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2012年7月の投稿

2012年7月29日 (日)

大阪大会決勝戦 大阪桐蔭対履正社

 舞洲ベースボールスタジアムで高校野球選手権大会の決勝が行われた。前評判の高かった大阪桐蔭と履正社の組み合わせとなり、球場は満席に近い入りだった。

 舞洲は車を持たない者にとっては交通の便が悪い。環状線弁天町駅で乗り換え、桜島駅で下車。市営バスで球場前まで行く。すぐには乗れないので、何台か待たなければならない。帰りも同じである。

 試合開始10分前ぐらいに入場。グラウンドに散水しているところだった。試合開始は予定より数分遅れた。スタンドはとにかく暑い。凍らした水を持っていったのは正解だった。熱中症に気を付けるよう注意のアナウンスが流れる。

 ビッグスリーと言われる好投手の一人藤波君の立ち上がりがよくない。制球が乱れている。ノーヒットで1点を先取されたが、最小失点で切り抜ける。桐蔭は持ち前の強打で大量点をとり返す。6回までに10対1と9点もリードしたのだった。藤波の力を考えると、これでほぼ決まりだと考えた。

 しかし、あにはからんや、履正社は8回の表に猛攻撃をかける。藤波の投球が単調になったところにたたみかけ、連打で走者をためながら加点していった。一挙に7点。素晴らしい集中打であった。惜しむらくは、序盤の失点が多すぎた。これは結果論であって、どうなっていたかは分からないのだが。それにしても、藤波が万全ではなかったのは間違いない。速球も素晴らしいものがあるが、彼の持ち味は変化球だから、まっすぐの一本調子になると、地力のあるチームだと合わせてくる。

 履正社の反撃があって、最後まで観る気になった。藤波は制球等にやや難があったが、力からすれば勝って当たりまえである。それが崩れたのだから、まだメンタルな面で弱点があるに違いない。春夏連覇は容易でなさそうだ。もっとも、大阪桐蔭は藤波抜きでも十分に戦える力を有している。贅沢と言えば、贅沢だ。

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R南高校 保護者会

 私は3人の息子を産み、育ててきたが、そのうち2人は京都R南中学、高校に進んだ。長男はすでに社会人となっているが三男はまだ高校1年生である。

 R南中学、高校には「保護者会」というものがある。定期考査が終わった後に行われる。したがって年5回開催されることになる。中学から高校までの全校が一度に行われるので、体育館が一杯になる。

 開会冒頭は、仏教系の学校なので、三帰依文などの宗教歌を歌い、続いて校歌を斉唱する。伴奏は全国レベルの吹奏楽部が勤める。荘厳な雰囲気があって、気持ちが引き締まる。こういう感覚は宗教学校(すべてこのようなレベルではなかろうが)でしか味わえないものである。ちなみに、吹奏楽部の顧問は長男の中一時の担任であったI先生である。I先生は非常に厳しい先生で、これは非常にまれな事例だが、クラスの全員がこの一年皆勤を貫いた。生活がきちんとできることが、成績が伸びることの前提であるという信念を持たれていた。長男は中高6年間を通じて皆勤であった。 

 会の主な内容は校長の訓話である。長男と三男がこの学校に通った時期は重ならないので、のべ9年余り関係を持っているのだが、その間に2度入れ替わり3人の校長の話を聞いている。それぞれ個性があって面白い。最初の校長は、京大哲学科出身のお坊さんで、それだけに、話は平易ではあったが深みを感じさせた。二人目の校長は、ゆったりした校長で、話方ものんびりしており、独特の味があった。その割には長々と話することはなく、聴く側としては楽だった。いつも寄付のお願いをされていた記憶がある。そして3人目の校長は、今回初めて話を聞いた。スーツを着ていたので、これまでの校長とは違い、僧侶ではないのかもしれない。話は長かったし、僧侶や教育関係者が書いた本からの引用が多く、一部興味深い内容もあったが、もっと自分の経験から得た内容を自分の言葉で話してほしいと思った。ただし、冒頭で、会に遅れてきた父兄に対し、注意を促した点は教育者らしい態度だと感心した。生徒に遅刻するなと口やかましく言っても、親がこの調子ではその教育に力が入らないのは確かだ。

