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2012年9月の投稿

2012年9月30日 (日)

居場所のなさとインターネット

 居場所のない人は昔からいた。犯罪であったり、病気であったり、そのような理由で故郷を後にして流浪の旅に出る。

 今はそういう事情の人は少ないだろう。ある定まった場所に住んでいても、人知れず暮らすことができるからだ。しかし、定住しているとはいえ、居場所がないのである。それは、人のつながりを得ることができないという意味である。

 特定の集団に継続的に帰属することのない人たちが増えている。戦後数十年の間はそうではなかった。企業に就職し、終身雇用制のもとで、変化のない(言い方を変えれば安定的な)人間関係下に置かれる。もちろん、そこにはデメリットもあろうが、個を守る働きもしてきたのである。一方では居住地における人間関係もしっかりとあった。

 ところが、まず地縁が薄れ始めた。核家族化し、新興の団地住まい、マンション住まいが主流になると関係は希薄化する。会社の人間関係はその後も日本的な経営の特徴として継続したが、非正規雇用者が増えるにつれ、その関係に入り込む人間の数は減少した。特に若者がその関係から大勢こぼれた。

 数少ない友人と、バイト先(外食の店舗など小人数の職場が多い)の人間関係程度が自分の生活の範囲となる。それだけあればまだましで、文字通り孤独に暮らす若者も少なくないに違いない。

 本人はその環境に不自由を感じないかもしれないし、かえって煩わしい人間関係のないことを快適に思うかもしれない。それは主観的にありうることだが、何かあったときに相互扶助の関係を持たないことは大きなリスクである。行政も捕捉できないだろう。

 そういう実生活の面で孤立した人間が、内容はどうであれ、コミュニケーションできるのがネットの社会だ。「言葉」(文字と言う方が適当か)を交わすことができる。感情をぶつけることができる。同類の存在を確かめることができる。しかし、そこまでだ。なかには、実名でのつきあいに発展し、そして実際に顔を合わせ、関係を深めていく例もあるには違いないが、あくまで例外的なことのように思う。

 ネットは素晴らしい道具だが、創造的な人間関係を作りうるルール形成が必要だろう。そしてそれを破壊する者には断固として弾劾の声を上げるだけの、ポリシーを持った先導者群が必要だと思う。

2012年9月29日 (土)

日本と中国の行く末は

 日本と中国との関係が具体的にどう変わっていくのかを正確に予想することは難しい。予想はできないけれども、希望としては、政治的摩擦は少ない方がよいし、ましてや軍事的な衝突がないことを祈りたい。

 これは平和な内外社会であってほしいという素朴な願いであるし、中国に子会社があり、友人も何人かいるという個人的な条件に由来する感情だろう。

 国の生産力は中国が日本を上回った。いずれ、そう遠くない時期にアメリカをも抜いてしまうだろう。一人当たりではまだまだ上位にはランクしないが、国単位では巨大な経済規模を有することになる。しかし、私も上海と福州で直接自分の目で見てきたが、多くの矛盾を抱えている。

 上海には高層ビルが建ち並び、世界から優秀な商社マンや銀行マンが集まっている。リニアーモーターカーが走り、地下鉄は整備されて便利である。しかし、街なかを歩くと、それとはまったく釣り合わない光景を目にする。輪タクが営業しているし、物乞いもある。夏には地下鉄やショッピングセンターの通路に涼を求めて貧しい人たちが集まる。家族連れで集まり、シートに幼い子供を寝かせている光景は印象的だった。

 こういったまだまだ遅れた生活水準の階層を多く抱えながら成長しているのが中国の社会である。足を延ばせばすぐ近くに高価なブランド品を扱う百貨店が構えている。そして同じ中国人がそれを惜しげもなく買っていくのである。かつての東京にも同じような事情があったかもしれない。しかし、ここまでのギャップがあっただろうか。

