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2011年12月16日 (金)

私欲を捨てれば世界が見える

 私欲を捨てて世の中を見ると、それまでとは違った風景が現れるのではないか。必ずそうなるとは限らないが、寄って立つ前提が変われば、見方は変わる可能性がある。

 数々の成功を収めて老い、死期の到来を感じ始めた時に、自分個人の欲望を満たすことに意味を見いだすことがあるだろうか。腹が減ったとか、体が痛い・苦しいとかいうことは別にして、地位や名誉や財産についての執着は薄れていくだろう。その時に世の中を見た場合、公平な意見が出てくることがある。

 ある最大手の損保会社の会長が、こう言ったそうである。人間にとってあるべき経済を考えていくと、資本主義というシステムそのものにぶつかる。自分が思い浮かべる社会は、もう資本主義とは呼ばない社会ではないか。
 経営の最前線に立っていたころは、どうやって利益を出そうか必死に考えていたに違いない。そして、それは今のシステムを大前提としていたに違いない。しかし、その前提がおかしいことに思い至る。これまでの立場を離れることにより、前提を捨て、広く世界が見られるようになったのである。

 これから現役をリタイアする人が増えていく。それは生産人口が減少することであり、社会保障費の増加も意味するから歓迎されていないが、先のように世の行く末を無欲で考えてくれる人々が増えていくのなら、それは喜ぶべきことだ。実際のところ高齢者の世論がどう変わっていくのか予想が付かないけれども、高齢者を年寄り扱いしないで意見を聞こうじゃないか。戦後を生き抜いてきて、そのいい点も悪い点も見てきたはずである。その世代でなければ引き出せない教訓があるように思うのである。

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