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2011年10月31日 (月)

醜いものを見ない文化?

 本屋で立ち読みをしていると、あるアメリカ人の書いた本に「日本には醜いものを見ない文化がある。日本を研究している人物からそう教わった。」とあった。このアメリカ人は、日本の政治家は現実を直視せず、決断を先延ばししていると訴えたいがためにこの話題を出してきている。
 たとえば、この人の経験として次の事例を語っている。京都の寺を観に行ったときに景観の素晴らしさに感動したのだが、傍らに自動販売機が並んでいるのを見つけた。日本の友人に、なぜここに自販機を置くのかと尋ねたところ、おやっという表情をした。自販機の存在には全く気が付いていなかったのである。アメリカ人に言わせると、その日本人の視界から自販機は切り捨てられ、剥落していたのである。

 なるほどと思う反面、このようなことは日本に限らず、どこにでもあることではないかと考えた。何かに意識が集中すれば、それ以外のものが目に入らなくなるのは人間に共通の現象だろう。また、京都のお寺に自販機があるのは単に商売上の問題だろう。新幹線に乗ると席まであれこれ売りに来るのと同じだ。

 とはいえ、すべてを否定することはない。何か示唆するところはないか。日本人は客観的にものを見るという点がやや弱いのではないか。醜いものや都合を悪いものだけをことさら見ないのではなく、その逆の面も含めて全体が見えないということではないか。弱みも強みもひっくるめて認識が弱い。
 私は、日本の大衆は他国に比べて知的に劣っていることもないし、考えが幼稚だとも思わない。逆に常識的で、分別のある国民ではないかと思う。ところが、日本の知識人やエリートだけとりあげてみると、随分劣っているように思われる。これには様々要因があるのだろうが、一つには大学の研究・教育が貧しく、国際化されていないことにあるのだと思う。

 このアメリカ人は、この本で、主に日本の政治とりわけ外交について書いている。日本の将来を考えた場合に日米同盟が不可欠である。アメリカは日本を見はなすことはない。沖縄には米軍基地がなくてはならない。中国は沖縄を狙っている。普天間は特別危険な基地ではないが、解決策は辺野古への移設以外にはない。などなど。

 かつてアメリカ政府の一員であった彼にとっては普通の発言であろう。しかし、一方で、辺野古移設反対、県外移設要求は沖縄県民にとって普通の発言である。沖縄県民は、目の前で毎日、醜いものを見せつけられているのであるから。

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