 日本でも最初は産業の基幹部門や社会的インフラに予算が投じられた。そしてそれに遅れて民生の安定化が図られた。十分ではなかったにせよ、雇用は生まれたし、労働者の待遇も改善された。
 政治的には安保の問題があったし、労使対立があったし、公害問題があった。知識人の運動、労働者の運動、住民の運動には、体制を揺るがさない範囲ではあったかもしれないが、声を上げ集団的な行動をとる自由があった。

 中国には、そういうものがないらしい。行動は少なからずあるには違いないが、多くは封じ込めにあい、情報統制によって、政権にとって出したい、あるいは出さざるを得ない情報だけが表に出る。多くは自由ではないのだ。そんななかで、国民の意思を伝える手段となっているものはインターネットだ。しかし、これにも検閲がかかっている。

 民意を政治に活かす仕組みがないから、共産党政権の采配次第となる。確かに、経済については過去の歴史をよく勉強し、現在の情勢にも気を使っている。しかし、あまりにも中央主導であるならば、国民の知恵とエネルギーを活かした柔軟な国民経済は育たないのではなかろうか。加えて言えば、知恵と国民相互の信頼関係を育む教育を施してきたのであろうか。

 あくまで政権主導の発展を続けようとすれば、無理がくる。経済成長が中心に制度が作られる、体制の確固たる維持には警察力・軍事力が不可欠とされる。それがまさに社会の根幹の原理なのであって、それと国民の生活実態や要求とのずれが拡大すれば、維持は難しくなる。

 翻って、日本の未来はどうなのか。少子高齢化、産業の空洞化、国家財政の危機などネガティブな条件が揃っている。他国を蹴散らして発展する力には乏しいと考えるのが正しい。とはいえ、日本の得意分野はあるし、文化的にも優れた面はある。先の大戦で失敗を犯したとはいえ、日本の国民は融和的である。この優れた点を、隣国の矛盾の緩和に活かすことはできないだろうか。もちろん、隣国も聞く耳を持つべきである。国の威信云々よりも国民の生活を第一に考える本物の政治家がまだいるのなら、日本の良き点から学ぼうとする意志はあるに違いない。外交の目的は「国益」を守ることであろうが、国益というものをより幅広く、長期的な視野に立ってみれば、場当たり的でヒステリックな反応は出てこないように思う。

 日本人も中国人も、もっと先を見て行動をとるべきである。

2012年9月23日 (日)

筋トレによる体の成長と学習による成績の向上

 少年期と老年期を除けば、筋トレを続けると確実に体が成長する。初めて3か月で手ごたえを感じ始める。筋肉の質が変わり始め、若干大きさも感じるようになる。6か月でその感触がはっきりする。そして1年たつと、体型の変化を感じ、体に自信が持てるようになる。

 さらに続けて3年たつと、普通の人とは違う肉体になる。浴場や海水浴場では自分の体を観てほしいという欲求が出てくる。10年たつとボディビルダーの体が出来上がる。肩の盛り上がり、背中の広がり、胸の張り出しなど、自然にできた肉体ではなく、意思的に作り上げた体なのである。

 私は腰痛や仕事の関係などでトレーニングの経歴がとぎれとぎれになってしまった。述べの年月で言えば10年以上になるだろう。途中でやめてしまうと退化が始まり、再開してももとに戻すのに時間がかかる。だから、50代半ばになって普通のおじさんとしてはかなり若い体型を維持しているが、ビルダーの体だとまでは言えない。やや筋量不足である。

 筋トレによる肉体の成長と勉強による成績の向上はよく似ていると思う。やっただけの結果が分かりやすく表れる。3か月まじめに頑張れば、成績は変化を始める。半年で一定の成果は出るだろう。一年やれば、ワンランク上のグループに入れるだろう。3年やったら、受験でも失敗することはあるまい。10年やったら、周りからも注目される、できる人間になっているだろう。

 どちらにも共通することは、成長したイメージを保ちながら、とにかく続けることである。ボディビルの一流選手はみな偏執的な人間であるが、勉強や学問のとびきりできる人も偏執的な人間であろう。長期にわたりモチベーションを維持するには、目標への執着がなければならない。

