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2012年2月の投稿

2012年2月26日 (日)

S大学教授N氏と会う

 金曜日の夜、S大学で教授をやっている後輩のN氏に会った。学会の集まりで来たのかと思ったが、今回は試験の監督だと言う。S大学は地方の国立大学だが、大阪にも入試会場を設けている。試験は1時間半で、1教科の選択制らしい。

 居酒屋で飲みながら、大学での生活について話を聞いた。というより、愚痴を聞いたという方がより正しい。教授、学生、学生の親への対応についての愚痴である。

 変な(病気の)教授がたくさんいるらしい。自分の研究室から出るとき鍵がかかっているか心配で何度も押したり引いたりして確かめる人がいる。それも複数いるらしい。ひとしきりガチャガチャやって去り、やっと静かになったかと思ったら、また戻ってきてやりだす。もう一人は、20分ぐらいガチャガチャやり続ける。

 学生は教師の言うことを聞かないそうだ。サークルの先輩とバイト先の上司の言うことは聞く。それは聞かないとたちまち困ることが起こるからだろう。教師の言うことを聞かなくても差しあたって不利益はない。
 また、文章の書けない学生が多い。レポートを書かせると、「~と思う、~と思う」の連続らしい。そう思う、そう考えることの根拠を書きなさいと言っても理解してもらえないらしい。文章を書けないということは、作文力の問題ではなく、思考力の問題である。

 モンスターペアレントとは小中学校の問題かと思っていたが、大学にもいるらしい。毎日電話をかけてきて息子への指導について苦情を言う親がいる。電話を受けるのは大学の職員だ。あまりに電話が長いので、肩とあごで受話器を挟み、仕事をしながら聞いていた。そして、無理な姿勢がたたり首筋を痛めて通院しているとのこと。労災にもできない。

 以上の話を聞かされた。最近では教授にも勤務評定があり、5段階で点数が付くらしい。評価の基準や方法は分からないが、あまりに常識的で面白くない教授を育ててしまう制度であれば問題があろうかと思う。教授は教員でもあるが研究者でもある。後者の要素が霞んでしまっては困る。

2012年2月25日 (土)

梅田駅の火事より

 梅田駅で火災騒ぎがあった翌日タクシーに乗ったのですが、電車が止まったためタクシーは大忙しだったそうです。切れ間なく乗客があって、普段の4倍の売り上げだったとか。

 この運転手さんは乗務して30年余りのベテランで、乗り始めたころは収入が多かったそうです。それほど真面目に働かなくても、手取りで50~60万円あったし、その時代は必ず奥さんがご馳走を作って帰りを待ってくれていたとのこと。それが今は10万円もないのだと言います。かつては法人の利用が多く、大阪ではチケットでの決済が7割もあったらしい。それがなくなったものだから一日の売り上げが激減してしまったのです。

 世の中の変化、なかでも企業社会の変化が売り上げの構造をもろに変えてしまった事例です。

中年よ、自己変革せよ

  古い考えを引きずっていると、自分は変えられないし、組織も変えられないし、社会も変わっていきません。

 私の年齢はまだ高齢者には数えられず、中年の域にあるのですけれども、そう遠くない時期にシルバーの仲間入りをします。これまで、勤める会社が比較的順調に成長し、自分の人生も満点ではないにしろ恵まれてきました。しかし、今日においては、言うまでもなく社会の変化が激しく、企業活動の環境は厳しくなり、生活環境も同様に厳しい状況が続いています。いわゆる「未曾有」の出来事が続きました。

 企業の中でも、これまでと同じことをやっていては生き残れないとか、仕事のやり方を変えなければならないとか、風土を変えようとか声高に叫ばれるようになりました。そして、皆それなりに変わろうとしているように見えます。確かに、少しずつ変化しているように見える。だから、あまり否定的にばかり見てはいけないのでしょう。
 とはいえ、変化の幅は社会の変化ほどは大きくないのです。この原因は、というよりも責任は、勤続年数の長い幹部や管理職にあります。長く会社にいるほど古い意識や行動パターンが染みついていて、それを否定しにくいのです。変えなければならないという理屈は分かっていますが、どうしても変えようという信念となんとしても変えたいという意欲に欠けます。分かっちゃいるんだけどな、という感じです。

