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2012年5月の投稿

2012年5月27日 (日)

コンビニ強盗

 強盗など、まともに物事が考えられたなら思いつきもしない行為である。まともに考えられないからとんでもないことをしでかしてしまう。

 いま頻繁に発生しているのはコンビニ強盗や外食チェーン店をねらった強盗である。(コントのネタにしばしば使われるぐらいだから、随分ポピュラーな犯罪になった。)深夜営業であり、店員が少ない。その場で取り押さえられるリスクは小さい。ただし、奪える金額は少なく(最大でも30万円程度であろう。)監視カメラに確実に画像が残る。そういうことは十二分に予想ができるはずなのに計算には入っていない。

 名古屋であったコンビニ強盗では、犯人が数字の「5」をプリントしたTシャツを着ていた。足のつきやすい服装である。特徴のない服であれば特定されにくいだろうが、そんなことが頭に浮かぶ人物であればこんな行動に及ぶことはないのである。

 動機は、遊ぶ金欲しさか、生活に困ってか。人間、暑さ寒さをしのげて、食うものさえあればなんとか生きているのだから、その部分さえ保障すれば犯罪は減るのではないか。使途を限定したチケットのようなものを配布すればよい。もちろん自ら働いて糧を得るのが基本であるが、雇用の創出がなかなか進まぬ昨今である。

 犯罪に一定の処罰が必要であることは疑いえない。しかし厳罰化ですべてが解決するわけではない。相互扶助の仕組みと精神があれば、随分抑制されるに違いない。加えて、ある行動をとった時に、それが社会の反応としてどういった事態を招くか、合理的に判断できる程度の思考力は身につけさせるべきであろう。

 社会は犯罪者に冷酷である。起こしたことへの仕打ちがあるという意味では仕方のないことではある。しかし、その犯罪の程度によってそれにも違いがあっていいのではないか。味噌も糞もという上品でない言葉があるが、人間感情は、そのようになりがちである。注意しなければならない。

 

2012年5月26日 (土)

ネット上での邂逅(同級生を発見)

 好奇心の赴くままに検索を続けていたら、あるブログに行き当たりました。ペンネームで書かれているのですが、その記事の傾向および出身地から、私の知っている男性ではないかという想像が頭をもたげてきました。ペンネームはローマ字で表記されていますが、これは彼の名前を音読みしたものと一致しています。

 彼の当時の顔は覚えています。手紙を一通ですがやりとりしました。しかし一対一で会話をした記憶はありません。その程度の付き合いです。進んだ大学と現在何を生業にしているかは分かっています。
 そういうことから彼の興味関心領域は絞れますし、そもそもここに行きついたのは、その領域を私が共有しているからです。ということは、偶然の出会いではなくて、それなりの確率でもって出会う可能性があったということです。よく「世間は狭い」といいますが、そういう現象を指すのではないでしょうか。

 彼にはメールを送りました。まだ返事がありませんが、99%彼でしょう。あの話題で、あれだけ深く語れる人間はそう多くはいません。その手の人間は現在の日本には大勢いるはずがないし、加えて出身地や名前の一部にでも一致があれば、ほぼ絞り込めていると考えられます。

 インターネットがなければこういう出会いはありません。フェイスブックも有効ですね。ネットにどっぷり浸かりつつも、否定的な側面を感じていた私ですが、肯定的な使い道を少し感じ始めた今日この頃です。

2012年5月20日 (日)

お金があれば幸せか 幸福の条件について

 プレジデント誌の記事に年収と幸福度の関係について書いたものがあった。広告で見ただけなので、記事の中身は見ていないが、見出しに目を引くものがあった。

 その広告を見る範囲で推測するに、年収が多ければそれだけ幸福度が増すわけではないらしい。そもそもプレジデントなどという雑誌は、自分に投資してお金持ちになりましょうというのがコンセプトの雑誌だと思っているので、その割には面白い内容である。もっとも、経済状況がよくないので、年収が低くても仕事があるだけましなので文句を言わず働きましょうと言いたいがためのキャンペーンかもしれない。