2012年9月22日 (土)

須藤孝三とサージ・ヌブレ

  これまでに何度かボディビルの優れた選手として須藤孝三さんを紹介してきた。1970年代に2度ミスターユニバースを征した伝説の人物である。

 須藤さんは当時からフランスのサージ・ヌブレ選手に似ていると言われていた。ネットから拝借した写真で改めて比べてみると、確かに体型がよく似ている。このようなタイプは日本人には少ない。顔の小さいことが、優れたバランスを生み出している。

 二人に共通しているのはウエストの細さである。最近の欧米の選手はやたらデカくて、腰も太く、全体の美しさを感じないのだが、ヌブレ選手は例外である。(晩年のヌブレ選手は腰回りが太くなっていたが)これは骨格が細めなのであろう。須藤選手も同じである。その分肩幅が狭いが、それは三角筋や上腕三頭筋肉を発達させてカバーしている。

 全体的にはヌブレ選手の方がややボリューム感で勝り、さすがシュワルツェネッガーやルー・フェリーノらとミスター・オリンピアを争ったトップビルダーだと思わせる。しかし、美しさで言えば、ユニバーに優勝した時期の須藤選手は決してヌブレに負けていなかったに違いないと私は思うのである。

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2012年9月17日 (月)

「オオサカ オクトーバー フェスト 2012」

今日 天王寺公園で行われている、「ドイツのビール祭り」(こう言う方が分かりやすい)に行ってきました。けっこうな人出で、会場は賑わっていました。

 メインは当然ビールなのだが、どれがどういう味なのか分からず、適当に注文した。それでも美味しかった。ビールの代金は2300円で、随分高いなと思ったら、ジョッキを返却したら千円返ってくるシステムだった。だから大ジョッキで1300円。こんなものかな。
 食べ物は、500円の豚肉のバーベキューと600円のソーセージ、ポテト付き。

 ドイツのバンドの生演奏もある。国ではもうリタイア間近と思われるおじさんたちのバンドだ。なんとなくドイツぽくってよかった。演奏に乗って、スタッフと酔ったお客さんたちが踊りだして大いに盛り上がっていた。

 こういうイベントに来るのもたまにはいいものだ。

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「最強のふたり」 見どころ

 フランス映画である。2回も観てしまった。最初は一人で、二度目は家内と。内容の説明は面倒なので省くが、まずは難しいことを抜きにして面白い。特に「ふたり」のやりとりが。たびたびジョークが発せられるが、かなり下品なものがある。それは一方の青年がアフリカ系フランス人で、スラム街の出身だから自然なのである。

 男性A・・・白人 大富豪 障害者 知的 
 男性B・・・黒人 失業者 犯罪歴あり 奔放

 この対照的な二人が、意外にも相性がよく、あ互いに必要とし、信頼関係を結ぶ。

 これは何を意味しているか。いろいろな角度から解釈はできる。

 フランス社会の実態が見える。政治や経済の重要な事件はニュースなどで報道されるので概略は認識できるのだが、社会の中身は意外に知らないものだ。私もそうだ。ただ、アフリカからの移民が多いとか(オリンピックでも、フランス代表として黒人が参加している。)、その移民は貧困であるとか、景気が悪くなると排斥の対象にされるとか、その程度の知識はある。この映画を観ていると、実際にそうなのだということが分かる。

 白人のフランス人と移民の間には大きな溝がある。これはフランスにとって大問題なのだろう。この映画は大ヒットして、数多くのフランス人が観たようだ。しかし、どのように観たのか。多くの人が「泣いて、笑った」とある。そうだろう。文化的背景を知らぬ日本人が、はっきりした反応を示さなかったのとは違うと思う。また、娯楽映画なのだから、そういう見方でいいのだが、「感じる部分」として、大きな溝の問題を印象として持っただろうか。