 校長の話が終わると、保護者は子どもが学んでいる教室に移動する。そこで子どもの成績表を受け取り、担任の話を聞く。考査の結果の傾向や普段の学習や行事の様子などが内容である。一つだけ紹介しておくと、夏休みは長いようでもあっという間に過ぎてしまうので、あれもこれも勉強しようと思っても無理がある。苦手な科目と得意の科目とを組み合わせて、モチベーションを保ちつつ、苦手を克服する計画を立てればよいのではないかというアドバイスであった。

 そして、それが終わると一部の保護者と個別面談がある。私も面談したが、短時間だった。成績がよくないことも分かっているし、その原因も承知している。勉強しないからである。先生の言われることは至極もっともなことであり、素直に聞いてきた。なかには、この成績はおかしいとクレームを付ける親もいる。(近くで耳にした。)そんな細かいことを言わなくてもいいじゃないかと思う。ましてや人前でそんなことを言うのは非常識だ。通知表の1点、2点が何に影響すると言うのか?

 そんな保護者会である。

2012年7月28日 (土)

イチローの電撃的移籍について

 移籍はありえないことではないが、シーズンの途中で、しかも何の前触れもなく行われたので驚かされた。

 なぜ、このタイミングであったのか。そして、あえて不利な条件を呑んでまで。

 成績が物語るように、数年前から衰えが来ていた。特に今シーズンは顕著である。彼もその自覚が強くなっていたに違いない。そして、このままマリナーズで朽ちていくことに堪えられなかったのだ。

 思い切って環境を変えたい。しかも今よりも厳しい条件のもとへ。そこで残っている力を短くてもいいから爆発させたいと考えたのだ。さすがに今シーズンだけとは考えていないだろうが、まずはヤンキースで結果を出し、若い打順に上がる。そして来シーズンのレギュラーを確保する。おそらく、そこまでのストーリーしかないだろう。そこで燃え尽きても構わないと思っていると想像する。

 彼が選手として、その晩年を日本の野球で過ごすことはないと思う。その時はイチローではないのだ。ヤンキースで、壮絶なラストシーンを演じて彼の野球人生は終了する。英雄には平凡な終幕は許されないのだ。

2012年7月22日 (日)

東大阪大柏原対大商大堺

 本日一番の好カードと思い、南港中央球場まで足を運び、東大阪大柏原対大商大堺の試合を観てきた。

 守備練習を見る。柏原の方に締まりがある。大商大の方はポロリポロリとこぼしているし、送球ミスも多い。直前の守備練習で、力関係やコンディションの差が分かるものだ。

 投手戦と言っていいだろう。柏原の福山、大商大の知念ともに力を出していたが、レベルは福山の方が上であった。試合はワンチャンスをものにした柏原が勝利。大商大としては何としても先行したかったゲームだ。代わった梅田投手が2点目を献上したが、これはおまけで、1点取られたところでほぼ勝敗は決していたように思う。それほど福山君の投球は素晴らしく、すきはなかったのである。特に低めにズバッと来る速球が目を見張った。

 

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GTO

 火曜日の夜10時から放送されているテレビドラマだ。子どもが観ているので、遅い食事をしながら横目で見ている。主演はEXILEのAKIRAだ。1998年の前作は反町隆史だった。

 原作が漫画なだけにストーリーは単純だ。結局は、暴力に対しては暴力を以って制するという話である。悪に対して、暴力によってしか対応がとれないのは個で戦うからである。GT0には友人2人がいるが、3人では個で戦っているのと同じである。

 大勢をオルグして組織の力で対抗するストーリーを期待したいのだが、そういう話には長いプロセスが必要になるので、一話完結のドラマとしてはまどろっこしいのだろう。いきおい、超越した暴力で敵を圧倒して終結させる。これは、水戸黄門で印籠を出して一件が落着するのと同じ組み立てである。さすれば、このパターンは昔から変わらないことになる。印籠で解決してしまうのは、卑怯なやり方である。人格ではなく、権威で相手を屈服させるのだから。

