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2013年8月17日 (土)

各所に見える衰退の状況

 社会の矛盾は弱いところに集中的に表れるものであろう。人で言えば、生活困窮者であり、地理的に言えば大都市から遠い地方に矛盾が表れる。

 格差は確実に広がっている。非正規雇用者の増加がある。それは、バブル後の大規模なリストラ(企業行動)によって生み出されたものであり、制度的には派遣労働の自由化(政治的な側面)によって助長された。家計を支えていた夫の所得が減ることによって否応なく主婦が働きに出たという事情もある。また、企業が正社員の採用を絞り込んだことによる若者の非正規雇用者化も進んだ。

 リストラを免れた大企業の労働者はまだ恵まれている。給与所得者の平均所得を大きく下げているのは非正規雇用者である。世帯主が非正規の場合の生活困窮度は厳しいものがあるだろう。その家庭の子は十分な教育を受けることが出来ず、非正規となる可能性が高い。こういう人たちが下層を形成している。また、高齢で蓄えがなく年金も十分受け取れない人たちの困窮度は高く、下層の一角をなしている。

 幸にも正社員としてそこそこの企業に努めていると、そのような層の人たちと交わる機会がない。マスコミも特別な場合(何か事件があればカメラは入るが)を除いてはあえてそのようなところに目を向けることはない。だから格差社会だとは言われても、実感を持っていない人も多いのである。しかし、社会の矛盾はそういうところにしわ寄せとして集中する。その人たちを残して社会の再建はあり得ないだろう。

 一方で地方の問題がある。私は紀伊半島の先端に近いところの出身である。紀伊半島は日本最大の半島である。和歌山市と伊勢市を結ぶ線から南は平地が少なく、農業を除いて産業が育ちにくい。したがって住民も市町村も所得が少ない。ここに過疎化、高齢化と国からの税の分配減があって、衰退する一方である。この地域で回っているお金は、高齢者の年金や役所の職員の収入などである。これは今後増える見込みがないから、さらなる衰退は免れない。一時的に公共事業でお金が回ってくるかもしれないが、財政問題があり長くは続くまい。

 このように、都会でまずまずの生活をしている人たちからはよく見えないところで社会の矛盾の激化が進んでいる。一時期、中間層があつく、一定のゆとりのある時代はあったが、それも20年ほど前までの期間であって、それ以降は苦しくなっている。どうすればいいかというのは難しい問題ではあるが、この現状はよく認識すべきであろう。

 

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