 身障者に対する「同情」を批判的にとらえていた。移民に対する対応も「同情」では済まないものである。「移民」という概念ではなく(知的な人間はとかく概念で理解しようとする)生身の人間、実際の生活状況から判断しなければならないのであろう。

 3回目を観ても、おそらく飽きないいい映画である。それにしては、観客が少ない。今の日本人はアメリカ並みにバイオレンスにしか反応しないのか。

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2012年9月16日 (日)

川口裕(グリーンツダジム)上位ランカーを3ラウンドKO

 これまで何度か紹介してきたグリーンツダジム所属の川口裕選手が、名古屋国際会議場で行われた試合で3ラウンドKO勝ちを収め、通算成績を17勝5敗とし、日本タイトルの獲得に一歩前進した。試合の相手は、日本バンタム級7位の柘植選手。ランクが一つ上であなどれない選手だったが、最近メキメキと力を付け、さらに勢いもある川口選手にとっては相手にならなかった。

 これでランクの上昇は間違いなく、注目度も格段に上がったので、ぐっとタイトル戦に近づいた。

 川口選手のブログです。長谷川穂積選手とのツーショットもあります。

   http://ameblo.jp/1boxer/

 

経営者のある側面(愚痴のような話)

 大きい会社と小さい会社では経営者の組織全体への影響力が違ってくると思うが、小さい会社では経営者の言動が組織の文化に大きく影響する。公私の区別をきっちりつけられる潔癖な人がトップにいれば、社員もまじめになるだろう。そうじのおばちゃんにも敬語を使って話しかけるトップであれば、社員も派遣社員やパート・アルバイトにやさしくなれるだろう。

 経営は厳しいものだから、きれいごとばかりで済むものではないけれども、きれいごとを貫こうとするには、すこぶる強固な意志が必要である。

  私は部下からよく叱られる。私自身の非もあるし、私にはものが言いやすいので、他の幹部や管理職への批判がまとまってぶつけられるという事情もあるようの思う。反省しつつ、他の幹部に少しずつ伝えていっている。「上司の無能を部下に押し付けないでくれ。部下のせいにしないでくれ。」がその要旨である。

 社員それぞれに応分の責任があるから、君はどうなんだと言いたい気持ちもあるが、言われていることは実態としてあるので、まじめに受け止めて身を正すようにしている。しかし、言われるとけっこう辛い時もある。そんなふうに悩みながらも、なんとか勤めている。

 職位が上だからといって、その分「偉い」わけではない。できないこともあるし、失敗もある。組織を形成するうえで、相対的に相応しい人間をそれぞれのポジションに置いているのである。完全であれと要求されるのは辛い。「べき論」で押されると、厳しいのである。

 とはいえ、いったんその職位につけば、職責を全うしなければならない。仕事の成果だけではなく、モラルとモラールの面で部下を上回るものを示して当然である。その責任感は曖昧にしてよいものではない。いい加減にすると部下の甘えを許すことになる。

 それぞれの立場に困難さがあり、悩みがあり、不満もある。それは共通だ。しかし、その中身は職位に固有のものがたくさんあるのである。そして職位が離れるほど、お互いに理解できないものになる。

2012年9月15日 (土)

銀行の窓口が高齢化

 私自身がおじんなのに高齢化を話題にすることは憚られるが、最近気が付いたことを書いておきたい。

 久々に仕事絡みで銀行を訪れて窓口を眺めていたのだが、ずいぶんと平均年齢が高い。昔は大抵が若い女性で、なかにはホントに可愛い娘がいた。どうせお金を預けるならあの娘に預けたい(実際は銀行に預けるのだが)と思ったものだ。

 窓口や奥のデスクで働いている女性は40代あたりが多いように見えた。若いころから社員として働いている人もいるだろうし、いったん退職して子育てが一段落し、有期雇用で戻ってきた元社員もいるだろう。仕事に生きがいを感じるという理由もあるし、主人の収入ではもの足りないという事情もある。それは銀行に限らず、実際の職場の現状である。

