« 2013年6月 | トップページ | 2013年8月 »

2013年7月の投稿

2013年7月29日 (月)

美ヶ原を歩く

 7月21日は松本にいた。医師のM君にホテルまで車で迎えに来てもらって、さてどこへ行くかと相談した。美ヶ原か上高地かという選択になったが、美ヶ原を選択した。

 車を走らせること(私は助手席に座っていただけだが)約1時間。高原の入り口で車をとめ、王ヶ頭ホテル方面へ歩き出す。道は舗装されておらず、石ころも多い。私は運動靴を履いていなかったので少し歩きづらいが、平坦なのでそれほどの負担はなかった。とはいえ、歩いている人の大半はハイキング用の格好をしていたので私はちょっと他とは違う姿であった。

 M君が用意してくれたペットボトルの水を飲みながら歩き続ける。道の両脇にはホルスタインが放牧されていた。乳が垂れ下がっていなかったので、あれはオスなのだろう。メスは別の場所でせっせと乳を出しているに違いない。
 1時間以上かかって王ヶ頭ホテルに到着し、さらにそこからしばらく歩いて王ヶ鼻に至る。ここから北アルプス連峰が見えるのである。しかし、晴天とはいえ夏のことで山は見えるが霞んでいる。それでも同じぐらいの高さにいくつもの山が並んでいる様子が分かる。とびとびに高い山があるのではないのだ。あの連峰には少なからず登山を楽しんでいる人がいるはずである。

 石碑の前で記念の写真を撮り、王ヶ頭ホテルまで引き返す。そこでおでんを注文し、M君の奥さんが作ってくれたおにぎりとともに食す。おいしい。外は日差しがあり暑さも感じたが、食堂のなかは涼しい。すっかり疲れがとれた。ちなみに、トイレは有料であったが。(1回100円なり)

 帰りはひたすら歩くことに専念したからだろう、行きより短く感じられた。それから再びM君に運転してもらって松本市内まで引き返す。すると市内のなんと暑いことか。市内の標高は600メートルぐらいらしいから1400メートル下ってきたわけだ。それでも夕刻が近づくと気温が下がってくる。夜はエアコンが不要らしい。
 松本城を見学し、中途半端な時間だったが蕎麦屋に入り、もりそばを食す。M君はそばアレルギーだそうで、ウーロン茶だけで付き合ってくれた。

 このように松本での一日を過ごした。帰りの特急しなのでは気持ちの良い眠りにつくことができた。何時間も歩き回った割に疲れがなかったのは、徒歩通勤で足を使っているからだろう。次はいつになるか分からないが、上高地を訪れよう。

Utsukushi01

Utsukushi03

2013年7月28日 (日)

松本城は素晴らしいお城だったが・・・

 先週の週末に高校時代の同級生を訪ねて松本市まで行ってきた。土曜日の夜には彼に連れられ馴染みの居酒屋へ。馬刺しや地元の野菜(なんという名前だったか忘れた)のてんぷらに舌鼓を打ち、最後には有名なブランドだという波田のスイカをご馳走になった。実に甘くて美味しいスイカだった。

 市内観光では、国宝の松本城は欠かせない。この日も観光客はそこそこいたが、その前の3連休と比べると少なかったらしい。待つことなく入場できた。

 この城は大きくない。だから階段は狭く、急である。したがって上る人と降りる人がお互いに譲り合う気持ちがないと上手く流れない。一定の入場制限をかけないと事故が起こる可能性もある。また足の弱った老人では無理だし、身障者も厳しい。もっとも、エレベータなどつけると国宝の値打ちはなくなってしまうかもしれない。

 この城は上るための城ではなさそうだ。外から眺めているのが最適である。

998869_357366237726011_567181150_n

2013年7月27日 (土)

女のためいき 男の後悔

死んでもお前を離しはしない
そんな男の約束を
嘘と知らずに信じてた
夜が夜が夜が泣いてる
ああ 女のためいき

 定年を待たずに会社を去って行ったNさんが、カラオケでよく歌っていた「女のためいき」である。

 「死んでもお前を離しはしない」と、口にしたことがあるだろうか。歌の歌詞が女の思い込みでなく、事実であるとすれば、男は初めから騙しにかかったのである。こういう奴は、悪人と言わざるをえない。ところが、一方で、その時は本気でそう思うのだが、しばらくたつとその気持ちが薄れ、あたかも最初からそんな気がなかったかのように見えてしまう男もいる。

