« 2012年12月 | トップページ | 2013年2月 »

2013年1月の投稿

2013年1月27日 (日)

採用試験にこんな問題を出したらどうかな?

  新卒採用試験問題(このなかから5問を選択して答える)

1 大相撲の人気が低迷していますが、その原因を2~3点述べたうえで、復活のアイデアがあれば示してください。

2 中国という国の現在および今後の問題点について考えを述べてください。また、日本としてどのような付き合い方をすべきか意見を述べてください。

3 日本にピアノの調律師は何人いるか推定してください。結論だけでなく、計算のプロセスを示してください。

「組織」には「集団」にはない二つの要素があると言われています。それは何だと思いますか。

 以前に比べ、交通事故による死者数が大幅に減少しました。その理由を3点上げてください。

 1990年代の後半から年間の自殺者数が3万人を超えています。自殺者が増えた原因について自分なりに考えて書いてください。

 大リーグに挑戦すると明言していた花巻東の大谷選手が日本ハムに入団しました。交渉に成功した日本ハムの戦略について意見を述べてください。

 高校野球の監督(年配の)が、昔に比べ指導が難しくなったと言っています。いろいろな意味が含まれていると思いますが、あなたはその理由についてどのように思いますか。

 仮定の話ですが、ハイキングの途中で蛙を体で巻きつけて絞めている蛇を目撃しました。あなたはどうしますか。以下の3つから1つ選び、その理由を示してください。①石を蛇に投げつけて蛙を逃がしてやる。②しばらく眺めて立ち去る。③蛙が蛇に呑まれるまで見ている。

10 現代の人間は、約10万年前にアフリカ北部にいた約1万人の集団に起源を持つと言われています。このことが事実であると仮定して、あなたは何を感じますか。

2013年1月26日 (土)

田舎で知る獣の害

 地方の農村が獣に荒らされている。主に農作物の被害である。

 農村では高齢者が、大規模にではなく、ほそぼそと野菜などを栽培している。それを、昔には姿を現さなかった鹿や猪や猿が集団でやってきて食べつくしてしまう。簡易に設置した防御柵などは容易に破られてしまう。また、直接遭遇したなら、威嚇したり、時には突進して来たりする。危険な場面がしばしば起こるらしい。

 この正月に田舎に帰ったら、ミカン作りをしている私のいとこが猿の被害について話してくれた。猿はきれいに皮をむいて食べるそうである。最初は、人が悪さをしているのだと思ったそうだ。しかし、猿の集団を見かけてから彼らによる行為だと分かった。

 生活がある以上、被害から自分を守らなければならない。それは、自然や動物を保護するという次元の問題ではない。動物園で見る獣は可愛いかもしれないが、生活の場で出くわした獣は非常に怖いそうだ。都会の人間も、そういう現実を認識しなければならない。

 紀勢本線に乗っていると、社内から鹿の群れを目撃することがある。また、列車にぶつかり、ダイアを乱すこともしばしばである。私が子どものころにはなかったことである。単に自然の問題ではなく、農村から人が減り、地方の社会構造が変化したことの表れでもあるだろう。

2013年1月21日 (月)

不思議なめぐり合わせ

 金曜日の夜、私が勤める会社が作っている製品がある民放の番組で取り上げられた。録画映像で製品の説明をしているのは、工場のNさんだ。明るく、そして上手に説明している。実は、彼の父親は、この番組がオンエアされた金曜日の朝に亡くなったのだ。生きていれば、息子の姿をテレビで見ることができただろうに。

 NHKでも会社と製品が取り上げられたときがあった。社長が出演したのだが、スタジオの収録の時には私も見に行った。また、紹介ビデオには数秒だが私も出演した。この番組の放送予定は、2011年3月11日の夜8時からだった。その5時間前にあの大地震が起こり、当然ながら放送は中止されたのである。後日放映されたのだが、何という巡り合わせか。このときは何とも思わなかったが、今回の件で、不思議なめぐり合わせを感じたのである。

 何の因果関係もないが、同時に印象的な二つの現象が起こると、なんだか結び付けて考えたくなるものである。

2013年1月20日 (日)