 私の学生時代は高度成長期がすっかり終わり、バブル期に至るまでの比較的安定した時期でした。会社に入ってからのしばらくはバブル期に当たります。バブルの恩恵は直接受けることはなかったけれども間接的に好影響がありました。バブル崩壊は日本経済に重たい課題を突き付けましたが、会社はいくつかの追い風要因と自助努力で、じわりじわりですが成長しました。そういう経過だったので、さほど長い先を見据えず、これまで通りに真面目に仕事をしていれば会社を維持できたのです。

 このような経験が変革を阻害しています。「指示されたことを真面目にこなす」ことに慣れ(安住し、と言った方が適切でしょうか)、自分が前に出ることには億劫です。厳しい場面に立たされていないから、難度の高い問題への解決力がありません。このような傾向を持った集団が組織の上部にいます。変革は、この集団の危機感の大きさに依存します。このことに間違いはありません。

 それなら、いっそのこと、こういう連中がいなくなったらいいのにと思われるかもしれません。一部を外に出すという方法はあると思いますが、全部を出してしまえば組織が成り立たなくなるから難しい。本人たちの生活もあります。変わるしかないのです。まずは自己否定から始めることによって。

 年をとると、今の若い者はだめだと思いがちですが、厳しい環境で鍛えられて力を付ける可能性は大いにあります。内向きになっていると言われますが、アジアの成長は今後も続くでしょうから、企業や国が後押しすれば外へ出ていくチャンスも作ることができます。だから、若者には期待できるのです。

 問題はやはり、ベテランの社員の方ですね。

2012年2月19日 (日)

大阪城公園で梅花を観賞

 寒い日々が続いています。

 今日の大阪はいいお天気で、比較的暖かな一日でした。そろそろ梅の花も見ごろかと思い、大阪城公園まで足を運びました。ところが、花を開いている木はまばらです。少し早かったようです。この分だと3月の始めが見ごろかもしれません。

 梅林は中高年の日本人が大半ですが、城の周りは海外からの観光客が目立ちます。これはいつものこと。中国語が耳に入ってきます。大阪と言えば、まずはここなのでしょうか。

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組織作りとは「人作り」であり「風土作り」である

 組織は単なる集団とは違い、「目的」を持っている。また、その目的を達するために、人・もの・金という資源を駆使する。資源を上手く活用する仕組みをシステムということができるだろう。組織には行政組織があり、企業や学校があり、アマチュアのスポーツチームなど規模の小さいものもある。

 それぞれ目的には違いがあっても、組織を動かす理屈には共通する部分が多い。だから組織論なる研究のカテゴリーが生まれる。そして、その根本は、組織を構成するのは人であるということだ。人がどう動くか、あるいはどう動かせるかによって、組織目的の達成度合いが決まってしまうのである。

 だから、組織にとっては人づくりが肝心かなめの条件である。目的に信念を持ち、かつ能力の高い人が数多くいれば、あとは組織のトップがよほど無能な人間でない限り負けることはないだろう。ところが、それだけ上質のメンバーを数多くそろえることは簡単でないのだ。

 一人ひとりの信念と能力に加えて、組織風土の問題がある。組織には一定の期間に培われた風土、文化がある。それは、考え方や行動の仕方や言葉使いや意思決定の仕方などを示す。エトスという言葉を使ってもいいかもしれない。これからの時代に、ある組織が生き残り、成長するためにはどんな風土・文化が適合するのか。これは非常に重要な問題である。様々な組織が風土を変えようと必死になっているのは、まさに生き残るためなのである。

 話は変わるが、兵庫県の西脇工業の陸上部監督だった渡辺さんは、あいさつがきちんとできる子が競技でも力を付けてくると言っていた。また沖縄の興南高校野球部監督である我喜屋さんは、ゴミを拾える子は野球が上手になると言っている。人が力を付けるためには、基本となる行動があるということである。それを身に着けさせることを「躾」というが、それが人づくりの始まりなのである。躾の徹底度が、その組織の風土を形作る重要な要素になるのではないか。そして、それを決めるのは組織のトップの考え方なのである。

 力量の部分はその人の生まれ持つ才能に左右される場合が多い。しかし、風土の部分はトップ次第である。もっとも、力量の部分も本人の意識とリーダーの指導で十分埋め合わせができるものである。そうすると、結局は、組織とはトップ次第、指導者次第という結論に至ってしまう。

 上に立つ者は、なんといっても、責任重大なのである。

 

2012年2月18日 (土)

