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2012年9月16日 (日)

経営者のある側面(愚痴のような話)

 大きい会社と小さい会社では経営者の組織全体への影響力が違ってくると思うが、小さい会社では経営者の言動が組織の文化に大きく影響する。公私の区別をきっちりつけられる潔癖な人がトップにいれば、社員もまじめになるだろう。そうじのおばちゃんにも敬語を使って話しかけるトップであれば、社員も派遣社員やパート・アルバイトにやさしくなれるだろう。

 経営は厳しいものだから、きれいごとばかりで済むものではないけれども、きれいごとを貫こうとするには、すこぶる強固な意志が必要である。

  私は部下からよく叱られる。私自身の非もあるし、私にはものが言いやすいので、他の幹部や管理職への批判がまとまってぶつけられるという事情もあるようの思う。反省しつつ、他の幹部に少しずつ伝えていっている。「上司の無能を部下に押し付けないでくれ。部下のせいにしないでくれ。」がその要旨である。

 社員それぞれに応分の責任があるから、君はどうなんだと言いたい気持ちもあるが、言われていることは実態としてあるので、まじめに受け止めて身を正すようにしている。しかし、言われるとけっこう辛い時もある。そんなふうに悩みながらも、なんとか勤めている。

 職位が上だからといって、その分「偉い」わけではない。できないこともあるし、失敗もある。組織を形成するうえで、相対的に相応しい人間をそれぞれのポジションに置いているのである。完全であれと要求されるのは辛い。「べき論」で押されると、厳しいのである。

 とはいえ、いったんその職位につけば、職責を全うしなければならない。仕事の成果だけではなく、モラルとモラールの面で部下を上回るものを示して当然である。その責任感は曖昧にしてよいものではない。いい加減にすると部下の甘えを許すことになる。

 それぞれの立場に困難さがあり、悩みがあり、不満もある。それは共通だ。しかし、その中身は職位に固有のものがたくさんあるのである。そして職位が離れるほど、お互いに理解できないものになる。

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