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2013年6月23日 (日)

成長を認める

 私の勤める会社ではここ数年風土改革に取り組んでいる。受け身の姿勢から、自ら考え自ら動く人に変わることを目標にし、変わった人は表彰して皆で賞賛することにしている。

 社員によって力量に差があり、組織への適応力に差があり、仕事への意識や行動力にも差がある。これはどの会社にも共通することである。業務の評価であれば、資格や職位に応じてその成果の大きさが計られる。成果を評価されたものは、次の資格や職位に上がっていく。特に大きな成果を上げれば飛び級という対応もある。

 これに対し風土改革における表彰は、業績の大きさを測るものではない。それぞれがどれだけ変わったかで評価される。極端な例を出せば、今まであいさつをしなかった社員が自分から進んであいさつをするようになれば、大きな変化として評価し、賞賛するのである。これが風土改革における表彰の趣旨なのである。

 ところが、これが隅々までいまだに理解されていない。どうしてあんなことで表彰されるのか。もっと厳しい職場で、レベルの高い行動をしている社員がたくさんいるのに、当たり前の行動ができるようになったからと言って全社の集会で大層に褒めあげるとバカバカしくなるという。

 これは先ほど言ったように趣旨が理解されていないからだが、個人の業績に意識が集中し(そう努力することはいいことだが)、社員間の差をあまりに気にするからだろう。会社がよくなるためには、一人ひとりが変化を遂げ、成長しなければならない。そして組織の総合力が高まれば全体の業績も高まる。そういう組織的な観点が持てない人は、遅れた人には冷たい。自分が頑張っていればこそ、呑気に見える人に歯がゆさを覚える気持ちは分からなくはないが、そういう人は優秀ではあってもトップにはなれないだろう。

 あまり極端であれば、組織から離脱し、競争原理の厳しい外資系企業に移っていくのかもしれない。しかし、そこで成功する保証はない。

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