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2012年6月 2日 (土)

哲学離れ 著名な本なのに売っていない

 先日大学時代に活動していたサークルのOB会が開催された。残念ながら仕事の関係で参加できなかった。私が所属していたのは今から30年程前のことである。その後、後継者がいなくなり、消滅している。

 そのサークルで、政治学や哲学の自主学習を行った。原典もあれば解説書もあったが、それなりに難しいテキストを使っており、分からないながらも一所懸命に読んでいたように思う。その後就職してもそのころ読んだ本を読み返したり、そのころ読めなかった本にチャレンジしたりしてきた。

 ところで、哲学史を扱った文庫本や新書を何冊か読んだ流れで、ある哲学者(政治家と言った方が適切なのだが)の著名な原典を読んでみようという気になった。そこで、まず茶屋町にあるマルゼン&ジュンク堂に行ってみたのだが、文庫本では在庫がなく、単行本では上巻のみあった。できれば文庫で読みたかったので買うのは見送り、帰ってからアマゾンに注文しようと思った。
 そして帰宅し、注文の操作を始めたのだが、アマゾンでも文庫は在庫がない。単行本は辛うじてわずかに在庫が残っていた。仕方なく、単行本の上下を注文した。

 おそらく、30年前には東京のそこそこの規模の本屋になら置いていたであろう本なのだ。哲学史上、あるいは政治史上無視できない作品だが、もはや流行りではなく、学生にも影響を持たない本になってしまった。
 哲学に興味を覚える学生は減ったに違いない。昔のインテリはこぞって読んだものである。私の時代でもだんだんそういうタイプのインテリは少なくなりつつあった。私のグループは過去の残存として特殊な学生たちであったのだろう。

 今では本屋で目立つのは、、構造主義や現象学の関連であり、ハイデガーやニーチェの名前はよく目にする。マルクスは未だ消えてはいないが、今回私が探していた本の著者は滅多なことでは見なくなった。これは時代の変化であろう。彼の成功は、後継者たちの失敗によって無残にも泡と消えたかに見える。しかし、先ほども言ったように、賛否は別にしても哲学史上では存在感のある本なのだ。

 新しい哲学の潮流が出現するが、それらが過去の偉大な哲学者が提起した根本問題を乗り越えたわけではない。行き詰まって、また元に戻っていくのである。それは、人間が政治経済上の根本問題を解決できないまま足踏みしているのと、同じ様子なのである。

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