« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »

2012年6月の投稿

2012年6月30日 (土)

フェイスブックを使った詐欺

 私はフェイスブックをやっているが、あるとき若い娘から友達リクエストが届いた。目のぱっちりしたかわいい女性である。出身地が私と同じなので、その関係でつながりを持ちたいと思ったのかと考えたが、一方では単なる間違いなのかという思いもあった。それでもネットでのやりとりぐらいはいいかと思ってOKし、簡単にメッセージも送付した。

 しばらくしてその女性から以下のメッセージが届く。

 「出身が○○郡で同じだったので、なんだかすごい懐かしい感じがして嬉しくてついおくってしまいました(^_^;)  もしお手間で無ければ miz****@yahoo.co.jp が私のプライベートアドレスなのでメールいただけないでしょうか?(≧_≦)   故郷の話とか周りで話せる人いないので…涙  あ、あと私情で今日か明日にはアカウント退会するので、フェイスブックでメッセ頂いても返せないかもしれません汗 その時はごめんなさい…   って、長いメッセになってしまってごめんなさい汗  メール気長に待ってます(#^.^#)」

 どうもあやしい。同郷の人間に懐かしさを感じる気持ちはありうるが、それが何十人もの人に友達リクエストを送る動機になるだろうか。その中には高齢の男性も含まれている。老人と故郷の話をして楽しいだろうか。暮らした時代が違いすぎる。故郷の話がしたいなら友達だっているのではないか。次に、なぜ相手からメールを送らせようとするのか。相手のアドレスを聞き出して自分から送ればいいのに。それは相手の警戒心を予測しているからではないか。相手に選択権を握らせることで関係の切断を遅らせている。若い女性の写真は当然誘い込む道具になっている。メール気長に待ってますという言葉も上手な誘い言葉だ。それに、メールアドレスも怪しい気がする。若い女性のイメージとはかけ離れた無機的な匂いがする。

 当然ながらメールは送っていない。聞くところによれば、フェイスブックを使った詐欺が横行しているそうだ。一般的に考えて、若い女性が自分の父親の年代の男性とつながりを持ちたいとは思わないだろう。しかし、そんなこともあるのかなと思わせるのがフェイスブックだ。有益なツールであると同時に、悪用のされやすい仕組みでもあるのだ。

 友達リクエストにご用心。

2012年6月24日 (日)

淡谷のり子

 淡谷さんのことは、私より上の年代であればよく知っているだろう。音楽学校で声楽を学び、その実力は高く評価されていたが、生活のために流行歌の世界に飛び込んだ経歴はよく知られている。「別れのブルース」が代表的なヒット曲であり、懐メロの歌番組でしばしば聞くことがあった。また晩年には、ものまね番組の審査員などもやって視聴者を楽しませていた。

 先日書店で淡谷さんの自伝的な作品を買ってきた。なぜ淡谷さんを気に入っているかというと、彼女の歌に対する姿勢が明確であり、その信念がびくとも動かないからである。歌で大衆を楽しませ、癒すことが淡谷さんの天職なのである。戦時中は、自分の歌いたい歌を禁じられた。それを許さない戦争を憎んだ。政治的な判断によるものではなく、大衆の必要とするものを奪う理不尽さに対する、素朴な怒りであったろう。

 まっすぐで、ある意味単純な人である。やりたいことをやる。言いたいことを言う。歌いたい歌を歌う。そういう人生であった。私も、できることならそう生きたいと思っているからだろうか、淡谷さんを尊敬してやまない。

2012年6月23日 (土)

年に一度の健康診断

 年に一度の健康診断があった。私の会社では例年この時期に行われる。検査項目はどの会社も同じようなものだろう。昨年からは眼底の写真を撮るようになった。

 面倒なのは便を二日分採らなければならないこと。できるだけ数日まえに終えるようにしている。苦痛なのはバリウムを飲んでの胃の検査である。

 事前に問診票に回答を書き込む。答えに困る質問もある。飲酒については何合を週に何回何年間に亘って飲んでいるか書く。そんなこと正確に覚えているはずもないし、規則的に飲んでいるわけでもないから、いい加減な答えだ。魚より肉の方をよく食べるかという質問もある。はっきりわからない。牛丼よりも回転ずしをよく食べるかという質問ならわかりやすい。女性限定の質問があるが、いたずらでそこにマークしたくなるのは私だけだろうか。

 検尿のときに、カップに大量に入れている人がいるが、あれはほんの少しでよいのである。こぼれでもしたらどうするのだろうか。はなはだ迷惑である。私が心配する話ではないが。

