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2011年11月16日 (水)

金原亭馬生 「笠碁」

 落語に「笠碁」という演目がある。金原亭馬生の笠碁が好きだ。他にも多くの噺家がこの演目を高座にかけており、可楽や小さんの噺もYouTubeで聴いているが、馬生のものが断然いい。

 YouTubeで聴いていると、声だけではなく動画で表情が見える。馬生は表情が豊かで、話し方にも起伏がある。そこがいいところだ。小さんは小さんで、可楽は可楽で独特の味があるけれども、細やかさとか艶っぽさで聴かせるタイプではない。ここは好みの問題だろう。

 暇を持て余すおたなの旦那二人がへぼな碁に興じている。一方が今日は「待ったなし」でやろうと持ちかけ、その約束で打ち始めるが、言いだした方がさっそく待ったをかけようとする。もう一方の旦那は、一度決めたことだからこれだけはやってしまおうと応えるが、言いだした方は聴き入れずこだわり続ける。昔に越年資金を貸してやったことがあり、返済の期日がきても待ってやった。それに比べたら、これぐらい待てないはずはない。言われた方は、相手が決めたルールであるうえに、昔の借金の話まで持ち出されたら面白くない。自分はお世話になったから忙しい中をわざわざ来て、へぼを相手に碁を打っているのだと言い返してしまう。

 喧嘩になってしまったこの二人、しばらく行き来が滞る。しかし、雨の日などは出掛けることもできず、暇を持て余してしまう。そして碁が打ちたくなってたまらない。碁会所へ行けばと勧められても、相手が強すぎて勝負にならない。怒って帰った相手が、その時忘れた煙草入れを取りに来るのではないかと期待してひたすら待っているのだった。
 一方の旦那も我慢ができない。煙草入れを取りに行くという口実で店を出る。雨が降っているが、傘がないので富士山に登った時に使った笠を頭にかぶって出かける。店の前に差しかかるが、わだかまりがあって入っていけず、行きすぎる。とうとう来たかと喜んだもう一方の旦那は、声も掛けられず、ただ相手の姿を目で追っていたが、通りすぎてしまったので落胆する。この時の馬生のしぐさと表情が、旦那の気持ちを上手く表現していて素晴らしい。ここは客席から拍手も湧く場面だ。

 けっきょく、引き返してきた旦那を呼びとめて店に入れ、二人で嬉々として碁を打ち始めるのだ。招きいれた方が、盤の上に雨が滴り落ちるので雨漏りかと思ったら、相手が笠を脱ぐのも忘れて打っていたという落ちであり、それが笠碁という演目の由来である。笠を脱ぐのも忘れるぐらいに碁を打ちたかったということである。

 いまどき、こんな暢気な話はなかろうが、昔はこれに近い生活があったのだろう。様子がうかがわれて面白い。

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