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2012年5月20日 (日)

お金があれば幸せか 幸福の条件について

 プレジデント誌の記事に年収と幸福度の関係について書いたものがあった。広告で見ただけなので、記事の中身は見ていないが、見出しに目を引くものがあった。

 その広告を見る範囲で推測するに、年収が多ければそれだけ幸福度が増すわけではないらしい。そもそもプレジデントなどという雑誌は、自分に投資してお金持ちになりましょうというのがコンセプトの雑誌だと思っているので、その割には面白い内容である。もっとも、経済状況がよくないので、年収が低くても仕事があるだけましなので文句を言わず働きましょうと言いたいがためのキャンペーンかもしれない。

 年収が400万円程度の人たちも十分に幸福感を持っている。この層の人たちには家族の団欒があり、身の丈にあった生活をしている。それで十分に幸福だと感じられるのである。
 一方で800万円の人は家計が厳しい。このクラスになると、子どもを私学に通わせるケースが多くなる。背伸びしてしまうので苦しくなるのだ。

 この対照が面白い。家計を苦しくするのは一に住宅ローン、二に教育費である。収入が一定の金額に至ると、借家から持ち家への欲求が生まれる。実は、住み家というものは機能が大事であって、そういう意味では借家も変わらない。都合が悪くなれば気軽に引っ越せる点が借家の利点である。持ち家の場合は売却が容易ではなく、減価する。
 教育費は私学に通わせることで一気に跳ね上がる。中高一貫ならなおさらだ。教育を施すことで子の代まで年収を確保しようとしているのである。子の人数によるが、稼いだお金はほとんどここに注がれて、生活を楽しむことには使われない。蓄えも難しい。意外に貧しいのである。
 所得の少ない家庭に育つと、贅沢を経験せず、金がなくても楽しく時を過ごす生き方が自ずと身に付くのかもしれない。そして社会への不満も少ない。

 所得の高い層の方が現在の教育制度に批判的であるらしい。それは高負担への恨みの表われであろうし、投資に対するリターンが必ずしも保障されないことへの不満でもあるだろう。

 以上は、数少ない断片的な情報からの推測である。根拠は薄いが、少なくとも収入に比例して幸福感が増すのではないようだ。稼げば稼ぐほど吸い上げられるシステムが我々を取り巻いている。

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