 年収が400万円程度の人たちも十分に幸福感を持っている。この層の人たちには家族の団欒があり、身の丈にあった生活をしている。それで十分に幸福だと感じられるのである。
 一方で800万円の人は家計が厳しい。このクラスになると、子どもを私学に通わせるケースが多くなる。背伸びしてしまうので苦しくなるのだ。

 この対照が面白い。家計を苦しくするのは一に住宅ローン、二に教育費である。収入が一定の金額に至ると、借家から持ち家への欲求が生まれる。実は、住み家というものは機能が大事であって、そういう意味では借家も変わらない。都合が悪くなれば気軽に引っ越せる点が借家の利点である。持ち家の場合は売却が容易ではなく、減価する。
 教育費は私学に通わせることで一気に跳ね上がる。中高一貫ならなおさらだ。教育を施すことで子の代まで年収を確保しようとしているのである。子の人数によるが、稼いだお金はほとんどここに注がれて、生活を楽しむことには使われない。蓄えも難しい。意外に貧しいのである。
 所得の少ない家庭に育つと、贅沢を経験せず、金がなくても楽しく時を過ごす生き方が自ずと身に付くのかもしれない。そして社会への不満も少ない。

 所得の高い層の方が現在の教育制度に批判的であるらしい。それは高負担への恨みの表われであろうし、投資に対するリターンが必ずしも保障されないことへの不満でもあるだろう。

 以上は、数少ない断片的な情報からの推測である。根拠は薄いが、少なくとも収入に比例して幸福感が増すのではないようだ。稼げば稼ぐほど吸い上げられるシステムが我々を取り巻いている。

2012年5月19日 (土)

採用は難しい 人事担当の嘆き

 学生たちからの情報だと、今の段階でかなり内定が出ているらしいが、昨年と比べても厳しいという声も聞かれる。

 私の会社は、いつも書いているように小さな会社なので、採用予定人数が少ない。今年は技術系営業系ともに数名であった。会社説明会を経て、応募者は予想に近い人数が集まった。そして絞り込んでいって、最終の面接には、採用予定に若干プラスした人数を残した。ただし、本来はリスクを見てもう少しプラスしたかったのだが、期待する評価に届かなかったので敢えて加えることをしなかった。おそらく、このへんの判断は他社にも共通しているのではないか。あまり無理をしないというスタンスがある。

 さて、その続きだが、まず最終面接への辞退者が出た。先に内定が出た他社へ行くという。参考にどこに決まったのか教えてくれというと、名の知れた企業だった。ただし、業績の良い会社ではない。平均年収も当社よりはるかに低い会社だ。それでも本人が選んだことに注文を付けるわけにはいかない。欲しい人材だったが諦めざるとえない。

 最終面接後に内定を出した数は、予定を下回った。この人ならと納得できる人材は少ない。人件費が重たくなる状況のなかでは冒険はできない。入ってから育てることもできるが、できるだけいい人をと欲が出る。
 内定者からも辞退者が出る。ある学生は3社から内定が出て他社に決めた。決めた会社はだれもが知っている大きな会社だ。業績も給与水準もよい。まともに比べられたら当社は負けてしまう。彼に対する期待感は大いに伝え、こちらの誠意も理解してくれていたが、会社の差を埋めることができなかった。

 学生が持っている尺度と当社の思いとの間にはギャップがある。当社がいいと思う人材は他社でもいいと思う確率は高い。複数の内定からどこを選ぶかというときに、より大きな会社、より有名な会社を選ぼうとするのは世の大勢であろう。これは受験生が、より有名で、難易度の高い大学に入ろうとするのと同じ理屈である。当社も中身では負けない自負があるが、先の固定化された尺度で測られたら勝ち目がないのである。

 世の中、同じような理屈が循環している。この形成を変えるのは難しいが、採用で言えば、いかに学生の心をつかみ取って離さないか、その方法を考えなければならない。

2012年5月13日 (日)

ドラッカー7 「ブライアン看護師の原則」

 「(ブライアン看護師は)特に優れた看護師でもなく、看護師長をつとめたこともなかった。だが彼女は、自分の病棟で何か新しいことが決まりそうになると、『それは患者さんにとっていちばんよいことでしょうか』と必ず聞くことで有名だった。事実、ブライアン看護師の病棟の患者は回復が早かった。何年か後には、病院全体に『ブライアン看護師の原則』なるものができあがった。みなが『目的とするものに最高の貢献をしているか』を常に考えるようになっていた。」(「経営者の条件」P84)

