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2012年11月の投稿

2012年11月26日 (月)

金閣寺 画像集

 お天気がよく、紅葉も観られるので、久しぶりに金閣寺を訪れました。結構な人出でしたね。周りで随分と中国語が聞こえました。尖閣の影響もやや薄らいだかな。

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2012年11月25日 (日)

失われる洞察力&批判的精神 総選挙への動きから

 来月、年も押し迫ってから衆議院議員の選挙が行われる。「近いうちに」が現実のものとなり、準備不足の政党、候補者は態勢作りに追われている。

 最近、政治に対する興味が薄らいでいたせいか、各党や党首の動きについての情報を数多く持たない。野田さんの考えは、解散までにやったことでおおよそ分かる。税と社会保障の一体改革(とりあえず消費増税)、国会の定数削減・一票の格差是正、原発の順次廃止、TPPへの参加などである。ただし、これが民主党の総意ではないようだ。野田さんの路線で選挙に勝てるかどうかは分からないが、これと違う内容の公約を掲げればなお一層の敗北を招くだけだ。野田さんを前面に押し出すしかない。

 自民党は政権復帰を賭けている。安倍さんは、国民の不安感あるいは一縷の望みに付け込んで策を打っている。民主党を出来もしない公約を掲げる非現実的な政党と非難し、それとの対照化を図るために保守色を鮮明にしている。「憲法への国防軍の明記」「思い切った金融緩和策」などを掲げたが、一方で保守支持層に配慮してTPPと原発の問題への踏み込みは弱い。

 この程度は知っているのだが、いわゆる第三極と言われる新政党あるいは旧政党から外へ出た連中の色合いはよく分からない。おそらく、民主党に近いか、自民党に近いかのどちらかに色分けされる。共産党に近い政党はない。それぞれが、大政党のように、広い範囲に公約を持たず、有権者の興味が深い分野に争点を集中させて目立とうという作戦である。維新の会が、現実をよく分かっていない有権者の支持をどれだけ集めるか注目されるが、以前のように大勝ちの気配はなさそうだ。政治に必要な時間を無駄にしないという意味では、その方がよい。

 テレビはあまり見ないが、評論家などの主張には歯切れの良さがないように思われる。安倍のような発言には、もっと厳しい批判があってしかるべきだ。長引く不況や尖閣列島問題でストレスのたまった国民には一時的に受けるかもしれないが、国家の孤立を招きそうだ。日本のよい部分、世界から敬意をもって評価される部分は取り戻したらよいが、彼の言っていることは敗戦を契機に国民が意志を以って捨て去ったものではないか。

 そういう要素をまともに捉えられる知識人やジャーナリストが目立たなくなった。もちろん、批判だけしていればよいというものではないが、鋭い批判の中には創造的要素を含んでいるものだ。政治のレベルは国民のレベルを表わすという見解があるが、国民の政治感覚を麻痺させたのは政治家の方ではないだろうか。昔は、保守の政治家には少ないけれどもまともな人がいたように思われる。

2012年11月24日 (土)

大阪府警幹部の講演

  大阪府警の刑事畑幹部の話を聞くことができた。主に暴力団の活動についての話である。さすがに一課と四課で長く勤め、現在も現役の幹部だけに最新の情報が多く説得力がある。登壇した時に、「今日は反社の人たちがたくさん来ているなと思ったが、よく見たら府警のOBの方たちでした。」と冗談を言って、一部の聴衆を笑わせた。

 暴力団員は全国に7万人いる。以前何かの本に10万人と書いてあったから3割減っていることになる。最大組織はやはり山口組で3万5千人と、全体の半数を占める。大阪府下にも230組織7800人いるらしい。全国の暴力団員の1割強が大阪で活動していることになる。とはいえ、組織の弱体化を進めているので実際に飯の食える暴力団員は1割程度であり、組織は瓦解し始めているといい、府警の活動の成果であると言っていた。上納金が払えずに解散したり、生活保護費を不正請求したりする例がある。組長がそんなことまでするのは情けない話だとその府警幹部は言っていた。

 現在の暴力団のシノギ(ヤクザ・暴力団の収入や収入を得るための手段のことをいう)の主なものは、風俗・薬物・みかじめ料・賭博である。風俗は手が後ろに回るリスクの小さいシノギらしい。ビルを一棟買い上げて風俗店を入居させる。みかじめ料は家賃に上乗せした、その代わり守ってやるというやり方だ。これが弘道会のやり方で、名古屋、新潟、高松などで成功しているらしい。次に薬物だが、これでもかなりのシノギを上げているそうだ。最近では25kg(末端価格で25億円)の覚せい剤を押収したと言う。基本は、自分では商わず、チンピラやくざに売らせて上前をはねるやり方だ。しかし、自らさばく動きもあるらしい。