変わらない発想、手法で停滞を克服できるだろうか

 カンフル剤にはなりうるだろう。一時的にではあるが、長く続く鈍痛の治療を望んだ人たちもいたのだ。

 昔はよかった。仕事があった。不労所得もあった。20年待って、もうないかと思っていたが、一縷の望みはあった。旧勢力は衰退したかに見えていたが、選挙制度がそれを生き返らせた。

 新しい政権は、かつて羽振りがよかった連中の希望の星である。彼らの勢いを取り戻すことが日本を取り戻すことである。息をひそめていたものが、蘇りつつある。

 新政権の政策の三本柱への評価は、新聞や雑誌などでみるかぎり、はっきりした傾向がある。その内容は私が思っていることと同じである。一時しのぎではなく、社会経済の基盤を強化する、息の長い成長戦略が必要である。もっとも、この「成長」の意味することころが問題なのだが。

 一時的にではあれ、景気がよくなり(よくなったように見え)、金回りがよくなれば、それを維持拡大する期待感が深まる。そうすると、経済政策ばかりではなく、政治的あるいは軍事・外交的な言動も含んで政権そのものへの強い期待となるだろう。実際、そういうことへの呼び水として、例のカンフル剤は使われるに違いない。

 注視する必要がある。狙いは何か。本質は何か。そして、弱者はどう位置づけられるか。もはや、生活保護費が減額されることになった。断片ではあるが、断片は本体の性格をよく表わしている。

2013年1月19日 (土)

暴力市長

 バスケ部の暴力顧問とイメージがダブってしまう。私だけでしょうか。彼は、これまである程度の「体罰」は仕方がないと思っていたそうです。しかし、その考えは改めたそうです。ところが、この間の言動を見ていると、とても改めたとは思えません。逆に、昂じているのではないでしょうか。

 彼は、自分の権力・権限だけで世の中を変えようとしている。職員や市民の力も借りて変えていこうという思想がありません。それが、暴力的な言動となって外に表れているのです。

 暴力市長。誰のことを言っているか、分かりますよね。

ユートピアとは

 ユートピアとは競争のない社会である。私の利益が他者の不利益を生まない社会である。

 ユートピアとは、食うに困らない社会である。食うことを案ずることなく、他者との共存を前提にして、自分の楽しみや生きがいを追求できる、物質的、構造的基盤のある社会である。

 ユートピアとは、社会の進歩を計る手段である。どこにもない、どこにもなかった社会ではあるが、そのイメージをもって現在を計り、批判する有効な方法である。

 ユートピアとは、同時に私たちを変革に向かわせる装置でもある。理想は私たちを行動に駆り立てる。一揆、暴動、革命的運動には宗教が絡んでいたし、政治的理想が掲げられた場合もあった。現実と理想とのギャップが運動を進めるエネルギーとなる。

 憲法に掲げられた内容は、ある意味ユートピアである。そこに書かれた通りに、現実が動いている国家はどこにもない。だからこそ、それを規範にして、現実を正していく必要がある。

 理想なきところに、意味のある歴史解釈は生まれないし、今後においても前向きな歴史の創造はありえないだろう。

2013年1月17日 (木)

桑田真澄さんの記事から考えたこと Kさんへの回答として

 ある雑誌で桑田さんのインタビュー記事を読みました。その中に、こういうくだりがありました。

 「僕の実力じゃ、とてもPL学園ではレギュラーにはなれない」と諦めかけたとき、母親から「何か方法があるはずだから考えなさい」と言われて思いついたんです。まずは、トイレ掃除をしました。寮の便器を毎朝1個ずつピカピカにする。玄関の靴を揃え、廊下のゴミを拾い、挨拶と返事をきちんとする。そういった行いを続けました。周りからは「アホかぁ、おまえ」と言われましたが、「ええねん。俺はやりたいからやんねん」とかまわず続けました。
 そうしたら、3か月後、運が回ってきたんです。一度ピッチャー資格の烙印を押されていた僕に、監督が突然「投げろ」とチャンスをくれた。それだけでも驚いたのに、実際に試合が始まると、打たれても打球がぜんぶ野手の正面に行くんです。結果はシャットアウト。みんなビックリしていましたが、一番ビックリしたのは僕でした。

 私はとても面白いと思い、このくだりを含む記事を部下のK君に読んでもらいました。そうすると、「科学的には説明がつかないこともあるのだと思いました。」のと返事がきました。そこで私は以下の文章を贈ったのです。