 私は低血圧である。今回は上が97であった。昼間に眠くなるのはこのせいだろうか。隣で検査していたNさんは150を超えていた。明らかな高血圧だ。それと比べたら低血圧の方が死亡リスクは小さい。

 健康とは言い難いが、例年大きな問題は出ない。病院の世話になるようになると厄介だ。働けないのが一番つらい。福祉社会とは名ばかりで、一気に路頭に迷うことになる。保険もあるが、使う一方だとお金というものはあっという間に失せていくのである。

2012年6月22日 (金)

「三方一両損」と「三方よし」

 落語の演目にある話である。江戸に住む左官が3両入った財布を拾う。持ち主の大工に届けると、受け取らない。互いにお前のものだと言い張る。大家さんが仲裁に入るが、まとまらず町奉行に届けて裁いてもらうことにする。奉行は、1両足して2両ずつ二人に受け取らせる。それぞれが1両損をして丸く収めたのだが、これを三方一両損という。日本らしい調停の方法である。西欧では、あるいは現代の日本では、それぞれが権利を主張して、ぶつかり合う利害の調整に苦労するのが普通である。

 近江商人の家訓に、「三方よし」という言葉がある。売り手よし、買い手よし、世間よしである。私の会社も、この言葉を経営の理念として援用している。三方損も、ある意味、三方よしと理解できないことはないが、経営の世界ではそれはあってはならないことである。

 問題は、3両という固定した富の配分になっていることであり、行政による調停の範囲にとどまっている。これに対し、経営は3両を4両にも5両にも増やすことができる。そこに三方よしの基盤ができる。富の増大があってはじめて三方よしが実現できるのである。パイが縮小すれば、どこかにひずみが出る。平等であっても、皆我慢しなければならない。

 どうやって価値を拡大するのか。それが経営の課題である。

2012年6月19日 (火)

再掲載 須藤孝三さんの「最高に美しい肉体」

 1975年のミスターユニバースで優勝した須藤孝三選手。当時のボディビルディング誌が掲載した写真をデジカメで撮って添付することにした。(個人のブログなのでお許しを

 これほど美しい肉体は他に見たことがない。この後、さらに筋肉の量は増しただろうが、あまり増えすぎるとバランスを崩し、美を損なう。また年齢とともに肌の美しさも損なわれるので、この時期に最高の仕上がりを見せたのだと思う。

 昨今はボディビルダーも高年齢化し、40代で日本チャンピオンになる選手がいる。それに比べると昔のビルダーは若い時期から活躍していた。

 その中でも須藤選手は別格である。今後もこのような選手は出ないだろう。

Sudo01_2

2012年6月17日 (日)

潔く退く(引き際の美学)

  引き際が肝心である。

 最近のプロスポーツ選手は寿命が伸びた。野球、大相撲において顕著な傾向がみられる。食生活や生活環境の進歩、医療の進歩、科学的なトレーニングの導入などが背景にあろう。ただし、それだけではなく、「引き際」に対する考え方が変わったのではないだろうか。

 王や長島の引退、大鵬の引退時期を考えると、もう少しできたのではないかと思える。王は最後のシーズンでも30本の本塁打を放っているし、大鵬は途中引退の前の場所は12勝3敗であった。彼らには権威があった。力の衰えたプレーを観衆に見せるわけにはいかなかった。

 ところが、現在は、40歳を超えても現役にこだわり、成績を落としてもプレーを続けようとする。山本昌投手や金本選手などがいる。山本投手の46歳での勝利は素晴らしいが、これは超一流でないからできることなのかもしれない。
 超一流であれば、全盛期の成績が際立っているので、それとの対比で衰えが余計に目立つ。それが痛々しく受け取られる。しかし、球団はそのような選手に引退を勧告することはできない。本人から引退の意思表示をしてもらうことが望ましいのだ。選手はその時期を敏感に感じ取ったに違いない。本塁打を打てない王はすでに王ではない。並みの選手である。

 引き際のタイミングが、超一流選手には必要だった。きれいにユニホームを脱ぐところに美学があったのだと思う。最近は、衰えても、あきらめずに粘ることが賞賛されている。これは高齢化社会の反映ではなかろうか。労働者の定年が延長されているのと似ている。そうするとどうなるか。若手の活躍の場がなくなる。スポーツの世界も同じではないか。

2012年6月16日 (土)