 仕事をしていると、惰性に流され、その目的を忘れがちである。都度とはいかないまでも、節目節目で目的の再確認が必要である。

 病院は何のためにあるのか。金儲けよりも前に、社会的な使命を担っている。患者を治療し、正常な社会生活に戻すことが使命ならば、すべての意思決定はそこに向かわなければならない。ブライアン看護師は、そのことを常に忘れなかった。

 経営のあるところには経営理念なるものが存在しているが、恰好だけになっていないだろうか。理念通りに経営を進めることは大変困難なことではあるが、判断基準のベースとして持ち続けなければならない。それができているかどうかが、まともな経営者のメルクマールとなる。

2012年5月12日 (土)

ドラッカー6 何が正しいかを知る

 「決定においては何が正しいかを考えなければならない。やがては妥協が必要になるからこそ、誰が正しいか、何が受け入れやすいかという観点からスタートしてはならない。」(「経営者の条件」(P189)

  自社の立場から、何が正しいかを考える。あるいは自分の職位・職責から、何が正しかを考える。原理原則に従い、考え抜く。そのうえで結論を出し、次のステップである社内への徹底であったり、社外との交渉に進むべきである。

 ドラッカーの言う、「誰が正しいか、何が受け入れやすいか」という発想にしばしば陥ることがある。早く解決したい、軋轢なくまとめたいという気持ちが先立って、自分の軸を見失ってしまう。なんらかの結論が出たとしても、妥協したという意識が残らない。よい交渉ができたという満足感よりも、無難に収まったという安堵感が残るのである。

 重要な指摘であると思う。これはそのまま政治の世界にも通用する話ではなかろうか。

ドラッカー5 強みを生かす

 ●「何よりも成果をあげるエグゼクティブは、・・・・・自分の仕事ぶりと成果を見て、自らのパターンを知ろうとする。『ほかの人には難しいが自分には簡単にやれることは何か』を考える。」

 ●「・・・弱みをなくしたからといって何も生まれはしない。弱みをなくすことにエネルギーを注ぐのではなく、強みを生かすことにエネルギーを費やさなくてはならない。」

 ●「エグゼクティブの任務は人を変えることではない。その任務は『聖書』がタラントの例えでいっているように、人のもつあらゆる強み、活力、意欲を動員することによって全体の能力を増加させることである。」  以上(「経営者の条件」P133,134,135)

 経営にとって、あるいは管理職にとって、なかなか重要なことを言っているのだが、なんと徹底した合理主義かと思うこともある。すべては成果のための手段である。ここは徹底している。

 これは組織を預かるものの責任として、はっきり割り切るべきだが、一瞬でも組織から気持ちを放してみるとやりきれなさを感じてしまう。すべてを手段として考えてしまうのはどうか。それ自体が目的であるような人間の関係があってもよいのではないか・・・と。

2012年5月 6日 (日)

徳川園はいい庭園だった

 用があって名古屋を訪れたが、2年住んだことがあるにもかかわらず市内の名所にまったく行ったことがない。そこで、これを機会に少しばかり回ってみようと思い、名古屋城と徳川園に行ってきた。どちらもそこそこの人出で、賑わっていた。惜しむらくは天気がよければなおよかったのだが。
 名古屋城は遠目には何度となく見ているが、近くでじっくり見るのは正味初めて。天守閣に上がり、展示品を見たが、襖絵などは複製である。戦後消失し、ほとんど無くなってしまった。惜しいことをしたと思う。
 徳川園も近くを車でしばしば通っていたのだが入園は初めて。すばらしい庭だった。名古屋の町中だが、滝があり、野鳥の鳴き声も聞かれた。

 デジカメに収めた写真を何枚か貼り付けておこう。

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進む “地方の衰退・衰弱”

 4月30日付けの日経新聞に書いていたが、早慶上智理大への合格者に占める首都圏の高校生の割合が増えているという数字があるそうだ。その記事によれば、5年前の59%に対し、67%になったという。これは確かに小さい数字ではないだろう。もっとも、これが進学者数ではなく、合格者数であるところが少し引っかかるのだが。(進学者数でも増えているのだろうが、増え方はこれより少ない可能性がある。)