 しかし、それにしても若い女性が皆無に近い状態なので、彼女たちはどこに行ってしまったのだろう。少子化で人数が減ってしまったこともあるが、産業構造も変化して、別の業態に流れてしまったということなのではないか。大きく言えばサービス業には間違いないが、通信だったり、小売りだったりするのだろう。

 成長期には銀行が腐るほどあったのだが、今はたくさんは必要なくなった。企業からの資金需要は多くはない。だから個人の住宅ローンの奪い合いになっていたりする。統合され、店舗の数はさらに減少する。現金自動支払機があればほとんど用が足りるし、インターネットでもお金の支払いや移動ができる。

 さびしいことだが、人間が必要でなくなってくる。たしかに人間が一番高い。生活を営み、子供を育て、老いたからといって捨てるわけにもいかないのだからお金がかかるのは当然である。人間は手段ではなく、そのものが目的なのだということを忘れてはいけない。デフレで物が安くなり、コストダウンの要求が厳しい。しかし、人間が生きていくために必要な費用は、一定のレベル以下には引き下げられないのだ。もしも、それを求めるような社会の仕組みがあるとすれば、それは人間を生かす仕組みではなく、殺す仕組みである。

 最低の生活水準にある人は、ペットフードより安い食費で暮らしている。冷暖房完備の犬小屋で生活する犬もあると聞く。せめて犬よりもましな生活が保障されてもいいのではないか。

2012年9月 9日 (日)

久しぶりに家族で居酒屋へ行ったが、いまいちだった

 昨日、近所の居酒屋へ行った。かつては子どもが気にいっていて(もちろん酒ではなく食べ物目当てである)時々入った店である。

 数年前の印象と比較し、ずいぶん質が落ちたと感じた。ここは、Kワイドが経営するA太郎という店だ。インターネットで、S木屋やW民と並んで貧乏人が行くジャンク系居酒屋と評されていたことがあったが、そのなかではA太郎はましな方だと思っていた。

 食べ物のメニューが変わっていた。それは当たり前の話で同じものでは飽きられる。頼んで目の前に置かれると、おやっと思ってしまった。メニューとは全然ボリュームが違うのだ。多少の違いは許そう。どこでもそういう傾向があるからだ。しかし、目の前の石焼き牛タンは違いすぎる。メニューでは、石がほとんど見えないぐらいに牛タンが大きい。ところが現物は、中央に遠慮がちに縮こまっているのである。もう一つの典型は焼き鳥。メニューでは串いっぱいい鶏肉が並んでいるが、現物は串の半分ほどを埋めているだけである。

 看板に偽りあり。よほど現物とメニューの写真とを並べて携帯のカメラに収めて帰ろうかと思ったが、それで何かが改善される期待が持てないのでやめた。

 居酒屋の経営は苦しい。コストダウンは避けられない。牛タンなどは減価が高いと聞く。小さくしたり、少なくしたりは安易な方法だが、場合によっては仕方あるまい。しかし、そうするなら、看板も変えてほしい。

 KワイドはG角を買収した。苦境をこれまでの延長である規模の拡大で乗り切ろうとしている。この選択は吉と出るだろうか。ある人によると、G角はすでに死に体である。売ったRクスの方が数段したたかである様に思えてならない。

じゅういちぶんのいち 第3,4巻 中村たかとし

 梅田の丸善&ジュンク堂にはよく行くが、地下の漫画本売り場に初めて下りた。それというのも、「じゅういちぶんのいち」のポスターが目に入ったからだ。第1巻、第2巻と、その清々しく感動的な内容に感心しながら読んできたのだが、その後の出版については情報を持っていなかった。

 地下へ行くと、幅は広くはないが特設のコーナーがあり、第4巻まで並んでいる。迷わず3,4巻を購入した。マンガ雑誌に作品をとり上げてもらうまでには随分の年月と苦労を要し、さらに単行本として出版されるのは大変なことだそうだ。売れてきたらスタッフを抱えることになるので、漫画家で食べていくのは生易しいものではないと聞く。