 こういうドラマにはリアリティがないが、そもそも黄金バットの紙芝居と変わらぬものなのだろう。GTOが戦う一味は、一人ひとりかかっていくが、それだから倒せるわけだ。一斉に向かっていけばGTOは身動きできなくなる。水戸黄門のクライマックスも同じである。

 ただ見てすっきりすればよいのかもしれない。いや、やっぱりすっきりできないなあ。ああいうやり方では実際問題解決できない。そういう目で見ていればいいのだが、組織の力に対する信頼感を育てられない社会で、ドラマが流している気分だけが独り歩きすると、実際の生活には絶望しか残らないのではないか。

2012年7月21日 (土)

高校野球の観戦にて思う零細企業と大企業との差

 高校野球の地方予選では弱小チームと強豪チームとの試合が見られる。そこではチーム力の違いがはっきり分かるのだが、その差は零細企業と大企業の差に置き換えて解釈することも可能だ。

 個々の選手の力量の差は、個々の社員の力量の差になぞらえることができる。強弱二つのチームの選手を比較すると、体格の差と運動能力の差がはっきりと分かる。体格は、グラウンドに姿を現したところですでに目につく。体幹が細く、特にお尻から腰にかけてが貧弱である。次にキャッチボールを始めると肩の強さ弱さがはっきり分かる。投球の正確さも違う。また、動き出すと走力の違いも分かるし、動きのバランスにもはっきりとした違いが出ている。
 零細企業の社員と大企業の社員の能力差も同じ程度であるに違いない。企業に入る前の能力差もあるし、入ってからの訓練の質と量によってさらに違いが広がる。リテラシーの力、会話の能力、論理的な思考力など様々な種類の能力において差がある。

 次に、組織プレーのレベルの差は業務のレベル差として考えられる。大企業では効率的なシステムが構築されており、一つひとつの業務が標準化されており、訓練もされている。野球では、送球ミスが起こった時の対応としてカバーに入る基本プレーがあるが、弱いチームの選手はそれさえも不徹底である。もちろん、ボーッと突っ立っていることはないが、動きは緩慢である。とにかく動かないのである。それは、勝つためにやるべきことを自ら放棄しているのであって、グラウンド内を自由に動き回る権利の放棄である。

 最後に監督の差を上げておこう。鍛えられた駒は動かしやすい。監督の力量というものは、試合が始まるまでにほとんど発揮されているのである。チーム力の差が大きく離れている場合は監督の差など問題にすべきものでもない。拮抗している場合に、その比較の意味が生まれる。零細企業の経営者は監督として指揮する場合もあるが、自らバッターボックスやピッチャーマウンドに立つことがしばしばである。ここは野球と違う所だ。そして、彼だけが大企業の有力な選手と戦える凄腕を持つ。しかし、限られた場面のことであって、長丁場の試合を強いられたなら、やはり勝つことは難しい。社員の力量を高めない限り、組織の力は大きくならないのである。

2012年7月16日 (月)

北野対刀根山 大阪大会2回戦

 今日は暑かった。この大会、私は観戦初戦である。万博記念公園野球場まで足を運ぶ。到着すると第2試合の履正社対開明が途中。スコアボードを見て驚く。1回の裏に履正社が14点とっている。履正社の投手はストライクが入らず苦しい。野手は足の運びが悪くて、打球を追ううちに足をもつれさせ転倒してしまうこともあった。履正社は注目すべきチームだが、この相手では力が測りがたい。

 この試合は5回コールドで終わり、続いて公立としては比較的チーム力が上位にある北野と刀根山だ。刀根山の試合は過去に何度か見たことがあるが、毎年よく鍛えられている。私立の上位校と比べると劣ってしまうが、恥ずかしくない試合をする力はある。

