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2011年10月10日 (月)

体育の日

 体育の日は東京オリンピックの開催を記念して設けられた。東京オリンピックは、私が6歳で幼稚園児であった昭和39年に開かれた。テレビ中継に記憶はあるが、おそらく今頭に残っている映像は、その後繰り返し放映されたビデオの映像に違いない。

 アベベの凛々しく走る姿。円谷の残る力を振り絞る姿。相手チームを圧倒する東洋の魔女たち。気品あふれるチャスラフスカの舞。何度も見てきている。技量は現在から大きく遅れていたが、人間臭さがあった。組織的、科学的なトレーニングによって育成された力ではなく、本人あるいは指導者の個人的な努力や工夫に拠る部分が大きかった。はだしのアベベがいて(東京では靴をはいたが)、鬼の大松がいた。

 あれから47年。ほぼ半世紀である。アスリートは洗練されてきている。レベルの高い競技を見るのもファンとして興味深いものだが、人間臭さを垣間見れるのは、ボルトのフライングに象徴的な「失敗の瞬間」である。

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