 掃除を続けたこととその後の彼の成長にはある程度の説明が可能だと思います。彼には元々素質はあったはずです。あの運動神経や筋力は誰にでも身に付くものではありません。しかし、その素質を活かす方法を知らなかったのでしょう。
 掃除をすることで、自分の体に規律が生まれ、心も整理されて、体と心のバランスがとれるようになったのでしょう。自分の心で、自分の体をコントロールできるようになったので、乱れの少ない投球ができるようになったのだと思います。
 打球が野手の正面を突いたのは、運ではなくて、質の高い投球ができたからです。投手の方がレベルが高いと、統計的に打球が集まる位置(野手の守備位置)に飛んでいくのだと思います。打者のレベルが高いと、イチローなどがそうですが、野手の間を抜けたり、間に落ちたりします。晩年の長嶋の打球は野手の正面を突くことが多かったですね。だからゲッツーも多かった。
 掃除をする、しかも長く続ける。いやになりかけても辛抱して続ける。これは精神論ではなく、人間の精神の体系(物理的には脳の働き)に変化を与えるのだと思います。掃除という行為は、人づくりなのでしょう。

 沖縄興南高校の我喜屋監督は、選手にます掃除をさせました。そのことで生活の乱れがなくなりました。決まった時間に寝るようになり、寮の食事も残さず食べるようになりました。そして、野球も上手くなりました。我喜屋さんは、身の回りをきれにできない子は、野球が上手にならないと言い切っています。彼の信念です。
 また、駅伝で有名な西脇工業の監督だった渡辺先生は、あいさつを重視しました。また授業をしっかり受けるよう指導しました。それができない子は駅伝でも強くならないという信念を持っていました。彼らの信念は、単なる思い込みではないと思います。まずは経験から仮説が生まれ、その実践によってそれが証明された。結果、信念として確立されたのだと思います。

 人間は一個の動物でありますが、私は一つの「システム」だと思います。あるいはそれぞれ独自のプログラムを持っていると考えられる。そのプログラムは親からの遺伝や教育や生活環境などによって作られる。そしていったんそれで動き出すと、なかなか書き換えることは難しい。
 同じことを繰り返していまう。同じレベルで生きてしまう。それを変えるには、新しい行動が必要です。掃除やあいさつは非常に有効な行動であると思います。やろうと決意すればできるし、周りから見られる。辛抱して続ければ、周りからの見方が変わる。そうすると自分とまわりとの関係性に変化が生まれる。この関係性がプログラムを書き換える力として働くのだと思います。私たちのやろうとしている、風土改革はプログラム書き換え運動なんですね。

2013年1月15日 (火)

桜宮高校のバスケ部とバレー部の活動を停止??? 大阪市教委

 以下、読売新聞配信の記事である

 大阪市教委は15日、顧問による体罰が問題になっている市立桜宮(さくらのみや)高校のバスケットボール部とバレーボール部を、無期限の活動停止処分にした。
 市教委は、指導体制の刷新など同高による再生努力の実績を検証した上で、廃部か活動再開かを判断する、としている。
 バスケ部では昨年12月、2年男子生徒(17)が練習試合中に男性顧問(47)にたたかれた翌日に自殺。バレー部では過去に体罰で懲戒処分を受けたことがある男性顧問(35)が昨年11月、練習中に1年男子生徒をたたいていたことが判明した。

 この報道が正しいとすれば、大阪市教育委員会はなんと的外れな判断をしたのだろうか。処分すべきは指導者であって“部”という組織ではない。指導者と一緒になって主将に暴行を加えていた部員がいたのなら別だが、今回の件については指導者の問題であろう。

 しばらくは、部員たちに自主的な活動をやらせつつ、まともな指導ができる教員を探して新しい指導者をつけるべきだろう。高校生ならもう子供ではない。技術を高めるトレーニングは難しくとも、基礎的な練習や体力をつける練習ならできるだろう。部員たちを集めて、リーダーとなれる部員を話し合いで選ばせて、皆で練習メニューを決めさせればいいのだ。それをお膳立てしてやるぐらい教師にできるだろう。

 と、私は思う。 

2013年1月14日 (月)