 守備練習を見ると刀根山の方が上手い。一枚上である。特に二遊間の守備に差があると思われた。北野は野手の動きにバランスが欠けている。結果はどう動くか分からないが、見る限り刀根山に分がありそうだ。

 初回、刀根山のエースが落ち着く前に北野が1点を先制。上手く攻めれば加点できただけに、この1点が後まで尾を引きそうだ。刀根山が2点を入れて逆転。しかし、このままかと思いきや、代打の小山君がレフトフェンス際にまさかのホームラン。風がよかったのと、両翼が狭いこの球場ならではのホームランである。劣勢のなかにもまだ流れ残っている。だが、刀根山は着実に追加点を上げる。万事休すかと思われたが、北野はもう一人の代打杉原君がこれも意外なホームラン。

 二人の代打ホームランは珍しいが、どちらもソロだったのが惜しまれる。結果論かもしれないが初回に2点目3点目があったら分からなかった。最終的には力の差が出たと言えるだろう。しかし、好試合であった。

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分かっている人の文章はよく分かる

 当たり前のような話だが、ものごとが分かっている人が書いた文章は読んで分かりやすい。逆に言うと、分かっていない人の文章は分かりにくいし、分かりにくい文章を書く人はその中身について分かっていないのだと言うことができる。

 もっとも、扱っている分野が普通の人には理解しがたいものであれば、いかに文章が平易であっても分かることは難しい。そこで使われる概念そのものが一般の人間の発想では追いつけるレベルではないからだ。たとえば、原子物理学の本で、質量はなぜ生まれるかという類のテーマについて記述してあれば、一般向けの新書であっても容易に理解されないだろう。われわれには「見えない」世界の話だからである。

 会社では数多くの報告書が作成される。そして分かりにくい内容のものが多い。文章能力の問題でもあるが、単純にそれだけの問題ではない。扱う仕事のことがよく分かっていれば、そのことについて筋道を通して書くことができる。「分からんなあ」と思って説明を求めると、その説明も分からないことが多い。結局、「分かりきらずに」書いているのである。

 分かっていない人が報告書を書いても、よい結論を導き出すことができない。起こっている事実をつかんでいない。問題が何か絞れていない。問題が起こる要因が明確になっていない。的から外れた対策が提起されている。そんな結果になっている。だから当然成果は小さい。

 何か月も前の報告書と今の報告書と比較し、幾分言葉は変わっていても本質的には同じことしか書いていない場合がある。この人は、ただの一歩も前進していないのである。そういう人は結構多いのではないだろうか。ただ決められた仕事をこなすだけで、質的向上を見ない人である。

2012年7月15日 (日)

蝉が鳴いた(7月13日)

 私が住むマンションの向かいに広い私有地があって、その一部がこんもりとした森になっている。夏も盛りになると、朝のうちだけだが、クマゼミの大合唱が聞こえてくる。

 今年の鳴きはじめは13日の金曜日だった。これは昨年より3日早く、一昨年より8日遅い。思えば、2010年は猛暑の夏だった。蝉も暑さに誘われて早めに地上を目指したのである。今年は、そのことを考えると、予報で出ているように、2年前のような酷暑にはならず、平年よりやや暑い程度にとどまるのではないか。電力の心配もあって気がかりだが、深刻に考える必要はなさそうである。

 定点で観測していると、相対比較ができ、いつもと違う現象を捕捉しやすい。推理小説などでは、タバコ屋で店番をする老女に、見かけない男が歩いていなかったかと聞き込みをする刑事が出てくる。何十年も同じ視点から通りを眺めていると、変わったことがあるとすぐに目につくのである。

 目の前の森が切り倒されない限り、蝉の第一声が本格的な夏の到来を知らせるだろう。森がマンションか商業ビルに姿を変えるとき、蝉の生命の連鎖が途切れる。そうなった時、私は何をもって夏を記せばよいのだろうか。

2012年7月14日 (土)

