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2011年11月 1日 (火)

たった一つのヒット曲

 多くのヒット曲を持つ歌手は極めてまれである。いや、一つのヒット曲を持つことすら難しい。昔は一曲当たれば、あとは営業で飯が食えると言われたものだが、今はどうなのだろうか。

 唯一のヒット曲(勢いで次の歌も少しは売れるのだが)と思われるものを、思いつくまま上げてみよう。なぜか最初に出てきたのは一節太郎の「浪曲子守唄」である。この人は確か遠藤実の一番弟子だったと記憶しているが、あまりにこの歌がぴったりはまりすぎていて発展性がなかった。次に、これも演歌の竜鉄也「奥飛騨慕情」。自作であるが、曲がよくできていて声質にもあっていた。盲目の演歌歌手として大ヒットした。次は歌謡曲、高田恭子の「みんな夢の中」である。浜口庫之助の作品で、子どもながらによく口ずさんでいた記憶がある。次は、雅夢の「愛はかげろう」と伊丹哲也とサイドバイサイドの「街が泣いてた」である。両方ともすごく好きな歌で、スナックのカラオケにも入っていたが、「愛はかげろう」はキーが高すぎて歌いきれなかった。
 以上5曲上げたが、皆その後も歌手としての活動は続けていたのだと思う。懐かしのメロディーなどで、姿を見ることがあった。

 当たり前のことだが、売れる曲にはどこかに魅力的な要素がある。詞に伝わってくるメッセージがあるとか、耳に残るメロディーがあるとか。しかし、結果的に売れたから、何度も聴いているうちにいい曲に思えてくるという面もある。すでに売れっ子になっている歌手は別にして、これはかならず売れるという確証を得るのは難しい。B面で売り出したらそちらの方が評判がよく差し替えたとか、LPのなかの一曲が評判になってシングルカットされるという例はたくさんあった。

 たまたまというか、幸運というか、そういう要素がある。売れた歌手が必ずしも上手い歌手だと限ったものではない。もらった歌が、作詞家作曲家にとって素晴らしい出来だったとも限らない。歌と歌手のマッチングや、世相との関係なども考えられる。理由は何であれ、ヒット曲を持つことは流行歌手にとって最大の喜びに違いない。

 奥飛騨慕情は、竜鉄也の歌なのである。この曲なしに竜鉄也はありえない。

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