 それは決して幸福なことではない。心底「死んでもお前を離しはしない」と思い、思い続けられる方が幸せに違いない。あの時確かに俺は、「死んでもお前を離しはしない」と言ったな。嘘ではないが、心変わりはするものだ。とはいえ、彼女には悪いことをした。その程度には反省するのである。そして、ときどき、そのことを思い出しもする。ああ、彼女は今でも俺を恨んでいるだろうか。

 断っておくが、これはそのまま私の経験に当てはまるものではない。とはいえ、付き合っていた女性に興味をなくし、けじめをつけずに別れてしまったことがある。彼女はまだ私のことが好きだったのだと思う。まだ恋愛慣れ(普通は慣れるまでに身を固めてしまうのだが)していない若き日のことであるが、私は今でもこのことを思い出すことがある。

 決して、「死んでもお前を離しはしない」と言ったわけではないのだが・・・。

2013年7月21日 (日)

ステロイドの誘惑

 タイソン・ゲイがドーピングで陽性反応を出し、世界陸上を欠場する。どの種の薬物かは分からない。アスリートには薬物の誘惑が付いて回る。

 禁止薬物の代表的なものにステロイドがある。これを使うと短期的に著しく筋肉を増強させることができる。プロのボディビルダーでステロイドを使っていない選手はいないだろう。特に禁止されているわけでもないから平気である。とはいえ、使い方を間違えたり、体質に合わなかったりすると死を招くことになる。

 ある本の紹介によると、アメリカではステロイドの15%がプロによって使用され、残りはアマチュアが使っているそうだ。ボディビルを趣味にしている人が、効果を出したいために使用する場合もあるだろうし、他のスポーツ選手がプロ選手になるために投資として使っている場合もある。

 ステロイドを使うと10kg程度の体重は短期間に増やせるようである。実は、私も試しにテストステロンを含むサプリメントを個人輸入という方式で1瓶だけ買ったことがある。それほど高価なものではなかった。これをトレーニングをしながら1ヶ月飲み続けると、確かに効果があった。体重は2kgあまり増加し、筋肉が膨張したような気がする。あくまでも試しだったので、それでやめてしまったが、間違いなく効くようだ。

 やめれば、しばらくすると体は元に戻る。もっと若い時に、長期間続ければ体の維持は可能であろう。しかし、副作用は必ずあるはずなので、やってはいけないものなのである。まして、ドーピング検査のあるスポーツは厳禁である。誤魔化しきれないのである。本人が知らないうちにコーチが飲ませる例もあるようだが、これは本人にとって悲劇である。一度汚名をきれば、名誉回復は難しい。

 あまり競争への意識が度を過ぎてしまうと手段を選ばなくなる。

2013年7月20日 (土)

期日前投票を経験する

 投票日は明日だが、一泊で遠方に出かけるので14日の日曜日に期日前投票を行った。

 同じ時間に何人かの人が投票に来ており、そこから推測するとかなりの人が期日前に投票していることが分かる。選挙があるたびに増えているようである。

 ところで、期日前投票にも出口調査がある。読売新聞ですが、と声をかけられたが、断った。本当に読売新聞かどうかも分からないし、どの政党が優勢かというような情報はあまり有益ではないように思う。

 とにかく、私の一番の選択基準は、今の憲法を変えさせないことを最も強く主張しているかどうかであった。今回の選挙の一番の争点はそこにある。日本の進路に関わるもっとも大事な問題であることを認識してほしい。

2013年7月15日 (月)

能勢町 Nクリニック

 私は、かつて大阪府豊能郡能勢町に住んでいた。そこにNクリニックという医院があり、私自身と家族が何度か受診している。患者は多く、いわゆる流行っている医者であった。隣町からわざわざ来ている患者もいると聞いた。

