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2012年7月14日 (土)

豪雨による被害から人間の営みと災害を考える

今年も豪雨による災害が報告されている。最近では九州地方の災害で数多くの人命が失われている。

  この1年を振り返っても、国の経済や地域住民の生活に大きな影響をおよぼす自然災害が数多く発生している。国内では、昨年、和歌山県地方を中心に記録的な豪雨があり、土砂崩れや河川の氾濫などで住民の生命や住宅・農地などが失われる惨事が発生した。また鉄橋の流失などによる交通機関の混乱も長く続いた。雨量計では計りきれず、実は発表された雨量以上の降雨があったとの情報もある。(発表は1400ミリだったが、実際は2500ミリ降ったという話がある。)
 一方、国外ではタイの洪水が記憶に鮮明だ。チャオプラヤー川流域には数多くの工業団地が集まっており、操業の停止は世界中の経済に影響を与えた。その水量と社会的な影響の大きさで、歴史上最悪の洪水とも呼ばれてる。
 
このような異常な降雨がある反面、「干ばつ」も発生しており、特に農業への被害が甚大である。その影響で、北米では大豆が史上最高値を付けている。

 大事なことは、これらの現象は単なる自然現象ではなく、人間の営みと深く結びついたものであり、社会的な観点をもって評価すべきだということだ。豪雨やそれを原因とする山崩れや洪水などは人間がまだ自然を加工する大きな力を持たなかった時期からあった。そこからどのように変化してきたかを考える必要がある。

 人口が増えた。これまでに住みつかなかった地域に住み家を構えるようになった。山や原野を切り開いて農地に変えた。川の流れを変えた。生活のために、あるいはそのレベルを超えて自らの権力のために、リスクを高める行為を敢えてやったのである。もちろん、同時にリスクを小さくする方策もとりながらのことであろうが、往々にして目前の利益のために軽んじられることが多い。

 生産力の拡大は、自然を大きく変化させた。温暖化によって気象の変動が激しくなったという説はかなりの確率で正しいように思う。人間が生命や生活を失うリスクは高まった。そして、経済の停滞や財政難はリスク低減にかける活動を弱くしてしまった。結果、より危険な社会になったのである。

 加えて言えば、経済における世界的な依存関係の深まりによって一地域におけるリスクが国際的なリスクに発展する恐れを増しているのである。だから「自己防衛策」がますます必要になるのだ。治山治水や農業の防衛、地域の自立などはその防衛の具体的な行動であろう。閉鎖的、独善的な方向には気をつけるべきだが、自らを守る権利はあってしかるべきである。

 そのリスクに備えるためには、一人ひとりが自分の生き方を考え、企業はその経営の在り方を考え、知恵を絞り、自分たちに出来ることを行っていく必要があります。

 

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