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2011年11月 6日 (日)

憑かれたように

 今まで生きてきて、何かに憑かれたようにして頑張ったことが一度だけある。それは15歳の時、高校入試の前の三ヶ月間ほどの期間である。

 当時の私の学力では到底合格は不可能だと思われる私立高校を受験することに決めた。そのことを心に秘めて猛勉強を始める。経済的余裕がないから塾へは行かず、自前の参考書と問題集をひたすら消化した。毎日朝5時まで頑張っていた。常に睡魔に襲われていたが、気合いを入れるとすぐに姿を消した。体にだるさは残ったが、体力のある時期だから持ちこたえた。自分の力がどれだけ伸びたかを計ることができなかった。それ用の模擬試験などなかった。ただただ、参考書と問題集に向かって格闘していたのだ。

 試験当日はまさに挑戦者の気分であった。周りはおそらく塾へ通い、散々対策を施されてきた連中である。しかし、周りは相手ではなく、試験問題が相手だった。当然ながら難しい。あまりに難しいものは最初から捨てた。すべてに答える必要はなかった。これは解いておきたいと思う問題は粘った。数学でそういう問題があった。解く道筋が見えなかった。トイレに行かせてもらい、気を落ち着けた。戻ってしばらくしたら解けた。どうやって解いたのか自分でも自覚できなかったが、結果的に答えが出た。答えが合っていればいいのである。

 合格した。その後、順調にいかず転校したが、独学でその水準まで到達したことは、内心私の自慢である。また、やればできるのだという自信につながっている。しかし、あのような、憑かれたような、あるいは狂ったような行動を再び繰り返したいとは思わない。その時は無理が効くが、無理には必ず見返りが来る。無理が度を超すと、反動も度を超えてやってくる。これは私の人生訓だが、あの経験が私をして過度に慎重な人間に成らしめたようにも思う。

 集中と継続。どちらも必要な要素だ。コツコツと、コツコツと努力をする。これが人生の基本である。しかし、気が付いた時に他に後れをとっていたら、飛び起きて追いかけなければならない時がある。個人にとどまらず、組織においても同様の事態がありうるだろう。日本という国もまた先を急ぎ過ぎたのかもしれない。

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