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2012年7月 1日 (日)

松本清張について

 「粘着質」「劣等感」「学歴コンプレックス」「出生」「貧乏」「嫉妬」「おどろおどろしい」「権威」「権力」「女の性」

 こういう言葉を松本清張の作品から感じる。

 松本清張が世に認められたのは、1953年の芥川賞受賞であり、その時すでに43歳になっていた。清張の学歴は尋常高等小学校卒である。今でいえば中卒に当たるだろうが、当時はそれが少数派であったわけではない。しかし、才能のある彼には学歴の乏しさが足かせであった。作品にはその怨念が乗り移っていると言えるだろう。実力がありながら、正統でないがゆえに評価されず、場合によっては功を掠め盗られる悲運の主人公が多く登場する。

 以前のブログにも書いたが、清張の小説には文字通りの善人が登場しない。逆に、よくこれだけ悪い人間が描けるなと感嘆するほど悪人は書けている。ここに凄さがある。そして、その悪の根源は、その出生にあったり、生まれついた環境であったり、偶然や思い込みだったりする。本人の意思に関わらず、悪は生まれいずるのである。

 清張という人は、日本の社会が生み出したのだと思う。清張自身が矛盾の集約なのである。貧乏、学歴格差、官僚支配、経済成長、腐敗・・・。そのすべてを表現しつくした。時代が彼に矛盾を語らせたのである。

 学生時代からずいぶんたくさんの作品を読んできた。人物像は大半がネガティブで、読後感は重々しい。一歩間違えば人間不信になるような気がするけれども、そこを社会批判に転化して読んでいくことができた。それは正しかったのだと思う。あくまで主題は、悪人の告発ではなくて、悪を生み出さざるをえない社会の告発だったのだから。

 こういう人はもう出ないだろう。時代が変わり、またその時代に相応しい作者を必然的に生みだすのである。

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