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2012年8月11日 (土)

モチベーションの高め方

 誰かが、モチベーションは自分でたかめるものだと書いていた。基本的にはそうだろうが、成果というものは本人だけのものではなく、組織が望むものであるから、コーチや上司がモチベーションをたかめる働き掛けを行うのである。

 スポーツや学業と仕事ではモチベーションの位置づけが違う。それぞれ、個人的な欲求と所属する組織からの期待とが混在しており、どちらに重きが置かれるかはケースバイケースであろう。自分の目指す目標にこだわり、脇目も振らず頑張る人もいる。そこには周囲の期待や協力に報いたいという気持ちは少ない。義務感が生じないから、プレッシャーはかからず、ある意味楽かもしれない。逆に、期待に応えなければという思いに縛られる人もいる。この重圧は苦しいものだ。どちらがいいとは言い切れないが、多分に価値観の問題であろうし、また個人の力量に強く依存するものと、多くの仲間やスタッフなしでは成り立たないものとの違いでもあろう。

 要するに、ここで言いたいことは、モチベーションの先に、責任感のあるなしがあって、仕事ではそれが問題になるということだ。組織における個々の役割があって、それが主であって、モチベーションは付加的なものなのである。

 ところで、(ここからが書きたかったことなのだが)ロンドンオリンピックの競泳で、日本選手が多くのメダルを獲得した。一番感動的だったのはメドレーリレーでの男女の泳ぎである。自由形を除き、個人でも世界レベルの選手をそろえているのだから、上位に来るのは疑い得ないことだった。しかし、メダルが獲れるかどうか、色が何色になるかは決勝での泳ぎ次第だ。決め手は、気持ちの持ち方にあったと思う。もっとも大きかった要素は、個人的な動機でもないし、メダル獲得への責任感でもなかった。自分がベストの泳ぎをして、他の選手を少しでも楽に泳がせようとする思いだった。簡単に言ってしまえば、チームワークの勝利だった。

 チームワークはどの国にもあるには違いないが、個人主義の弱い日本などの国においては特に重要な要素である。組織の運営を考えた場合、改めてチームの在り方について考えなければならないと思う。そして、まずは、目的・目標の共有ができているかどうかがチームワークを考える際の、原点になると思うのである。

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