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2012年9月15日 (土)

銀行の窓口が高齢化

 私自身がおじんなのに高齢化を話題にすることは憚られるが、最近気が付いたことを書いておきたい。

 久々に仕事絡みで銀行を訪れて窓口を眺めていたのだが、ずいぶんと平均年齢が高い。昔は大抵が若い女性で、なかにはホントに可愛い娘がいた。どうせお金を預けるならあの娘に預けたい(実際は銀行に預けるのだが)と思ったものだ。

 窓口や奥のデスクで働いている女性は40代あたりが多いように見えた。若いころから社員として働いている人もいるだろうし、いったん退職して子育てが一段落し、有期雇用で戻ってきた元社員もいるだろう。仕事に生きがいを感じるという理由もあるし、主人の収入ではもの足りないという事情もある。それは銀行に限らず、実際の職場の現状である。

 しかし、それにしても若い女性が皆無に近い状態なので、彼女たちはどこに行ってしまったのだろう。少子化で人数が減ってしまったこともあるが、産業構造も変化して、別の業態に流れてしまったということなのではないか。大きく言えばサービス業には間違いないが、通信だったり、小売りだったりするのだろう。

 成長期には銀行が腐るほどあったのだが、今はたくさんは必要なくなった。企業からの資金需要は多くはない。だから個人の住宅ローンの奪い合いになっていたりする。統合され、店舗の数はさらに減少する。現金自動支払機があればほとんど用が足りるし、インターネットでもお金の支払いや移動ができる。

 さびしいことだが、人間が必要でなくなってくる。たしかに人間が一番高い。生活を営み、子供を育て、老いたからといって捨てるわけにもいかないのだからお金がかかるのは当然である。人間は手段ではなく、そのものが目的なのだということを忘れてはいけない。デフレで物が安くなり、コストダウンの要求が厳しい。しかし、人間が生きていくために必要な費用は、一定のレベル以下には引き下げられないのだ。もしも、それを求めるような社会の仕組みがあるとすれば、それは人間を生かす仕組みではなく、殺す仕組みである。

 最低の生活水準にある人は、ペットフードより安い食費で暮らしている。冷暖房完備の犬小屋で生活する犬もあると聞く。せめて犬よりもましな生活が保障されてもいいのではないか。

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