 診察室には子供が描いたひげ面のN医師の絵が飾られており、「愛される医師」を印象付けていた。風邪で受診すると必ず検尿し、点滴を施された。検尿の結果はすぐに出るようで、必ず「ケトン体が多く出ているな。」と言われ、脱水症状を防ぐためポカリスエットをたくさん飲むように言われた。丁寧に診察してくれているようにも見えるが、ほとんど同じパターンに乗せられているようでもあった。極度の日焼けで受診した時も点滴を打たれた。これが適切な措置なのかどうかは分からない。幾分楽になったような気はしたが、病気ではないから何もしなくても治るはずのものであった。

 その後私は能勢町を離れたが、何かのニュースでNクリニックが営業停止になったことを聞いた。確か、過剰な診療請求を問題視されたのだと思う。あの検尿や点滴が過剰であったのか、あるいはそれ以上の架空請求をしたのかは分からないが、おおよそそんなところであろう。多少過剰であっても患者には喜ばれるが(それを疑問に思う人は行かないだろう)、ごっそり金を持って行かれる市町村にとっては詐欺にあったようなものだ。あのわざとらしい子供の絵が象徴するように、彼は有能な医師というよりは商売人であった。

 このN医師は、処分を解かれてから再び能勢町で開業しているようである。当然同じやり方では通じないから、検査や治療のやり方には変更を加えただろう。どれだけの患者が来ているだろうか。これは極端な例だが、これに近いことは広く行われているのではなかろうか。どの程度の治療や投薬が必要かは医師に見立てによるのであろうが、医療に対する考え方でかなり左右されるように思う。企業が、顧客中心でものを考えざるをえないように、医師は患者中心で考えなければならない。

2013年7月14日 (日)

日本国憲法について

 かつて日本は富国強兵を目指した。
 次第にアジアの強国となり、欧米列強と肩を並べるまでに至った。
 アジアに植民地を置く欧米に対し、自分の庭を荒らされている気分になった。

 日本には膨張思考が生まれていた。
 欧米列強にとって、日本は邪魔者であった。
 日本のとった道は他民族の独立を侵すものであり、誤りであったが、欧米に正義があったわけではない。

 日本は敗北した。国力の差から考えて、それは当然の帰結であった。
 日本は占領された。占領軍は、日本から牙を抜く必要があった。
 二度と戦争を起こすことのできない国にする必要があった。
 米国は「平和憲法」を日本に与えた。
 その内容は戦争に反対をしてきた人々の意志に沿うものであり、戦争に散々苦しんだ国民に受け入れられるものであった。

 しかし、世界の情勢は変わっていく。
 欧米にとって脅威となる共産主義化がアジア地域に広がると、日本を丸腰にしておくことが米国にとってのリスクとなる。
 米国に向ける刃は悪であるが、共産主義国に向ける刃は善なるものであった。

 日本は、東西冷戦を背景にして驚異的な経済成長を遂げた。
 複雑な国際政治の下における一つの巡り会わせであったろう。

 日本国内には多くの米軍基地がおかれ、それを自衛隊が補強している。
 日本を丸腰のままにしておくことに米国の不利益が生じた。

 日本の膨張を進めた旧勢力とつながりのある保守政権はそれを拒まなかった。
 自分たちの地位の維持のためには米国への従属も厭わなかった。

 いよいよ憲法が邪魔になってきた。
 アジア地域の国家が経済成長し、経済的摩擦が政治衝突へとつながってきた。
 力が欲しくなった。最高法規と現実との矛盾を回避するために、最高法規に手を加える必要が生じた。

 日本の経済をどうするかという問題はあるが、もう二度と戦争などしたくないという気持ちは絶対的なものである。
 戦争のリスクを最小限にする環境作りが外交の最優先課題であろう。
 その砦として、現憲法は維持しなければならない。

 米国の意志ではなく、戦前とつながる保守の意志でもなく、戦争放棄の意志を国家の中心に置かなければならない。

2013年7月13日 (土)

暑い夏をどう過ごすか

 年々暑さが増してくるという声を同年代の人から聞く。これはニュースなどで平均気温が例年と比較して何度高かったという客観的なデータに裏付けされているものの、一方では加齢によって体力が低下し、暑さへの耐性が無くなっていることも原因しているのだろう。

 暑いからと言って、家でじっとしているのも面白味がないので、野球を見に行ったり、プールへ行ったりしたものだが、さて今年はどうするか。一番気になるのは、日焼けしたあとの「シミ」である。これが年々ひどくなって、自分で見ても年齢を感じてしまう。