豪雨による被害から人間の営みと災害を考える

今年も豪雨による災害が報告されている。最近では九州地方の災害で数多くの人命が失われている。

  この1年を振り返っても、国の経済や地域住民の生活に大きな影響をおよぼす自然災害が数多く発生している。国内では、昨年、和歌山県地方を中心に記録的な豪雨があり、土砂崩れや河川の氾濫などで住民の生命や住宅・農地などが失われる惨事が発生した。また鉄橋の流失などによる交通機関の混乱も長く続いた。雨量計では計りきれず、実は発表された雨量以上の降雨があったとの情報もある。(発表は1400ミリだったが、実際は2500ミリ降ったという話がある。)
 一方、国外ではタイの洪水が記憶に鮮明だ。チャオプラヤー川流域には数多くの工業団地が集まっており、操業の停止は世界中の経済に影響を与えた。その水量と社会的な影響の大きさで、歴史上最悪の洪水とも呼ばれてる。
 
このような異常な降雨がある反面、「干ばつ」も発生しており、特に農業への被害が甚大である。その影響で、北米では大豆が史上最高値を付けている。

 大事なことは、これらの現象は単なる自然現象ではなく、人間の営みと深く結びついたものであり、社会的な観点をもって評価すべきだということだ。豪雨やそれを原因とする山崩れや洪水などは人間がまだ自然を加工する大きな力を持たなかった時期からあった。そこからどのように変化してきたかを考える必要がある。

 人口が増えた。これまでに住みつかなかった地域に住み家を構えるようになった。山や原野を切り開いて農地に変えた。川の流れを変えた。生活のために、あるいはそのレベルを超えて自らの権力のために、リスクを高める行為を敢えてやったのである。もちろん、同時にリスクを小さくする方策もとりながらのことであろうが、往々にして目前の利益のために軽んじられることが多い。

 生産力の拡大は、自然を大きく変化させた。温暖化によって気象の変動が激しくなったという説はかなりの確率で正しいように思う。人間が生命や生活を失うリスクは高まった。そして、経済の停滞や財政難はリスク低減にかける活動を弱くしてしまった。結果、より危険な社会になったのである。

 加えて言えば、経済における世界的な依存関係の深まりによって一地域におけるリスクが国際的なリスクに発展する恐れを増しているのである。だから「自己防衛策」がますます必要になるのだ。治山治水や農業の防衛、地域の自立などはその防衛の具体的な行動であろう。閉鎖的、独善的な方向には気をつけるべきだが、自らを守る権利はあってしかるべきである。

 そのリスクに備えるためには、一人ひとりが自分の生き方を考え、企業はその経営の在り方を考え、知恵を絞り、自分たちに出来ることを行っていく必要があります。

 

2012年7月 8日 (日)

実家に帰るのに9時間

  友人の葬儀に参列するため昨日実家に帰った。午後3時発車の特急に乗るつもりだったが、大雨のために阪和線で土砂流出があり運転を見合わせているとのこと。近鉄で松阪まで出て三重側から回ることもできるが、そのまま待つことにした。

 結局発車したのは午後6時だった。そして新宮に着いたのは10時過ぎだった。ここでまた乗り継ぐのだが、折り返し運転の列車が来ない。アナウンスでは鹿にぶつかる事故で遅れるという。またかという感じ。

 そんなこんなで実家にたどり着いたのは日付が変わる直前だった。葬儀の方は、本日、こじんまりと行われた。曹洞宗の葬儀はかねと太鼓で賑やかだ。しかし、一方で友人は数年前に会社を辞めているので電報や花が少なく、やや寂しい。「会社社会」であることを物語っていた。

 (帰りの「くろしお」車中にて)

交響曲第9番 第2楽章

 クラシックを聴き始めたのは数年前からなので、まだ数多くの作品に触れていないし、持っている知識も少ない。また、気にいった曲があれば、そればかり聴く傾向があるので趣味の広がりに欠けている。

