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2012年4月の投稿

2012年4月30日 (月)

春の長谷寺を訪れる

 昨日はよいお天気で、じっとしていてはなんとも勿体ないと思い、牡丹で有名な長谷寺へ行ってきました。評判に違わず様々な色の牡丹が咲き誇っていました。何枚か写真を貼っておきます。牡丹以外にも国宝である本堂で観音さんの木像を観てきました。なかなか充実した一日でした。

 ところで、参道には土産物屋や食べ物屋がたくさんありました。焼きたての草もちを売っている店がありまして、一個90円でした。ここから先は皆100円だよと売り込まれ一個だけ買ったのですが、確かにそこから先は100円に間違いはなかったものの、大きさが違いました。嘘は言っていないけれど、ペテンのような話ですよね。

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2012年4月29日 (日)

ドラッカー3 成果を大幅に改善する方法

 「人類の歴史は、いかなる分野においても、豊富にいるのは無能な人のほうであることを示している。われわれはせいぜい、一つの分野に優れた能力をもつ人を組織に入れられるだけである。一つの分野に優れた能力をもつ人といえども、他の分野については並みの能力しかもたない。したがって、われわれは、一つの重要な分野で強みをもつ人が、その強みをもとに仕事を行えるよう組織をつくることを学ばなければならない。仕事ぶりの向上は、万能な者をリクルートしたり要求水準を上げたりすることによって図られるものではない。それは人間の能力の飛躍ではなく、仕事の方法の改善によって図らなければならない。」(「経営者の条件」P37,38。下線は天谷。)

 特別な能力を持った者は数少ない。経営に参画してもらう従業員の多くは並みの人間である。そういう人たちには得意とする分野を伸ばしてもらう必要がある。弱みを克服することで生まれるアウトプットは少ない。各人の得意とするところを組織化できれば力が増すであろう。加えて、個人の才能に頼るのではなく、仕事のやり方を生産的なものに変えることで、誰もが生産性の高い仕事を行うことができるのである。

2012年4月28日 (土)

未だあなどれない、テレビの影響力

 大衆に情報を伝える媒体として、テレビと新聞の果たした役割は大きい。もちろん功罪ともにあるわけだが。

 その影響力は年々低下していると言われており、それで間違いないと思うが、媒体を個々に見ると、テレビと新聞は相対的に強い力を維持している。特に、上から下への一方的な情報伝達においてはこれに勝るものはないだろう。

 特に注意しなければならないのは、受け手による選択の幅が非常に狭いことである。テレビ局によって、新聞社によって、その取り扱う情報の種類に多少の違いはあっても大差はない。そして、その報じ方も似通っている。昔あった「論調」の違いというものが薄くなっていることは間違いないだろう。これは、政治で言えば、政党間の主張の違いがなくなっていることと符合すると思われるが、報ずる側も評価する基軸を失っているし、その力量が低下していることも意味していると思う。

 インターネットの普及によって、情報が世界を駆け巡るスピードが脅威的に速くなった。どこで何が起こったか、断片的ではあるが素早く知ることができる。もっとも、その真偽に保証はないし、与えられた範囲から選択せざるをえないという限界もある。また、事実を伝えていると言っても言葉の使い方で意味が変わってしまうことも考えなくてはならない。

 いわゆる「ジャスミン革命」においてインターネットの果たした役割が強調されていた。行動を呼びかける手段としては口コミに勝るものである。もともと民主化の遅れている国では民衆の組織化が進んでいないので蜂起も一揆的なものになりがちだが、そのきっかけを作るに効果的な手段となるだろう。中国における反日運動などに火を点けるのにもネットが一役買っている。出所の分かりにくい情報は制限もしにくい。これが特定の政治組織から流れているとなれば、既存の法律を適応して封鎖してしまう可能性がある。

 さて、本題はテレビであった。政治に関して言えば、情報の出どころは限られる。政府が発表する情報が圧倒的に多い。政党では政権党が多い。地方でも専ら首長の発言が取り上げられる。何度も繰り返し聞かされていると、それが当たり前のように意識に定着してしまう。なかには批判的に聞く姿勢を持った人もいるが、よほど注意していないと無批判的な受容に傾いている。

 テレビは、食事しながら見たり、体を横にして休息しながら、場合によっては居眠りしながら見る場合も多いだろう。そういう時は特に無防備である。新聞よりもそういう傾向が強い。老若男女を問わずそうである。これは、見る側に責任を負いかぶせるのは無理なことかもしれない。基本は発する側の信条、ポリシーの問題であろう。状況に流されてはいけない。

 受ける側も、騙されてはいけない。生き延びるために判断が必要である。近ごろ、飛ぶ鳥を落とす勢いのHさんのしたり顔が目に浮かぶ。

2012年4月22日 (日)

青い空は青いままで子どもらに伝えたい

 久しぶりにサークルのOB会が開かれるという。30年あまり前に大学の校舎の地下で活動していた仲間が集う。残念ながら私は仕事のある日なので東京まで出かけることができない。

 
1年先輩のKさんが歌集を作ってくれた。そのなかから二つセレクトしてここに掲載しておきたい。

 
平和への願いが立ち込めてくる。若いこころがよみがえる。


【青い空は】

1 青い空は青いままで 子どもらに伝えたい 燃える八月の朝 影まで燃え尽きた

  父の母の 兄弟たちの 命の重みを 肩に背負って 胸に抱いて

2 青い空は青いままで 子どもらに伝えたい あの夜 星は黙って 連れ去って行った

  父の母の 兄弟たちの 命の重みを 今流す灯籠の 光に込めて

3 青い空は青いままで 子どもらに伝えたい 全ての国から 戦(いくさ)の火を消して

  平和と愛と 友情の 命の輝きを この堅い握手と うたごえに込めて

【たんぽぽ】

1 雪の下の 故郷(ふるさと)の夜 冷たい風と 土の中で

  青い空を 夢に見ながら 野原に咲いた 花だから

  どんな花より たんぽぽの 花をあなたに おくりましょう(この行繰り返し)

2 高い工場の 壁の下で どれだけ春を 待つのでしょう

  数えた指を 優しく開き 空き地に咲いた 花だから

  どんな花より たんぽぽの 花をあなたに おくりましょう(この行繰り返し)

3 ガラスの部屋の ばらの花より 嵐の空を 見つめつづける

  あなたの胸の 想いのように 心に咲いた 花だから

  どんな花より たんぽぽの 花をあなたに おくりましょう(この行繰り返し)

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2012年4月21日 (土)

ドラッカーの言葉 その2

  間関係のあるべき姿

対人関係の能力をもつことによってよい人間関係がもてるわけではない。自らの仕事や他との関係において、貢献に焦点を合わせることによってよい人間関係がもてる。そうして人間関係が生産的となる。生産的であることが、よい人間関係の唯一の定義である

仕事上の関係において成果がなければ、温やかな会話も感情も無意味である。貧しい関係のとりつくろいにすぎない。逆に関係者全員に成果をもたらす関係であれば、失礼な言葉があっても人間関係を壊すことはない。
(ダイアモンド社刊「経営者の条件」p91~92)

 この文章を目にしたとき、ちょうど会社でパワハラの問題を考えていたので符合するものがありました。目的・目標の共有が相互理解の土台となり、よい人間関係を発展させます。そこに言葉遣いなどへの配慮があれば、パワハラのない職場になります。

ドラッカーの考えは、きわめて目的合理的です。プラグマティズムの立場にあると言えるのでしょうか。経営は科学ではありません。社会や顧客への貢献を目的とするならば、正しいことよりも有用であることが求められます。真よりも善です。人の役に立つことが善なのです。経営とは本質的にプラグマチックなものです。

2012年4月15日 (日)

入った会社が一番いい会社

 昨日も書いたが、新卒採用に関わっている。今は二次面接の段階で、程なく最終の役員面接に行きつく。その過程で、多くの学生がふるい落とされる。私の会社でさえ、採用される人は応募者15人に1人の割合でしかない。

 大企業に比べれば少ないだろうが、それでも結構な人数の学生と話をしてきた。その傾向については昨日書いたところだ。選考外になった学生のなかにも気になる学生が何人かいる。元気のある人は、他で何とかなるだろうと思えるのだが、大人しくて口下手で自己表現の苦手な人はどこかで採用になるのだろうかと心配してしまう。

 社会に余裕があれば、すなわち雇用が十分にあれば、だれでもどこかに収まる場所があるのだが、今は厳しい。経済に成長がないうえに労働力の流動性に乏しいから、なかなか空きが巡ってこないのである。大学を出ても、あるいは大学院を出ても受け皿がなく、学生時代のアルバイトを続けなければならない。

 選別しておいて勝手な言い草だが、私の会社を受けてくれた学生が皆就職活動を成就させてくれることを願いたい。私が会って、これはどこへ行っても厳しいなと思った人は数名で、他は各々一定の理解力があり、努力すれば水準以上の社員になれる素材だと思われた。息子と同じ年代の若者たちなので、なおさら気になるのだと思う。

 とにかく、採ってもらえるならどんな企業であっても贅沢は言わず、入ることである。入った会社が一番いい会社なのである。人の価値は入った会社の名前で決まるのではない。入ってどんな仕事をしたかで決まるのである。そのことを彼らに伝えたい。

 私の人事ブログを見て、「ぜひこの人と一緒に仕事がしたいと思った。」と言ってくれた関東の学生がいた。大変ありがたい言葉である。彼と最終的に縁があるかどうか分からないが、これも人生における出会いの一つに違いない。彼に幸多からんことを切に願いたい。

2012年4月14日 (土)

ユダヤ人大富豪の教え

 本田健著「ユダヤ人大富豪の教え」はミリオンセラーを記録した名著(有名なという意味で)である。

 私が勤める会社のある営業所長が、愛読書として紹介していたので、読んでみることにした。この本は、たまたま出会ったユダヤ人の大富豪から様々な教えを受けるというストーリーになっている。実話のように書かれているが、本当なのかどうかは分からない。あえて言えば、これだけのことを直に教わったのであれば、本田健はもっと偉くなっていてもいいのではないかと思う。

 それはともかく、書かれてある内容の中には、面白いものがある。しかし、私自身が大富豪になりたいと思っているわけでもないし、小富豪にでさえなろうと考えていない。だから、前提としているところに違いがある。先日、久しぶりにドラッカーの本を読んだが、今自身が置かれている立場からすれば、その方がよほど共感できる内容である。

 という前提で、本田健の著書を見てみよう。

 ●好きなことに熱中できる人は成功する ⇔ 医者や弁護士は、得意なこと(周りから褒められること)ばかりやってきた連中 → 報酬に気を奪われている

 ●成功するのに必要なのは、流れを読む力だ。物事の奥深くを見通す力だ。

 ●多くの成功者は、みんな自分の思いや考え、感情やビジョンを紙に書いている。

 ●いい加減なことを口走ってはいけない。本当にその気がないことは言わないことだ。

 ●つき合う人の多くを味方にできれば、君の成功は何倍も早くなるだろう。

 ●人は人を喜ばせた分だけお金を受け取れるようになっている。

 ●それを考えただけでワクワクするような目標でなければ、うまくいかないのだよ。

 こういう中身である。それぞれ大事ことを言っている。ただし、個人がどう生きるべきかという問題に焦点が当たっている。だからスケールは小さい。小さいけれども、自分を律するうえで必要なことではあるだろう。

 ドラッカーの「経営者の条件」を読むと、組織において重責を担う者が為すべきことを取り上げている。ここではやりたいことについてではなく、為すべきことなのだ。ユダヤ人大富豪に言わせれば、やりたいことに高い優先順位を置くべきなのだが、企業の運営に責任を持つ者はそのような意図で行動してはならない。個人のレベルと根本的に違うのである。

 ドラッカーをビジネス書として読むのが普通だが、これは組織論の集大成のような本である。だからスケールの大きさに驚く。本田健も悪くはないし、まだビジネスについての経験が少なく、知識も持たない人にとっては理解しやすいだろう。まずはこれから読み始めればよいのだが、ビジネスの世界で長く生きてきた人間はドラッカーを読むべきである。

新卒採用入門 

 新卒の採用で、数多くの面接を経験させていただいた。来年度の採用予定者は技術系と営業系ともに数名である。この経験のなかから感じたことをいくつか書いてみたい。

 1 今の若者は「正直」である。

 エントリーシートに、志望する企業を行きたいと思う順に5社書いてもらっている。第一番に当社を書いてもらっている学生が多いが、かなりの人数2番目以下に書いている学生がいる。「正直に」書いているのだろう。私であれば、嘘でも一番に書くだろうが。

 2 尊敬する人は身近な人

 尊敬する人を聞いたら、父親や先生が多かった。たまたま立派な親を持つ学生が多かったのだろうか。私は息子から尊敬などされていないと思っているのだが。歴史上の人物や現代の政治家や経営者や文学者などの名前は全然出てこなかった。本を読まなくなったことが影響しているのだろうか。それとも意識が内向きになっているからだろうか。

 3 本を読んでいない

 2のところでも触れたが、本は読んでいないようだ。特に子どものころに読んでいない。学生になってからは、ミステリーや恋愛小説などを読む人が何割かいる。私の年代は、娯楽がなかったせいもあるだろうが、図書室で借りたりなどして月に数冊は読んでいたのではなかろうか。
 記憶に残る本を聞いても、何も出てこないか、図鑑だったり怪傑ゾロリのような子供向けの本だったりした。したがって、名作に心を揺さぶられてというような経験をしていない。

 4 少しピントを外している場合がある

 これはどこにでもあるような話かもしれないが、面白いことがある。ある学生は学歴に「河合塾卒業」と書いていた。予備校の卒業とは何を意味するのだろうか。
 別の学生は、特技に「円周率を20ケタまで暗唱できる」と書いてあった。それぐらい誰でも覚えられると思うのだが。その点について聞いてみると、もとは70ケタまで覚えていたのだが忘れてしまい、今は20ケタなのだそうだ。興味を引かせるために意識的に書いたのなら、それも作戦のうちか。

 5 何かを成し遂げたかどうか

 サークルで運営に苦労したというような経験はほとんどの学生が持っている。これだけでは決め手にならない。何かの資格を取るために勉強したという学生は、それなりに努力をしているから考え方がしっかりいるし、当然知識も身についている。これは強みである。遊んでいた学生とは差が出てしまう。

 6 成績表がものを言う

 成績だけで測ることはできないのは承知しているが、判断に迷った場合は成績表が頼りになる。「優」が並んでいると安心できる。努力した証であるし、いろいろな分野を幅広く勉強していることは仕事をしていてもプラスになる。成績を見てもらえないと頑張った甲斐がないというものだ。

 7 総じて女性の方がしっかりしている

 これは昨今の一般的傾向であるらしいが、受け答えや表情や声において女性が勝っている。就職の環境・条件が厳しいから必死さが出るという面があるし、勉強量は女性が多いのであろう。

 8 採用の合否はある意味「理不尽」である

 就職には入試のような客観的な基準がない。テストだけで決めるなら、基準は公明正大である。しかし、採用は、技術系は試験結果もかなり考慮されるが、全体に採りたい人物像に近いかどうかが基準の一つとなり、最後はそこで判断することになる。ここでは面接者の経験や価値観が結果を左右する。そこで面接者に存在感を与えることも実力であるという捉え方はできるが、多分に主観的であることは否めない。

 9 内定が出る学生は集中するというが、なるほどと思う

 会社説明会で質問に来て、見どころがあると思った学生がいたが、一次面接を当日にキャンセルされてしまった。断定はできないが、他に引っ張られた可能性がある。まだ時期は早いが、優秀な人材は多少のリスクは承知で囲ってしまうことも必要だ。

 10 正味の体育会系は厳しい

 企業によっては営業職に体育会系を優先して採っている。体力勝負、根性勝負の営業ならそれもありだが、一般的には考える力が要求されるから、条件的には厳しい。
 当然ながら時間の大半を練習に費やしているから、勉強はしていない。質問しても期待する答えが返ってこない。

2012年4月 8日 (日)

川口裕選手 3ラウンドKO勝ちで16勝目(5敗)

 今日は家内と万博公園へ花見にいきましたが、そのあとは一人でボクシングの試合を観戦に。グリーンツダジムの川口裕選手が目当てです。

 彼とは同郷なので応援しています。今はバンタム級で、日本のランク11位。今日は格下の相手に3ラウンドKO勝ちです。以前に比べると顔つきが鋭くなり、体も締まってきました。

 これで通算16勝(6KO)5敗となり、次は上のランカーとやってタイトル戦に進みたいところです。ただし、バンタム級は層の厚いクラスで、チャンピオンになるのは簡単なことではありません。頑張れ川口。

 それにしても今日の試合、7試合のうち最初だけが判定で、他はすべて3ラウンドまでのKOで決まりました。あっという間に終わりました。スリリングなのはよいのですが、見ごたえがありませんでした。

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ドラッカーの言葉 その1

 「組織の中に成果は存在しない。すべての成果は外にある。」

 ドラッカーの「経営者の条件」という本を読み返す。棒線を引いていたり、付箋を貼っていたりで、時間をかけて読んだことがうかがえる。

 ドラッカーが活動したのはもう何十年も前のことだが、彼が唱えた内容は全く陳腐化することなく、その後出版された経営に関する著作が安っぽく感じるほど輝きを放っている。
 

 それは、数多くの組織活動を観察し分析するなかから、組織社会において国を超えて存在する普遍性を導き出したからに他ならない。

 以下、優れた観察のなかから、特に心を動かされた主張を抜き出してみた。組織は自らが目的となりがちであるが、その戒めと読むと同時に、永続する企業の条件として読むことも大事である。

 ただし、注意したいのは、企業における「人」をコストとしてのみ見ることの偏りである。人は単なる手段ではない。生きることはそれ自体目的である。人を雇用することも、企業の責任の一つである。

 ●組織のなかに生じるものは努力とコストだけである。プロフィットセンタ-なるものは言葉のあやにすぎない。内部にはコストセンターがあるだけである

 ●外の世界への奉仕という組織にとっての唯一の存在理由からして、人は少ないほど、組織は小さいほど、組織の中の活動は少ないほど、組織は完全に近づく。 

  ●組織は存在することが目的ではない。組織は社会の機関である。外の環境に対する貢献が目的である

 ●根本的な問題は、、組織にとって重要な意味をもつ外部の出来事が、多くの場合、定性的であって定量化できないところにある。それらはまだ事実になっていない

 ●意識的に外の世界を知覚すべく努力しなければ、やがて内部の力によって外の世界が見えなくなる

 

2012年4月 7日 (土)

復刻記事 「私の祖母について」

 

 2009年10月に書いた記事に少し手を加えてアップしたい。今振り返ると、祖母から教わったことの大きさに驚くばかりだ。

 祖母は明治の人である。確か明治31年生まれである。干支が戌だったので、間違いないだろう。同じ町内の石工を生業とする男性と結婚した。祖父にあたる人だが、早くに亡くなったので写真で知るのみである。

 祖母にはもともと息子が一人いた。しかし、小学生の時に自転車に乗ったまま橋から転落し、若い命を落としてしまった。その代わりといえば語弊があるかもしれないが、養子に入ったのが父であった。そして、ここがややこしいところであるが、それ以前に養女として入っていたのが母なのである。

 祖母は当時の田舎には珍しく、開明的な女性であった。町内で最初に自転車に乗ったのが彼女だったという話を聞いた。また後に営むことになる商人宿に町内の若者を集めて酒を振る舞っていたという話もある。
 亡くした息子は優秀な子どもだったらしい。さぞかし残念無念であったろうが、 そのあとを受けて父が養子に入った。父は大工の息子で、男女6人ずつの12人きょうだいの7番目で、四男である。祖母は、父の母(私にとったらこの人も祖母)から一番いいと思う子を持って行ってくれと言われたらしい。それで選んだのが父。一番やんちゃだったらしいが、そこが祖母の性格からすれば気に入った点だったに違いない。このようにして養子に入った父は、先に養女になっていた母と後に夫婦になる。その間の経過は詳しく聞いていないので知らない。

 祖母は、しばらく商人宿を経営していた。一時は繁盛したようで、何人か人も雇っていたらしい。そのころの常連さんは廃業してからも賀状をくれたり、たまに立ち寄ってくれたりしていた。また、廃業してからも二階の二部屋だけは、置き薬の営業で回る人たちに貸していた。祖母が亡くなった時には、その人たちも葬儀に来てくれたことを覚えている。

 私は祖母に可愛がられて育った。私の兄弟は皆そうだった。記憶にはないが、「偉くなれよ、偉くなれよ。」と言いながら、頭をなでていたそうである。また、これも覚えていないが、たまにはきつく叱られたそうだ。三つ子の魂というが、物心つく前の話なのだろう。そういう祖母だったが、鮮明に覚えている事件がいくつかある。この一部は前にブログに書いたことがある。重なるけれども、祖母の人となりを知る上で貴重な出来事であるので、もう一度書いてみたい。

 ①へびと蛙
 あれはある休日の午後だったと思う。父が、家の北側にある柿の木の前で、しま蛇に体を巻きつけられた殿様蛙を見つけた。そういう光景を私は初めて見たのだったが、父は蛙が可哀想と思ったのだろう、そばにあった石を手にとって、蛇めがけて投げつけようとした。その時、その場に居合わせた祖母が、「投げたらあかん。放っておけ。」と叫んだのである。しかし、石は父の手を離れ、蛇の近くに飛んで行った。おそらく体のどこかに当たったのだろう。蛇は蛙を離し、西側の草むらへ逃げて行った。解き放たれた蛙は息を吹き返し、礼も言わずに、なぜだか蛇と同じ方向に跳んで逃げて行った。
 こういう話だが、今でも鮮明に目に焼き付いている。これを私はどう解釈したか。父は、単純に、素朴に、蛙が可哀想だと思ったのだが、祖母は違った。蛙が蛇に食われるのは自然なのだ。そこに人間が立ち入ってはならないという考え方だ。どちらの行動にも理はある。父は単純に、弱い者、劣勢にある者、苦しんでいる者への憐憫の情に従って動いたのである。祖母は自然の摂理に対して、一歩距離を置いてこれを眺めたのである。
 私は、なぜ祖母がそういう視点を持つようになったのか、学生時代に考えてみたことがある。その時の結論は、夫を早く亡くし、息子も事故で亡くした経験から、宇宙には人間には抗い得ない流れがあって、それはどうもがいても微動だにしない運命なのだという諦念だったのではないだろうか。私は今でもそう解釈している。

 ②飼い犬に手を噛まれた母
 これは先ほどの話に比べたら、大したことではないが、母が飼っていた犬に噛まれたことがあった。人を噛むような犬ではなかったが、何かが気に障ったのであろう。その時に、祖母は母に言った。「犬を怒るな。噛まれたのはおまえが悪い。」と。祖母と母の関係が特別に悪かったのではない。犬畜生に責任があろうか、それを御せない人が悪いのだという考えである。厳しい人だった。

 ③乞食への愛情
 私が子どものころはまだ世間一般に貧しい人がたくさんいた。今でもいるのだろうが、乞食と言われる人たちもいた。家に入り込んで来て、どんぶりを差し出し、飯を食わせろと嘆願するのである。私の家にも来た。昔に宿屋をやっていたから間口が広く、入り易かったのかもしれない。
 祖母は、どんぶりに、冷や飯だったろうが大盛りにして食わせてやった。そしてそこから説教が始まる。いつまでもこんなことをしていてはいけない。自分で働いて食えるようになれ、と諭すのである。この乞食がその後一念発起して自立したという話は聞かなかったから、馬の耳に念仏だったのだろうが、そう言って聞かせる気骨には感心させられる。
 乞食ではないが、町内に「お夏」という名の老婆が住んでいた。身寄りがおらず、いつもみすぼらしい格好をして歩いていた。祖母はお夏さんにいつも声を掛けていた。いまでもその光景を思い出すことができる。
 

 

 代表的な出来事は以上である。明治の人だと言ってしまえばそれまでだが、今の人間にはない、大きく安定感のある精神だと思う。私など、それに比べたらあまりに小さいと思うが、いくらかでも受け継いでいる部分があると思う。福沢諭吉の「福翁自伝」に、貧しくみすぼらしい老女に親身になる母親が出てくるが、祖母がそれによく似ているのは、なんらかの歴史的な背景があるに違いない。

2012年4月 1日 (日)

若者よ、打って出よ

 明日、多くの企業で入社式が行われます。就職できた人は、今の世の中では恵まれた人たちだと言えるでしょう。とはいえ、そこには本人の努力があったのでしょうから、素直にお祝いの言葉を贈りたいと思います。

 さて、私は、これからの10年がとても大事だと思っています。個人にとっても、企業にとっても、日本という国にとっても。

 世の中の仕組みや制度が古いままでは機能しなくなっています。実体が急激に変わっていますから、早くそれに適合した仕組みや制度を作らないと発展を阻害します。

 新しい社会の形造りには、中高年も過去に囚われず、積極的に参加すべきですが、やはり若者が先頭に立たなければならない。これから先が長いのだから当然なのかもしれませんが、経験に乏しい点がかえって創造性を引き出すのではないかと期待させるのです。安定した時代には経験がものを言うのですが、変革の時代には障害物になってしまうことがあります。思い切ってやめてしまおうという決断は保守的な人間にはできません。年寄りは、若い者には思慮深さが足りないといって批判するのでしょうが、それを止めるエネルギーはない。ただし、長く権力を握っていた年寄りは力ずくで阻止しようとするかもしれません。

 社会の変化には流れというものがあります。私が思うには、東西冷戦の終結というものが世界の流れを大きく変えてしまったのです。それまで経済成長の面で足踏みしていた大国に市場経済が持ち込まれ、異常な膨張が起こりました。これがかく乱要因となっています。日本の経済成長は冷戦の中で保障され、冷戦の終結とともに零落の道を歩き始めたのです。

 しばらくの間、米中の時代が続きますが、ほどなくそれも終結するでしょう。その先はインドかもしれませんが、はっきりとした予想はできない。日本はそのような大きな変化のなかで、いわば変化の間隙をぬって独自の歩みを続けなければなりません。強い国にぶら下がっていれば何とかなるという考えでは衰退は確実です。創造性を発揮しなければならないのです。

 そこでは、もとに戻りますが若者です。あるいは、年はとっていても若い発想や感性を持った者がリードせざるを得ない。若者に仕事をさせる年寄りがいなければならない。若者はそういう人たちに支援も得ながら、変革に打って出るべきです。待っていては、若者の生きにくい世の中になってしまいます。既得権にしがみつく老いた権力者たちをを蹴散らして、前に進んでください。

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