正月に手に取る本 加藤周一 「日本人とは何か」

 年末年始の休暇に手に取る倣いとなった本がある。加藤周一の八編の論文を集めた文庫本である。講談社学術文庫から出ていて、タイトルは「日本人とは何か」である。

 年の始めにあたり、日本の進む進路や自分が日本人として生きる方向を再確認するために広げてみるのだ。しかし、最初から最後まで読み通すことはしない。赤鉛筆で印を付けたり、付箋を貼ったりしているので、そこを中心にして前後を読むのである。「日本人とはなにか」「日本的なもの」「近代日本の文明史的位置」「知識人について」「戦争と知識人」、この五編が重要である。

 この本の要約をするのが目的ではない。私が大事にしている部分をいくつか抜き出して紹介したい。

 「日本人は何かという問の核心は、われわれ自身とは何かという問であり、われわれ自身とは何かという問の核心は、もはや他国民との比較の問題ではなく、われわれが何を欲するかという意志の問題である。」

 「日本的なものの概念を根本的に立て直すことは、日本の文学・思想・芸術によって育てられた尺度から出発して、外国の作品に対しても通用する普遍的な尺度をつくり出すためにどうしても必要な前提である。」

 「知識階級にとって文化的伝統との断絶をほんとうに克服する道は、第一に近代化即西洋化という考えを破ることであり、第二に大衆との意識上のつながりを回復することである。そこではじめて今後の問題が出てくるのだ。」

 「しかし、その大部分(注:知的活動を営んでいるかに見える青年たちの)は、しばらくすると特殊な専門的領域での仕事以外に、その知的活動をほとんど全面的に停止する。その根本的理由は、決して仕事が忙しいとか、付き合いがどうとかいうような外面的なことではなく、若い時代の活動そのものが、つけ焼き刃であり、なま半可であり、何一つ確かなものを捉えていなかったという事実そのものにほかならない。」

 「しかし、科学的精神の欠如は、一般に、いくさの間日本の知識人の圧倒的な多数に、めだったことである。事実と当為の問題をはっきり区別することさえ、たちまちできなくなり、論理学の初歩さえ混乱してしまった。それは論理的な思考力の薄弱ということではない。日本には学問があったし、今でもある。そういうことではなくて、科学的な、あるいは論理的な思考さえもが、日本の知識人にとっては、時と場合に応じて放棄し得るものだということである。」

 「しかし、日本の知識人のなかに、吉本流にいえば、思想的「空白」があり、そこに「生活意識」があり、意識的に反省されないその「生活意識」が、意識的に反省された「思想」よりもはるかに強力である。という点で、亀井や大熊の告白と吉本の分析は一致しているように思われる。そのような「思想」と「生活意識」の乖離を前提として、はじめて、共産主義者の多くの「転向」は行われ、「転向」を正当化するために日本浪漫派の非合理主義も発展しえたのであろう。」

 最後に
 「思想は体験から出発するものである。体験が変わらなければ、思想が変わることは決してない。その意味で思想は輸入できないものだ。」

2013年1月13日 (日)

須藤孝三、杉田茂 ジョイントポージング

 古くからのボディビルファンならお馴染みの須藤孝三氏と杉田茂氏。この偉大なビルダーがそろって第27回ミスター日本選手権にゲスト出演し、それぞれ単独のポージングを披露したあと、二人揃ってのポージングを見せている。
 
 この映像は、1981年に収録されたもので、昨年の10月にアップされていて、アクセス数は4千回あまりとなっている。非常に貴重なビデオだが、いつ削除されるか分からない。海外の動画は滅多に消去されないが、日本の場合は内容に拠るわけだが、著作権者の訴えによってかなりの頻度で消去が行われている。

 さて、ミスターユニバースのタイトルホルダーで、受賞からまだそれほどの年月が経過していない。須藤氏は30歳、杉田氏は34歳のころだと思う。それぞれ対照的な持ち味が出ていて、面白い。須藤氏は、プロポーションの美しさ、足、肩、背中のカットの深さがあって、まさに彫刻のような体である。杉田氏は、傑出した筋肉の量があり、力強さにみなぎっている。特にこの映像では背中が凄い。ポージングでもそこを強調している。このバルキーな体は、末光健一氏と双璧だろう。

 とにかく映像を見ていただきたい。タイトルは「Shigeru Sugita & Kozo Sudo guest posing 1981」となっているので、検索すれば出るはずである。

Sudosugita

2013年1月12日 (土)

愛情がある体罰はよい? 愛情のあるなしは誰が判断するの?