『“恋愛しない”若者たち 大丈夫?ニッポンの未来』

 先週のことですが、NHKの番組で、ある討論が行われていました。始めから最後まで見たわけではありませんので断片的な感想になりますが、思った事を書き留めておきます。
 

 テーマは、恋愛する、結婚する若者が減っていて、このままで日本は大丈夫かというものです。討論に参加していたのは、学者、コンサルタント、評論家、タレント、落語家です。それぞれ意見としては、これはとんでもないと思うような突飛なものは少なかったのですが、それがどの問題への回答になっているのかよく分からず、聞いていても頭の中が整理できませんでした。

 単に面白おかしく見せるだけなら好き勝手に発言させればいいのですが、見ている人にも一緒に考えてもらおう、あるいは見終わった後に「なにかしらの」考えを持ってもらおうとするなら論点を絞らなければなりません。

 問題はテーマそのものではなく、その背景にある社会的な問題でした。番組でも、若者の収入が中高年に比べて著しく低い現実や金融資産の大半が中高年層で保有されている実態が示されていました。突き詰めれば、若者の雇用創出、賃金引き上げ、出産・育児支援などの政策問題に行きつきます。それは当然、中高年の雇用や賃金あるいは年金や税の問題とかかわってきます。さらには個人だけではなく、企業がそのことに果たす役割や責任の問題にも関わる。極めて政治的な問題です。
 本来、そういう図式・構造が示されて、最適解を模索する必要があるのですが、さすがに時間の制限がある一番組では難しいでしょう。国会ですらできないのですから。とはいえ、どこかに前提条件を置き、問題を絞らないとばらばらの議論になります。

 そういう社会的な観点ではなく、一人ひとりがどう生きるべきかについて、それぞれのメンバーが個人的なメッセージを送るのであれば、それはそれで意味のあることですし、聞いていても面白いでしょう。年功序列が崩れ、能力があればそれが報酬につながる社会になったのだから諦めないで頑張れとか、一人の収入で二人が生活するのは難しいが、共稼ぎならなんとかなるよとか、そういう激励はあってもいいのです。確かに、諦めてはいけないのですから。

 そのことと社会問題の解決とは違います。雇用の現状は、結婚しにくい客観的な条件となっています。また国によって将来像が示されないから決断がしにくいと思います。これが現実です。どんな制度を作るか、税の配分はどうするか、主権者としても判断しなければならないのです。そして、その判断のおおもとには、どんな国家を欲するかという大きなテーマが横たわっていると私は思うのです。

 主張の根底には、根本的な価値観が前提されています。「人間には能力の差があり、努力の大きさも人によって違う。だから所得に格差があって当然だし、それこそ公平性なのだ。」という思想を持っている人がいます。一方で、「人間にはもともと大きな差はない。社会の仕組みによって結果の差が大きくなってしまうのであって、仕組みの不公平をただす必要がある。」と考える人がいます。この二人の議論は平行線をたどるでしょうね。

2012年2月12日 (日)

元気なし中年

 銀行や証券会社の人と話す機会が多くなりました。厳しい業界の人たちですから、総じて元気がないのですが、特に証券会社、とりわけそのなかの年齢が高い層に目立って元気がありません。

 先日、M証券の担当者2名に面談しました。話していると私と同じ学年だと分かりました。話題はお決まりですが、昨今の厳しい経済環境について。いい材料が出てきません。原料が高騰している半面、製品の売価は低下。企業は値下げ合戦で消耗戦に入っている。リストラで人が減り、賃金が下がる。内需が漸減している。などなど。

 銀行、証券会社はバブルのころはいい思いをしたが、以降はずっと厳しいということでした。それを反映して、経営の統廃合が繰り返されてきました。どこがどうなったのか全然分かりません。昔の社名が残っている場合はまだよいのですが。

 会話は1時間近く続きましたが、明るい話題がなく、愚痴のこぼし合いに終始した感があります。正直、時間の無駄でした。何か経営のプラスになる情報を持ってきてくれないと会う意味もないのです。正直、銀行や証券会社は会社によってどこが違うのか分かりにくいのです。金利の差、手数料の違いがあって、そこは選択の基準になりますが、実際に大きな差があるわけではありません。

 それにしても、あの二人はこれからも元気なく生きていくのでしょうか。社会は、銀行や証券会社へのニーズを減退させています。整理はされてきましたが、これだけの数の会社はなお多いと思います。元々給料の高かった人たちだから今でも生活には困らないのでしょうが、展望がないなかで元気を出すのは難しい。最後は、頑張りましょうの掛け声で分かれましたが、自分の会社を取り巻く環境も厳しいとはいえ、経営としてはまだましだと思った次第です。