 暴力団を弱体化させるには、とにかく捕まえることだという。特に幹部をねこそぎやる。大阪の主要な幹部は皆捕まえて服役中にしているという。北九州で騒ぎが収まらないのは、実行犯を捕まえていないことにあるが、これまでに工藤会の幹部をまったく捕まえてこなかったことにあると言う。もっとも、これには土地の風土がある。工藤会は北九州に根をおろし、市民生活の深いところに入り込んでる。組員の大半は地元出身で、住民と幼馴染であったり顔見知りであったりする。場合によってはトラブルの解決で世話になったりしている。だから、簡単に関係を断ち切れない。断ち切ろうとすると、それは裏切りだと捉えられてしまう。そういうことが背景にあるのだと福岡県警の幹部が語っていたらしい。それにしても、大阪府警ではそんなことはさせないと豪語していた。

 暴力団から身を守るためには、とにかく関係を断つこと。何かを少しでも受け入れると断てなくなる。不当な要求があれば、すぐに警察に連絡することだ。よく、暴力団は、何かあったら言って来い、相談に乗ると誘ってくる。一回相談すると、限りなくしゃぶられる。彼らはまともな仕事をせず稼ぎたいのだ。それなりの悪知恵が働くのである。

2012年11月23日 (金)

休まない、休めない

 この10年ほどだろうか、葬儀への参列を除く理由で会社を休んだことはないと思う。

 独身の時代と結婚してからも子供が小さい間は時々ではあるが休んでいた。ほとんどが病欠である。肺炎で入院した時以外は、普通の風邪で休んだ。大抵は一日寝れば回復するのだが、熱を出してしばらくは苦しい。

 これに対し、最近は熱が出ることは滅多にない。出ても微熱である。若いころに比べて体力は低下しているはずなのに、この違いはどこから来るのだろうか。

 一つは、休日に遠出をすることがなくなったからではないかと思う。子どもが小さいと、海へ行ったり、山へ行ったり、遊園地に行ったりする。すると、若くても疲れる。そこに、子供が幼稚園や学校から風邪をもらってくると親にうつるのである。
 齢を取ると、そういう休日の過ごし方はしない。外出するにしてもせいぜい半日である。早めに帰宅して体を休める。無理はしないのである。また、体調が悪くなると早めに休息したり、薬を飲んだりと、用心深くなる。

 もう一つは、会社での職位が上がると休めなくなるという事情があると思う。休めないと思うとそれなりに緊張感を持って生活している。また具合がよくないと、早めに処置をするものだ。微熱を感じたらすぐに医者へ行く。昔のように、注射や点滴はむやみに打たなくなったが、薬はいっぱい処方される。

 先の社長も、今の社長も、風邪で休んだということはない。トップともなれば気の休まる日がない。緊張の連続である。精神的にも、肉体的にも無理をしているし、これまでもずっと無理をしてきている。だから、最後になって病に倒れる場合がある。無理の反動である。しかし、経営を担っている以上、無理もしなければならない。社員の生活が自分の背中にかかっているというのは、決して大げさな言い方ではなく、事実であるから。

 逃げ場がなくなると人間は強くなるものだ。いつでも避難できると思うと、甘くなってしまう。背水の陣とはよく言ったものだ。しかし、客観的にそういう立場に立つからできるのであって、そうではないのに気持ちだけそうなれと言われても難しい。

 だんだんと上に近づいていく。しばらく休めそうにない。休みたいとも思わないが。

2012年11月18日 (日)

孤軍奮闘 熊野市議会議員N・S氏

 私の出身地のお隣にある熊野市の市議会議員N・S氏のブログをたまたま見つけて、ほぼ毎日読ませてもらっている。

 市の行政を始め、土地で行われている催事や住民の暮らしぶりについて書かれてあって面白い。特に市長をはじめとして、旧態依然たる行政への批判は厳しい。厳しいけれども、意見は全うである。住民のためではなく、市長と役人のための施策になっていると言うのである。

 なかには革新的な市長がいて、それを支える住民もいて、役人と対峙しながらも少しずつ地域を変えていっている自治体もあるが、人口が減少の一途をたどり衰退する地方の弱小自治体は似たりよったりかもしれない。

 意見はなかなか通らないらしい。それでも発言し続けるという。どれだけ影響力があるのか測り知れぬが、こういう人がいなければならない。N・S氏は昭和18年生まれ。文字通りの地方にあって広い視野と見識を有している。実家に帰った時に、熊野市ではどういう評判なのか聞いてみたい。

