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2012年10月 6日 (土)

日本のサラリーマンが不幸な理由

 日本のサラリーマンは、二つの重たい荷物を背負わされている。一つは住宅ローンであり、もう一つは子どもの教育費用である。教育費用は教育「ローン」と化し、住宅ローンとともに後々まで永く負担となる。

 この重たい荷物のために生活が窮屈になる。10年から30年、この縛りにあいつつ生活を続けなければならない。この生活を始める前には、わずかではあるが蓄えはあったが、住宅ローンの頭金で吹っ飛ぶ。35歳で30年ローンを組むと、支払いが終わるのは65歳だ。子どもが大学に通うのは30歳の時の子なら50歳過ぎぐらいか。そこから二重ローンになる。また、マイカーを持つ人なら自動車のローンも加わる。

 こうやって定年ごろまで、あるいはそれを過ぎて賃金の低い「シルバー雇用」になってもローンの返済が続く。だから年金が受け取れるころには十分な蓄えが出来ていないのが実情である。年金自体も支給時期の先送りと減額の危機に瀕している。

 ましてや、日本の経済が衰退し続けていることを考えると、収入が減る中で、負担はさらに増していくに違いない。直接的な防衛策は、マイホームの夢を断ち借家に住むことと子どもの人数を抑制することである。後者は実際にそういう傾向にある。一方の持ち家については、政策上あの手この手で買わせよう買わせようとしている。住宅メーカーは当残ながら売らんがためにマイホームを手に入れたら家族が幸福になるイメージを送り続ける。ローンのことになど触れるはずがない。政府は住宅減税で後押しする。金融機関は、最初の負担は少なくて済みますよと言って、段階的な返済方式をとってきた。今は金利が低いので見かけ上は有利だが、収入が減る、あるいは容易に増えない状況では、昔の高金利状態と実態は変わらないのである。

 私も住宅では失敗した。今思えば、賃貸住宅に住む選択があったと思う。賃貸なら、事情が生じたら簡単に転居できる。これはかなり大きなメリットだ。マイホームはローンを支払い終えたころには老朽化が始まっている。中古を買った人は、そのころには完全に老朽化している。お金を蓄えてあれば、借家の供給は十分にあるはずだ。

 子どもは3人作り、教育にお金がかかった。こちらは後悔していない。人への投資は、物への投資より価値があると思っているからだろう。人間もいずれ老朽化するが、まだ子どもを作れば新しい世代へとその投資は活きるはずである。

 さて、サラリーマンの生活について書いてきたが、今やサラリーマンになれない人たちがたくさんいる。住宅ローンや教育ローンとかいう次元の話ではない。こういう世界は雨宮処凛さんにでも語ってもらわねばならない。

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