 私は年齢のこともあるが、元来漫画読みではない。主には文学である。だから、漫画に対する評価尺度は文学ほどはっきりしていない。だけれども、そういうことは抜きにしてただ面白いというだけではなく、はっきりとした主張があるのを感じるのである。

 それはある意味単純なことではあるが、若者が失くしかけているもの(人生の一時期を費やすに値する「夢」や「目標」)を必死に訴えかけようとしている。枚数や素材が限られている中での表現で、湿気のないそよ風のようにさらっと流れていくのだが、感じさせるものは決して軽くはない。

 おそらくは、今の若者に、目標に向かって必死に生きることの尊さを伝える方法の一つとして、こういうものが有効なのだろう。高校野球もオリンピックも感動は大きいが、それは現実ではあっても自分からは遠い。おかしな話だが、漫画というフィクションがかえって身近なものになっている。それは中村たかとしが作り上げる人物像が、決して傑出した人間ではなく、実にありふれた人間だからではないだろうか。とはいいながら、ありふれたなかに失ってはならない人間の魂をしっかりと刻んでいるのである。

 中年の男にも涙を誘う「じゅういちぶんのいち」。第5巻を楽しみに待ちたい。

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2012年9月 8日 (土)

中日ドラゴンズ レギュラーの世代交代を進めたい

 40年あまりドラゴンズを応援してきた。水原茂さんが監督を務めていた時代からだ。中日は打撃のチームという印象が強く、勢いに乗ると強いが試合運びは荒っぽいイメージがあった。とは言っても、王や長島のような傑出した野手はいなかった。粒がそろっていたと言えばいいだろう。
 投手を振り返ると、優秀なクローザーがいた。鈴木孝政、小松辰雄、郭源治である。特に、鈴木と小松のデビュー時はとにかく球が速く、バットが空を切っていた。

 そういうドラゴンズも落合を監督に招いてから緻密な野球に変わった。一部で面白くないと言われたが、確実に強くなった。レギュラー陣が安定し、それぞれが質の高いプレーを続けた。そして、それを引き継いだのが高木守道監督だ。

 高木さんは球団から客を呼べるチームに変えることを望まれた。しかし、私が見る限り、落合時代とあまり変わらない。変わらない代わりに、ジャイアンツの後塵を拝しているけれども2位を確保し、勝率も高い。結果としては十分合格だろう。

 しかし、このままでは今後数年間はじり貧だろう。一番の問題は選手の高齢化である。谷繁、和田などよく頑張っているが、先は長くない。荒木、井端もベテランでこれ以上力がアップすることはない。この状態から若い選手に切り替えていくのが高木さんの仕事である。短期的に、つなぎだけを託されたのであれば別であるが。勘ぐれば、そういうことなのかもしれない。抜本的には、次の監督であると球団は考えているのかもしれない。

 一方で、投手の方は、岩瀬を除いて(山本はもう枠外に置いておこう)比較的若い。エースの吉見もまだ28歳である。しばらくは大丈夫だろう。投手陣がじっかりしている間に野手の入れ替わりを進めたいところだ。もともと得点力の乏しいチームだから、若い選手を抜擢しても大きな影響はないという考え方もできるのである。

 ただし、目を転じてみると、守備力の問題があった。ドラゴンズのセンターラインは強い。この守備力と同等のものをそろえるのは容易ではない。いろいろ書いてきたが、一番の問題はここにあるのかもしれない。

2012年9月 2日 (日)

南海トラフ地震、死者32万人全壊238万棟か

 数分で津波が押し寄せるとすれば、海岸近くに住む住民の避難は困難である。息子や娘が働きに出ている時間帯に家に残されている老人には逃げるすべがない。

 私の実家を考えると、海と反対の方向すなわち山側に逃げようとすると、いったん川の流れている低地に出なければならない。そこを数百メートル行くとのぼり坂にいたり、標高が上がっていく。老人の足でも20分ほどあれば20~30メールの高さまで到着できる。しかし、20分の猶予はないのである。すぐ近くに裏山のあるような漁港の方がかえって助かる可能性があるように思われる。

