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2013年4月20日 (土)

半分・灘高生だった私 4

  私が灘高校を受験しようと思ったのは中3の2学期以降だったと思う。それまでは当然のように公立高校に行くと思っていたのだが、学区制ができたことにより、皆が行くT高校ではなくI高校に行かざるを得なくなった。そこで、それなら難関私学へも挑戦してみようという気になったのである。

 まず候補にあがったのは東海高校だった。父の友人が名古屋にいたので、頼んで資料を送ってもらった。しかし、受けるなら最難関の灘にしようという思いが湧きたった。ちょうど神戸には親戚がたくさんいたので土地に馴染みがあった。目標が定まってからは猛烈に勉強し始めた。平均睡眠時間は3時間。朝5時までやった。人間やろうと思えば、そこまで出来るものである。その時の私の精神は尋常なものではなかったに違いない。勉強というよりは、格闘技に近いスピリットであった。

 この時に知ったのは、頭を使うとおなかが空くということだ。とにかく夜中に腹が減った。しかし、そこは下宿暮らしであり、小遣いも少なかったので我慢する日が多かった。夕食時には、とにかく食べられるだけ食べておくのが防衛策だった。自宅ではあのような経験はできなかっただろう。

 受験の3か月前からは、このようにして時間が過ぎて行った。これは前にも書いたことだが、入試では普通ならできないような問題ができてしまった。また、勘も冴えた。英語では発音記号を選ぶ問題があったのだが、おそらく正解はよく似た選択肢のうちの片っ方に違いないとにらみ、勘で一つに決めた。後で調べると、ことごとく的中していた。そういうことが起こるのである。

 今から考えると、成績がトップクラスでなかった者が灘を受けようと思い立つことが普通でないのだが、そういう大胆なことを考えること自体に成功の芽があったのだろう。

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