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2011年11月 7日 (月)

鳥瞰する

 人間は考える葦である、と誰かが言ったそうだが、実際はそれほど考えていない。意識も行動も習慣化していて、おおよそ決まったように変わり映えしない意識や行動が反復されている。このようにブログを書いているといくらか頭を使うものだが、こういうものがなかったら何に頭を使ってるだろうか。
 
 

 仕事がある。仕事のなかには、ほとんど考えなくてもできる仕事と、考えずにはとんと進まない仕事とがある。たとえば、報告書の作成のように考える仕事の範疇に入るものであっても、振り返ってみると本当に考えて書いているのだろうかと反省する。内容が前例に倣ったものであり、書き方だけではなく仕事の中身自体が同じレベルのところをぐるぐる回っている感じがする。

 まず間違いなく、多くの人がこのような傾向に陥っている。ここから脱して、少しずつでも螺旋状の階段を上るためには、生活の全体を点検してみる必要がある。冷静にものごとを捉える事の出来る人は、個々の出来事に対するチェックはできる。しかし、一日を、一週間を、一か月を振り返ることまではしない。ここまでできる人は稀であり、そういう人はかなりの確率で有能な人であろう。

 大きく飛躍するためには、「鳥瞰する」ことが欠かせない。ただし、鳥の目は魚の目とは違って本人の意思にかかわらず出現するものではない。

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