 これは年相応だから仕方がないが、外出がおっくうになるのはよくない。日焼けはしたいが、行き過ぎないように日焼け止めクリームを塗って出かけるようにしよう。ただし、プールはクリーム塗布禁止のところが多いし、日陰も少ないから短時間で帰るようになる。2時間程度が適当である。それ以上いるとやけど状態になってひどい目に遭う。

 せっかくの夏休みは、できるだけ楽しく過ごしたいものだ。おそらく頑張ってもあと10年。それ以降は、朝晩の散歩程度はともかく、日中の外出は厳しいものになるだろう。避暑地に出かけられる身分になれるわけでもないし。

2013年7月 7日 (日)

「歌姫」BEST女性ヴォーカリスト

 タワーレコードでCDを探していたら、いいのが見つかったので買ってきた。女性ヴォーカリストのヒット曲集の2枚組である。

 いい曲が揃っていて聴きごたえがあるが、特に好きな(自分で名曲だと思う)ものは曲名と歌手を赤字にしてみる。

DISC1

1 SWEET MEMORIES 松田聖子
2 恋に落ちて 小林明子
3 まちぶせ 石川ひとみ(作曲 荒井由美)
4 いい日旅立ち 山口百恵
5 探偵物語 薬師丸ひろ子
6 木綿のハンカチーフ 太田裕美
7 私はピアノ 高田みづえ(作曲 桑田佳祐)
8 どうぞこのまま 丸山圭子
9 シルエット・ロマンス 大橋純子
10 オリビアを聴きながら 杏里(作曲 尾崎亜美)
11 卒業写真 ハイ・ファイ・セット
12 かもめはかもめ 研ナオコ
13 待つわ あみん
14 あなた 小坂明子(作曲 小坂明子)
15 五番街のマリーへ ペドロ&カプリシャス
16 Mr.サマータイム サーカス
17 飛んでイスタンブール 庄野真代(作曲 筒美京平)
18 聖母たちのララバイ 岩崎宏美
19 魅せられて ジュディ・オング

DISC2

1 異邦人 久保田早紀
2 赤いスイートピー 松田聖子(作曲 呉田軽穂⇒松任谷由美)
3 マイ・ピュア・レディ 尾崎亜美
4 ただ泣きたくなるの 中山美穂
5 誰より好きなのに 古内東子
6 渡良瀬橋 森高千里
7 夢をあきらめないで 岡村孝子
8 ZUTTO 永井真理子
9 WOMAN アン・ルイス
10 M PRINCESS PRINCESS
11 会いたい 沢田知可子
12 秋桜 山口百恵(作曲 さだまさし)
13 色づく街 南沙織
14 迷い道 渡辺真知子
15 みずいろの雨 八神純子(作曲 八神純子)
16 夢で逢えたら 吉田美奈子
17 ダンスはうまく踊れない 石川セリ
18 なごり雪 イルカ(作曲 伊勢正三)
19 恋人よ 五輪真弓 

 ほかにも赤字にしたい曲はたくさんあるが、ストイックになって選んだ結果がこれだ。作曲家で複数選ばれたのは、松任谷由美だった。なるほど。「私はピアノ」は高田みづえが上手く歌っているが、やはり桑田佳祐の曲が秀逸である。「秋桜」は山口百恵の歌唱がこの上なく良い。「なごり雪」はわれわれの世代としては外せない曲。とびきり曲がいいとは思わないが、この情緒は青春の刻印のようなものである。

 もう一曲、あえて加えるなら、南沙織の「色づく街」だ。南沙織は歌が上手かったのだ。作曲は筒美京平。「飛んでイスタンブール」を選んだから2曲目になる。ニューミュージックの天才は松任谷由美。歌謡曲の天才は筒美京平。そして演歌の天才は浜圭介だと思っている。

130707_000510

2013年7月 6日 (土)

さよなら渓谷

 ある書店で、目立つところに積んであったので目に入った。帯に、真木よう子の写真があった。吉田修一の作品である。

 吉田修一の作品で読んだのは「東京湾景」。もしも、今の若者たちがここにあるように感じ、生きているのなら、それも悪くはないじゃないかと思わされた作品だった。その後、後輩のMさんに読むようにと無理やり渡した記憶がある。

