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2011年12月 8日 (木)

落合という人生

 落合の人生は順風満帆ではなかった。高校では上級生の理不尽ないじめに耐えきれず練習から遠ざかり、映画館通いをしていた。親からもらった授業料も遣い込んで、300本ほどの映画を観たと語っている。大学でも野球部に入部はしたものの、ここも先輩後輩の間に旧態依然とした上下関係があり、馴染まず退部する。1年余りぶらぶらした後、できて間もない社会人野球の東芝府中の一員となるが、やっとここで野球に専念できる環境を得て、一気に才能を開花させる。

 同じ天才プレーヤーでもイチローの人生とは対照的である。イチローにも技術的な壁はあったろうが、野球人生にブランクはなかった。高校の時にもその才能を十分見せてはいたが、甲子園での華々しい活躍がなかったことなどから大騒ぎされずにプロに進んだ。そのことが、じっくり力を付ける時間を与えたのだと解釈することができる。

 人生だから、野球だけやっていればいいということにはならない。専念できる環境は、才能を花開かせるために理想的だが、さまざまな要因で障害が生まれる。落合は、何度かブランクを味わったことで、東芝府中では水を得た魚のように練習とプレーに打ち込んだのであろう。以降、落合は練習の虫であった。人が寝ている間も、自宅の練習ルームでバットを振り続けたのである。

 落合は、「そういう時代があったからこそできない選手のことも理解できる。これが監督の仕事に大いに役立っている。」と書いている。

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