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2012年10月21日 (日)

震災後はじめて仙台入り

 先週は、月曜日から木曜日まで出張に出た。4日間という日程は上海への出張以来、久しぶりの長期である。

 その3日目が仙台だった。火曜日の夜に東京から移動した。新幹線は満席だった。仙台駅周辺もにぎやかだった。魚がおいしいという居酒屋に入ったのだが、宴会の団体をはじめ客が多く、満席に近い状況だった。確かに魚はおいしく、他の料理も美味であった。

 次の日仕事を済ませた後、車で仙台空港まで送ってもらった。その間の風景が、津波の爪痕をはっきり残していたのだった。もっとも、運転してくれたY君の説明がなければ震災前との比較は不十分だったろう。「このあたりには結構家が建っていたんです。」とか「松の木が見えますが、以前は森のようにたくさん生えていたんですけど、なぎ倒されたんですね。」などと教えてくれる。あるいは、「この地区は助かっているんです。」という説明もあった。ほんの数百メートルの違いで明暗が分かれたのである。

 家は残っていても浸水したため住めなくなり、灯の消えている民家も多かった。おそらく、地震の直後に生中継で見ていた波の塊がこの地を呑みこんだのである。仙台空港自体は元の形と機能を回復していたが、周辺は瓦礫の片づけが終わっただけで、他は何も手が付いていない様子だった。インフラを真っ先に回復させることは、対策として優先させるべきだが、周辺の事業が遅れては住民の生活は不自由なままであり、長期の忍耐が必要になる。

 若い人にはまだ未来があるが、高齢者には津波の惨禍だけを冥土の土産にさせるわけにはいかない。

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