの説明が自分自身に対してつけられない。心の平衡が崩れて、意識はあちらこちらへと向いてしまい、「私」という固定した感覚がなくなっているようである。

 家に帰りたくないという。不在を認識しなくてはならないから。もはや、客観的には覆すことのできない事実ではあるが、それと向き合うことが依然としてできていないようだ。同様に、娘さんも混乱している。

 不幸な人は見渡せば数多くいる。幼い子供を何者かに殺害されたうえに、事件は解決せず迷宮入りした知人がいる。娘を自殺で亡くした知人が二人いる。

 それに比べれば、妻の病気はあるものの比較的安泰な我が家は幸せである。とはいえ、何が起こるか分からないのが人生である。できるだけリスクを減らす生き方は可能だろう。しかし、ゼロにすることはできない。だから、ありふれた言い方だが、一日一日、一刻一刻を大事に生きることが必要だ。老後に備えて倹約することも大事だが、今を楽しく生きることをもう少し重視してもよかろう。

 かつて私は自ら死を選ぼうとした。幸いにも死なずに済んだが、その時はその選択しか考えられないほど衰弱していた。もし死んでいたら、親の心はずたずたになっていたに違いない。

 何が起こるか分からないという表現の中には、思いもかけぬ喜びが訪れるということも極々わずかではあるが含まれている。そちらを思って生きたいものである。

2013年10月 1日 (火)

続報 熊野市市長選挙

 10月27日投票の熊野市市長選挙の続報です。

 現職の河上敢二氏(57歳)=無所属に対抗し、市会議員の中田征治氏(無所属、70歳)が出馬します。

 以下、中田氏の紹介。

熊野市長選挙立候補予定者
 中田 征治  なかた せいじ
選挙届け出名  中田 せいじ
生年月日  昭和18年1月9日  70才
出生地 三重県熊野市
職業   林業  団体役員  市議会議員
学歴 三重県立木本高等学校卒業
    早稲田大学理工学部金属工学科 4年中退
経歴  鬼の国物流協同組合  初代理事長
     熊野市議会議員   4期目   副議長経験
趣味  写真 ・ アマチュア無線 ・ PC ・ 旅

生き方  金儲けが下手でも良いじゃ無いですか・・・
       少しは人ためには成るのなら・・・

選挙のメインテーマ
  取り戻そう・・・熊野市を市民の手に!

 サブテーマ
   心のある市政を!
   地元の人に光を!
   地元の産業に手助けを!
   箱物より住民優先!

 中田氏とは面識がありませんが、氏のブログを愛読しています。考え方には共感するところが多いです。ちなみに高校、大学ともに先輩になります。

 中田氏の当選を期待します。

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