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2013年1月20日 (日)

変わらない発想、手法で停滞を克服できるだろうか

 カンフル剤にはなりうるだろう。一時的にではあるが、長く続く鈍痛の治療を望んだ人たちもいたのだ。

 昔はよかった。仕事があった。不労所得もあった。20年待って、もうないかと思っていたが、一縷の望みはあった。旧勢力は衰退したかに見えていたが、選挙制度がそれを生き返らせた。

 新しい政権は、かつて羽振りがよかった連中の希望の星である。彼らの勢いを取り戻すことが日本を取り戻すことである。息をひそめていたものが、蘇りつつある。

 新政権の政策の三本柱への評価は、新聞や雑誌などでみるかぎり、はっきりした傾向がある。その内容は私が思っていることと同じである。一時しのぎではなく、社会経済の基盤を強化する、息の長い成長戦略が必要である。もっとも、この「成長」の意味することころが問題なのだが。

 一時的にではあれ、景気がよくなり(よくなったように見え)、金回りがよくなれば、それを維持拡大する期待感が深まる。そうすると、経済政策ばかりではなく、政治的あるいは軍事・外交的な言動も含んで政権そのものへの強い期待となるだろう。実際、そういうことへの呼び水として、例のカンフル剤は使われるに違いない。

 注視する必要がある。狙いは何か。本質は何か。そして、弱者はどう位置づけられるか。もはや、生活保護費が減額されることになった。断片ではあるが、断片は本体の性格をよく表わしている。

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