 32万人の死者は恐るべき数字である。被災地域の広がりは東北の地震以上である。先の大地震で急激に現実味を帯びてきた。もう小手先の子供だましみたいな対策ではどうにもならず、原発の問題でも一部企業の生き残りのための理屈など通用しなくなる。

 一部には、来たらもうどうしようもないという諦めの声も聞かれた。一方で住居を順次高台へと移す動きもある。それは地価の変動に表れている。自然には勝てないというが、これだけの巨大なエネルギーが一瞬で放出されることは地震をおいて他にはないのだろう。

 過去にも大津波はあった。実家近くの漁港では大きな被害があった。しかし、実家付近では被害は少なかった。母から聞いたが、ここは大丈夫だという言い伝えがあるらしい。言い伝えにはそれなりの根拠があるという見方もあるが、限られた情報による思い込みである場合もある。「戒め」の意味を持たない、楽観的な言葉には安易に耳を傾けない方がよさそうである。

2012年9月 1日 (土)

年齢と「若さ」 心はいつまでも若く

 若いか老いているか、それとも年齢相応であるかは相対的な判断によるものであろう。何か病気があるとか特別な理由がない限り、人間には自惚れと言うものがあるから、自分は若いと思っている人が多いに違いない。かくいう私もその自惚れの強い人間の一人である。

 若いかどうかを判断するには大きく二つの要素がある。単純に言うと、「精神」と「肉体」である。まず、気持ちや心の若さとは、具体的にどういうことであるか。一つは、好奇心の強さである。それも領域を選ばないものごとへの関心の強さである。非常に限られた狭い範囲への関心は老いの特徴であろう。二つ目は、一つ目と関わりのあることであるが、前向きな志向、いいかえれば改善への意欲であろう。なにごともこの程度でいいのだと思い始めたら、それは老いの現象である。

 肉体の若さは、医学的な見地から一定の客観的な判断が可能である。健康診断の様々な結果が指標になるだろう。また身体能力の測定をしてみれば体の老いが分かるだろう。私の場合は血圧が低めである以外は特に悪い数字が出ていないし、過去に重たい病気を患ったこともない。また、家でダンベルを使った運動を続けているので明らかに他より若い体型を維持している。

 もう一つ、これは若さというよりも個人の性格の問題との指摘を受けそうだが、異性の関心がある。私は、若い女優さんなどで自分の好みの人があれば未だに気になる方である。深田恭子は長年にわたって私にとってのアイドルである。他に何人が好きな女優やタレントがいる。歳を重ねても好きなタイプは変わらないようである。この点だけを取り上げれば、私は今でも青年である。友人には「若いね」と言われるが、そういう彼こそ老いに引き寄せられているのである。

 私は若い。しかし、若いと悩みは多い。諦めていないからだ。まだ何十年も悩みながら歩かなければならない道が目の前に続く。

「夏の一番の思い出は?」

 「夏の一番の思い出は?」インターネットの画面が問いかける。

 何かある?暑いから遠くまで出かけようとは思わなかったな。家族も行きたがらない。旅行だったら賛成も得られるだろうが、そんな余裕はない。

 ただ一人、高校野球を見に行くぐらいのことだ。日差しの強烈な時期だから、激しく日焼けする。無防備のまま出かけるとまさにやけど状態で、しばらくはつらい日々。このつらさが一番の思い出ではないだろうか。

 もう一つあった。豪雨である。実家へ帰るのに半日近くかかった。雨に弱い鉄道。というよりも、あれだけ降れば危なくて運行できないのも事実である。水の恵みはありがたいが、反面リスクもあるのだ。それが日本の気象であり、国土の特徴なのである。

 思い出の希薄化は老いの現象であろうが、特にそれは夏の思い出に顕著である。楽しい夏は若者のものである。

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