氏のブログ  http://plaza.rakuten.co.jp/je2luz/

2012年11月17日 (土)

ライオンのいる風景

 私は眠りが浅く、朝になるまでに何度か目を覚ます。特に明け方は浅いようで、目が覚めたまま眠れない日もある。そして、最近は夢をみる回数が増えてきた。

 今日の夢はちょっと変わっていた。まだ自然が多く残る丘陵地帯を町に向かって(会社を目指して)歩いている。すると、一頭のライオンの姿が見えた。雄のライオンで、たてがみを風になびかせている。襲われるかもしれないと思って身がまえたが、ライオンは悠然としていて、こちらには関心なさそうだ。

 ライオンは一頭だけではなかった。あちらこちらで寝そべったり、歩いていたりする。皆、雄である。動物園から逃げ出したにしては数が多すぎる。サファリパークのような光景だ。何とか、その群れをかいくぐって丘を超え、会社に行きつかなければならない。

 しばらくすると、十数名の集団が横を歩いていく。地域の住民らしい。皆無表情だが、はっきりはしないが武器を抱えているようだ。ライオン退治に向かっているのだ。

 夢はそこらあたりで終わり、目が覚めてしまった。ライオンが何を意味しているのか分からない。何らかの不安感の表れなのだろうか。それにしては見えていたライオンは恐そうではなかった。

2012年11月11日 (日)

今が普通だと考えてしまう

 私の勤める会社は、社員数200名あまりの中堅企業である。経営は安定している方だが、昨今は環境が厳しく、この先はどうなるか分からない。

 会社の給与水準は高い方だ。特に賞与の実績は大手の企業を上回る。(この冬の賞与は経団連加盟の企業平均よりも高いし、年間で比較すれば大幅に高い。)社員の平均年収は、ビジネス雑誌などの特集で見ると、数千億円の売り上げがある同業大手企業を上回っている。

 それでも、労働組合と交渉するともっと出せと言う。冬の賞与については月数では昨年を下回るが、金額では上回っている。

 恵まれている。世間がどういう状況なのか分かっているのだろうか。就職できない若者がたくさんいる。結婚できない若者も多い。賞与がどうのこうのというレベルではない。

 今が普通なのだ。今が当たり前なのだ。これまでの収入を基礎にして生活を設計してしまっている。これまでと同じでなければ困るのだ。

 多いに越したことはない。自分から下げてくれという人はいないだろう。しかし、状況は見なければならない。経営は面白がって下げているわけではない。現在の待遇を作ってきた経営には社員を大事にする思想がある。それでなければここまでは来ない。

 経営の実態は、距離を置いてみていると分からない。それはある。しかし、友人の話などを聞けば、相対的に自分の会社の評価はできるだろう。業績のよい大企業に比べれば低いけれども、平均的な大企業よりもいいはずだ。

 建前がある。組合の論理がある。立場で発言しなければならないことは分かる。しかし、現実を踏まえた発言でなければならない。真面目に働いているのは、どこの会社の労働者も同じだろう。

2012年11月10日 (土)

親の有難味 祭りの思い出から

 村祭りの記事を見ていたら、子どものころの体験を思い出した。

 町の稲荷神社の祭りだった。神社には何軒かの露天商が店を出していた。そのなかに、おもちゃを売っている露天商がいた。おばさんだった。

 わたしは、おもちゃを並べた板の片隅に腰かけた。すると、それが大きく傾いてしまった。おばさんは、怒った声で、あんたはどこの子や?と尋ねた。

 私は、住んでいる部落のなまえと姓を名乗った。すると、おばさんはそれ以上何も言わなかった。おそらく、父や祖母のことを知っていたのだろう。父や祖母の顔を思い浮かべて、あそこの子だったらこれ以上怒るわけにはいかないと思ったに違いない。

 顔見知りの多い田舎の地域だったからかもしれないが、信用のある親だからこそ、そういう反応が生まれたのだと思う。今の私に、そんな信用や権威があるだろうか。

2012年11月 4日 (日)

厳しい日本経済の現状 どうやって抜け出すの?

