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2012年4月28日 (土)

未だあなどれない、テレビの影響力

 大衆に情報を伝える媒体として、テレビと新聞の果たした役割は大きい。もちろん功罪ともにあるわけだが。

 その影響力は年々低下していると言われており、それで間違いないと思うが、媒体を個々に見ると、テレビと新聞は相対的に強い力を維持している。特に、上から下への一方的な情報伝達においてはこれに勝るものはないだろう。

 特に注意しなければならないのは、受け手による選択の幅が非常に狭いことである。テレビ局によって、新聞社によって、その取り扱う情報の種類に多少の違いはあっても大差はない。そして、その報じ方も似通っている。昔あった「論調」の違いというものが薄くなっていることは間違いないだろう。これは、政治で言えば、政党間の主張の違いがなくなっていることと符合すると思われるが、報ずる側も評価する基軸を失っているし、その力量が低下していることも意味していると思う。

 インターネットの普及によって、情報が世界を駆け巡るスピードが脅威的に速くなった。どこで何が起こったか、断片的ではあるが素早く知ることができる。もっとも、その真偽に保証はないし、与えられた範囲から選択せざるをえないという限界もある。また、事実を伝えていると言っても言葉の使い方で意味が変わってしまうことも考えなくてはならない。

 いわゆる「ジャスミン革命」においてインターネットの果たした役割が強調されていた。行動を呼びかける手段としては口コミに勝るものである。もともと民主化の遅れている国では民衆の組織化が進んでいないので蜂起も一揆的なものになりがちだが、そのきっかけを作るに効果的な手段となるだろう。中国における反日運動などに火を点けるのにもネットが一役買っている。出所の分かりにくい情報は制限もしにくい。これが特定の政治組織から流れているとなれば、既存の法律を適応して封鎖してしまう可能性がある。

 さて、本題はテレビであった。政治に関して言えば、情報の出どころは限られる。政府が発表する情報が圧倒的に多い。政党では政権党が多い。地方でも専ら首長の発言が取り上げられる。何度も繰り返し聞かされていると、それが当たり前のように意識に定着してしまう。なかには批判的に聞く姿勢を持った人もいるが、よほど注意していないと無批判的な受容に傾いている。

 テレビは、食事しながら見たり、体を横にして休息しながら、場合によっては居眠りしながら見る場合も多いだろう。そういう時は特に無防備である。新聞よりもそういう傾向が強い。老若男女を問わずそうである。これは、見る側に責任を負いかぶせるのは無理なことかもしれない。基本は発する側の信条、ポリシーの問題であろう。状況に流されてはいけない。

 受ける側も、騙されてはいけない。生き延びるために判断が必要である。近ごろ、飛ぶ鳥を落とす勢いのHさんのしたり顔が目に浮かぶ。

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