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2011年11月22日 (火)

分かち合うのではなく奪い合う

 パイが小さくなると、何が起こるか。家族なら、少なくなったものを分かち合うことができるだろう。ところが、社会は優しくない。小さくなったものをこれまで以上に激しく奪い合うようになる。

 その結果、取り分を増やすのは力の強いものである。所得の大きい者ほど社会的に高い地位にあり、所得を増やす力を持っている。だから、金持ちはさらに金を増やし、貧乏人は一層貧乏になっていく。日本でもアメリカでもそういう傾向が顕著に出ている。貧乏だって諦めずに頑張れば金持ちになれるという意見はあるだろうが、個人的なレベルでの議論はそれでいいとしても、社会的な問題が解決するわけではない。

 欲望の調整は難しい。金持ちは既得権を守ろうとするに違いないし、貧乏人は貧乏に慣れてしまって調整のプロセス(政治)に入ろうとはしない。しかし、金持ちは、あまりに金持ちになりすぎると返って自分の立場が揺るぎ始めることを予め察知し、自制すべきである。自分の所有するものは、他人の労働に由来することを理解すべきである。

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