 最近、新聞などの報道で目立つのは、上場企業の業績予想下方修正である。そして、そこには「一転」という言葉がくっついている。

 政府や日銀の景況判断が悪い方向を向いているのは周知のことだが、個々の企業業績でも悪い数字が出てきている。ここには様々なレベルでの問題が結果として反映している。それを十分に整理できていないので、まとまった解釈や意見を述べることはできないが、断片的に感じるところを書いてみたい。

 根本には失われた20年と言われる構造的な問題がある。

 パナソニック、シャープの赤字は海外企業との競合における戦略の難しさを示しているし、デジタル化した家電の戦略の難しさも示している。薄型テレビが急速に普及し始めた時に、液晶パネルの製造を軸にした大型の工場建設に各社がこぞって投資を行った。この時には、多くの人が回収できるのだろうかと心配した。普及につれて価格が下落していくことが見えていたし、一巡すれば売上台数が減少するのも予想できた。しかし、他にまとまった売り上げを見込める製品を見いだせなかったので、競争に飛び込んでいくしかなかったのである。あそこで当社はやらない、別の道を行くとの決断は難しいことだった。

 自動車の場合は、まだましだった。自動車という単一のカテゴリーのなかでの闘いだから、変化は激しくなってはいるもののまだ組みやすい。早くから世界戦略を練り、現地化も進めてきた。他社に真似されにくい技術もある。とはいえ、たとえば電気自動車が急速に普及すれば家電と同じようなことが起こるかもしれない。

 新聞に載るような大企業のことはよく目立つが、中小のところでも厳しい状況が生まれている。長引くデフレ、市場の縮小に苦しむ。国内の需要に依存する製造業はおおむね厳しいだろう。出荷量には大きな落ち込むがなくても単価が下がるので売り上げは上がらない。原材料の価格はなかなか下がらないので利益は出しにくい。コスト削減、コスト削減と叫び続け、それは人件費にまで及ぶ。正社員を絞り、有期雇用へと向かう。コスト削減、効率化も永く続けているとやる方が疲れてくる。

 欧州危機、中国の成長鈍化、長引く円高などで大手企業の業績悪化、リストラがさらに進むと内需も委縮する。お金を使わない。使わないからさらに市場は縮小する。まさに負のスパイラルである。ここに抜本的な挽回策があるだろうか。日本にできること、日本にしかできないこととは何なのか。日本の文化の特長はどこにあるのか。自分の会社の強みはどこにあるのか。

 内定のでない学生が今年だけでも10万人以上いると言う。若い力を活用できない。もったいない話である。バランスを失った社会である。この力を活かせる産業はありえないのか。多分、これは企業単位で考えても答えの出る問題ではない。政治家さんよ、必死に考えてくれよ。そして財界もそれぞれの企業が内部留保の一部を差し出して、政策を支援してくれよ。このままでは全滅してしまうぞ。経営なんか、成り立たなくなるぞ。それとも外国に逃げる気か?

2012年11月 3日 (土)

新党にできることはあるか

政権が行き詰まり、第二党にも決め手がない時に、新しい政党が登場し支持を集めようとする。しかし、新党とはいえ、その顔は新しくない。過去の例を見れば分かるように、それは一時的なブームに乗って一定の議席を得て、国会運営においてキャスティングボートを握る存在になる場合がある。国政を左右する力を持つという意味では、彼らは政治に影響力を持ったわけで、自らの存在価値をそこに見出すだろう。

 しかし、振り返って考えると、それが国民の利益にどうつながったのかという点については甚だ疑わしい。彼らの主張は特別目新しいものではなく、その時々の争点に対し比較的分かりやすい形で政策提起は行うが、確固たる政治理念に裏打ちされているとは思えない。どこまで本人たちが自覚しているかは別にして、結果的には保守勢力の大崩れを側面で支えたり、革新に流れる議席を中間で吸収したりする役割を果たしている。

 ここ最近も新党らしきものがいくつも出来上がっている。政治の不安定さを表しているといえば確かにそうだろう。それは彼ら自身が不安定な存在であることをも意味している。どういう階層を代表しているかとか、どういう世界観を持っているかについて、かれら自身が自覚していないように思うし、どうでもいいことなのかもしれない。要は、議員であり続けたい、議員になりたい、脚光を浴びたいというようなきわめて個人的な衝動に突き動かされているのだと思う。

 

 それは、どんな政党、政治家でも同じだと言うかもしれない。しかし、細かく見ていけばそうではなかろう。十把一絡げに見てはいけない。個人的に受け取る報酬(お金だけではなく、地位や名誉などの精神的報酬も含め)を動機として動く者は真の政治家ではない。政治とは苦を伴う行為である。政治的理想を持つならば、それと現実とのギャップに悩むだろう。あるいは現実を認識しない国民にいささかの焦りと失意を覚えるに違いない。


 新党の人たちの姿をよく見ておきたい。そこに、国民のための政治家として生きる真摯さと謙虚さがどれだけ見て取ることができるだろうか。

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