 吉田作品では、「悪人」も上下巻買ったのだが、読むその前に映画を観てしまったので、結局原作は読まずじまいである。映画はなんといっても深津絵里の印象が圧倒的に強い。中谷美紀と並んで現代を代表する女優である。そして、この二人に割って入るのが真木よう子であると思っている。

 さて、今「さよなら渓谷」の文庫本は手元にない。家内に読むように薦めた。「けっこう、すごいよ。」が推薦の弁である。

 あらすじは書かない。まだの人は本を読んでもらいたい。新潮社の回し者ではなく、読む値打ちはあると思うからである。

 俊介と「かなこ」の関係が問題である。この設定は考えられる関係だが、二人を一つの生活の場に共存させることはいかにも難しい。また、そこに至らしめるプロセスをどう描くのか。暴行の被害によって繰り返し傷つき虐げられたぼろぼろの「かなこ」と、加害の罪を背負い込み、そこから逃れられない俊介という組み合わせが、この小説の焦点であるが、元に戻ってどんな関係で成立するのかが、読者である素人には想像がつかないのである。

 片方で、記者渡辺と妻との関係が描かれる。渡辺はサブではあったが、ラグビーの日本代表に選ばれた優秀なプレーヤーであった。しかし、怪我で人生が狂う。妻は脚光を浴びる男に惚れたのであった。二人の関係は形だけの夫婦である。

 男と女の関係は様々あり得るだろう。俊介の場合も渡辺の場合も、きれいに語られる「幸福な」家庭とは縁遠いものであるが、以外にも渡辺のような例は実は多いのではないかと思えてくる。

 そうしたら、愛などというものは、突き詰めれば、どんな状況でもあるとは言いきれないものであるし、ないとも言いきれないものだと思える。この場合は、加害者と被害者だが、加害者同士にも愛はあり得るだろう。被害者同士にももちろんあるだろう。善なる愛もない代わりに、悪なる愛もないのではないか。要するに、いいとか悪いとかの問題ではない。その状況をいかに生きるかという個別の問題である。個別の問題から、自分あるいは自分たちのことを考え直してみるのである。

 現実の感情は、なんとも希薄である。

2013年7月 1日 (月)

生きているということ

 ただ生きていることだけでも、それはすごいことなのだと、ある著名な作家が書いていたのを何十年か前に読んだ。

 私は少年のころ精神を患って死のうとしたことがあった。だから、生きていることが当たり前のことではないことを経験的に知っていた。とはいえ、その本を読んだころ、私はまだ青年であり、「前途」があり、少なからず野心も持てるほどに精神は回復していた。そういう青年には、少なくとも自分に関しては、ただ生きていることは満足な「生」ではなかった。

 日本では1年間に3万人ほどが自ら命を絶つ。理由は様々あるだろう。治らぬ病を苦にして・・・。借金(とり)に追われて・・・。希望が叶わぬことによって・・・。病などによる精神的な苦痛に耐えられずに・・・。3万人とは、交通事故で亡くなる人の6倍の数である。

 よく理由の分からぬ死というものもないではなかろうが、たいていは何らかの説明はつくものである。ということは、救いようもあるということではないか。もちろん、簡単ではないものもある。しかし、なかでも若い人の死だけは食い止めたいものである。「自分に何かを強いること」はすべて捨て去り、ただただ息をしていることだけ考えて時間を過ごせ。それだけでいい。そうやって許す余裕が社会にあればいいと思う。

 それは甘いという人もいるだろう。誰だって苦痛なく生きているのではないから、一部の人間を非生産的な状態にしておくのは甘やかしだと考える。しかし、耐えられる世界と耐えられない世界には、深く広い溝があると思う。向こう側に行ってしまった人間の気持ちは、こちら側では理解できない。

 いいではないか。生きていることは、それだけで大変な偉業である。希望があればこそ生きられる、その反対に、希望を捨てることで生きながらえることもできる。誰もあなたを責めてはいない。生き方は一つではないのだ。まずは、自分の命の再生産に専念してほしい。

 まわりに救える人はいませんか。今日も100人近くが逝ってしまいました。悲しいですね。

 合掌

« 2013年6月 | トップページ | 2013年8月 »