 社会の盛衰、業界の盛衰、会社の盛衰、個人の盛衰、さまざまありますが、客観的な世界を大きく変える力は個人にはありません。自分の生き方、行動と考え方を自分の意思に基づいて変えることしかできないのです。逆に言えば、それだったらできます。

 元気を出すことぐらい、自分が思えば、できるのです。

2012年2月11日 (土)

人の5倍売る技術

 ある雑誌の書評でこのタイトルの本を知りました。山形新幹線で「ワゴン販売」する女性の話ですが、この女性は一日で最高50万円売り上げた実績があります。これは平均的な販売員の約5倍の金額にあたるそうです。またコンビニの一日の売上高に匹敵します。大道芸人のギリヤーク尼崎さんのおひねりの記録が一日74万円ですから、体一つで稼げる金額はおおよそこの程度だと言うことでしょうか。ちなみに、ギリヤークさんの場合は元手がほとんどかかっていないので丸儲けです。(税金は納めているとのことですが・・・)

 車内での売り上げを増やすために様々な工夫がされています。ただ「いかがですかー」と売って歩いているのではないのです。まずは事前の品揃えです。毎日同じものをワゴンに載せているのではなかった。今日の売れ筋を読んでいるのです。乗車率や客層やシーズンやその日の気候などを判断の要素にして積み込むのです。下準備から勝負が始まっていました。

 ワゴンへの商品の積み方は、乗車したあとも変化します。最初の設定が間違っていたと判断したらすぐに並び変えます。たとえば、社員旅行の団体客が多いと、お菓子をおつまみに、コーヒーをアルコールに差し替えます。また時間帯を考慮して、昼はお弁当を厚く、夕方はお土産やおつまみを多くする。車両ごとに積み方を変える場合もあるそうです。

 「読み」と「観察力」。やっていることの理屈は難しいことではありませんが、それを現場で機敏に行うことは容易ではありません。この女性は大変優秀だと思います。ただし、だからといって他の仕事でも同じように群を抜いた成績を収めるかと言えば、それはないと思います。もっと緻密で複雑な仕事だったら「読み」が生きないかもしれない。彼女の「読み」と「観察力」は車内販売という接客サービス業に適合したレベルのものだと思うのです。言いかえれば、そういう仕事が好きだからこそ生まれる知恵なのではないでしょうか。お客様に喜んでもらおうという職業倫理が裏にあると思います。

 ここまでやれば結果は出ますよね。しかし、やれる人は少ない。一日7万円売れたらいいやと思っていたら、7万円で止まってしまいます。努力をやめてしまうわけです。売れるだけ売ろうと必死になる。その結果、50万円売れていたのです。

2012年2月 5日 (日)

麒麟の翼

 二か月に一度ぐらい映画を見に行く。邦画では、「容疑者Xの献身」「悪人」「岳」「ステキな金縛り」などを観てきた。
 今日は、いつものTOHOシネマズ梅田で、「麒麟の翼」を観る。ここはインターネットで予約ができるので便利だ。開始直前に行き、発券して入る。客の入りはいい方ではない。せいぜい半分埋まっている程度か。

 映画の中身はまずまずよかったのではないか。同じ東野圭吾の作品でも、「容疑者Xの献身」より良かったように思う。題材に、派遣社員の問題(生活苦と無権利状態)や親子の対話喪失などをとり入れて、ストーリーに現実感を持たせていた。
 役者では、格から言えば、中井貴一と山崎努は別枠である。阿部寛はこの役に馴染んでいるが、上手いかどうかは微妙なところだ。悪くはない。新垣結衣はあまり上手ではない。黒木メイサも上手いとは思わない。反面、田中麗奈はセリフがしっかりしていて安定感がある。それから劇団ひとりもあまりいいとは思わなかった。名前は分からないが、中井の息子役やその友人たちの演技が自然で好感が持てた。

 
 映画と言うものは、そういう目立たない脇役がしっかりした演技をすると全体がしまって出来がよくなるものである。

 新参者シリーズの次の作品を期待したい。

Kirin2

リクナビ 人事ブログ

 昨年異動になって人事の仕事も見るようになりました。今、採用活動の最中です。

 私の会社も多くの会社同様「リクナビ」でエントリーを受け付けています。今年は出足が遅かったせいで、昨年に比べエントリー数がやや少なめなのですが、そのうち追いつくでしょう。