 地方から東京の大学へ進む場合の経済的負担は大きい。親がその多くを負担し、不足する部分を本人がアルバイトで補てんするのが一般的なパターンであろう。一部に、奨学金も利用しながら本人だけでやりくりする場合もあるが、これは非常に負荷のかかる生活である。

 したがって、地方から東京に出ていく気持ちが消沈するのも無理からぬことだ。東京へ行けばこれまでに経験したことのない世界があることは容易に想像できるであろうが、それが叶わぬとなれば、地方には地方のいいところがあると言い聞かせて、地元に残る選択をすることになる。

 やむを得ない選択ならば、今ある条件のなかで精いっぱいやるしかないだろう。しかし失うものは相当大きいのではないか。私の経験からすれば、東京で得たものは大きい。
 全国から学生が集まっていた。育った地域によって考え方や感じ方、気質に違いがあるのかどうか明確には分からなかったが、何もないことはないだろうし、付き合いがきっかけで友人の育った町を尋ねたこともあった。
 東京には先端の文化があった。劇団があり、質はともかく演劇サークルは腐るほどあった。地方では上映の難しいマイナーな映画が観られた。あまり行かなかったが、クラシックの演奏会は頻繁に開かれていた。
 東京には、政治があった。様々な潮流があり、それぞれ徒党を組んでいた。内容はともかくも多様な主張を聞くことができた。マスコミによる大量で一方的な見方に対抗する主張に触れたことは有益であった。

 以上がすべてではないが、東京に住まうことの利点である。地方でこれらのことが皆無であるわけではないが、近年ますます貧しくなっていることは否定できないだろう。それは資本が地方に集まらないことや国による文化政策の貧困が招いているのであろう。
 たしかに、地方にしかできないことがある。先進的なものがすべてではない。地方にも人が暮らしているのだから当然文化というものがある。地方の文化を守り育て、それを中央に発信していくことで過度の集中を排しなければならない。だから余計に、中央から地方を見る経験もあっていいのではないだろうか。

 私は、故郷に帰った時に、何もないことに気が付く。母がいる。子どものときとあまり変わらない海や山がある。しかし、文化がない。活気がない。昔はもっと地方、地域の活力があった。このままでは、中央に完全に切り捨てられる日が来るのではないだろうか。

2012年5月 5日 (土)

日本一の「アイアイラーメン」

 「京阪百貨店守口店」にて開催中の「九州・四国うまいものと物産展」に出かけました。目当ては、日本一の呼び声が高いアイアイラーメンです。アイアイのアイとは「愛」のことで、お客様と地域に愛されるラーメン屋を目指しています。

 今日は家内と一緒だったので、二種類注文しました。スープは豚骨ですが、黒としろがあります。黒の方はとうがらしが利いていて辛いもの好きの私にぴったりです。アイアイの店舗はまだ2店ですが、あまり広げない方が味を保ててよいかもしれません。

 オーナーが真面目な方なので、今後も期待できます。ぜひご贔屓にしてください。

鹿児島新栄店の菊水店長です

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2012年5月 4日 (金)

ドラッカー4 仕事を人間関係の中心に置く

 「しかし、仕事を客観的かつ非属人的に構築しなければならないということは、もう一ついわく言いがたい理由がある。すなわちそれこそが組織が多様な人間を確保する唯一の道だからである。人の気質や個性の違いを認め、かつ助長するために唯一の方法だからである。組織における多様性を確保するには、人間関係を人ではなく仕事を中心に構築しなければならない。業績は、貢献や成果という客観基準によって評価しなければならない。しかし、それは仕事を非属人的に規定し構築して初めて可能となる。さもなければ、『何が正しいか』ではなく『誰が正しいか』を重視するようになる。・・・」(「経営者の条件」P109。下線は天谷。)

 これは評価制度にかかわる重要な視点を提供している。人間が集まる集団であるから、人間的な付き合いが支配的になってしまう。これでは、各人が持つ多様な才能、可能j性を殺してしまうことになる。組織が必要とする役割や能力を明確に規定することによって、各人の才能や可能性に合わせて適材適所を進めれば、人が活きることになり、組織の力が増すのである。

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