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2011年10月26日 (水)

石は磨いても宝石にはならない?

 先日会社で人材の育成について話をしていた。そこである人が、できる人というのはもともと才能のある人であって、人を採用するにあたっては宝石の原石を見つける必要があるという趣旨の意見を述べた。一理ある。

 しかし、まだ磨かれていない宝石の原石と石とは見わけがつけがたい。人の集団は玉石混淆である。たしかに玉がいれば石もいる。違いはあるのだが、玉であるのかないのかは、結局磨いてみないと分からないのである。一番愚かなのは、自分は石だと決め込んで磨く努力をしない人だ。

 必死で磨いたけれども、結果石だったと分かることがあるかもしれない。しかし、それでもきれいな石にはなったのである。形のよい石にはなったのである。路傍で雨に打たれ人知れず風化していく石ではない。

 世の中には結果論でしか言えないことがたくさんある。立派な人が、こどものころから賢かったという場合もあるし、こどものころは悪かったという場合もある。さすがに偉い人はこどものころから偉かったねとも言えるし、こどものころは悪い方が偉くなるんだねとも言える。すべて結果が出てから後付けしているのである。逆に、子どものころに賢かったから大人になって偉くなるとも限らないし、悪かったから偉くなるとも限らないのである。

 磨く努力を怠ってはならない。

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コメント

磨く努力をすること。大切ですよね。どうせならきれいな石になることも、立派なことですね。いいお話、ありがとうございました。

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