 リクナビでは登録企業の各種情報に加え、人事ブログというものが見れるようになっています。企業は管理画面からブログを書き込みます。私の会社でも人事課のスタッフが書いていますが、滅多に更新されていません。そこで出しゃばりの私が、ブログ好きをいいことに、書いてみることにしました。他社を見ていると、比較的若い世代のスタッフが書いているようで、私のような年配者がしゃしゃり出ている例は少ないようです。

 年寄りが書くと、お説教じみた内容になってしまいます。

「わたくし管理部の○○と申します。(以下、省略)
 どうでもいい話が続きますが、実は私の息子も就活中で、会社説明会に足繁く出かけています。環境が厳しいだけに苦戦が予想されます。親として支援できることはほとんどありませんが、この本を読んでおけと言ったりはします。(先日は、「サムスン式仕事の流儀」を勧めました)1冊はカバンに入れておいて、どんな本を読んでいるかと聞かれたらすかさず出す。大事なところにはボールペンなどで線を引いておく。ここが参考になったとか、感銘を受けたとか言える部分にはマークしておく。さらには、自分で実際にやってみたことはあるかと聞かれたら、これをやっていますと言えるようにしておく。たとえば、新たに知った考え方や仕事の仕方をノートを書き込んでいます(ノートを見せる)とか、ToDoリストを作ってやったら消込みしています(リストを見せる)とか言うわけです。

 就活にも戦略戦術が必要ですね。皆が同じことをやりだしたら、効果は漸減しますが。採用する側から見たら、「素材の良さ」を見分けることも大事な視点ですが、短期間に判断できない部分でもありますから、就活にもどれだけ知恵を出しているかという点に目が行きます。普段から漫然と暮らしていたら、いざという時にも力が出ません。まだ数か月ありますから、その間に自分の生活を変革してください。不規則な生活を規則的な生活に改める。家族にあいさつする。母親に「ありがとう」ということばを発してみる。今まで気にも留めていなかった現象に注目してみる。(街の風景から経済の変化を読み取るなど)そのことがどれだけ内定に威力を発揮するか分かりませんが、人生は連続しています。仮に思い通りの会社に入れなくても、次のステップに活きてきます。

 何か自分の息子に語っているような気分になりました。皆さんとご縁があるかどうかわかりませんが、良い結果が出ることを祈っています。

 また書きますね。最初のおせっかいでした。」

 こんな内容で読んでもらえるか分かりませんが、メッセージとして伝えたいですね。迎合したようなチャラい文章よりも、こういうものに反応してくれる若者を採用したいと思ってしまいます。

2012年2月 4日 (土)

生活協同組合の理想と現実

 私の家内は生協で日用雑貨品の一部を購入しています。カタログで注文して配達してもらうシステムです。
 食卓には「めーむ」というコープこうべが出している「週間商品情報紙」が置いてありました。それをめくっていくと、生協が企画した生協らしい商品がある一方で、一般のスーパーでも販売している普通の商品も数多く掲載されています。

 生協は、一般の市民が出資して、生活品を安く買える様に運営する組織です。出資者である市民が運営に参加することも特長の一つです。また、そこには人や環境に優しい商品を企画し提供するというポリシーも存在します。安くて安全な商品の供給が出資者への配当となっているのです。

 生協の商品を企画・製造し販売する企業に知り合いがいます。その方が言うには、生協と言えども、イオンやヨーカド―と競合しているので、生協の企画品でない普通の商品を販売しなければならないし、そういう商品の方が量がさばけるのだそうです。しかし利益は薄い。なにせ相手は大企業ですから安く仕入れられます。生協が儲けない組織だからと言っても価格差を付けることができないのです。

 生協独自の企画品については、原料の違いや使いやすさなどで差別化していますが、それでもあまり高いと買ってもらえません。非常に悩ましいと言っていました。加えて、生協には「組織」といわれるグループがあって、設立のポリシーをかたくなに守っています。それはいいことなのですが、利益を上げてはいけないという考え方があるので、知人の企業も厳しい価格で納入することになるそうです。利益を残さないと設備投資ができないし、研究開発費も使えないので次の商品を市場に送ることができません。

 メーカーが開発した商品のなかから売れ筋をチョイスして、大量にかつ効率的に販売すればよい大手の量販店に対して、独自に開発費を使って競合しなければならない点に苦しさがあります。これが理想と現実とのギャップです。

 今後も必要な組織となるには、企画する側の努力もなお必要ですし、市民もまたポリシーを持った消費者になる意識が必要なのではないでしょうか。とはいえ、ますは生協の側からの宣伝活動が重要です。

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