順位を上げる喜び ~競争とは何か~

 先週、陸上競技の日本選手権が開かれていた。私は陸上競技に関心があるので、今大会にも注目し、2日目には長居競技場まで観戦に足を運んだ。

 陸連のホームページを見るとエントリー選手を確認することができる。そこにはそれぞれのベスト記録が付記されている。当然のことながら差がある。一位の選手と最後尾の選手では大きな開きがある。記録のよくない選手はメダルどころか入賞の可能性はまずない。陸上競技はフロックのない競技である。ハードルに引っかけたり、足が痙攣したりで先頭が入れ替わることはあっても、後方の選手が逆転することはない。

 それでも多くの選手がエントリーしてくる。全国大会の舞台に立ちたいという欲求もあろうし、少しでもいい記録を出したいという思いもあるし、全国で何番という順位にこだわる考えもあるだろう。特に上位レベルにある選手にとったら順位が目標になるだろう。伸び盛りで、5番まで来ている選手は4番、3番と高い順位を狙いたい。モチベーションを維持する力は順位への欲求である。

 私は、何度も書いてきたが、高校入試と大学入試前のそれぞれ数か月にハードな勉強をした。合格したい一心での行動であるが、短期的には順位を上げたい、あるいは偏差値を上げたいという欲求に動かされていた。そして結果が出れば、その達成感が新たなより強い欲求を生み出すのであった。これは、ある意味、偏執的な喜びであろう。ここで行われているのは、当たり前の話であるが、学問ではないし、勉強であるとさえ言えないものであり、「競争」であり「闘い」である。

 そういう競争の世界にとり込まれていたのである。それは、今思えば、決してほめられたことではないが、その時はそれで仕方がなかったのだとも思える。一方で、試験の成績などに頓着せず、知らないことを知り認識の範囲を広げることへの知的喜びを重んじる生き方もあったとは思うが、残念ながらそれはなかった。本を読むのは好きだったが、興味は雑多であった。

 科学においては何が正しいかを問うことができるだろう。しかし、人生において、その選択において何が正しいかを問うことはできない。そこには納得できるか否かの選択が在るだけである。人間は成長することができる(と信じている)。納得する基準、レベルも向上するのである。それは、より正しく生きられるようになるのではなく、より豊かに生きられるようになるのである。

 順位には、スポーツなどのように、その後公式な記録として残るものもあるが、多くは何の意味もないものとしてたちまち消え去るのである。模擬試験で順位がシングルになったということは世の中においてはただの塵のごときものである。それでも、そんなことがあったなと思いだし、それも自分の青春の一ページとして振り返ることがあり、それはそれで私という人間のとっては塵と一刀両断するわけにはいかないものである。

 個人は、そんな細かな、社会的にはなんら意味を持たないものに執着するのである。ただし、そういう個人を集団でとらえるならば、それは社会的現象であり、社会的な意味をも持ってくる。競争が、さらに強い競争社会を再生産している。

2012年6月10日 (日)

陸上競技日本選手権第2日

 陸上競技は大好きで、競技会も何度か観戦しているが日本選手権は初めてである。長居の開催がまれであるので、観る機会がなかったのである。

 一番の目当てはやり投げである。村上とディーン元気との戦いになるのは間違いない。記録でこの二人に追随できる者はいない。最初に大きな投擲をしたのは村上の方であった。自己記録と大会新記録を同時に達成。勢いからすればさらに記録を伸ばしそうだった。しかし、そこに立ちはだかったのがディーンである。村上をわずかに上回り84mを超えた。そして逆転での勝利。選手権者となったのだった。

 他の競技の感想

 *男子1万メートル 箱根で走った選手が紹介されると一段と拍手が大きくなる。テレビの影響はすごいものだ。その一人である柏原が引っ張るが、途中でバテて後退。次にこれも箱根で名をはせた村沢が先頭へ。しかし、これも続かず、最後は佐藤悠基が先頭に立って優勝した。頑張ったのは早稲田の大迫である。伸びやかな走りで最後までスピードが衰えなかった。現在学生では村沢を抑えてナンバーワンだろう。

 *男子400メートル 金丸がきわどい勝利。後半に追い上げられた。勝ち続けるのは大変なことだ。

 *女子100メートル 福島が辛うじて逆転して優勝。埼玉栄高校の土井杏南が力強い走りで先頭に立ったが、後半で福島が意地の逆転。タイムもよくない。もう伸びが止まったのか。はたまたアクシデントか。