 桜宮高校のバスケットボール部主将が自殺した事件に関連して、体罰の是非が議論されている。その主張のなかに、「愛情があれば体罰は許される。」とか「体罰と愛情は紙一重」などというものがある。ここで重要なのは、「愛情」のあるなしは、誰が判断するのかということである。

 指導する側(立場上、上に立つ方)が、私は愛情をもってやったと言えば、それで良しとするのか。それでは、すべてが正当化される。教育は、施す側と受ける側との共同行為である。愛情かどうかは、その共同の関係のなかで、主に双方の「主観」をもって判断される。だから一方の当事者である受け手が「愛情」と感じなければ、愛情ではないのである。

 ところで、「体罰」という言葉は使わないようにしたい。「罰」は「罪」があることを前提にしている。「暴力」という言葉を使おう。「暴力」が正当化される場合はあるのかどうかという議論をしたい。どういう状況、どういう条件で正当化されるのか?よほど狭く、限られた状況にしか当てはまらない。基本的には、ないと考えるのが正しい。

2013年1月 6日 (日)

春の陽を思わせる暖かさ 潮岬に立ち寄る

 郷里から大阪まで帰る時に、和歌山周りのコースを選んだ。近いのは、山道を抜けるか、伊勢方面から迂回するコースである。和歌山の海岸線を走る道は狭く、直線が少ないので時間がかかる。反面、観光スポットが点在しており、先を急がず、遊びながら移動するにはいいコースである。

 久しぶりに潮岬に立ち寄った。天気がよく、海の見通しもよい。180度とまではいかないが、左右に広い眺望だ。沖合を商船が行き交う。何を積んでいるのだろうか。

 潮岬観光タワーに隣接する食堂でMEGA天丼セットを食べる。何がMEGAなのだろうかと興味をもって待っていると、てんぷらがはみ出したどんぶりが運ばれてきた。てんぷらは、マグロのてんぷらで、大きなものが三切れ入っている。味はまあまあ。マグロは刺身が美味しいのだ。これに普通の大きさのきつねうどんが付く。これで800円であった。満腹になり、夜になってもお腹が空かなかった。お値打ちなメニューだった。

 それから白浜に向かった。結構有名な露天風呂「埼の湯」に入る。あまり情報を持たずにナビに案内されて狭い脇道に入っていくと、月当たりの狭い駐車場は満車。案内のおじさんに第2駐車場に行くように言われて、そこへ駐車した。
 入浴料は400円。脱衣所はすこぶる狭い。しばらく待って服を脱ぎ、波打ち際の岩風呂に下りる。風もあり、冷たい。お湯はいい湯加減で、いい気分だった。20分ほど浸かって、再び冷たい風のなかを脱衣所へ。なかなかいいお湯で、よい体験をした。

 帰りに、テレビでもCMをやっている「とれとれ市場」で休憩。生魚や干物がたくさん売られている。頼めば、いけすの魚もさばいてくれる。少しだけお土産を買って、そこを後にした。

03

02

Photo

2013年1月 5日 (土)

「美少女信仰」の始まりと現在

 美少女に対するあこがれが昂じると、信仰のレベルに達する。若い男子が美少女に憧れを抱くのはごく自然なことだろう。しかし、振り返ってみれば、美少女なるものが世間のあちらこちらにいるはずがない。私が若いころにはテレビやレコード音楽が全盛の時代であって、アイドルが数多く生み出された。だから、身近では見ることのできない美少女がブラウン管や雑誌を通じて、世の中にまき散らされたのである。そして、多くの男子が美少女病に侵されたのである。古くは原節子や吉永小百合だろうが、私の世代は専ら歌手であり、中三トリオやらアグネス・チャンやらが人気だった。その後もしばらくは同じような状況だった。

 ところが最近では、美少女歌手と言うジャンルが無くなってしまった。歌は、ビジュアルよりも歌そのもで評価されるようになった。もちろん、ビジュアルが伴えばより良いのであるが。今や美少女と言えば、女優であり、モデルであろう。AKB48などもあるが、美少女の軍団とは言えない。美少女はそんなにたくさん居てはいけないのである。

