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2013年1月 3日 (木)

「理にかなう」ということ

 成果を上げ続けている人には、当然ながら共通点がある。それは、理にかなった行動をとっていることである。もっとも、その前に理にかなった考え方をもっていることが大切だが、体系立った理屈がなくても、あるいはそれを上手く説明できなくても、行動がそうなっていればいい。

 理にかなっていなくても、たまたま結果の出ることはある。だが、それは非常に確率の少ない結果が、偶然に現れたにすぎない。あくまでたまたまであって、コンスタントに成果を上げることはできない。

 理にかなっているということはどういうことか。それは目的や目標に向かって、無駄な要素を排除して、もっともシンプルに事を運ぶ方法のことである。スポーツの放送などを見ていると、優れた解説者は、上手に説明をしてくれる。野球であれば、投手の投球の組み立てであったり、打者のスイングであったり、野手の守備位置であったりする。水泳であれば泳法、陸上競技であれば走法であったりする。

 無駄な動きはロスを生む。あるいは確率を下げる。こういう理屈や定石というものが分かっている指導者に付くと、持っている能力を最大限に引き出すことができる。なかには天才的なアスリートがいて、教えられなくても自分で出来る人もいるだろうが、それは極めて稀であろう。素質、才能にはずば抜けて恵まれているのに指導者に恵まれない場合もあるから、巡り合わせと言うものは怖い。ただし、本人が人の意見を聞く耳を持たなければ話にならないが。

 仕事も同じである。課題を達成するにしても、問題を解決するにしても、理に外れたことをしていたのでは成果は出ない。期待している結果が出ないとき、異常が発生した時には、まずその現象をより詳しく知る必要がある。事実の把握がまず大切なのである。そして、それに従って原因を絞り込む。原因は複数絡み合っており、単純には言えないかもしれない。しかし、軽重はある。重たいものを重視すればよい。そして、それを対策によって潰してしまえば、理にかなったプロセスに是正することができる。

 できる人は、理になかった仕事の仕方をしている。余計なことをして時間を浪費しない。ほとんどのサラリーマンは、そんなことはあまり気にせず、今までのやり方を惰性で繰り返している。それでもまったく成果が出ないわけではないし、ましてや給料が出なくなるわけでもない。だから、危機感はないし、できる人から学ぼうとはしないし、失敗からも学ばない。

 理の学習は大事だ。実は、こういう真理は、会社に入る前に学校でも学ぶ機会や材料があるし、日常生活においても機会はあるのだ。ただ、そういうことに気がつかないのである。そういうことが、教わらずに分かる人は天才なのだ。現象から素早く理を導き出すことができる。逆に、凡人には難しいことだ。やはり、そばに「分かっている人」がいてくれるかどうかにかかっている。この言葉を結論にして、この文章を終わる。

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