 *男子100メートル 江里口が、これも辛勝で4連覇。走りを見ると圧倒的な力を感じない。それでも勝つのだから試合巧者である。

 *男子400メートルハードル 法政大学の岸本の強さに感心する。しなやかで伸びのある走りだ。かなり世界に近づいたのではないか。メダルは無理でも決勝には残る力がある。

Genki

2012年6月 9日 (土)

やらないのではなく、できない

 人間にはやらなければならないことがたくさんあるが、実際にやっていることは少ない。課題には、自分でやろうと決めたことと人から与えられたことがある。人から与えられた課題の中には努力目標といわゆるノルマというものとがある。

 仕事の中で与えられる課題はノルマである。本人はやろうとするし、上司はやらせようとする。サボタージュの意志をもった社員など滅多なことではいるものではない。ところが、計画通りに課題が進まないことが多い。そういう時には、上司はなぜやらないのかと考えるのだが、往々にしてやる気がないとか、自覚が足りないとか、意識の面に目が行きがちである。

 しかし、改めて振り返ってみると、多くはやる意志はあるが、実際にはできないのである。手の付け方が分からない、進め方が分からない、具体的な手法が分からない。そうして足踏みしてしまう。仕事は一つではないから、できる仕事を優先してやってしまう。それだけでもそこそこ時間をとるから決してサボっているのではない。だけれども、パフォーマンスは上がっていかない。

 やるべき大事な仕事が停滞する。上司は本人のやる気の無さを問う。ここには、上司もやり方が分からないので、やる気の問題にしてしまいたいという事情もあるに違いない。それはさておき、本人に課題を遂行する力があるかどうかを見極めなければ無駄を拡大することになろう。どうやって進めるのか、ざっとアウトラインだけを書かせてみるか、説明させてみるのがよいだろう。分かっていれば、完全ではないにしろ、ある程度の合理的な説明が出てくるだろう。でなければ、手順がイメージできていないのである。

 いずれにしても、部下のせいにして放置してはいけない。

2012年6月 3日 (日)

車寅次郎

 男はつらいよシリーズで渥美清が演じた車寅次郎の生き方に魅力を感じる人が多いと聞く。それは、体制に組み込まれて生活に息苦しさを感じている人間が、しばしそこを離れて暢気に暮らしてみたいという願望の表れであろう。実際に彼と同じ生き方をしたいのではない。映画とはそもそもがそういう意味で生活を離れる時間を提供することが役割なのだから、それをうまく達している点でよい作品なのだと言うことができる。

 寅次郎の生き方には計算がない。いいように言えば真っ正直であり、悪く言えば馬鹿である。実生活は往々にして打算を強いる。しかし、多くの人は正直に、無欲で生きたいのである。

 男はつらいよは、庶民の生活を描いており、同じ立場の人もファンに多かったが、いわゆるインテリにも人気があったように思う。インテリには一定の革新的な層がおり(今ではそうとも言いかねるが)、彼らは体制に組み込まれてしまったことへの慙愧の念を心の片隅に残している。そこに至るまでの学生時代の気ままな生活への郷愁が、この映画の世界へ向かわせるのではないだろうか。

 山田洋次は、車寅次郎という架空の人物を通じて、日本人に在りうべき一つの人物像を確立した。それは歴史に残る高名な人物に勝るとも劣らないものである。

 以下は、以前に「男はつらいよ シリーズ第1作」というタイトルで書いたブログである

 私が知っている範囲でも、「男はつらいよ」を語らせるとうるさい人が何人かいる。全作観ていて、何作目がいいとか、作を重ねるにつれて内容がどう変わっていったとか論評する。私はそれほどのマニアではないが、この映画が好きで、自分のなかでは他の映画とはカテゴリーを異にするものとして認識している。
 全48作のうち劇場で観たのはおそらく10本程度だ。他はテレビやDVDで観ているが、40作を越えたあたりからは見逃している作品もあると思う。葛飾区内の映画館で観たことがあり、観客とスクリーンとの距離(心理的)が非常に短く、寅さんの親戚が観に来ているという感じだった。