 さて、若い時に洗脳されたせいであろうか、私はこの歳になっても美少女信仰がやまない。信仰の対象は、深田恭子であり、上戸彩である。特に深田は10年来のファンであり、私の美少女界の中央に鎮座している。美少女界の始まりは深田であり、いわば大日如来のような存在である。
 続く、上戸彩はそれとは位置づけが随分違う。彼女は俗世の人間だ。人間臭ささがある。ある日、彼女は私の夢の中に忽然と姿を現し、私に微笑みかけた。その可愛らしさは筆舌に尽くしがたい。その残像を追い求めて、ネットで近いイメージの画像を探し出したが、夢のなかの彼女とはやはり少し劣る。実は上戸彩ではなかったのかもしれない。上戸彩の姿を借りた観音菩薩であったのかもしれない。私はしばらく幸福な気分であった。

 これが私の美少女遍歴である。(私の家内も元は美少女であった・・・ということにしておこう)

001_2

P4

2013年1月 4日 (金)

100万ドルの笑顔

 「100万ドルの笑顔」という言葉を何度か聞いたことがある。これは「100万ドルの夜景」を真似た言葉だろう。100万ドルの夜景と言えば、香港やナポリの夜景を言うらしい。日本では、函館や長崎の夜景が美しいとされている。

 さて、100万ドルの笑顔だが、これは素晴らしい笑顔、特に写真に撮られた笑顔を形容する時に使われる。子どもの笑顔であったり、庶民の笑顔であったり、女優さんの笑顔であったりする。それは、見る人の心をなごませたり、楽しくさせたり、勇気を与えたりする。

 笑顔にはすごい力がある。にもかかわらず、それを見る機会が少なくなった。学生のころは冗談を飛ばし合って、大笑いすることがしばしばあった。会社に入ると、皆無ではないにしろ少なくなった。笑顔はあるが、いい笑顔は少ない。家庭でも同じだ。私が子どものころは祖母も一緒に暮らしていて、7人の家族だった。食卓を同じ時間に囲み、皆でテレビを見た。そこに多くの会話があり、笑いがあった。祖母は明るい人だったから、自ずと家庭は明るくなった。

 先日、明け方に夢をみた。なぜか女優の上戸彩が登場したのだが、その笑顔が素晴らしかった。女優だから、美しいということがインパクトになっているが、そういう夢を見るということは、笑顔、そして明るい気分に飢えていることの表れかもしれない。

P3_2

2013年1月 3日 (木)

「理にかなう」ということ

 成果を上げ続けている人には、当然ながら共通点がある。それは、理にかなった行動をとっていることである。もっとも、その前に理にかなった考え方をもっていることが大切だが、体系立った理屈がなくても、あるいはそれを上手く説明できなくても、行動がそうなっていればいい。

 理にかなっていなくても、たまたま結果の出ることはある。だが、それは非常に確率の少ない結果が、偶然に現れたにすぎない。あくまでたまたまであって、コンスタントに成果を上げることはできない。

 理にかなっているということはどういうことか。それは目的や目標に向かって、無駄な要素を排除して、もっともシンプルに事を運ぶ方法のことである。スポーツの放送などを見ていると、優れた解説者は、上手に説明をしてくれる。野球であれば、投手の投球の組み立てであったり、打者のスイングであったり、野手の守備位置であったりする。水泳であれば泳法、陸上競技であれば走法であったりする。

 無駄な動きはロスを生む。あるいは確率を下げる。こういう理屈や定石というものが分かっている指導者に付くと、持っている能力を最大限に引き出すことができる。なかには天才的なアスリートがいて、教えられなくても自分で出来る人もいるだろうが、それは極めて稀であろう。素質、才能にはずば抜けて恵まれているのに指導者に恵まれない場合もあるから、巡り合わせと言うものは怖い。ただし、本人が人の意見を聞く耳を持たなければ話にならないが。

 仕事も同じである。課題を達成するにしても、問題を解決するにしても、理に外れたことをしていたのでは成果は出ない。期待している結果が出ないとき、異常が発生した時には、まずその現象をより詳しく知る必要がある。事実の把握がまず大切なのである。そして、それに従って原因を絞り込む。原因は複数絡み合っており、単純には言えないかもしれない。しかし、軽重はある。重たいものを重視すればよい。そして、それを対策によって潰してしまえば、理にかなったプロセスに是正することができる。