 交響曲ではベートーベンかマーラーになる。ベートーベンでは第9を聴くことが多くなり、マーラーは「復活」である。第9には合唱があり、それがないと作品は成り立たないのかもしれないが、私にとってはそれはおまけであり、演奏だけで十分だ。第2楽章が特に好きで、全体の構成うんぬんは二の次である。
 第9のCDは何枚か買ったが、よく聴くのはフルトヴェングラーが指揮したもの。亡くなる数か月前の録音である。音は録音の状態が悪く、きれいではないが、独特のものがある。

 協奏曲では、ラフマニノフのピアノ協奏曲が好きだ。聴くのは2番と3番。2番の方がポピュラーなようだが、私は3番の方がいい。ピアニストはホロヴィッツがよく、アルゲリッチもたまに聴く。2番はアシュケナージ、アルゲリッチのものを聴く。
 ピアノ協奏曲と言うと、チャイコフスキーの1番が有名だが、あれは私にとって聴き心地のよい曲ではない。部分的には好きなところはあるが、どうも構成のバランスがよくない。

 こんな感じで気ままに聴いている。

2012年7月 7日 (土)

さよなら隆洋君

 友人の隆洋君が今日亡くなったとの訃報が届いた。まだ50代半ばであり、突然のことで驚いている。

 彼は小学校の時の同級生で、知らせてくれたのも同級生のM君である。3人で時々、難波周辺の居酒屋に集まり飲んでいた。そういえば、2回に1度はK君も寄っていたな。

 彼は阪大工学部卒の秀才で大手企業に勤めていた。しかし、その会社は公共事業の仕事が減ったために業績が芳しくなく、特に彼の属していた部門はよくなかった。そういう面での苦労もあったのだろう。

 彼の実家はみかん農家で、田舎でも規模の大きな農園を経営していた。集まるとどうしても故郷のことが話題になり、帰って農業するかというようなあまり実現性のない希望を言い合っていた。田舎が恋しいという気持ちはあったのだ。

 彼の息子は京大に入り、M君の娘が神戸大、私の息子が京大ということで、あの田舎の出身者でこういう重なりは非常にレアなことであった。

 日曜日に葬儀が行われるので、帰ろうと思う。そういえば、彼は卓球が上手かった。サウスポーだった。キャッチボールをすると、すごく伸びのある球を投げた。命ももっともっと先まで伸び続けてほしかったな。

 さよなら隆洋君。

2012年7月 1日 (日)

松本清張について

 「粘着質」「劣等感」「学歴コンプレックス」「出生」「貧乏」「嫉妬」「おどろおどろしい」「権威」「権力」「女の性」

 こういう言葉を松本清張の作品から感じる。

 松本清張が世に認められたのは、1953年の芥川賞受賞であり、その時すでに43歳になっていた。清張の学歴は尋常高等小学校卒である。今でいえば中卒に当たるだろうが、当時はそれが少数派であったわけではない。しかし、才能のある彼には学歴の乏しさが足かせであった。作品にはその怨念が乗り移っていると言えるだろう。実力がありながら、正統でないがゆえに評価されず、場合によっては功を掠め盗られる悲運の主人公が多く登場する。

 以前のブログにも書いたが、清張の小説には文字通りの善人が登場しない。逆に、よくこれだけ悪い人間が描けるなと感嘆するほど悪人は書けている。ここに凄さがある。そして、その悪の根源は、その出生にあったり、生まれついた環境であったり、偶然や思い込みだったりする。本人の意思に関わらず、悪は生まれいずるのである。

 清張という人は、日本の社会が生み出したのだと思う。清張自身が矛盾の集約なのである。貧乏、学歴格差、官僚支配、経済成長、腐敗・・・。そのすべてを表現しつくした。時代が彼に矛盾を語らせたのである。

 学生時代からずいぶんたくさんの作品を読んできた。人物像は大半がネガティブで、読後感は重々しい。一歩間違えば人間不信になるような気がするけれども、そこを社会批判に転化して読んでいくことができた。それは正しかったのだと思う。あくまで主題は、悪人の告発ではなくて、悪を生み出さざるをえない社会の告発だったのだから。

 こういう人はもう出ないだろう。時代が変わり、またその時代に相応しい作者を必然的に生みだすのである。

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