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2013年3月 9日 (土)

精根尽き果てるまで 命がけの仕事

 仕事にはいろいろな種類のものがある。われわれの行っている仕事は形が決まっていて反復するものが多く、かける時間が決められており、求められるレベルも予め想定されている。だから、特定の仕事に必要以上の力を注ぐことはしない。あまり凝り過ぎるとかえって効率が悪いとネガティブに評価される。また定年というものがあり、それを超えてまで無理をして働くことはふつうしない。病気にもかかわらず生活のために働かざるを得ない場合もあろうが、これは自ら好んでするものではない。

 一方で、芸術・芸能などの世界では、一般人の常識を超えた仕事が行われる。今は亡き流行歌手の水原弘が再起を期した曲「君こそわが命」(川内康範作詞、猪俣公章作曲)をスタジオで録音した時のことである。曲の作者もスタッフも水原自身も、この曲に賭けていた。だから、何度も何度も歌い直し、結局収録には12時間余り要したという。歌い終わった時に水原は暑さのためパンツ1枚になっており、疲れのために床に座り込んだという。妥協は許されなかったのである。

 黒沢明が監督した「七人の侍」の撮影現場での話。有名な雨中の決戦の場面である。撮り終えた時に木村功は、あまりの寒さと疲労で泥沼と化した地面にへたり込んだという。あの場面は見るからに厳しい条件で行われていた。映画作りのためには妥協を許さない監督の姿勢といい映画を作りたいというスタッフ、役者の思いと矜持があったのである。

 最後に美空ひばり。晩年は病と闘い続けながら歌っていた。控室では点滴を打ちながら横たわっていたが、楽屋から出てステージに立つとしゃきっとして、堂々と持ち歌を披露する。そして、幕の後ろに下がった時にばったりと倒れ込んだという。どうしてそこまでやらねばならぬのか。われわれには理解ができない。観客の喝さいが堪えられない喜びだからなのか。歌うことが自分の務めだからなのか。自分の歌は誰にも負けないというプライドからなのか。いずれにしても命がけの仕事も厭わない強い動機があるからである。

 精根尽き果てるまで仕事に打ち込むことを一般の人間は経験しない。あえてする必要もないが、そういうことに憧れないではない。燃え尽き願望はある。

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