 さて、DVDで久々に第一作を観た。初めての作品ということで、山田洋次の気合を感じる。挑戦的で、ある意味各所に棘があって、観ていてひやひやしてしまう。一般庶民の感覚からすれば、寅さんにそこまで言わせるかと思ってしまう。おいちゃん、おばちゃんに対する言動やさくらの見合いの席での振る舞いは乱暴で、失礼極まりないものである。それを言わせているのはやくざな世界と堅気の世界の対照が必要であり、その二つの世界のぶつかり合いに喜劇が生まれると同時に悲劇も生まれるのではないかと思う。その後の連作を予定していたのかどうかは知らないが、あとの展開もその関係を基礎にしている。付け加えると、堅気の世界が必ずしも正しいわけではない。正しくはないのだけれども、それは政治や教育の影響を受け規格化されてしまい、本来人間的であるはずの感情や振る舞いを矯正しにかかるのである。
 しかし、そういう作品の特徴は、作を重ねるごとに薄れていくように思える。堅気の世界、世間とのぶつかり合いのなかで寅次郎の棘が取れていくのか。あるいはまた、作る側も、観る側も、そして車寅次郎も次第に歳をとり、分別ができて丸くなっていくのだろうか。

 ところで、マドンナの光本幸子がいい。天真爛漫でかわいいお嬢さんを演じている。これがマドンナの原型である。育ちがいいから寅次郎を端から敬遠することはない。寅次郎に好意はもっても恋愛感情にはならない。別の世界に住んでいるからこそマドンナである。太地喜和子演ずるぼたんや、浅丘ルリ子演ずるリリーは寅次郎と同じ世界の人間であり、マドンナとは言えない。観る側から言えば、ぜひ寅次郎とリリーとは一緒にしてやりたいのだがそれは叶わなかった。リリーはいつでも受け入れる気持ちがあったのだが、寅次郎の方に分別ができてしまい、逆に距離ができてしまったように思える。

 志村喬がいい。この人に上手いなどと言ったら失礼だ。登場時間は短いが、ひろしの親としてのスピーチは最後の山を作っている。この場面なしに第一作は語れない。志村喬と三国連太郎は本当にいい。

 他の役者も適材適所でいい。というか、長く観てきているのでイメージが出来上がり、はまり込んで見えてしまうのだろう。倍賞千恵子、前田吟、森川信、三崎千恵子、太宰久雄、笠智衆。森川信は八作目までだが、あの飄々とした感じが好きである。太宰久雄は中小企業の経営者の苦労を代弁してくれている。映画を観ている経営者は、彼に自分の姿を投影して観ているに違いない。

2012年6月 2日 (土)

哲学離れ 著名な本なのに売っていない

 先日大学時代に活動していたサークルのOB会が開催された。残念ながら仕事の関係で参加できなかった。私が所属していたのは今から30年程前のことである。その後、後継者がいなくなり、消滅している。

 そのサークルで、政治学や哲学の自主学習を行った。原典もあれば解説書もあったが、それなりに難しいテキストを使っており、分からないながらも一所懸命に読んでいたように思う。その後就職してもそのころ読んだ本を読み返したり、そのころ読めなかった本にチャレンジしたりしてきた。

 ところで、哲学史を扱った文庫本や新書を何冊か読んだ流れで、ある哲学者(政治家と言った方が適切なのだが)の著名な原典を読んでみようという気になった。そこで、まず茶屋町にあるマルゼン&ジュンク堂に行ってみたのだが、文庫本では在庫がなく、単行本では上巻のみあった。できれば文庫で読みたかったので買うのは見送り、帰ってからアマゾンに注文しようと思った。
 そして帰宅し、注文の操作を始めたのだが、アマゾンでも文庫は在庫がない。単行本は辛うじてわずかに在庫が残っていた。仕方なく、単行本の上下を注文した。

 おそらく、30年前には東京のそこそこの規模の本屋になら置いていたであろう本なのだ。哲学史上、あるいは政治史上無視できない作品だが、もはや流行りではなく、学生にも影響を持たない本になってしまった。
 哲学に興味を覚える学生は減ったに違いない。昔のインテリはこぞって読んだものである。私の時代でもだんだんそういうタイプのインテリは少なくなりつつあった。私のグループは過去の残存として特殊な学生たちであったのだろう。

 今では本屋で目立つのは、、構造主義や現象学の関連であり、ハイデガーやニーチェの名前はよく目にする。マルクスは未だ消えてはいないが、今回私が探していた本の著者は滅多なことでは見なくなった。これは時代の変化であろう。彼の成功は、後継者たちの失敗によって無残にも泡と消えたかに見える。しかし、先ほども言ったように、賛否は別にしても哲学史上では存在感のある本なのだ。

 新しい哲学の潮流が出現するが、それらが過去の偉大な哲学者が提起した根本問題を乗り越えたわけではない。行き詰まって、また元に戻っていくのである。それは、人間が政治経済上の根本問題を解決できないまま足踏みしているのと、同じ様子なのである。

« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »