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2012年3月25日 (日)

組織論 振り返り(風土改革に関連して)

 私は経営学の研究者ではないから、組織の問題を実際の経営に必要な範囲で考えてきたし、その姿勢はこれからも変わらないだろう。

  組織とは何か。単なる「もの」ではない。企業を想定して考えてみると、土地や社屋や設備などは「もの」ではあるが、それだけで動くわけではない。また、そこに「人」を加えただけでも動かない。これらはいわゆるハードの部分であって、ソフトが伴って初めて有機体としての企業が現出する。

 ハードが土台としてあって、その上にソフトが載っているのではない。ソフトはシステムという言葉に置き換えてもよいが、システムこそ組織の性格を決定づける本質的な要素である。
 人が集まって起業しようと相談している。濃いか薄いかは別にして、彼らにはすでに一定程度の人間関係が築かれている。その関係が、これから始まる企業におけるシステムの「種」となるに違いない。そこには、彼らが持っている価値観や集団的な行動における性向や互いの力関係などが含まれる。その上に、社会の常識や法的に守らなければならない規則などが加わって、システムとして仕上がっていくのである。

 繰り返しになるけれども、企業にとって、土地を何坪所有しているか、工場はいくつあって設備の能力はどれほどあるか、従業員数は何人か、というようなハードの部分の評価も大事ではある。しかし、企業の生命力を測定するには専らシステムの分析に拠らなければならない。そして、そこにおける重要なポイントは「人がどのように動いているか」である。

 組織において、人を動かす力は、基本的には組織の体制とそれに相応する責任と権限の体系に由来する。端的に言えば、一定の強制力によって人が動く構造になっているのである。ここは基礎的な要件として押さえておきたい。

 われわれが所属する組織は、多かれ少なかれ官僚制的である。目的・目標を達成するためにもっとも合理的な組織の作りになっている。しかし、基本はそうであったとしても、弊害がないではない。組織とは元来保守的なものであり、自らの延命を図る本能を持っている。企業でも、放っておけば仕事が増殖し、ある人に言わせると毎年5%ずつ組織が肥大化するのだそうだ。また、仕事が細分化され、専門化するので、視野が狭くなって大局的な判断を阻害するようになる。

 では、人を動かす力は他にないのだろうか。最初に、種となる人間関係のことを取り上げた。そこで、「持っている価値観や集団的な行動における性向」という表現を用いた。それは後に組織の風土を形成する。風土とは難しい言葉であるが、「組織の成員が共有する価値観や思想・信条、言葉の使い方、思考プロセス、これらに基づく行動等」と定義できるだろう。この風土が人の行動を規定する見えない力となっているのである。したがって、風土を変えることが組織の発展(あるいは衰退)にとって、一つの決め手になると言えるだろう。

 その観点に立って、多くの企業で組織風土の改革に取り組んでいる。だが、それは容易な課題ではない。風土が変われば組織が変わるという言い方はものの一面しか見ていない。風土は組織に規定されているという言い方もできるからだ。システムのなかのよりハード的な部分、すなわち組織体制や明文化された制度(人事評価や賞罰の制度など)を変えることによって人の意識や行動が否応なく変わってしまうという側面がある。だから、ハード的な部分の変革とよりソフト的な部分の変革の合わせ技による改革が現実的なのだと言う結論を得ることができる。

 われわれを取り巻く環境は、年々その変化を速めている。組織が生き残るためには、変化に合わせて、あるいは変化を先取りして自らを変えていく必要がある。従業員に、意識を変えろ、行動を変えろ、と言っている目的はそこにある。まずは、その目的の共有化が欠かせない。それがなくて、一方的に言われるだけでは鬱陶しいかぎりである。

 ここでいう意識の改革は、「思索」によってもたらされるものではない。宗教的な「悟り」ならともかく(実はそれも同じだと思うのだが)、われわれの生活意識というものは実践と切り離して考えられない。従業員の意識の変化は、業務のプロセス上で起こるのである。その変化とは、これまで固定化していた、そして身に染みついていたパターンからの逸脱なのである。もっとも、逸脱とは言っても、未来に向けて有益な変化でなければならないが。

 こんなことは今までやっていなかったのに、こんなことをする人ではなかったのにと周囲に認知されることが大事である。私は、「行動の変化→周囲の認知と評価→本人の自覚→変化した行動の定着とさらなる変化」というサイクルが実態として起こるはずだと思う。そして、端緒となる行動の変化は、本人の発意によるものではなく、他者による後押しによるのではなかろうか。

 後半は風土改革について考えをまとめた。風土は組織を動かしているシステムの構成部分であり、組織改革においても優先順位の高い課題であることを言いたかった。だが、私の中ではまだ組織論は未熟である。それはまだ私自身が未熟であることと同義である。加えて言うならば、私の会社が未熟であることの証明でもある。

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