 できる人は、理になかった仕事の仕方をしている。余計なことをして時間を浪費しない。ほとんどのサラリーマンは、そんなことはあまり気にせず、今までのやり方を惰性で繰り返している。それでもまったく成果が出ないわけではないし、ましてや給料が出なくなるわけでもない。だから、危機感はないし、できる人から学ぼうとはしないし、失敗からも学ばない。

 理の学習は大事だ。実は、こういう真理は、会社に入る前に学校でも学ぶ機会や材料があるし、日常生活においても機会はあるのだ。ただ、そういうことに気がつかないのである。そういうことが、教わらずに分かる人は天才なのだ。現象から素早く理を導き出すことができる。逆に、凡人には難しいことだ。やはり、そばに「分かっている人」がいてくれるかどうかにかかっている。この言葉を結論にして、この文章を終わる。

2013年1月 2日 (水)

お正月の過ごし方

 私が子どものころまでは暮れから正月にかけて独特の風情と言うか、生活感があった。母親はおせち料理を作る。私の田舎では、おせちに加え、さんまの寿司をこしらえる。その様子を感じながら、他の者はこたつに入って紅白歌合戦を見ている。おそらく、どの家でも同じような過ごし方ではなかったろうか。

 そして、元旦にはおとそをいただきながら、新しい年を迎えられたことを喜ぶ。後は、墓参りに行き、帰りに父の里に顔を出す。それを毎年繰り返すのだった。それ以外は、海岸に凧上げに行くぐらいで、大抵はテレビを見ていた。

 自分が親の世代になると様変わりする。父親が生きていた時には、昔の風習をかなり維持していたが、おふくろだけになるとおせち料理も本格的には作らなくなる。私の家族も、子どもが大きくなると一緒に田舎に帰ることもなくなり、時にはおふくろと私だけでお雑煮を食べることになる。ひっそりとした正月だ。

 墓参りには行くし、父の里にも顔を出すが、昔のように食事をいただくこともなく、まだ健在のおじさんの顔を見て、長居をせず早々に引き揚げる。帰ってからは専らスポーツ観戦である。正月のスポーツと言えば、駅伝である。元日は実業団の駅伝、2日、3日は大学の箱根駅伝である。それぞれの日の半日はそれで潰れる。これが最もお正月らしいイベントである。

 お笑い番組には生中継のものがあり、これが正月の空気を伝えているが、多くは撮りだめたものである。大体、今売れている芸人が掛け持ちするから、どのチャンネルも同じようなメンバーになってしまい変わり映えがしない。バラエティなどより、普通に漫才やコントをしている方がかえって面白い。古いネタであっても、しゃべくりが上手であれば、繰り返し笑えるのである。

  昔は今より貧しいながらも、節目節目を楽しむ工夫がされていた。ところが今は、あまり普段と変わらなくなってきた。なんとなく一年が過ぎ、けじめを付けるという儀式もなくなった。そんなことを考えると、この時期に長期の休暇が必要なのかと思ってしまう。

 

2013年1月 1日 (火)

1月1日 自助自立の精神で生きる(経営の立場から)

  今年も社会は大きく変化するだろう。そして、社会の変化は、人の成長を待ってはくれない。否応なしに変わっていくのである。したがって、われわれは変化を追って、あるいは変化を先取りして自ら変わっていかなければならない。それができなければ、置き去りにされるのみである。組織もそうだし、個人もそうである。変化すること自体が活き残りの戦略なのである。

 自分の会社は、業績の悪化によって自分の身を切り刻み、リストラによって生きながらえるような道を歩きたくない。そのためには、一見安定しているように見える現在の経営状況を、日本や世界の動きを背後に見ながら、動的に把握しなければならない。もっとも警戒すべきは、「今がよければよい」という進歩を放棄した見方である。

 われわれは、人材を、組織や社会に動かされるものとは見ず、逆に組織や社会を動かすものだという主体的人間観に立脚する。主体的に生きることは、本来喜びに満ちたものであるが、時として厳しい局面に立たされる。それは周囲を保守的な制度や風土に取り巻かれるからである。何かを得ようと思えば、何かを犠牲にしなければならない。何を選び、何を捨てるか、勇気をもっとその判断を下す。これが自立した人間の姿である。

« 2012年12月 | トップページ | 2013年2月 »